町山智浩さんが2024年4月16日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『異人たち』について話していました。
(石山蓮華)そして町山さん今日は?
(町山智浩)今日は今週19日(金)から公開になる『異人たち』という映画を紹介します。
(町山智浩)これ、今流れてるのはね、ペット・ショップ・ボーイズというイギリスのテクノグループの『It’s a Sin』という1980年代のヒット曲なんですけど。「それは罪だ」っていうタイトルの歌なんですよ。で、この場合の「罪」というのは「同性愛」ですね。
(町山智浩)80年代はイギリスでものすごくたくさんゲイであることをオープンにして、カミングアウトしたロックグループがいっぱい出て、次々とヒットを飛ばした時代なんですよ。イレイジャーとかね、ブロンスキ・ビートとか。これからバックでかかりますけど。僕が選んだんで。あとはフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドとか。カルチャークラブはご存知ですかね?
(石山蓮華)ちょっとふわっとで。すいません。わかってないです。申し訳ないです。
(町山智浩)わからないと思います。80年代はすごく、イギリスからゲイであることをはっきりと言って。それでゲイについて歌うというグループがいっぱい出てきた時代で。それを背景にした映画が公開、紹介する『異人たち』という映画なんですが。『異人たち』っていうのは「偉大な人」っていう意味じゃなくて。「異なる人」っていう意味ですね。具体的に言うと、幽霊のことです。で、これは日本の小説が原作になっています。これ、この間、亡くなりましたけども。シナリオ作家としても知られている山田太一さんの小説の『異人たちとの夏』という作品が原作なんですね。これ、1987年に出版されて、1988年に大林宣彦監督で映画化されてるんですけども。これはご覧になってないですよね?
(石山蓮華)はい。見たことないです。
山田太一『異人たちとの夏』が原作
(町山智浩)これ、素晴らしい映画なんでね。U-NEXTとかで見れると思いますので、ぜひご覧なっていただきたいんですが。時代はね、その時はバブル期だったんですね。で、みんながお金持ちになっていたところなんですけども。主人公はシナリオライターで……山田太一さんもシナリオライターだったんですね。で、ところがチャラチャラやってるうちに……山田太一さんはチャラチャラやってはいないんですけども、その主人公の風間杜夫さんはなんかチャラチャラやってるうちに、奥さんと子供に逃げられたと。で、絶望的な気持ちで一人暮らしを始めるんですけれども。同じマンションに住んでいる美人の名取裕子さんが訪ねてきて「部屋に入れて」っていうのに、風間杜夫さんは離婚ですごくイライラしていて。それで彼女を追い返しちゃうっていうぐらい、イライラしてるんですね。名取裕子さんを追い返すって、ろくでもないなと思いますけど。あり得ないだろうと思いましたけど。映画を見た時は。
で、もう本当に行き場を失った風間杜夫さんは、子供の頃に暮らしていた浅草に行くんですよ。で、浅草で自分の両親と会うんですね。その両親は、お父さんが片岡鶴太郎さんで、お母さんは秋吉久美子さんなんですけど。どうしてこの2人が結婚するんだ?って思いましたけど。
(でか美ちゃん)町山さんの感情がすごい入っている(笑)。
(町山智浩)ねえ。僕、秋吉久美子さんとかもう、本当に女神のような人でしたからね。僕にとってね。で、片岡鶴太郎が「おう、お前。どうしたんだよ? 久しぶりに帰ってきたな?」って。江戸っ子弁でね、言ってきて。優しくするわけですよ。風間杜夫さんにね。で、ご飯とかちょっとこぼしてほっぺについたりすると、そのご飯を秋吉久美子さんがね、つまんで食べてくれるんですよ。こぼしたご飯を食べてくれるのって、お母さんだけですよね。
(でか美ちゃん)すごい愛情表現っていうかね。
(石山蓮華)たしかにね。
(町山智浩)で、すごく絶望的な気持ちになった風間杜夫さんは、そこで幸せな気持ちになって。両親と会って、優しくされて。で、帰り際にね、「また来いよ!」って言われてね。「またいらっしゃいよ」って両親に言われるんですよ。だけどね、その両親はもう、とっくに死んでるんですよ。風間杜夫さんが12歳の時に、交通事故で両親は亡くなっているんですね。で、死んだ時の年齢なんで、主人公の風間杜夫と同じぐらいの、40歳ぐらいなんですよ。この片岡鶴太郎、秋吉久美子さんの夫婦が。だからまあ、幽霊なんですよ。で、『異人たちとの夏』っていうタイトルなんですけど、これはお盆の話なんですね。
(でか美ちゃん)ああ、なるほど!
(町山智浩)で、すごく幽霊の話って怖いと思う人も多いと思うんですけど。でも、幽霊がいた方がいいと思うのはやっぱり寂しい……会いたい人には会いたいからですよね? そういう、すごく幽霊に対する複雑な気持ちを描いた映画であり、原作が『異人たちとの夏』という本当に素晴らしい名作なんですけど。これを現代に、イギリスのアンドリュー・ヘイ監督という人が映画化したんですよ。「なんで?」って思うわけですけど。
(でか美ちゃん)なんか突然な感じがしますけどね。
なぜ今、イギリスで映画化したのか?
