東野幸治 鳥山明を追悼する

東野幸治 鳥山明を追悼する 東野幸治のホンモノラジオ

東野幸治さんが2024年3月8日放送のABCラジオ『東野幸治のホンモノラジオ』の中で鳥山明さんの訃報について話していました。

(東野幸治)そして、いろいろしゃべらなあかんのですけど。鳥山明先生がね、お亡くなりになって。もうショッキングというか、びっくりというか。だから、世代的に鳥山明先生の作品とか、何か好きなキャラクターとか、わかれると思うんですけど。僕は56歳……今年で57歳になるのかな。だから少年ジャンプに初めて『Dr.スランプ』が載った時。カラーで、1個目に載った時の衝撃が未だに忘れられへんのですけど。それはあつむくんも読んだこと、あるの? 一番最初の第1話、漫画で。

(渡辺あつむ)僕、このホンモノラジオで「衝撃を受けた漫画って何ですか?」っていうトークの時に『Dr.スランプ』って言いました。

(東野幸治)本当にだからあのキャラクターデザインとか、機械とか……今、思えばもうほんまにベタやけど。スーパーマンを「梅干し食べてスッパマン」とか(笑)。中1ぐらいの時にもう、めちゃくちゃ面白いし(笑)。

(渡辺あつむ)スケボーがあったら寝転びますよ(笑)。

(東野幸治)寝転ぶし。あのニコちゃん大王とかも……だから「地球を征服する!」って言うてケツの大王で。おならしたら臭いとか。なんかそういう、それぞれのキャラクターも立つし。使ってるメカとか物とか、乗り物とかも今思えば本当に斬新というか。それまでも少年ジャンプを読んでたんですけど。やっぱり『男一匹ガキ大将』とか、『朝太郎伝』とかいう漫画があって。要は中学・高校の不良漫画で。日本統一しようという今、考えたらめちゃくちゃなんやけども。ケンカをして、どんどんどんどんデカくしていこうみたいな漫画とかが多かったんで。

『Dr.スランプ』登場の衝撃

(東野幸治)M-1グランプリでよく、ナレーションのあおりで「ダウンタウン以前、以降」とかね、そういう言い方をしますけど。本当、少年ジャンプって鳥山先生の登場で……それまではなんかね、言うたら少年チャンピオンがたぶん一番、当時は売れてたんですよ。『がきデカ』『マカロニほうれん荘』とか。『エコエコアザラク』とか。だからそういう、ギャグ漫画もあり。『ドカベン』みたいな野球漫画もあったり。ちょっと怖いもんがあったりとかいうのでボリュームたっぷりなんですけど。それまではジャンプも、ちょっとどっちかと言うたら硬派路線でやっててんけど。でも、鳥山先生の登場、『Dr.スランプ』の登場によっていろいろ、『キン肉マン』であったりとか、『北斗の拳』とか、『SLAM DUNK』とか……。遡っていったらね。『幽☆遊☆白書』であったりとか、『きまぐれオレンジロード』とか『シティーハンター』とか。あとは『ブラック・エンジェルズ』とか(笑)。

(渡辺あつむ)自転車のスポークで!

(東野幸治)そうです。『必殺仕事人』の現代版みたいなやつとか。それからもう、圧倒的部数で。一番全盛期はたしかね、毎日新聞の発行部数を上回ったはずなんですよ。少年ジャンプが。それの、言うたら第一歩というか、第一作が『Dr.スランプ』で。そこから始まっていって。意外と『Dr.スランプ』、連載は長かったけど。今、思えば思うほどそんなに長くなくて。で、アニメ化されて。で、言うたら人気で、流行語になって。グッズもたくさん売れて大成功で。その後、少しして『ドラゴンボール』が始まって。『ドラゴンボール』も神龍がね、玉を集めるみたいな話から……俺もその辺のあたりから、ちょっと最初の方はね、読んだり読んでなかったりしてたんですよ。で、やっぱり天下一武道会からまたガッツリ読み出して。それがもうバカ当たりして。

