渡辺志保 ケンドリック・ラマー『GNX』を語る

渡辺志保 ケンドリック・ラマー『GNX』を語る INSIDE OUT

(渡辺志保)たとえば1曲目の『wacced out murals』って曲があって。そこのリリックでもですね、「Used to bump Tha Carter III, I held my Rollie chain proud Irony, I think my hard work let Lil Wayne down」っていうリリックがありまして。「昔は(リル・ウェインのアルバム)『Carter III』を爆音で聞いてた。そして皮肉なことに俺が努力したから、リル・ウェインはがっかりしたんだな」みたいなリリックがあるんですよね。『Carter III』というのは言うまでもなく、リル・ウェインの代表的ヒットアルバムなんだけど。それを昔、聞いていたケンドリック少年なんだが、皮肉なことに彼が努力してめちゃめちゃラッパーとして成功してしまったがゆえに、昔は尊敬していたリル・ウェインのことをがっかりさせちまったなっていう。それはたぶん「俺がニューオーリンズのスーパーボウルのハーフタイムショーの座を奪ってがっかりさせちまったな」っていう感じの描写かなと思いますし。ここでしっかりはっきり、リル・ウェインの名前をラップしている。

で、あとはですね、その同じ曲の中で「Won the Super Bowl and Nas the only one congratulate me」というリリックもあって。「スーパーボウルの座を勝ち取った。祝福してくれたのはNasだけだった」っていう。実際、Nasが「ケンドリック、おめでとう」っていうポストをSNSにその時にしてたわけなんですけれども。結構ね、その「リル・ウェインじゃないんかい?」というヤジみたいなものも多かったので。「いやいや、もう俺のことを分かってくれるのはNasだけだよ」っていう。というか、逆にあのNasが祝福する稀代のラッパーがケンドリック・ラマーだということで。なんかすごくね、ケンドリックがいかに素晴らしいかということを、そして自分がそれをいかに誇りに思っているかということも、このリリックから伺えるなという風に思いました。

Kendrick Lamar『wacced out murals』

(渡辺志保)あとはですね、ちょっとそのスーパーボウル、もしくはニューオーリンズ絡みで私がすごい好きな表現が『tv off』っていう曲があって。これはビートもすごい最高で。これ、オーケストラも使って録っているビートなんですけれども。『tv off』でも「Walk in New Orleans with the etiquette of L.A., yellin’」っていうリリックがあって。「ニューオーリンズを歩いてやる。LA流にな」っていう意味なんですよね。で、この「yellin’」っていうのは「叫ぶ」っていうことなんだけども。その後に「Yellin’…Mustard!」っていう風にプロデューサーとして参加してるマスタードの名前をでっかく叫ぶという流れになるんですよね。なので「マスタード!」って叫びながらLA流にニューオーリンズを歩いてやる……「ウエストコーストの俺たちがニューオーリンズをテイクオーバーしてやるぜ」みたいなノリの リリックなんですけど。ここもね、実際にこの曲をスーパーボウルでやるんじゃないかなって、ちょっと思っているし。その「マスタード!」って叫ぶのがすでにもうSNSではミーム化している感じで。

「マスタード!」がSNSでミーム化

(渡辺志保)で、これは夫が教えてくれたんですけど。マクドナルドも公式のXのアカウントで、マクドナルドってマスタードのソース、あるじゃないですか。そのソースのパッケージの「MUSTARD」っていう表記を「MUSTAAAAAAAAAAAARRRRRRDDDDDDDD!」っていう、めっちゃ叫んでいる表記に変えたみたな、そんなパロディ画像みたいな。ちょっとひねりの効いたおもしろ画像みたいなのをポストしていて。結構、みんながこの「マスタード!」に乗っかってる感じがあって非常に面白いというか。いいなっていう風に思っているところです。

(渡辺志保)というわけで、ここでケンドリック・ラマーのニューアルバム『GNX』から1曲、お届けしたいと思います。『tv off』。

Kendrick Lamar『tv off』

(渡辺志保)お届けした曲はケンドリック・ラマーのニューアルバム『GNX』から『tv off feat.Lefty Gunplay』でした。というわけで今日は私がちょっと出戻ってきまして、ケンドリック・ラマーのニューアルバム『GNX』に関してああだこうだとしゃべる回という感じで お届けしておりますが。で、今年のケンドリック・ラマーといえばこの番組でも何度もしゃべってるけれども。2024年3月、4月、5月にワーッと盛り上がったドレイクディス。そして『Not Like Us』の大ヒットというのがあるわけです。けれども、じゃあ果たしてこのアルバムでドレイクはどんな扱いを受けているのか?っていう感じなんですが……まああんまりフィーチャーされてないというか、フォーカスされておりませんね。今回のアルバムにおいては。

