町山智浩 『ゲティ家の身代金』を語る

町山智浩 『ゲティ家の身代金』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で1973年に実際に起きた身代金誘拐事件を映画化した『ゲティ家の身代金』を紹介していました。

(町山智浩)ということで、今日はそういう、ちょっと『リメンバー・ミー』とも近い話だな。この『ゲティ家の身代金』という映画を紹介します。

(山里亮太)はい。

(町山智浩)はい。これはジェームス・ブラウンの『It’s A Man’s Man’s Man’s World』という歌なんですけども。この歌が、この『ゲティ家の身代金』ではすごい面白い場面でかかるんですよ。

(海保知里)へー!

(町山智浩)これは「この世は男が支配していて、何もかも男が支配しているけど、女性がいなきゃこの世には意味がないんだ」っていう歌詞なんですね。で、これがすっごく面白いところでかかるんで。そういう歌詞だということを覚えておいてもらえると、映画を見に行った時に面白いです。でも、ネタがバレちゃうのであんまり言えません。で、この『ゲティ家の身代金』というのは1973年に実際にあった、世界中を驚かせた誘拐事件の映画化なんですよ。

(山里亮太)うん。

1973年、世界中を驚かせた誘拐事件

(町山智浩)で、誘拐されたのはジャン・ポール・ゲティという石油王……その当時、世界一の大金持ちだったんですね。そのお孫さんの16才の少年のゲティ3世くんが誘拐されます。このジャン・ポール・ゲティという人は、アメリカのオクラホマで石油を掘ってお金持ちになって、その後にサウジアラビアの石油の採掘権を独占して、世界一の大富豪になりました。で、その後にそのお金でイギリスの貴族のお城を買って貴族のよう暮らしている人です。ところが、そのゲティ3世というお孫さんは全然そのおじいちゃんとほとんど会わないで暮らしていたんですね。

(山里亮太)はい。

(町山智浩)っていうのは、お父さんのゲティ2世が離婚したからなんですよ。で、お母さんに引き取られていたんですよ。でも、そんなの関係ないわけですね。誘拐犯にとっては。で、誘拐犯がその当時のお金の1700万ドルという大金ですけども。その当時としてはね。その身代金を要求するんですが……このジャン・ポール・ゲティというおじいちゃんはまあ、世界一の大金持ちだけど世界一のケチなんですよ。

(海保知里)はー!

(町山智浩)どのぐらいケチかというと、いちばんわかりやすい話は、この人、世界中を飛び回るんですね。大富豪だから、仕事で。そうすると、高級ホテルに泊まると、洗濯をしなきゃならないじゃないですか。長く泊まるとね。で、ホテルのランドリーサービスってすっごい高いでしょう? だから、この人は自分でトイレの洗面台で自分のパンツとか靴下を洗うんですよ。

(山里・海保)へー!

(町山智浩)世界一の大金持ちがですよ。

(山里亮太)倹約家……。

(町山智浩)資産50億ドル持っていて、洗面台で靴下とかパンツを洗っているんですよ。で、干しているんですよ。もう、死ぬほどケチなジジイなんですよ。だから、お孫さんの身代金を要求されても、払わないんですよ。

(山里亮太)へー! 払わない?

(町山智浩)払わないんです。で、「もしここで身代金を言われた通りに払ったら、私には孫が14人もいるから。それが片っ端から誘拐されるから」って言ったんですよ。

(山里亮太)ほー。

(町山智浩)それをいうと、まあわからないでもないですけども……この人、お孫さんとか全然全くちゃんと面倒を見ていないんですよ。

(山里亮太)へっ?

(町山智浩)この人ね、子供をそこら中に作っていて、奥さんとか愛人がいっぱいいて。子供が5、6人いたんですけども、放ったらかしだったんです。で、なんか女の人とデキて子供が生まれるとすぐにその人をほっぽり出すんですよ。捨てちゃうんですよ。

(海保知里)えっ、ひどい……。

(町山智浩)そういう人なんですよ。それで特に5番目の息子なんていうのは、亡くなった時にお葬式にも行ってないんですよ。この人は。そういうまあ、人でなしの大金持ちなんですね。で、この映画の『ゲティ家の身代金』っていうのは、主役は実際はこの16才のポール・ゲティ3世を誘拐されてしまったお母さんなんですね。お母さんは離婚しているから、要するにもうおじいちゃんに対して要求をする権利がないんですよ。だからどうやって身代金を払うか?っていう話になってくるんですよ。このお母さんが。

(山里亮太)ほー!

