町山智浩『人間の境界』を語る

町山智浩『人間の境界』を語る こねくと

町山智浩さんが2024年4月23日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『人間の境界』について話していました。

(石山蓮華)そして今日は町山さん、なんでしょうか?

(町山智浩)今日もね、もうすぐ……5月3日から公開になるポーランド映画で。『人間の境界』という映画をご紹介します。これね、『人間の境界』って聞いて「それは一体何だ?」って思うんですけど。英語のタイトルは『Green Border』なんですよ。「緑の国境線」という意味なんですね。で、これポーランドという国は東ヨーロッパにありますが。その東側にはいはいベラルーシっていう国があるんですね。で、その間にある国境が、国境線には何もなくて。森だけがあるんですよ。その森の中に有刺鉄線がちょっとあるぐらいで、簡単に国境を越えられるんですけれども。この映画のタイトルはそれを意味してるんですね。で、これは2021年に実際にあった事件を元にした映画が『人間の境界』なんですけど。2021年にベラルーシ絡みでひとつ、日本絡みの事件があったのって、覚えてます?

(石山蓮華)すいません。私、パッと全く出てこなくて。

(町山智浩)東京オリンピックでベラルーシの女性の陸上選手がベラルーシに帰るのを嫌だと言って。クリスティナ・ティマノフスカヤさんという方が羽田で帰国を拒否して。で、ベラルーシの政府が無理やり、強制的にベラルーシに帰らせようとして。で、いろいろあって彼女はポーランドに亡命するって形になったんですけど。ベラルーシにはルカシェンコ大統領という人がいて。とにかく、この人はろくでもない親父なんですよ。で、独裁政権をやっていまして、大変な問題があったのがこの2021年なんですね。で、ルカシェンコってどういう人かっていうと、ヒトラーを尊敬してる人なんで。ヒトラーと、あとプーチを尊敬してる人ですよ。2人も尊敬している人です。

(でか美ちゃん)すごくわかりやすいですね。

(町山智浩)トリプルですよ。3倍満みたいな人なんですよ。すごくわかりやすい人ですね。はい。で、スケベです。そういう人なので。でも酒はやらないんですけどね。まあ、それはどうでもいいですが……。で、この人が要するにポーランドと揉めたんですよ。その時に、隣の国の。で、ポーランドとベラルーシって歴史的に互いに侵略され合ったりしてる国ではあるんですけども。ベラルーシがですね、ポーランドの飛行機を無理やりジェット戦闘機で強制着陸させるってことをやりまして。それはどうしてか?っていうと、その飛行機にベラルーシのルカシェンコに反対する反政府運動家が乗っていたっていうことで。

それで、ポーランド国籍の飛行機をジェット機で強制着陸させるっていうことをやって。それでまた、ポーランドが亡命する人を受け入れたりしたんでね、ベラルーシとポーランドの間がものすごく関係性が悪くなっていったんですよ。で、ポーランドはEU、ヨーロッパ共同体に入ってますので。で、ベラルーシに対して政治的な制裁をしたんですね。要するに、国交しないとか、経済的な封鎖をするとか。そしたら、それに対してベラルーシのルカシェンコ大統領がやったのが、難民攻撃というのをやったんですよ。

これ、どういうのか?っていうと、トルコとかイラクにいるクルド系の人たち。クルド人難民の人たちがいっぱいいますね。それとか、アフガンから逃げてきた難民の人とか、シリアから来た人とか。その難民キャンプの人たちをベラルーシが国営旅行会社の飛行機で無理やり、ベラルーシに連れてきて。「無理やり」っていうわけでもなくて。「ヨーロッパで難民受け入れをやっていますよ」って嘘をついて、飛行機に乗せて連れていくんですよ。で、この『人間の境界』っていう映画はその飛行機の中から始まるんですね。で、難民の一家がいて。主人公のバシールさんというお父さんと、その3人の子供と奥さんの5人家族がいて。「これから、ベラルーシの人たちがベラルーシに連れていってくれて。そこからポーランドに入れてくれて。私たちはヨーロッパで難民として受け入れられるんだ。よかったね!」とか言ってるんですね。

で、ベラルーシに行くとベラルーシの国境警備隊が彼ら難民を……これ、何万人規模だったらしいんですけども。それをポーランドとかリトアニアとかラトビアとか、ベラルーシと国境を接してる国の国境に連れていって。で、国境から難民を無理やり流し込むんですよ。で、あとは放っておくんですね。

(石山蓮華)えっ、全然聞いていたことと違いますよね?