ドレイクに対する嫌味とも取れるライン

(渡辺志保)なんだけど、聞けば、そしてリリックを見れば「ああ、これはちょっとドレイクに対するディスか嫌味のラインかな?」みたいな、そういうことを歌ってんのかなっていうリリックはちょいちょい見つかるわけなんですけれども。たとえば、さっきも紹介しました『wacced out murals』という最初の曲ではですね、Nワードを使いながら「N***as from my city couldn’t entertain old boy」っていうリリックがありまして。「俺の地元の奴らではあのオールドボーイを楽しませられなかったようだな。あんなに稼がせてやったのに」っていうようなラインがあって。ここではそのオールドボーイというのがドレイクのことなのかな? みたいな。あくまで匂わせっていう感じなんで、断定はできないんですけれども。そんな感じです。なのでひっくり返せば、好意的な描写はないということですね。あと、ケンドリックから歩み寄るような描写は見られないという感じです。

もっと言うと『Not Like Us』、あれだけヒットしたシングルですけれども。『Not Like Us』はこのアルバムには未収録ということなんで、やっぱりあれだけしつこく執拗にドレイクのことをディスった曲ですので。あそこがピークっていうことだったんだろうね。なので『Not Like Us』は今後、ライブでパフォーマンスとかはするかもしれないけど。ケンドリック・ラマーにとっては一区切りついたトピックなのかなっていう風にも感じました。

ただ、さっきも申し上げたようにその『Not Like Us』から続く雰囲気、味みたいなものはこの『GNX』にめちゃめちゃ引き継がれていて。それがひとつ顕著に現れているのが『reincarnated』っていう6曲目に収録されている曲で。それかなという風に思います。で、『reincarnated』っていう曲、タイトルの『reincarnated』っていう単語は「転生する、生まれ変わる」という意味なんですよね。で、この曲では2Pacの過去の楽曲をサンプリングしていて。

1996年に発表された『Made N**gaz』という曲なんですけれども、で、この曲って2Pacが亡くなる直前にリリースされた、2Pacが最後にリリースしたシングルなんですね。私はちょっと恥ずかしながら曲は聞いたことあったけど、その生前最後のシングルとして発表されたっていうことは存じ上げなかったのですが。2Pacは1996年の9月に亡くなったわけなんですけれども、この曲ができたのは1996年。その亡くなった年の6月。なので亡くなる3ヶ月ぐらい前に完成した曲ということですね。

で、聞いてもらえれば分かるんですけども、1行目からめちゃめちゃケンドリック・ラマーが怒ってるような感じでラップしている。なので、最後の2Pacの亡くなる直前のヴァイブスっていうのをこの曲に閉じ込めたのかなと思いますし。やっぱり2Pacの曲をサンプリングするっていうのはおそらく、特にウエストコーストのラッパーにとってはめちゃめちゃ重みを感じることだと思うんですよね。非常に意味がある、意義深いことかなという風にも思うんですけれども。以前、彼はケンドリックは『Mortal Man』っていう曲を作っていて。そこでは生前の2Pacのインタビュー音声をコラージュして、まるで自分と2Pacが会話しているような、そういうちょっとトリッキーな曲を作っていたわけなんですけれども。

ここでは2Pacが最後に残した曲をサンプリングしていて。で、今年のケンドリックとのビーフのさ中にドレイクが『Taylor Made Freestyle』っていう曲を 発表しましたよね。そこでドレイクはその2Pacの声をAIで生成して、まるで2Pacがケンドリック・ラマーにラップしてるかのようなバースを人工的に作った。で、その同じ曲の中では2Pacに加えてSnoop Doggの声もAIを使ってバースを完成させていて。なので、すごい奇妙なんだけど人工的に作られたSnoop Doggのバースと2Pacのバースが『Taylor Made Freestyle』という曲の中で生まれたっていうことがあったわけなんですよね。

2PacとSnoop Doggの声をAI生成したドレイクへの目配せ?

