町山智浩『カラーパープル』を語る

町山智浩『カラーパープル』を語る こねくと

町山智浩さんが2024年1月30日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『カラーパープル』について話していました。

(町山智浩)今日、ご紹介する『カラーパープル』っていう映画も『哀れなるものたち』とちょっと似ているところがある話です。

(曲が流れる)

(町山智浩)これ、最初のところは「ワークソング」という、アメリカの黒人の奴隷が働く時の歌なんですよ。で、途中からゴスペルのダンサブルなところに突入していくんですけど。これ、ミュージカル映画ですね。『カラーパープル』というのは1982年にアリス・ウォーカーという黒人の女性作家が書いた小説で。20世紀前半のアメリカの南部の黒人の歴史を女性の視点から描いた名作なんですけど。これ、1985年にスティーブン・スピルバーグが映画化して、それも名作なんですが。その後、2005年に今、聞いてる曲のような感じでブロードウェイでミュージカル化されて。それが大ヒットして。今回、映画として公開されるのはそのミュージカルの映画版なんですね。ただね、これ曲を聞いててもわかる通り、スピルバーグよりも楽しいです。

(でか美ちゃん)すごいハッピーな感じですね。

ブロードウェイミュージカルを映画化

(町山智浩)そうなんです。ものすごいパワフルで、ものすごいエンターテイメントになってます。で、話は強烈なんですけれども、音楽の楽しさがもう全部、それを凌駕する傑作になってますね。で、舞台は1909年ぐらいのアメリカの南部、ジョージア州で。奴隷制度は1865年に終わるんですけれども、それから40年経っても、黒人たちはやっぱりまだ貧乏なんですね。で、その悲惨な黒人の中でも最も悲惨なのが女性たちで。男たちにものすごい虐待されて。もう本当に奴隷以下の扱いを受けてるんですけど。主人公は黒人の少女セリーという、14歳の女の子なんですね。で、父親に犯されて既に2回も子供を産まされているんですよ。しかも、生まれた赤ん坊はどこかに売られちゃってるんですよ。

で、そういうどん底のどん底から始まって。しかもですね、彼女を守ってくれるはずのお母さんは既に死んでいて。唯一、ネティちゃんという妹だけが彼女を助けてくれるんですけど。主人公のセリーを。でも、そのネティもどこかに行かざるを得なくなっちゃうんです。はっきり言うと、父親に犯されそうになるからですけど。で、逃げ出しちゃうんですね。で、セリーは1人っきりになっちゃうんですよ。それでこの主人公セリーのところにアルバートという男が来て。「嫁がほしいんで、売ってくれ」って言われて、父親に売られちゃうんですよ。このアルバートっておっさんにね。

ところが、そのアルバートっていうのはひどい男で。最初にセリーにこう言うんですよ。「お前は黒人で、貧乏で、女で、学もない。しかも顔も不細工だ。お前には何もないんだ。お前は何もできないんだ」って言うんですよ。完全に「ゼロだ」と言われるんですね。で、もう毎日毎日、夫のアルバートから殴られながら、黙って家事をして。で、アルバートの連れ子3人を育てて。だからセックス付きの奴隷として扱われるんですよ。で、もう愛もないし、希望も救いもない毎日がずっと続くんですね。で、今かかってる曲が本当にワークソングという、黒人たちがきつい労働をしながら歌う歌なんですけども。

(町山智浩)ところがですね、そこからセリーは次々と自分よりも世代が若い女性たちに出会っていって。彼女たちの自由さによって、少しずつ解放されていくっていう物語なんですよ。だからね、最初は本当にどん底のどん底ですよ。話は。でもね、どんどんどんどん上がっていくというね、ものすごい高揚感のある映画ですね。で、このミュージカル版はブロードウェイで作られたんで、今回ブロードウェイでミュージカルを演じていた人たちが映画版でもその役を演じてます。で、そのセリー役の人はですね、ファンテイジアという歌手の人ですね。ファンテイジア・バリーノっていう人で。この人もね、ものすごい貧乏のどん底から『アメリカン・アイドル』っていう番組があるんですけど。勝ち抜きでスターになる番組ね。それでスターになった人で。本当にどん底からスターへの道をたどって。その自伝小説まで映画がされるという人が主役を演じていて。ぴったりなんですけどね。あとね、妹はハリー・ベイリーという、ディズニーの『リトル・マーメイド』の実写版のヒロインを演じてた人ですね。