(町山智浩)違うんです。ポーランドもリトアニアも難民の受け入れをやってないのにも関わらず何千人、何万人規模の難民を送り込んだんですよ。だから難民を一種の兵器として使ったんですね。ベラルーシは。

(石山・でか美)ええっ?

難民を一種の兵器として使うベラルーシ

(町山智浩)これ、すごい話でね。それでポーランドの方は一応、EU諸国だから難民受け入れをやってるっていう形はとってるんですよ。ところが、ポーランドのその国境地帯の森があるわけですけど。その森を完全に立ち入り禁止にして、ポーランド軍は民間人を一切、入れないしたんですね。で、密かに国境警備隊をそこに配備して、ベラルーシから入ってきた難民をベラルーシにまた強制送還するということ密かにしていたそうです。要するに、「難民を受け入れなかった」っていうことは表向きにはあんまり知られたくないことだったから。だから、それを隠してたんですね。人が入れないようにして。

(石山蓮華)それもひどい話ですよね。

(でか美ちゃん)ポーランド側もそんな数が突然、来るって思ってないから、みたいな部分もあるんですかね。普段はそれなりに受け入れているんですかね?

(町山智浩)それもあるんですが、ポーランドにはすごく今、保守的な反難民勢力の強い政党があるんですよ。その政党が一時、大統領選に勝ってしまって、政権を取ったこともあるぐらいなんですよ。右派ポピュリスト政権ですね。日本にもいますが。あえて政党名は出しませんが、みんなもわかると思いますけれども。そういう政党がいて、それが非常に強いから、政府としてもあまり難民を受け入れたくないわけですよ。で、あんまり揉め事がないようにってことで、密かに軍隊を使って送り返すんですが。この映画には3グループの主人公がいて。ひとつはそのバシールさん一家。もうひとつはその国境警備隊の若者なんですね。彼はすごく優しい人で、難民にも同情心があるんですけど、お金がないんで。奥さんが妊娠して、子供ができるんでね。なのでその非常に非道な仕事をするわけですよ。で、難民の人たちの子供、本当にちっちゃい子とかがいて、赤ちゃんとかがいるんですよ。で、ご飯は食べられないし、もう足とかもずっと歩いてきて、靴はボロボロで底がなくなって、裸足になっちゃって。そのボロボロの難民を有刺鉄線の境界線を越えてベラルーシに送り出すと、ベラルーシがまたポーランドに送り返すんですよ。

(石山蓮華)ずっとその行ったり来たりをさせられるんですね……。

(町山智浩)行ったり来たり、させられるんです。そのバシール一家が。で、その中で子供たちが死んでいくんですよね。で、「3人の主人公がいる」って言ったんですけども、三つめの主人公はそういったことを全然知らなかった、立ち入り禁止区域のギリギリのところに住んでいた精神科医の女性なんですね。ある日、庭の方でなにか音が聞こえるから「なんだろう?」と思って行ったら、その難民の人が立ち入り禁止区域を越えて、そこまで来たんだけど、そこで力尽きて死にそうになってるんですよ。で、それを助けるんですけど、1人の子供は死んじゃうんですね。で、もう1人のアフガンから逃げてきた女性は病院に何とか送り込むんですけど、病院で治療を受けてる最中にポーランドの国境警備隊が入り込んで。

「そいつはその不法移民だから、ベラルーシへ送り返すから」っつって、病院から連れていっちゃうんですよ。それを見たその女性が「これはおかしなことが起こってる」ということで、その難民救済グループに入って。立ち入り禁止区域に密かに入ってですね、難民を助けようとするんですね。で、もうボロボロの人たちがいるわけですよ。大怪我したり。で、治療とかはするんですけど。水をあげたり、食べ物あげたり、お金をあげたりはするんですけど。でも、それ以上はできないんですよ。というのは、彼らを救って難民として立ち入り禁止区域を越えて救済すると、人身売買になるって言われるんですよ。

(石山蓮華)ええっ?