(渡辺志保)なので、ここでケンドリック・ラマーは実際に2Pacの楽曲をサンプリングして、そこに対するアンチの姿勢というか、そうしたことを表しているのかなという風にも思いましたし。実際、この曲じゃないんだけど他の曲のリリックの中でも「あんな曲作ってどうしてくれとんねん?」みたいなことをSnoop Doggの名前を出してラップしているんですよね。それに対してSnoop Doggも好意的なXのポストをしていたわけなんですけれども。なので、そういう『Taylor Made Freestyle』っていう結構屈辱的な曲……そのAIの件も含めて、屈辱的なことだったと思うんだけど。それに対するアンサーというか、「自分はこう思ってるんだ」っていうアティチュードをこの『GNX』の中でも表しているのかなという風にも思いました。

で、この『reincarnated』っていう曲自体も曲の中で語られていること。リリックの内容もちょっと面白くて。ファーストバース、セカンドバース、サードバースって3つのバースで構成されてるんだけど、それぞれ視点が違うんですよね。で、これは私ももっとちゃんと精査しなきゃいけないんだけど、ファーストバースはジョン・リー・フッカー。セカンドバースはビリー・ホリデイという、過去の素晴らしい偉大なシンガーたちに自分が転生して、『reincarnated』してラップをしているような内容になってます。

たとえばセカンドバースは「Another life had placed me as a Black woman in the Chitlin’ Circuit」っていうリリックで始まるんですけど。「Chitlin’ Circuit」っていうのは昔、ブルースシンガーとかソウルシンガー。ブラックのシンガーたちのドサ回りっていう意味なんすよねなので「Chitlin’ Circuitでドサ回りしている黒人女性に生まれ変わってラップしてるぜ」みたいなリリックで始まるバースで。最後のバースは「今、俺はケンドリック・ラマーとしてラップしてるぜ」っていうリリックで始まるわけなんですけれども。ちょっとこの辺、私ももっと精査して皆様に情報をシェアできればと思うんですが、そうした構成のリリックになっております。

Kendrick Lamar『reincarnated』

(渡辺志保)で、まあそういう「さすがケンドリックだな」って思うような、ひねりの効いた曲がたくさん収録されているわけなんですけれども。アルバム全体の印象は最初の方にも話した、ちょっとウェッサイ風味、めちゃめちゃ強つよっていうところもそうなんですけれども。さっき、リル・ウェインに向けたリリックのところでも言いましたけどもやっぱり感情的というか、ちょっと衝動的という風にも言えるし。これまでのアルバム2作、3作と比べても明らかにトーンが違うなっていうことをめっちゃ感じました。『Mr. Morale & the Big Steppers』もそうだし、『DAMN.』もそうだし、『To Pimp a Butterfly』も『good kid, m.A.A.d city』もそうなんだけど。過去のここ数年のケンドリック・ラマーのアルバムって、めちゃめちゃしっかりしたシナリオみたいなものがバックグラウンドにあったわけですよね。

で、そこで自分がその音楽を通していろんなミュージシャンとコラボレーションして、何をどう伝えるのか?っていうことを極上の方法で表現したアルバムだったわけですれども。ゆえにね、たくさんグラミー賞であるとか、ピューリッツァー賞を受賞したってこと があるわけですけれども。今回の『GNX』に関しては、そうした大きな枠組みというか、シナリオっていうものが…シナリオかな? なんか、そういう緻密なものがなくて。言い換えるとアルバムというよりは、ミックステープ的なものなのかなっていう風に感じました。インディのアンダーグラウンドのラッパーがたくさん参加してるっていう点においてもそうですね。

で、これは私の深読みしすぎっていうか、勘ぐりすぎかもしれないけど。ちょっと名前を出したテイラー・スウィフトとかもそうだけど、メジャー級のアーティストを招くにはいろいろクリアランスであるとか、いろんな契約書とか、そうしたものが間に合わなかったのかな?っていう風にも感じるぐらい結構、そういう構成なのかな?って感じたんですよね。逆にそういう雰囲気が私は個人的には自分好みだったりするわけなんですけれども。なので、来年2月にスーパーボウルのハーフタイムショーを控えておりますが、その直前ぐらいにもしかしたら、しっかりしたアルバムを出すのかもしれないし。たとえば当日ととかね、何か音楽的なサプライズがあるのかなっていう風にも感じておりまして。なんかこの『GNX』1枚では終わらない感じをすごく受けました。皆さんはどうでしょうか?

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