町山智浩さんが2025年2月11日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でイラン映画『聖なるイチジクの種』『TATAMI』を紹介していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得て町山智浩さんの発言のみを書き起こし、記事化しております。
(町山智浩)今日もアカデミー賞にノミネートされてる作品を紹介します。イラン映画ですね。2本ともイランについての映画で。1本目は『聖なるイチジクの種』という映画です。この映画はイランを舞台にしてるんですけど。「イラン」って言うとそのイメージって今の日本の人にとってはイスラム社会で厳しくて。そういうとこだという意識があると思うんですけれどもこの映画は全く違って。非常にお金持ちで、高級マンションに住んでいて。すごくリッチで、部屋の中に何でもあって。それこそテレビから何からね。そういう中産階級よりちょっと上ぐらいの豊かな家庭が舞台なんですよ。
で、お父さんは公務員でね、給料が良くて。それでお母さんは「もっと広い家に住みたいわ」とか言ってるんですよ。娘が2人いるんで。「それぞれの子供たちの部屋がそれぞれ必要だわ」とかね。あとは「食器洗うと手が荒れちゃうから食器洗い機も欲しいわ」とか言っているんですね。お母さんはね。で、娘さんは長女が大学生で次女は高校生。大学に行ってるっていうこと自体、お金もあるわけですよ。
ただね、イランのお金持ちのお父さん、毎日ヘトヘトになって、ボロボロになって家に帰ってくるんですよ。いつもつらそうにしてるんですよ。それで奥さんが「あなた、大丈夫?」って聞くと「今日もたくさんの学生たちに死刑判決を出したんだ」って言うんですよ。このお父さんの仕事はね、イランの革命裁判所というところの判事なんですね。イランは1979年にイスラム革命というのが起きてイスラム共和国になったんですが。
父親はイラン革命裁判所の判事
(町山智浩)さっき「日本やアメリカは国の主権者が国民1人1人だ」って言ったじゃないですか。でもイランの主権は人ではなくて、神にあるんですよ。神です。その場にいないんです。で、イスラムはちゃんとした律法というものがあるんで、その下に法律とか法務とか国家を置いてるんですね。イスラム教が一番トップにあるんです。神様は地面に降りてこられないので。
で、この体制は民主主義体制とかとは違って「神権体制」と言うんですね。神が主権を持っている国なんですよ。で、革命裁判所はそれに従って国民を裁くところなんですけど。お父さん勤めてるところですね。ただ、彼がやってることはほとんど思想犯の取り締まりなんですよ。イラン政府とかイラン政府高官とか、指導者に反対する、デモをしたり、そういうものを印刷したり、語ったりした人たちを取り締まるんですけど。
これ、裁判所というのは名ばかりでですね、基本的には判事が一方的に判決を下すだけです。だからこのお父さんがやってることは「死刑」「死刑」「死刑」ってずっと言ってるんですよ。ありえないですよ、こんなの。彼はすごく豊かなで、いい給料をもらっていてね、いい生活してるからそれと置きかえにひどい仕事をしてるんですけど。でも、その死刑にする学生たちって自分の娘と同じぐらいの歳なんですよね。だからやっぱりメンタルをやられちゃってるんですよ。このお父さんは。
しかもね、この仕事ってね、他の人に言えないんです。っていうのは死刑にされた人たちの遺族とかから恨まれるから。近所づきあいとかもできなくなっちゃうんですよ。すごい数、殺していますから。で、コソコソしていて、すごくつらい生活を送っているのがこのお父さんなんですけど。で、この家庭にね、大学生の娘が血みどろの女友達を連れて帰ってくるんですよ。お父さんがいない時に。
で、その女友達は顔にちっちゃい穴がいっぱい開いてるんですよ。これ、警察官にショットガンで撃たれて。直径1ミリか2ミリぐらいのちっちゃい散弾が顔中に食い込んでるんですよ。で、これは長女の行っている大学で反政府デモがあって、そこで巻き込まれちゃったんですね。彼女は。これはね、実際に2022年にあった反ヒジャブ運動のことなんですよ。
2022年の反ヒジャブ運動
(町山智浩)これね、1979年のイスラム革命以降ね、イランの法律では女性は必ずヒジャブという髪や首を隠す布をかぶらなきゃならないようになったんですね。で、そのかぶってるかどうかをパトロールしてチェックする人たちがいるんですよ。それを道徳警察といいます。彼らが2022年の9月16日に22歳の女性のマフサ・アミニさんという人に「そのヒジャブの付け方だと髪が見えてる」と言って逮捕をしようとして。で、彼女が抵抗したんで彼らはそこで警棒で彼女を殴ったんですね。それでマフサ・アミニさんが死亡するんですよ。