(でか美ちゃん)「なんで?」って思っちゃうけど。

(町山智浩)これね、「ヒューマントラフィック」っていう罪で。アメリカとかヨーロッパはね、そうやって人を運んじゃいけないことになってるんですよ。国境を越えては。国境を越えるのに加担してはいけないんですよ。

(でか美ちゃん)でもそもそも、騙して連れてきてるんじゃんって思っちゃいますけどね。

(石山蓮華)そうですよね。「場合が違う」って思うような気がしますけど。

(町山智浩)そうなんですけどね。それで国境の突破に加担することになるんで、それはできないっていう。だからもう、助けることができなくて。「どうしよう?」ってことになるという話で。で、実は監督がですね、この人はポーランドの監督で。これね、すごいのはポーランド政府がお金を出してるんですよ。

(石山・でか美)ええっ?

(でか美ちゃん)なんか、中で頑張っている人がいるのかって感じがしますよね。

ホーランド政府がお金を出して作った映画

(町山智浩)いや、これはね、ヨーロッパの映画はほとんどがそうなんですけれども。前も紹介した『落下の解剖学』とか。ああいうのはみんなね、フランス政府がお金を出したりしていて。ヨーロッパの多くは、EUに入ってる国の映画は全部、国がお金を出して作っていて。それで映画の内容には一切、タッチしないことになっています。もちろん、作った後に「これは国に対して反抗的な映画だ」っていうことで嫌がらせしたりとか、上映禁止にしたりはするんですけれども。一応、建前としては映画の内容には一切口を出さない。でもお金だけは出すということになっていて。今、是枝監督とかが日本政府とやろうとしていることは、これなんですよ。

(でか美ちゃん)そうなんですか。

(町山智浩)今、是枝監督と『ゴジラ-1.0』の山崎貴監督が「日本政府もヨーロッパの諸国のように映画の内容にタッチしないで制作費を出せ」っていうことで政府に働きかけているんですけども。でも、日本政府はそういうことをしないのでね。いろいろ難しいことになってるんですけれども。それでこの映画はポーランドに対して非常に批判的な映画であるにも関わらず、ポーランド政府はお金を出してますね。で、これね、監督がずっとポーランドで映画を撮り続けてる女性監督なんですけれども。この人、この前に撮った映画がですね、ナチスにポーランドが占領された時に、そこにいたユダヤ系の人たちを地下水道にかくまって救済したという、実際にあった事件を元にした映画を撮った人で。今回も視点的にはそれと同じなんですね。要するに、助ける人たちの物語になってるんですよ。で、この映画がね、すごく面白いところは、その助けない人たち……国境警備隊の人たちの物語もちゃんとあるんですよ。

彼らは「このやっていることはひどいことだな」と思いながらも、政府の仕事だし、自分の生活もあるしっていうことで、やらざるを得ないということで、泣いてる子供とかを捕まえて、ポーランドとベラルーシの国境の有刺鉄線のところから放り投げたりするわけですよ。

(石山蓮華)自分もこれから子供が生まれるっていう時に……。

(町山智浩)そうなんですよ。だからね、一方的な映画にはなってなくて。また、その助ける側の方もですね、若い学生さんたちがいるんですけども。運動家の。それが非常にデタラメだったりするところもリアルなんですね。酒飲んでセックスして、遊びながらなんかやっていてね。そういうところも非常にリアルで。すごく取材して、実際にその救済する人たちと生活したりしながら、この映画を作っていったみたいなんですけれども。この監督はね、アグニエシュカ・ホランドさんという人で。さっき言ったナチの時代にユダヤ人の人たちを地下水道にかくまってた人の映画というのは『ソハの地下水道』という映画ですね。2012年の映画ですけれども。でね、この映画はポーランドにとっては非常に難しい映画で。さっき言ったみたいに右派政党の法と正義という保守系の政党がカチンスキという人を2005年から2007年まで大統領にしたぐらいの人なんですけども。

それで反移民がすごく今、ポーランド内部で広がっていて。なんていうか、最近ではLGBTを一切認めない法律を作ったり。すごい今、保守化してるんですよ。ポーランドは。でもね、この難民を送り込むベラルーシの酷い作戦というのはアメリカが真似をしました。これね、2023年にテキサス州っていうメキシコとの国境にある州のアボットという非常に保守的な州知事がいまして。その人はテキサス州に難民が入ってくるんですよね。グアテマラとか、ベネズエラとか。その人たちに対して「難民として受け入れてあげる」って嘘をついて、その人たちをバスとか飛行機に乗せてニューヨークとか、民主党が政権を取っている街や州にその難民爆弾を送り込んでるんですよ。それで「お前らは『難民を受け入れろ』とか言ってるけど、お前のところは国境から遠いから、難民が来ないじゃないか? うちに州には難民がいっぱい来るんだから、そんなに難民がほしいんだったらくれてやる!」っつって、大量にバスとかで送り込んでるんですよ。これはベラルーシのルカシェンコの真似をしてるんですけど。

