渡辺志保さんが2024年4月12日放送のbayfm『MUSIC GARAGE:ROOM 101』の中でビヨンセの最新アルバム『Cowboy Carter』について再びトーク。前週、語れなかった部分を詳しく解説していました。
(渡辺志保)ここからの時間はビヨンセの最新アルバム『Cowboy Carter』について、先週もお話したんですけれども。自分の中ではちょっとしゃべり足りなかったなというところが非常に多くありますので、ちょっと『Cowboy Carter』について引き続き、お時間をいただきましておしゃべりしたいなと思います。
『Cowboy Carter』。ビヨンセにとっての8枚目のアルバムということで、今年の3月29日に発売されました。発売日当日にビヨンセが日本におりまして。渋谷のタワーレコードで150名限定のサイン会を行ったということも話題になりましたし。私は残念ながらですね、その時は仕事中でサイン会に行くことはできなかったんですけれども。いやー、めちゃめちゃ悔しいが、めちゃめちゃ嬉しい出来事でもありましたよね。で、この『Cowboy Carter』なんですけれども、もちろんといいますか、当たり前といいますか。アメリカのビルボードチャートで初登場1位が既に確定しておりまして。
初週で40万枚相当の売れ行きのアルバムということで。もう本当にここ数年なかった規模の非常に速いペースで売れているアルバムというところにもなります。で、カントリーアルバムチャートでも1位ということで。黒人女性としては初めてのカントリーチャートのトップを飾ったアルバムということになります。もう既に、本当にいろんな方がこの『Cowboy Carter』を称賛されておりまして。スティービー・ワンダーさんはこのアルバムを「マスターピース」という風に評しており、「音楽、そしてカルチャーを変える。それぐらいの威力を持った素晴らしいアルバムだ」と言っているんですね。
あとはミシェル・オバマさんであるとか、あとはカマラ・ハリス副大統領もこのアルバムのことを称賛していらっしゃいますし。マーティン・ルーサー・キング三世さんもですね、このビヨンセの『Cowboy Carter』のことを「素晴らしい、歴史に残る作品だ」ということで。もう称賛がやまないというほどに今、売れている。そして非常に高く評価されているアルバムということです。で、私もリリースされてからすぐ聞いたわけなんですけれども。もう何周も何周もしまして。前作の『RENAISSANCE』はやはりサウンド的にも、あとはリリックの内容も非常にアグレッシブというか。特にリリックの内容に関しては、過激な表現なんかも含まれるという。それがいいところで、それがビヨンセの素晴らしいところなんだけど。たとえば、そうしたアルバムを子供と一緒に過ごす日曜日の朝に、家で聞けるか?って言われたら、残念ながら私はちょっと聞くことを躊躇してしまうというところがあって。
だけども、今回のこの『Cowboy Carter』は非常にリリックの内容も、なんていうか、愛情にあふれた、慈愛に、滋味にあふれるようなリリックも多くて。子供に聞かせられないような過激な表現というのは、前作とか前々作、前々々作に比べると少ないということで。金曜日にリリースされてから、その次の土日、結構一日中家の中でも流していて。子供と一緒にも聞ける素晴らしいアルバムで。別に子供と聞けるから素晴らしいわけではないんですけれど。子供と聞けなくても素晴らしいアルバムはたくさんあるんですけれども。そういう意味でも、非常にたくさんの方に愛されるアルバムなのかなと思って聞いておりましたし、楽しみましたし、泣きましたという感じですね。
で、この『Cowboy Carter』がリリースされる10日前の3月19日。日本時間だと3月20日になってるんですけど。その日にビヨンセがなぜ、このアルバムを出すかという声明文文みたいなものをInstagram上で発表したんですね。で、この『Cowboy Carter』というアルバムの制作に5年以上かかったという風にそこに記されておりまして。制作のきっかけとしては「あるイベントで自分が歓迎されていないなと感じた。それがアルバム制作のきっかけになった」という風にInstagramで発表されておりました。
あるイベントで「歓迎されていない」と感じたビヨンセ
(渡辺志保)で、そのビヨンセが歓迎されてないと感じた問題のイベントなんですが、おそらくこれはファンの間では「絶対これだな」という明確なイベントがあったんですけれども。なにかというと、それは2016年に行われたアメリカのカントリーミュージックアワードという大きなアワード、賞があるんですけども。そこでビヨンセがパフォーマンスしたんですよね。
で、ビヨンセはその時、人気バンド。カントリーシーンで非常に有名な、カントリー以外でもアメリカのポップスシーンで非常に人気のあるですね女性のバンド、ザ・チックスと……この時、2016年当時はですね、まだディクシー・チックスという名前で活動されていました。ただ、その「ディクシー」という表現がなかなかその差別的な意味、ニュアンスをはらんでしまうのではないかということで。2020年にはザ・チックスに改名したんですが。当時、ビヨンセと共演した時はまだディクシー・チックスという名前で活動していたんですね。で、白人女性によるバンドなんですけれども。ビヨンセとザ・チックスがカントリーミュージックアワードで何をパフォーマンスしたか?っていいますと、その年に発売されたビヨンセのアルバム『Lemonade』に収録されていた『Daddy Lessons』という曲をパフォームしたんですね。
で、この『Daddy Lessons』っていう曲もめちゃめちゃカントリーっぽいサウンドで、歌ってる内容も結構、カントリーミュージックの様式美にのっとったようなリリックだったんですよね。「お父さんはいつもウイスキーと甘い紅茶を混ぜて飲んでいた」とか「自分の娘であるビヨンセに対して『お母さんを守って、妹に優しくしろ。ソルジャーであれ。戦いなさい』という風に自分を鼓舞してくれた」というようなリリックなんですけれども。