(町山智浩)「どういうことで?」って思いますよね。でも、これはすごく重大な意味があって。このアンドリュー・ヘイ監督という人はずっと「子供の頃から自分は一生、結婚したり、愛したり、愛されたりすることはないだろう」と思いながら生きてた人なんですって。それは、彼がゲイだからなんですね。で、ゲイの人が別に自由に恋愛をしてもいいんじゃないかと思う人もいるでしょうけども、彼はそういう人ではなかったんですよ。非常に内気で。それと11、2歳の頃に学校でそれでいじめられたりした経験があって、トラウマになっていて。自分をオープンにすることができなかったそうです。で、もう絶望的な気持ちになってるところで、その自分の子供の頃に育った家に行くと、そこにお父さんとお母さんがいるんですよ。この主人公はね、アダムという作家で。これは完全にアンドリュー・ヘイ監督自身を投影しているんですけども。
そこに行くと、その家の中は80年代なんですよ。で、自分が11歳ぐらいの、中学生ぐらいの頃の子供部屋のまんまになっているんですね。で、そこにあるレコードが今、流れてるような80年代のゲイテクノなんですよ。ちゃんとレコードジャケットを見たりするシーンもあるんですけどね。で、そこでお父さんとお母さんに会えて。お父さんとお母さんもやっぱり原作通り、主人公が11、2歳の頃に交通事故で亡くなってるんですよね。で、そこに何度も入り浸りようになるんですけれども。その一方で彼自身が一人暮らしのマンションで、ハリーという男性がいて。その男性が彼の部屋を訪ねてきて。で、2人は恋に落ちていくんですよ。
そこで「自分はゲイなんだけれども。でも1回も、そういったことをしたことがないんだ」って。40ぐらいなんですよ。で、その背景にすごく大きくあるのが、この主人公と監督が「自分がゲイである」っていう自覚を得た頃っていうのは、大変なエイズパニックが起こってた頃なんですよ。
(でか美ちゃん)それこそ、差別的な偏見も強そうですよね。
(町山智浩)そうなんです。その頃はだから、もう本当にジョークとかで「エイズが伝染るから触るな」だとかね、そういうことを平気で言ったりして、ものすごい差別があった時代で。しかも、ゲイであることが生きるか死ぬかのことになっていた時代なんですよ。だから今みたいに気楽なもの……今だって、気楽なものではないんですけども。もっとその頃は生か死かという状況だったんで。だからちょっと、それは今、見るとわかりにくいかな?っていう気はしますよね。当時は本当にそういう状況だったんですよ。だから、そういうことを歌う人たちがすごく切実に歌っていて、それで大ヒットを飛ばすという形になっていたんですよね。
だから本当に、そこからもう何十年も経ってるわけですけども。で、ところがこの主人公のアダムはそのハリーという彼と初めて恋人同士になれるということで、幸せになっていくのかな?っていう話なんですけどもね。
(石山蓮華)あれ? なんか含みが……。
(でか美ちゃん)不穏な……。
(町山智浩)はい。これね、後半は原作とはかなり変えてあります。
(石山蓮華)そうなんですか。じゃあ大林監督版を見てから見ても、違うラストになるってことですか?
(町山智浩)はい。これ、僕はだから「ああ、こういう風に変えたのか」ということで、非常に感動しました。
(でか美ちゃん)でも、なんだろう? その時代にミュージシャンの人が次々に自分のことを話すようになるっていうのは、誰かパイオニア的な存在がいたんですか?
(町山智浩)その時はトム・ロビンソンという人がいて。その人が一番最初のパイオニアと言われてるんですけども。やはり大ヒットしたってことが大きいですね。カルチャークラブの大ヒットが大きかったですね。それでもう本当に、全世界でトップ1になったというだけじゃなくて、ボーイ・ジョージさんというボーカルの人が、もう完全に女性の姿で。いわゆるドラァグという形で歌うってことで表に出たっていうことが非常に大きかったと思います。
(町山智浩)ただ、歌詞は非常に切実なものが多くて。その当時はでも、ワム!なんかもすごく売れてたんだけど。ワム!のジョージ・マイケルはカミングアウトできなかったんですよね。その時は。ただ、歌詞は『Freedom』っていう歌では「自由になることが大事なんだ」っていう風に歌っていて。非常に、なんていうか……考えてみると、最もゲイの人がものすごい数でヒットを飛ばした時代でもあるんですよ。同時にね。
(町山智浩)だから、この映画はその頃のレコードを出してきて。「こういう時代だったんだ」ってやるシーンがあるんすけど、そこでは何の説明もないんで。ジャケットを見ても、わからない人には何の意味があるのか、わからないと思いますけども。
(でか美ちゃん)やっぱり時代のこととか、その時のカミングアウト的な……「カミングアウト」っていう言葉自体が私はあんまりしっくりきてないんですけど。そういうのをわかった上で見ていった方が、よさそうですよね。
なぜ1980年代に時代設定したのか?
