町山智浩『型破りな教室』を語る

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町山智浩さんが2024年12月10日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でメキシコ映画『型破りな教室』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得て町山智浩さんの発言のみを書き起こし、記事化しております。

(町山智浩)今日はですね、来週20日金曜日に公開されるメキシコ映画です。『型破りな教室』という映画を紹介します。これ、学校の話なんですけど実際にあった話ですね。で、メキシコとアメリカの国境というか、これは地図を見てもらった方が早いですね。アメリカってテキサスっていう州がすごく南まで伸びてるんですけど・とんがって、メキシコに食い込んでるんですよ。で、ここは元々、メキシコだったところなんですよ。テキサスって。それでアメリカになっちゃったんですけど。そこの端っこの端っこの一番端っこにある町がマタモロスっていう町で、そこがこの映画の舞台なんですね。

で、ここがメキシコでも一番危険な町なんですよ。そこの学校が、小学校とかもうボロボロに荒廃していて。生徒の成績とか、どん底だったんですがセルヒオ・フアレスという先生……これ、実在の先生なんですが。彼そこで1年か2年ぐらい、プログラムを変えたら一気にメキシコでトップクラスになっちゃったっていう実話の映画化です。

アメリカ・メキシコの国境の町・マタモロス

(町山智浩)で、この映画の舞台になったマタモロスというメキシコの町って僕、行ったことがあるんですよ。2017年、当時はドナルド・トランプ大統領だった頃ですけども。その頃に行きまして。実は不法移民の人たちの問題が起きてるということで。もっと南のベネズエラとかホンジュラスとかから来てる人たちが、その国境線から入ってきているという。一番、メキシコに近いところなんでね。それでそこに取材に行ったんです。で、そこで僕は国境を越えてみたんですよ。テキサスからメキシコ側に。ここ、簡単に越えられるんです。川があって、その橋を渡るだけなんですけど。一応、検査とかいろいろ書類とかを出したりはするんですが、そこですごく大量の人が行き来してるんですよ。メキシコからアメリカに、アメリカからメキシコにと。

で、そのメキシコからアメリカに来る人たちはアメリカのスーパーとか、あとメイドさんとか、工場とかで働いてるんですよ。要するに、時給はアメリカの方が全然いいから。でも家とか、生活はメキシコの方が安いから毎日、通ってるんですよ。通勤してるんです。この町の人は特別なパスを持ってるんです。そのパスがあれば毎日、行き来ができるんです。で、逆にアメリカからメキシコに行く人たちは……その国境の橋を僕が越えて一番驚いたのは、橋を越えたところはね、病院だらけなんですよ。歯科医と美容整形の病院だらけなんです。それはね、安いんですよ。

だからアメリカからちょこっと歯を治しに行ったりとか、あとは顔を直しに行ったりとかしていて。互いにWin-winでね、メキシコ側もアメリカ側もお互いすごく儲かっていて。だから、メキシコ人がアメリカに不法入国することはないです。メリットがないから。アメリカで働いて、メキシコに住んでた方がいいんですよ。全然儲かるからいいんですけど。ただ、僕が行った頃は大丈夫だったんですけど、今はちょっとアメリカ人、そこからメキシコ側に入れなくなってきてるんですよちょっとした手術をしに国境を越えた人たちがその町で誘拐されまして、殺されました。ギャングがすごく増えていて、危険で危険でどうしようもなくて。

まあ国境だから、それこそ投げるだけでアメリカ側に麻薬を投げ込めるんですよね。一応、壁は建ってるんですが私有地に建っているんで、その私有地の人が壁の外に行くために、壁に穴が開いてます。ここ、意味がないんですよ。僕も行ったり来たりしました。で、そのせいで麻薬ギャングがひどくなっちゃって。この国境線は全部、麻薬ギャングだらけなんですよ。だからこの映画をご覧になったら分かると思うんですけど、とにかくギャングがひどくて。道端にバンバン、人が死んでるんですよね。で、子供は学校の行き帰りに射殺された死体とか見ても、なんかもう何も感じなくなっているんだよね。で、子供たちの「勉強とかしてもどうしようもない」っていう気分になってるし。親もなってるし。子供たちは「大きくなったらギャングになるしかない」みたいな、ひどい状況なんですけど。

そこでこのフアレス先生がね、学校の成績を良くするために授業をするんですが……この授業のコツがひとつ、あるんですよ。それは「絶対に教えない」っていうことです。最初に「我々は大きな船に乗っていて、救命ボートがこれだけある。救命ボートにはそれぞれ何人乗れる。船の中に乗っている乗客は何人いて。じゃあ、どういう風に救命ボートに振り分けた方がいいでしょうか?」っていう話をするんですよ。そうすると、最初は子供たち、答えられないんですよ。それをいきなりやられて。

っていうのは、一応メキシコも共通テストっていうのがあって。学力を全国で測るテストがあるんですね。それで点数が下がると、学校へのお金が打ち切られたり、減らされたりするんで。そのテストの点を取るためだけに勉強させてるんですよ。そうなると、もうほとんど暗記なんですね。数学もただ、数式を覚えさせて、それで計算させるっていうだけなんですよ。数字だけなんですよ。ところが、それを実際に現実の生活の中で数学を使うっていうことをやらせてみたら、子供たちは全然できないんですよ。分からないんですよ。現実への当てはめ方が。