で、最初は警察が「心不全で自然死だ」っていう風に主張したんですけど、顔に打撲傷が残っていたし。あと多くの人がね、彼女を殴打するところを目撃したりしてるんですね。でね、やっぱりイランもね、スマホ社会なんですよ。そうことがあると、ものすごい数の周りの人たちがそれをスマホで撮影しているんですよ。この映画はね、そこからスマホ映像がものすごくたくさん引用されます。これは全て本物です。
ヒジャブをつけてる女性を警察官が殴ったりしている映像がどんどん出てくるんですけど。これ、どうやっているんだろうと思ったら映画の中で説明があって。VPNっていうのをかませて、みんなイランの外のサーバーに送ってるんですよ。だから、それを見るのも、イランの国内では見れないんで、外のサーバーに入ってそういう告発映像見るという形らしいです。
で、それがひどい事件だったんでそこからみんな、反対運動を起こしてデモが始まるんですよ。ところが、その中で警察は武力でそれを鎮圧しようとして。500人ぐらい、抗議活動をした学生たちが殺されちゃうんですね。それがこの映画の背景なんですけど。聞いてると、「どうやってその映画を撮ったの?」って思いません? これ、全部が隠し撮りなんです。
これ、『聖なるイチジクの種』という映画は室内がほとんどなんです。家庭で。だからまず、ほとんど室内で撮るだけで済むようにという形のシナリオにしてるんですよ。で、家族しか出てこない。それ以外のところは本当に隠し撮りしてます。街中のシーンもあるんですけど。で、俳優さんたちもそれに出ていることは秘密で、密かに撮影してたんですけど……途中でこの監督、モハマド・ラスロフ監督という人なんですけど。彼のところにとうとう警察が迫ってきてですね、2時間以内に逮捕するという事態になったんですよ。で、そのまま逮捕されるかどうするかで迷って……まだ映画、撮影中なんですよ。
映画撮影の途中で監督は国外脱出
(町山智浩)それで彼はものすごい勢いで車で飛び出して、トルコとの国境の荒野に出て、そこから歩いて国外に脱出しました。で、これ、撮影中だから……でもこの後も撮影を続けたんですよ。他のスタッフやキャストは。彼が撮っていたことはその時、まだわかってなかったので、監督だけが逃げて。監督はその前でもすごくいろいろ、反政府的な作品を撮っていたんで。彼、何度も逮捕されていたんですよ。彼は「もうこれで最後だ」ってことで脱出して。というか、映画がそこで途切れるよりは彼は脱出して。それで彼、海外からインターネット経由で演出をし続けました。
今はほら、Zoomとかいろいろありますから。海外からカメラとか、演技とかそういうのを全部指示して、撮影を続けてるんですよ、これ。これはすごい映画で。イラン映画って最近、そういうのばっかりなんですけど。それで完成して、海外の映画祭に出したんですね。さっき「カンヌに出した」って言ったんですけど。で、その時になんとか出演者たちを脱出させています。家族も一緒みたいですね。その娘さんの俳優さんたちは家族と一緒に脱出したみたいですけどね。
出演をする時点で覚悟をしてるんですよ。ただ、お母さん役の女優さんは捕まっちゃった。脱出しそこなったんです。で、こういう大変な状況で撮影されていた映画がこの『聖なるイチジクの種』という映画なんですが。まず、そのデモ隊のに巻き込まれて散弾で撃たれた子を助けなきゃならないっていうあたりから、この家族がどんどん、家族同士で対立していくことになるんですね。たとえばお母さんはこの豊かな生活を守りたいから娘たちに「反政府運動とかにかかわっちゃダメ。ダメよ!」って言ってるんですよ。すごい保守的な人なんですけどこれ、演じている女優さんは実は反ヒジャブ運動をやっていた人です。
だけど保守的で反政府運動をやらないお母さんという役を演じてます。で、この反ヒジャブ運動がすごく拡大したんで革命裁判所は判事たちに「自分の身を守れ」って拳銃を支給するんですよ。で、お父さんは拳銃を持って家に帰ってきて、それをベッドサイドの引き出しに入れておいたらそれが翌朝、なくなっちゃうんですよ。「これは大変だ。これは国から支給された銃だから。これが盗まれたとなったら……」っていうことで、今度は革命裁判所がこの家族自体を疑って、追い詰めていくんですよ。
しかもこの家族、お父さんが革命裁判所に勤めていることを秘密にしてるんですけれど。それは秘密にしていないと、反政府派の人たちに狙われるからですが……それも流出します。で、この家族4人が徹底的に追い詰められて、大変なところまで追い込まれていくというサスペンス映画ですね。これね。ものすごい政治的な話なんですけど、サスペンス映画としてはよくできてるんですよ。