(町山智浩)そうですね。なぜ、この時代設定なのか?っていうことがすごく大きくて。なぜ、父親に会わなければならなかったのか? なぜ、母親に会わなければならなかったのか? その当時は、彼は言えなかったんですよ。両親に。そういう時代じゃなかったから。本当にもう、エイズパニックの時代ですから。そんなことを言ったら、大変なことになっちゃうんですよ。両親は。「それは、なんとかやめられないの?」とか言ったりするんですよ。
(でか美ちゃん)やめるとか、やめないとかじゃないのにっていう感じですよね。父と母がね、恋したように……。
(町山智浩)でも、エイズパニックの時代だから。親は心配しちゃうわけですよ。だからものすごくきつかったことを監督は「じゃあ、もしこの『異人たちとの夏』のように、亡くなった両親に会えてあの頃に戻れるんだったら、言うべきことを言っておきたかった」っていう映画になってるんですよね。
(でか美ちゃん)切ないな……。
(石山蓮華)監督自身の経験が本当に作品の中に生きているんですね。
(町山智浩)そうなんです。それで今、流れている曲がね、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドというバンドの当時のヒット曲。1984年ぐらいか? 『The Power Of Love』という曲なんですけども。このフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドというのは最初、すごくゲイの人の偕楽主義みたいなことを歌っていて。『Relax』というヒット曲があったんですよ。聞いたこと、ありますか?
(でか美ちゃん)はいはい。「リラックス♪」っていうやつですよね。
(町山智浩)そうそう。「リラックス♪」って。あれは、いわゆるあの、アナルセックスについて歌っている歌なんですよ。
(でか美ちゃん)ああ、そうなんですね。へー。全然知らなかった。
(町山智浩)そういうのが歌って出てきたバンドで。だからあれをテレビのコマーシャルで日本では使ったりしていたけども。本当に何を考えているんだか……っていうね。
(でか美ちゃん)本当。めちゃめちゃ聞いたことある曲ですよ。
(町山智浩)だからすごく批判もされていたんですよ。快楽主義的だし、エイズの時代になったんでね。ところが、この歌は1984年のクリスマスソングかなんかで彼らが出した曲で。これはすごく真面目に愛の大切さを歌ってる歌なんですよ。プロモーションビデオではキリストの誕生を描いていて。クリスマスソングですから。これが、この『異人たち』のテーマ曲になってるんですよ。
(石山蓮華)ふーん!
(町山智浩)で、このプロモーションビデオを見ると、この『異人たち』のラストの意味がわかるんですよ。それ映画と、このミュージックビデオどっち先に見るのがおすすめですか。
(石山蓮華)映画とミュージックビデオ、どっちを先に見るのがおすすめですか?
(町山智浩)ミュージックビデオの方ですね。見ておくと、わかります。ネタバレにもなんにもならないです。わかります。全然、作品自体の良さはそれで損なわれませんから。このプロモーションビデオはぜひ、見ていただきたいと思いますけども。
Frankie Goes To Hollywood『The Power Of Love』のMVを見るとラストがわかる
(町山智浩)で、この『異人たち』っていうのは今回、タイトルが変わっていて。『All of Us Strangers』っていうタイトルになってるんですね。「僕らはみんな、Strangerなんだ。僕らはみんな、違うんだ」っていうタイトルになってるんですよ。このイギリスでのリメイク版は。これはすごく大事で。これ、金子みすゞさんの歌があるでしょう?
(石山蓮華)『私と小鳥と鈴と』っていう。
(町山智浩)「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい」っていうことですよね。だから今、日本は同性婚とか全然、見込みがない感じになっちゃっていますけども。それで今、このアンドリュー・ヘイ監督は世の中が変わったから。今はちゃんと、愛する人がいて幸せだそうです。でもそれは、イギリスだからかもしれませんね。日本ではどうなのかってことだし。金子みすゞさんっていう童謡作家の人も、共同親権じゃないですけど。DV夫に親権を取られて、自殺してるんですよ?
(石山蓮華)本当に結構つらい、壮絶な人生を歩まれているという……。
(町山智浩)でも日本はその頃と全然変わってないですよ。何も変わってないですよ。どうするんだ、これは?って思いますけども。まあ、この『異人たち』は本当に素晴らしい映画なんで。あと、元の映画もどっちも素晴らしいです。ぜひ、ご覧ください。
(石山蓮華)ありがとうございます。今日は今週19日(金)公開の映画『異人たち』をご紹介いただきました。町山さん、今日もありがとうございました。
(町山智浩)どうもでした。
映画『異人たち』予告
イギリス映画『異人たち』って山田太一原作・大林信彦監督の『異人たちの夏』のリメイクなのか #こねくと pic.twitter.com/jgfYoYVeWe
— Simon_Sin (@Simon_Sin) April 16, 2024
<書き起こしおわり>