(町山智浩)という実際にあった事件なんですけども。これね、アメリカ版の映画のポスターはね、耳なんですよ。

(海保知里)えっ、耳?

アメリカ版ポスターは「耳」

Everyone wants a cut. #AllTheMoney in the World in theaters December 22nd.

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(町山智浩)耳がポスターに大きく印刷されているんですね。アメリカ版は。で、これはどうしてか?っていうと、その誘拐されてから4ヶ月後にですね、この誘拐された男の子の切断された耳が新聞社に届いたからなんですよ。

(山里亮太)ひえーっ……。

(町山智浩)身代金を払わないから。っていう話でね、恐ろしいんですけど。で、この映画は3つの視点から描かれていて。ジャン・ポール・ゲティが大邸宅で……この人はコレクションがすごくて。世界中のルネッサンスとか印象派の絵画を買い集めて、自分の邸宅に閉じ込めていたんですね。人に見せないで。

(海保知里)ええーっ、なんだ、そりゃ……。

(町山智浩)みんなに見せるべきなのにね。それをやっているところと……それで自分のほしいものは買うんだけど、身代金は払わないんですよ。

(山里亮太)最低だな……。

(町山智浩)でね、この人がすごいのはこの人の家に行くと、お茶も出さないわけですよ。当たり前ですよね。こういう人だから。それで、電話をかけようとしても、電話を貸さないんですよ。この頃、携帯がないから電話を借りなきゃいけないんですよ。お客さんがそこから電話をしようとしたら。でも、電話代を払いたくないから、自分の邸宅の中に公衆電話を備え付けて……(笑)。もう、ケチでケチで笑っちゃうんですけども(笑)。

(山里亮太)すごいな!

(海保知里)ドケチ!

(町山智浩)そう。そういうドケチなジャン・ポール・ゲティと、あんまりお金がなくて苦労しているお母さんと、もうひとつは誘拐されて監禁されている男の子、ゲティ3世の3つの視点でドラマは進みます。で、この男の子は頭が良くて。がんばって、何度も脱走をするんですよ。実は、監禁されている状態から。ところが、この誘拐した連中というのは、これはすごく言いにくいんですけども……「ンドランゲタ」という人たちなんですよ。ンドランゲタというグループなんですが、これはイタリアっていうと「マフィア」っていうものがあるとみんな思っているでしょう?

(山里亮太)はい。

(町山智浩)でも、マフィアっていうのはイタリアにある組織犯罪のうち、シチリア地方にいる人たちだけのことを指すんですよ。で、マフィアみたいなものがいっぱいイタリア中に、その地方ごとにいるんですよ。で、そのンドランゲタというのはいま、最大の勢力なのかな? 現在。で、その正式な構成員だけで5000人で、その家族とかも含めると1万人を軽く超えると言われているものすごい組織なんですよ。

(山里亮太)ええっ!

(町山智浩)で、その地方全体が完全にこのンドランゲタに支配されているので。この誘拐も実はその街ぐるみというか、地方自治体ぐるみでやっているんですよ。これ、ひどいんですけど。警察官から政治家から資本家から、全員がその一味なんですよ。

(海保知里)それじゃ、逃げられないよ……。

(町山智浩)街のおじいちゃん、おばあちゃんとか普通の人まで全員、その仲間なんですよ。だから脱走しても、捕まっちゃうんですよ。ひどい話ですけどね、これね。これ、いまもそういう状況が続いているらしいんですけど。これ、リドリー・スコット監督にインタビューしたんですよ。この間、この映画で。そしたら、「ンドランゲタというのはいまもほとんど同じ状況で、もう誰も犯人なんか捕まらないんだよね」みたいな話でしたね。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)だからそこはもう、救出不可能なわけですよ。で、身代金も払わない。耳が切断されてきて、あとはどんどん切断されていっちゃうわけですね。で、そこから始まるのは、やっぱり社会的な批判がゲティに向かうわけじゃないですか。払わないとやっぱり「ひどい!」って言われるわけですよね。だから払おうとするんだけど、今度は値切りを始めるんですね(笑)。

(山里亮太)身代金の?

(町山智浩)値切りを始めて。それでなんとか税金の控除はできないのか?っていうところまでやるんですよ。

(山里亮太)すっごいな!