その『Daddy Lessons』という曲をカントリーミュージックアワードでパフォーマンスしたんですね。で、その時も『Lemonade』は全体的に彼女のお母さんのルーツであるニューオーリンズの文化とか、歴史とか、音楽的ルーツというところも色濃く反映させていたアルバムなんですが。パフォーマンスに際しても、ニューオーリンズっぽいブラスバンドと、あとはそのバンジョーであったり、フィドルであったり、トラディショナルなカントリーの雰囲気を掛け合わせた素晴らしいステージだったんですね。
Beyoncé and Dixie Chicks『Daddy Lessons LIVE at CMA Awards 2016』
(渡辺志保)たぶんあれを見て興奮したカントリーファン、そしてビヨンセファンはたくさんいたと思うんですが。その一方で、保守的なカントリーファンからめちゃめちゃバッシングされてしまうんですよ。で、その年、2016年、ビヨンセはスーパーボウルのハーフタイムショーに出たわけなんですけれども。その時にもですね、『Formation』という曲を披露しまして。それが非常に反体制的、もしくはリベラルすぎるという風に保守的な視聴者のアメリカ国民から大大大バッシングを受けていたんですよね。
そうした経験がきっかけになりまして、ビヨンセ自身、カントリーミュージックの歴史をさらに深く掘り下げ、その豊かな音楽的アーカイブを研究するきっかけになった。そして自分自身に挑戦し、時間をかけてジャンルをまたいだり、ブレンドしたりしてこの『Cowboy Carter』を完成させたという。で、同じInstagramの投稿で「This ain’t a Country album. This is a “Beyoncé” album.」という風に投稿していまして。「これはカントリーのアルバムではなくて、ビヨンセのアルバムです。ジャンルなんて関係ないんです。これがビヨンセのアルバムなんです」という意思表明をしておりました。
で、アメリカのカントリーミュージックシーン、この番組でもたまに触れておりますが。非常に男性が多い……特に白人の男性が多いということで。それがちょっと閉鎖的ではないか。そして保守的すぎやしないかということで問題視されることも少なくないという感じだったんですよね。で、今回、この『Cowboy Carter』というアルバムがリリースされて、いろんなメディアが現代のアメリカのカントリーミュージックシーンをいろんな角度から記している記事がバーッと出ているんですけれども。そのうちひとつ、たとえばNBCニュースのWebの記事でですね、ナッシュビルのシンガーのジュリー・ウィリアムズさんという方が語っていらっしゃったんですけれども。
「2022年、カントリーのラジオ局でエアプレイされた楽曲のうち、女性のシンガーはわずか11%だった。約9割が男性の楽曲で占められていて、女性のシンガーは11%。そしてそれが黒人女性のシンガーとなると、ほぼゼロに近い。カントリーシーンの中では黒人女性のカントリーシンガーというのはほぼいないことにされてきた」という風におっしゃっております。
あとはですね、アメリカのカントリーミュージックに関しての著書もあるフランチェスカ・T・ロイスター教授という方。そのロイター教授の発言もNBCニュースに掲載されていたのですが。「現代のカントリーミュージックは、ブラックフェイスを施した芸人たちが登場し、白人の観客を笑わせるためのミンストレル・ショーが起源である。しかしそのミンストレル・ショーの音楽の部分だけがメインストリームになっていくうちに、そこからブラックカルチャーが作り出したはずのクリエイティビティが消されてしまった」と語っていました。
黒人たちの功績が消されているカントリーミュージック
(渡辺志保)元々、黒人たちが作り出してきたはずの音楽的ルーツから、その黒人たちが寄与した部分というものが現代に至るまでの間にまるっと、「根こそぎ」とまでは行かないかもしれないですけれども、その功績がなかったことにされていってしまっていて。そこにひとつ問題があるし、それが翻ってビヨンセもカントリーミュージックかボートのパフォーマンスのステージで居心地が悪いなという風に感じたり。他にも「カントリーミュージックが好きとなかなか言い出せなかった」という風に書いていた黒人音楽ジャーナリストの方もいまして。なかなか、肩身が狭い思いをしてきたというのが実情ということであります。
で、そこに登場したのがこの『Cowboy Carter』なんですけれども。そもそも「カウボーイ」って私も普通にそのままフレーズとして受け入れているというか。一般化しているフレーズだし。日本語でもカウボーイといえば皆さんが想像するイメージというのがあると思うんですけれども。今回、ピッチフォークの記事とか。あとはビヨンセがアルバムのリリースに際して発表していたニュースリリースの記事があるんですけれども。それで知ったんですが、カウボーイという言葉も元々、農場を経営するアメリカの白人の主人たちが奴隷である黒人少年たちを侮蔑的に呼んでいた言葉。それがカウボーイなんですって。白人の主人たちが白人の従業員のことは「カウハンズ(Cowhands)」っていう風に呼んでいたんですが、黒人の、特に少年たちのことはそれとは区別してというか、差別的にカウボーイという風に読んでいたそうなんですね。そうした語源の、元々の意味もあるということで。
それで、この『Cowboy Carter』でビヨンセがまずしたことっていうのは、そのなかったことにされてきたアメリカのカントリーシーンにおける黒人ミュージシャンたちにスポットライトを当てるということだったんですね。たとえば、先行シングルとして発表されました『Texas Hold ‘Em』のバンジョーはリアノン・ギデンズという方が弾いていらっしゃいます。この方はグラミー賞の受賞経験もある有名な黒人女性のカントリーミュージシャンで。それで、アルバムの2曲目に収録されているザ・ビートルズのカバーである『BLACKBIIRD』なんですけれども。そこに参加しているのは、たとえばタナー・アデル、ブリトニー・スペンサー、ティエラ・ケネディ、そしてレイナ・ロバーツという若手の黒人女性のカントリーシンガーたちなんですね。