町山智浩『リアル・ペイン 心の旅』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年1月28日放送のTBSラジオ『こねくと』で『リアル・ペイン 心の旅』を紹介していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日は2本、急ぎでパパッと紹介しますが。両方ともですね、ダメな弟とよくできた兄貴みたいな感じの映画なんですが『リアル・ペイン 心の旅』というアメリカ映画とですね、『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』というマレーシア映画を紹介します。まず最初に『リアル・ペイン』の方から行きます。この映画はですね、ポーランドが舞台なんですがニューヨークに住んでるユダヤ人で40歳ぐらいの結構、いろいろと成功していて、家族も上手くいってるなんていうか、エリートの主人公がデヴィッドというんですが。それをジェシー・アイゼンバーグという人が演じています。

それがダメな従兄弟。何をやってもうまくいかないダメな従兄弟のベンジーと一緒に……彼ら、子供の頃に兄弟同然に育ったんで2人でポーランドに旅に行くという珍道中映画です。コメディです。で、このジェシー・アイゼンバーグという主演をしてる人はですね、この人が監督も脚本もしていて。『ソーシャル・ネットワーク』というFacebookの創始者のマーク・ザッカーバーグを描いた映画でマーク・ザッカーバーグを演じてた人ですけども。

で、彼らがどうしてポーランドに行くか?っていうと、この従兄弟2人のおばあちゃんがポーランド出身でアメリカに移民したからなんですね。で、彼女が亡くなって「お前たち、いつかポーランドに行って自分たちのルーツを見ておきなさい」っていう風に遺言で言われたんで、2人が行くことにするという話なんですよ。ところが、その「ポーランドから来た」っていうことは実は非常に重要なんですね。ポーランドは、アウシュビッツがあるんですよ。で、このおばあちゃんユダヤ系なんですね。ポーランドにはものすごいユダヤ系の人たちが住んでたんですけども、300万人ぐらい虐殺されてるんですね。ナチス・ドイツによって。

そこからたぶん子供の頃、幼い頃にアウシュビッツで生き残ったのがこのおばあちゃんなんですよ。ちなみに今日はですね、アウシュビッツ収容所が解放されてから80年目ですね。で、まだ中にいた人たちは解放された時、ソ連が入ってくるんですけども。そこで生き残ってた人たちが少し、わずかにいたんですが。あとと隠れていた人とかがニューヨークに移民して。その孫がこのデヴィッドとベンジーなんですね。でもニューヨークのユダヤ人っていうのははっきり言ってみんな、まあ金持ちですよ。裕福に育っていて。で、自分たちのおばあちゃんぐらいの世代の人たちが大変な虐殺を生き延びてきたということは話でしか知らないわけですけど。

アウシュビッツがあるポーランドに行くユダヤ人の心情

(町山智浩)だからポーランドに行くっていうことは結構、きついことなんですよ。でも、おばあちゃんの遺言だから行くわけですけど。そうすると、このベンジーという何をやってもうまくいかなくて、40過ぎてても定職もない従兄弟がいきなり、もうソフトボールぐらいの大きさのマリファナを持ってくるんですよ。ポーランドに(笑)。

それでデヴィッドは優等生なんですよ。典型的な優等生で、もう人生をまっすぐに進んできたんですけど、ベンジーはフラフラフラフラしてて。まあ寅さんみたいな感じなんですね。で、ポーランドに行ってユダヤ人大虐殺のホロコーストの現場を見るっていうのに、もうマリファナでラリって「イエーイ!」とか言って、パーティ気分なんですよ。それでこれ、どうするのかな?って思うと、ベンジーは実はそれがきついから、無理やり自分を上げてるだけだったんですよ。

で、アウシュビッツに行くのにね、列車に乗って行くですけど。そうするとベンジーはパニックになっちゃうんですよ。「ユダヤ人をアウシュビッツに連れて行くのに列車に乗せるんじゃねえよ!」って言うんですよ。っていうのは、アウシュビッツの大虐殺収容所、ガス室のあるところにユダヤ人たちを貨物列車に乗せて運んだからですね。それを思い出しちゃうからなんですけど、この映画はそれをギャグとして描いているんですよ。基本的にギャグ、コメディなんで。そういうところがすごいなと思って。これ、ジェシー・アイゼンバーグという監督・脚本の人自身がもちろんユダヤ系なんですけども。

すごくユダヤ系の人にとってホロコーストっていうものに向き合うことはかなりきついことなんですよ。これね、僕は非常によくわかるのは僕、父親が韓国系だったんで韓国に行くっていうことがものすごくつらかったんで。40過ぎぐらい……子供はちょっと大きくなってから、はじめて行ってるんですよ。やっぱり韓国に行くと、たとえば日本によって占領された時の碑とかがいっぱいあって。博物館に行けばね、日本に占領された時の話になるわけですよ。

その間に立っている自分っていうものはね、どうしたらいいんだろうと思うわけですよ。でも、やっぱり行かなきゃなんないんで行って、すごくよかったんですけど。だからすごくこの2人の気持ちはよくわかるんですよ。そのものすごく重い歴史……自分のルーツ、歴史と向かい合わなきゃいけないっていう感じはね、すごくよくわかるんですけど。ただこれね、この重い題材をものすごく軽く楽しく見せてるのはこのダメなベンジーくんなんですよ。

キーラン・カルキンの名演

(町山智浩)で、そのベンジーを演じるキーラン・カルキンさんという俳優さんは今回、アカデミー賞の助演男優賞候補で。まあおそらく受賞するだろうと言われてるんですね。ゴールデングローブ賞ではもう既に取ってますけど。で、このキーラン・カルキンって人はね、『ホームアローン』っていう映画、知っていますか? あれの主演のマコーレー・カルキンの弟なんですよ。マコーレー・カルキンはね、もう俳優を引退してるんですよ。あの人、親を訴えて『ホームアローン』の権利を全部、自分で所有してるんで何もしないでも暮らしていけるんですよ。

親に搾取されたってことで親を訴えたんですけどね。子役としてね。でもね、その弟のキーラン・カルキンさんは非常にコミカルな演技と非常に複雑なキャラクターを演じてものすごく評価されてんですけどね。特にこれ、すごいのは彼ね、全然ユダヤ人じゃないんですよ。彼はアイリッシュでアイルランド系なんです。それが見事にそのユダヤ系の非常に分裂した、裏と表があってその中で引き裂かれていくキャラクターを見事に演じていて。やっぱり俳優ってすごいと思いましたね

これは兄弟じゃないんですけど。従兄弟で年も同じぐらいで、どっちが上かわかんないんですけど。ユダヤ系の人ってね、ものすごく真面目な学者とか、あと金融関係の人が多かったりしますけれども。もう一方で、コメディアンにものすごく多いんですよ。それを非常に表現していて。そのユダヤ系の人の2つのパターンっていうものを非常によくこの2人は表現してると思いました。

『リアル・ペイン〜心の旅〜』予告

アメリカ流れ者・『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』

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