(町山智浩)とんでもない人なんですよ。

(山里亮太)へー! 実話なんですよね?

(町山智浩)これ、実話なんですけどね。でも、こんなことをやっている人だから、友達も誰もいないんですけどね。

(山里亮太)まあまあ、そうでしょうね。

(町山智浩)で、この映画はね、製作に関してすごくモメていて。実は、僕はこれ映画をアメリカの方で記者会見みたいな状況で取材しに行ったんですけど、その直前まで映画は完成していなかったんですよ。

(山里亮太)えっ?

トラブル続きの映画製作

(町山智浩)この『ゲティ家の身代金』って。どうしてか?っていうと、これは12月公開予定だったんですね。ところが、公開2ヶ月前の10月29日にこのジャン・ポール・ゲティを演じていたケヴィン・スペイシーが14才の少年に対するレイプ未遂事件になっちゃったですよ。で、彼はもう業界から完全に消えたんで。で、映画会社は撮影が完全に終わってほとんど完成していたんだけども、主役であるジャン・ポール・ゲティの出ている場面が使えなくなっちゃったんですよ。ケヴィン・スペイシーがレイプ事件を起こしちゃったんで。

(山里亮太)ほとんどじゃないですか。

(町山智浩)そう。で、どうする?っていうことになって。公開までたった1ヶ月の状況で、全部撮り直したんですよ。

(山里亮太)ええーっ!

(海保知里)すっごい!

(町山智浩)すごいんですよ。これね、もともとケヴィン・スペイシーっていうのは57才なのに、80才のジャン・ポール・ゲティを特殊メイクで演じていたんですね。だから、すぐに撮るんだったら80才過ぎている俳優を使えばいいじゃないかっていうことで、クリストファー・プラマーという、『サウンド・オブ・ミュージック』であのお父さんをやっていたあのクリストファー・プラマー。ドレミの歌の。87才のあの人を引っ張り出してきて、全部撮り直したんですよ。9日間かけて彼の出演シーンを全部撮り直して。それだけで10億円以上かかっているんですね。

(山里亮太)うわーっ!

(町山智浩)でも、彼はその後にアカデミー賞とゴールデングローブ賞にノミネートされているんですよ。「出演してくれ」って言われてからノミネートされるまで、1ヶ月なんですよ。

(山里亮太)すごい!(笑)。

(町山智浩)なんだかよくわからないんですけど(笑)。で、またトラブルが起こっちゃったんですよ。この映画で、もう1個。

(海保知里)あ、さらに?

(町山智浩)これね、マーク・ウォールバーグがさっき言った、10億円かかった撮り直しに関して、この人はギャラを150万ドル(約1億5000万円以上)を要求していたことがわかったんですよ。マーク・ウォールバーグはこれ、ゲティに雇われる元CIAの交渉人(ネゴシエーター)を演じているんですけども。で、その時に実は、本当の主役であるお母さんを演じているミシェル・ウィリアムズっていう女優さんが1000ドルしか受け取っていないことが判明したんですよ。

(海保知里)ええーっ!?

(町山智浩)すると、男女のギャラ格差が1000倍っていう感じになっちゃうんですね。で、いまアメリカで「#metoo」ムーブメントってセクハラの問題からすでに男女の雇用に関する格差の問題に発展しているんですよ。要するに、同じ主役でコンビでやっていても、男性の方がギャラが何十倍も高いっていう状況があるということが暴露されていて。で、これは大問題になっちゃったんですよ。で、結局マーク・ウォールバーグは「あの、すいません。状況をよくわかってませんでした」って言って、もらった150万ドルを全額、セクハラの被害者の弁護士費用を払う基金に寄付しました。で、そういうドタバタが「#metoo」ムーブメントの中である中、リドリー・スコットにインタビューをしたら……彼は実はフェミニズム映画の元祖というか、パイオニアと言われている人なんですね。