(石山蓮華)人間に対してすることじゃないですね……。

ハイブリッドな戦争

(町山智浩)そうなんですよ。人を何だと思ってるんだ?っていうね。で、この映画の中でセリフでね、「これからの戦争はハイブリッドになる」っていうセリフが出てきて。何の説明もないんで、なんだかわかんないんですけど。これはね、昔の戦争っていうのは正規軍が宣戦布告をして、戦争を始めたんですけども。今は難民を送り込んだり、サイバー攻撃をしたり、ゴミを捨てたりとか。ありとあらゆる手法が使われることをハイブリッド戦争って言うらしいんですよ。嫌な時代になっていて、いろいろあれなんですけど。それでこのルカシェンコの難民爆弾はすでに終わっています。どうして終わったか?っていうと、ロシアがウクライナに攻め込んじゃったからなんですよ。

(でか美ちゃん)いや、なんか全然解決してないというか……。

(町山智浩)解決してないんですよ。もっとひどいことになっちゃったんですよ。で、このルカシェンコっていう人は、プーチンの番犬みたいな人なんですけど。プーチンが「ウクライナ戦争に参加しろ」っつったら、それは嫌なんですよ。「一緒にウクライナに攻め込め!」って言われて、「いや、それはちょっと勘弁してください」っていうことで、急に距離を置いて、今はおとなしくなっちゃってるんですよ。そのへんもね、小ずるいところでね、笑っちゃうんですけど。まあ、だから良くないことが良くないことで消えなくなったというね。困ったもんだっていう話なんですけどね。

(でか美ちゃん)なんか「難民受け入れをやってるんだから、いっぱい送り込むぜ!」みたいなやり方って、すごい汚いですよね? なんか受け入れている側とか、州とか国も、別にそういうことじゃないというか。ちゃんと受け入れるための制度とか、設備を込みでやってますよってことなんだから。なんか、でもこういう論破の仕方みたいなのって最近、すごい多いですよね? 論破になってないんだけども。

(石山蓮華)そう。なんか詭弁がまかり通っているなって。その社会の中で、政治の中でっていうのは本当に、なんかもう選挙に行かなきゃなっていうことを毎回、思うんですけれど。ちょっとこの映画を見て、改めて考えようと思います。

(町山智浩)だからよく、ほら。クルド人の問題っていうので今、川口にクルド人の人たちが多くて、追い出そうとしている人たちがデモとかをやっていて。それに対して何かを言うと、「お前らもクルド人が来たら、嫌だろう?」みたいなことを言うんですね。そういう言い方をするんですけど、この『人間の境界』っていう映画には、そういうことに対して戦う……その難民爆弾に対して、難民を兵器として使わない、使えなくするための方法がですね、最後に示されます。そこは非常に希望があるシーンになっているんで。それがですね、こういう人を人とも思わないやつらの作戦に対して戦う手段なので。この『人間の境界』の最後のところを見ていただきたいなと思いますね。

(石山蓮華)今日は来週、5月3日金曜日公開の映画『人間の境界』をご紹介いただきました。町山さん、そして以前、ご紹介いただいたアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した『マリウポリの20日間』がこちらも今週26日金曜日より全国公開スタートということで。ぜひ併せてご覧ください。

(町山智浩)これはウクライナにロシアが攻め込んだ最初の20日間を、そこに残ったカメラマンが撮った映画で。それでアカデミー賞を取ったんですけれども。この監督はアカデミー賞を取った時に「私はこんな映画中でも取りたくなかった」って言ったんですね。本当にもう、これはロシア軍がウクライナの産婦人科を攻撃するシーンが映っている、とんでもない内容のドキュメンタリーなんですけども。あれもね、ロシアは「そんなことしてないよ」とか言って。「ウクライナの嘘だよ」って言ってますけども。この映画が証拠ですから。ぜひ見ていただきたいと思います。

『人間の境界』予告

<書き起こしおわり>

町山智浩『実録 マリウポリの20日間』を語る
町山智浩さんが2024年3月5日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『実録 マリウポリの20日間』について話していました。
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