で、そこから考えさせるんですけど一切、先生は「こうしたらできるよ」って言わないんですよ。「どうしたらできる?」って言うんですよ。で、助け舟は出すんですが基本的には何も教えない。生徒たちが自分たちでそのやり方とか、答えを出していくのを導いていくっていうやり方をとるんですよ。まるで遊んでるみたいに見えるんですよ。

教えずに生徒たちが自分たちで答えを出すのを導く

(町山智浩)たとえば「船だけど、何人乗っても同じなのか? すごく太ってる人と痩せてる人、それも同じ1人として数えるのか?」っていうような問題になってくるんですよね。そこから校長先生が出てきて。この校長、すごい太ってるわけですけど。「じゃあ校長は私(フアレス)水に浮きやすいと思う? 沈みやすいと思う?」って聞くと、みんなで「でかくて重いから、沈みやすいと思う」って言うんですけど。「果たしてそうかな?」って話になってくるんですよ。すると肉屋の子が「あれ? 肉屋では同じ大きさの肉だと、脂が多い方が軽いよ。僕、持ったことあるけど」って言うのよ。そうすると「肉だと同じ大きさっていうのはすぐ見た目で分かるけど、僕と先生は形が違うから同じ大きさかどうかは測れないよね?」って話になってくるんですよ。「じゃあ、どうやって測る?」っていう風に、どんどん聞いていくんです。そういう勉強法なんですよ。

それでこの授業では「手を上げさせない」っていうのもあって。手を上げるってなると、手を上げたい子とか、わかってる子だけがどんどん授業を進めちゃって。そうじゃない子は参加しなくなっちゃうじゃないですか。だからみんなを参加させるようにするんですよ。できる子も、できない子も同じように参加するから。これ、要するにこのクラス全体がすごい成績が上がっていくんですよでね、だんだんとみんな、勉強ができるだけじゃなくて……スペースXってわかりますか? イーロン・マスクがやってるロケット。あれの打ち上げ所がすぐ近くにあるんですよ。

この町の塀の反対側で打ち上げてるんです。で、1人のパロマっていう女の子はゴミ捨て場で暮らしていて、お父さんは廃品回収業者なんですけど。貧乏のどん底で暮らしてるんですけど、家からロケットの打ち上げを見て暮らしてるんですよ。ゴミの山の上からね。で、ゴミ捨て場の中にあるロケット工学とか数学の本を読んで、ものすごく勉強して。それでロケット科学者になりたいと思っているんですよ。でも、彼女はものすごい貧乏なんですよ。で、彼女のことを好きな……甘酸っぱい系ですよ。

ニコくんっていう男の子が彼女のことを好きになって。だから彼は「勉強したい」って思うんですけど……彼のお兄さんはギャングなんですよ。で、普通だったらもう殺しとかやるしかない世界なんですよ。「でも僕、彼女が好きだから勉強したい」って言うんですよ。そういう大変な話で。でも、勉強ができるようになってみんな、「僕たちには可能性があるんだ」っていう気持ちになって。先生も「君たちには可能性があるよ」って言うんですけど……今度は親が殴り込んでくるんですよ。「可能性とか、言うんじゃねえよ! うちの子は家の手伝いをしなきゃなんないんだよ! 学校とかに行けるとか、そんなこと言うなよ!」って。「いや、学校に奨学金で行けますよ?」「奨学金でこの子が行っちゃったら、俺の面倒は誰が見るんだよ!」って親父が言うんですよ。

という話で、これはどこかで見た話だなと思ったら、この先生役の人はエウヘニオ・デルベスっていう俳優さんなんですけど、『コーダ あいのうた』という映画で聴覚障害のある家族を抱えて一生懸命働く娘さんに音楽の才能を見出してた先生でした。で、ただこっちは実話なんで、話がそっくりで俳優は同じなんですけどパクってないんですよ。こっちは実話だから。でも「見たことあるぞ」と思いましたけど(笑)。

僕はね、その町に行った時に塀の向こう側、こっち側のアメリカのテキサスの方も実はメキシコ系の人ばっかりなんですよ。っていうのは、元々メキシコだったから。国境が後からできたので。だからメキシコ系の人が両方に住んでるんですよ。アメリカ側とメキシコ側と。でも、アメリカ側に住んでる子たちはそんなことはないわけですよ。そんな風にはなってないんですよ。ギャングもいないし。塀1本の差ですよ。で、こっち側に生まれるか、あっち側に生まれるかで子供たちの人生変わっちゃうんです。僕、昔から韓国のことを考えると……僕、韓国系だったんですけど日本に生まれたんで、そういうことはなしに育ったけれども。

もしも僕が80年ぐらいに徴兵されていたら、もしかしたら空挺とか……まあ空挺は優秀な人が行くから、僕は行かないと思いますが、こういうこと(軍隊で市民の鎮圧)をやらされていたかもしれないんですよね。自分の年齢からすると。だから本当にね、偶然なんでね。人の不幸と幸福の分け目っていうのは。だからもう本当、これを見て思っちゃいましたよ。だから、うまく幸福側に生まれた人は決して、たまたまそうじゃない人たち側にならなかっただけだっていうことを忘れないで。「自分もそうなったかもしれない」と思いながら、それこそ『どうすればよかったか?』も『ソウルの春』も全部、同じような話だなと思いましたね。

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『型破りな教室』予告

『町山智浩のアメリカ流れ者』2024年12月10日放送回

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