(山里亮太)うんうん。

(町山智浩)彼の映画っていつも、女性が強いんですよ。

(山里亮太)そっか。そうだ。『エイリアン』とか。

(町山智浩)『エイリアン』も主役はリプリーという女性が戦う話だったし、『テルマ&ルイーズ』っていう映画は男性に徹底的に搾取されて虐待されている女性たちが拳銃を持って復讐するっていう話なんですよ。あと、『ハンニバル』もそうでしたし、この間の『オデッセイ』もそうでしたね。女性が戦って、めちゃくちゃ頭が良くて優秀で、男と全く同等以上の活躍をする映画ばっかりをずっと撮り続けているので。それがそういう、フェミニズムっていう言葉が出てくる前からずーっと一貫してそうですねっていう話を監督に言ったら、「いや、俺、フェミニズムとかよくわかんねっす」って言われたんですよ。リドリー・スコット監督に。

(海保知里)あら。

(町山智浩)この人、80才なんですけど、子供の頃はすごく貧乏で。お父さんが軍隊に出稼ぎに行っていて。で、お母さんに育てられたんですって。で、お母さんがものすごく身長が高くて。180ぐらいある人だったらしいですけど、男みたいなたくましい人で。それでもって、兄弟2人を抱えて、貧乏だったんだけども全然男に負けないで戦って育ててくれたんだっていうんですよ。リドリー・スコット監督は。だから、映画を作ると、『G.I.ジェーン』っていう映画もそうで、海兵隊に入ったデミ・ムーアが男の兵士以上に活躍する話だったんですけども。

(山里亮太)はい。

(町山智浩)「自然にそうなるだけ」って言っていました(笑)。

(山里亮太)ああ、そうなんだ。

(町山智浩)「あれはみんな、うちのオフクロだから」って言っています。

(山里亮太)ああ、なるほど。強い女性の代表。それを描いちゃうんだ。

(町山智浩)そう。だからすごく政治的に意識して……とか、そういうことでは全然なくて。普通に……って言っていました。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)そういうところが面白い人で、このリドリー・スコット監督は80才なんですよ。でも最近ね、年に2本ずつ映画を作り続けていて。もう止まらない状態なんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)すっごい元気で。しゃべり方も「オラオラッ!」って感じで。「おう、日本から来たのかよ?」みたいな。

(海保知里)ええっ、そんな?(笑)。

(町山智浩)あのね、下町出身の人なんですよ。この人、労働者階級の貧乏な出身なんで。ただ、絵がめちゃくちゃ上手かったんで、イギリス最高の王立美術学院に入って、こういう監督になったんですけど、叩き上げの人なんですよね。だからしゃべり方がやっぱり下町のしゃべり方なんですよ。かっこいいですよ、おじいさんで。でね、この映画は実は耳を切断するって言ったじゃないですか。

(山里亮太)はい。

(町山智浩)これ、ちょっと最初に警告しておいた方がいいと思うんですけど。知らないで見に行った人のために。これ、耳を切断するところのディテール、バッチリ映ります。

(山里亮太)うわーっ!

(町山智浩)最初から最後まで、きっちりと映すんですよ。で、クウェンティン・タランティーノ監督が『レザボア・ドッグス』という映画で耳を切るシーンをやってるんですけど、彼も耳を切るシーンになるとカメラがよけるんですよ。映さないんですよ。「ヤバい!」っていう感じで。ところが、リドリー・スコットははっきりと見せるんですよ。「すごいですね! なんで歳とっても血の気がそんなに多いんですか?」って言ったら、「そんなの、タランティーノとか若いやつには負けねえよ!」って言われましたよ。

(海保知里)アハハハハハッ!

(町山智浩)もう若いんでね。だから本当に違いますよね。歳をとっている人でも、クリント・イーストウッドとかリドリー・スコットとか。みんな異常に元気で。若い人よりも血の気があって、全然映画が枯れてなくてギトギトしているところが(笑)。

(海保知里)ギトギト(笑)。

(町山智浩)すごいなと思いますよ。本当に。だからさっき言ったジェームス・ブラウンの音楽がかかるところっていうのも、いままでずっと話してきた女性ががんばるということとつながってくるんですよ。「男たちの世界」っていう歌なんだけど、実際は実は女に支えられているんだよっていう歌詞なんでね。そういうのは監督の幼児体験から来ているというのがよくわかりました。はい。

(山里亮太)へー!

(海保知里)なかなか貴重なインタビューのお話ですよね。

(町山智浩)これがいかに脱出するか?っていうのは、映画を見てのお楽しみということで。

(山里亮太)見たい!

(海保知里)『ゲティ家の身代金』は5月25日、日本公開となっています。町山さん、ご紹介ありがとうございました。

(山里亮太)ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした。

<書き起こしおわり>

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