なんか「神様が出てくるって、どういうこっちゃ?」みたいな面白さから少年ジャンプが「努力、友情、勝利」みたいなスローガンで。同じように『キン肉マン』もギャグ漫画から戦いになったりとか。『幽☆遊☆白書』も最初は『ゴースト/ニューヨークの幻』のパロディーみたいな感じで始まったけど。「やばい、やばい。打ち切りかな?」っていうぐらいの時に、おそらくですけど。勝手に漫画家の富樫先生が描きたいことと少年ジャンプ、集英社側の書かせたいことがどうも合わんかったぐらいの時にバチーン!って当たって。それで戦い物にして、それも飛躍的に伸びたっていうところでいうと、功績はすごく大きいのかなと思いますし。

あと、ドラクエでしょう。ドラクエのキャラクターデザインを鳥山先生は全てやってるっていう。もうほぼこの三つ。で、偶然ですけど去年の年末にね、『SAND LAND』っていう、砂の国の映画を俺、初めて……たまたま時間が空いていて。「何を見ようか?」っていう時にその時間がバチッと合うからっていうんで。「ちゃんと見てみよう」と思って見たら、やっぱり相変わらずデザインかっこいい乗り物とか武器とか、キャラクターやなと思って。それももちろんヒットしましたけど。っていう鳥山先生がお亡くなりになって。

いや、これはもう世界的な損失でもありますし。なおかつ最後まで、昔のデビュー当時の写真はあるけど。ずっと作者のところはなんかガスよけマスクしたようなデザインの似顔絵に終始してて。ずっと名古屋に住んでらっしゃったっていうことしかわからないから。なんか前に出ていく漫画家さんもたくさんいるけど。逆に言うと全く出てこない方で。井上先生とか手塚先生とかね、なんか江口さんとか、テレビとかに出るのもOKで。で、『ONE PIECE』の尾田先生は顔出せへんけど出る感じの真ん中で。その対局で全く出ないっていうのは鳥山明さんっていう感じもするし。

自慢したい鳥山明エピソード

(東野幸治)唯一の自慢は、名古屋にずっと住んでる鳥山明さんが結婚されて。で、奥さんが子供が生まれる時かな? その病院がうちの嫁が1人目を産む時の病院なんですよ。

(渡辺あつむ)えっ、それ、遠いんかな? 近いかな? えっ、ちょっと……自慢でした?

(東野幸治)いやいや。唯一の共通点が……。

(渡辺あつむ)はいはい。じゃあいいです。

(東野幸治)もう1回、言いましょうか?(笑)。なんか、ピンと来てへんから、もう1回言いましょうか?

(渡辺あつむ)お願いします。はい。

(東野幸治)名古屋をずっと離れなかった鳥山先生が、ちょっとこれはあんまりよそでは言うてない話なんですが……(笑)。

(渡辺あつむ)いやいや、だから「自慢」とか言ったらあかんし。今のもう、振りすぎや(笑)。

(東野幸治)いやいや、よそではあんまり……これ、プライバシーのことやから。あんまり言うのもなんやな思ったけど。このタイミングで……もう30年ぐらい前の話やから。もうええかなと思ってしますけど。

(渡辺あつむ)いやいや、振りすぎやって(笑)。

(東野幸治)うちの嫁も実は名古屋でして(笑)。ほんで、鳥山先生の奥さんが出産したっていうのを知らずに、嫁が名古屋に里帰りして産んだ病院。そこの看護師さんが嫁に「有名人の奥さんで赤ちゃんをこの病院で産んでもらうの、2人目です」って言われて。「えっ、誰なんですか?」って言ったら「『ドラゴンボール』の鳥山先生です」っていう風に言ったっていう。我が家では、たまにそんな話も出たりしますわな(笑)。

(渡辺あつむ)それはなんか、1週間違いとかですか?

(東野幸治)いやいやいやいや。同じ時に入院とか、1週間違いとか、退院して入院とか、入れ違いとかじゃなくて。何年か前に……わからんやっちゃな? 何年か前に、お産みになって。たまたま……っていう。

<書き起こしおわり>

東野幸治『ゴゴスマ』チキンナンバン大川の鳥山明追悼コメント空振りを語る
東野幸治さんが2024年3月8日放送のABCラジオ『東野幸治のホンモノラジオ』の中で鳥山明さんの訃報についてトーク。鳥山明さんと親しい付き合いをしていた元ニブンノゴ!、現チキンナンバンの大川さんが『ゴゴスマ』に出演して追悼コメントで空振りをしまくっていた話をしていました。
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