(でか美ちゃん)めっちゃ話題になりましたよね。

(町山智浩)そうなんです。「黒人に人魚姫やらせていいのか?」みたいな話になったんですけど。彼女が妹役で。あと、ソフィアっていう女性が出てくるんですけど。途中から。この人はダニエル・ブルックスさんって人が舞台版も演じていて、こっちでも演じていて。この人、すごい演技なんで。今回、アカデミー賞の助演女優賞候補になってますね。このね、ソフィアっていう人がすごい人でね。主人公セリーが10年ぐらい子育てをして、連れ子の1人がですね、結婚するその嫁さんなんですよ。だから自分の息子の嫁に当たるんですけども。で、このソフィアという人がですね、「絶対に男に殴らせない」っていう女性なんですよ。逆に、その自分に手を出した男をぶん殴る。しかもぶん殴るだけじゃなくて、10倍ぐらいの力で殴って、相手を気絶させるという。ノックアウトしちゃうっていう。

(でか美ちゃん)物理的に強いパターンなんですね(笑)。

(町山智浩)物理的に強い、志穂美悦子系と言われてますね。そういう人でね。で、彼女がね、教えてくれるんですよ。「男に絶対、殴らせたらダメだ。手を上げたらそこで『No!』と言いなさい」と。で、その時に「Hell No!」って言うんですね。「Hell No!」っていうのは「絶対に嫌なこった!」っていうことなんですよ。「それを言いなさい」って言うんですね。

(町山智浩)今、流れている歌が『Hell No!』という歌です。

(でか美ちゃん)すごい意志を感じる歌い出し。「Never Never Never Never♪」って。「絶対、絶対、絶対、絶対!」って言っていましたもんね(笑)。

(町山智浩)そうそう。で、ものすごいこぶしが効いてるんですよ。「ウワーッ!」っていう歌い方ですけども。これで彼女がですね、「絶対にNoと言うのよ!」って言うんですけども。でも、主人公のセリーはそれまでの人生の中で1回も「No」と言ったことがないんですよ。

(石山蓮華)そうか。言えない環境にいましたもんね。

(でか美ちゃん)「言っていい」とも思えなかったのかな?(曲を聞いて)ああ、「Hell No!」って言っていますね。

はじめて「No」ということを知る

(町山智浩)ねえ。「Hell No!って言いなさい」っていう。だから、はじめて「No」っていうことを彼女に会って知るんですね。で、すごくわかるのは、本当にこれ、伝統的な黒人のブルースなんですけれども。その『カラーパープル』を見てるとね、『カラーパープル』を今回、ミュージカルにしたことでアメリカの黒人がなんで、こんなにいろんな音楽を作ってきたのかがよくわかるんですよ。つまり、もうひどいところに置かれていたから、やっぱり歌が出てくるんですよ。やっぱり最初にもうすごい厳しい労働の中で、ワークソングが出てくるわけですけども。それで、神にお祈りをするからゴスペルが出てきて。で、悪い男たちがいるからブルースが生まれてきてっていう。「ああ、これは歌わざるをえなかったんだな。歌う必要があったから、歌っていたんだ」ということがよくわかるんですよ。

だからね、ロックンロールも……前も話したと思うんですけど。あれは元々、黒人の女性が作ったんですよね。「チャック・ベリーが作った」って言われてるんですけども、その前に実は先に女性が作っていて。だからね、現代の音楽の形のほとんどを黒人の人が作ってるんですけど。それはね、作らざるを得なかったんだな。歌わざるを得なかったんだなというのが非常によくわかる映画ですね。元はミュージカルじゃないのに、ミュージカルにすることでそういうアメリカの黒人音楽の歴史までわかるようになっているという。でね、そのソフィアによって初めてNoということを知ったセリーですけど、あともう1人の女性に会うんですけども。それはね、なんと夫のアルバートの愛人なんですよ。

(でか美ちゃん)おおー。

(町山智浩)で、このアルバートはセリーを奴隷みたいに思ってるから、平気で自分の愛人を家に連れ込むんですね。で、その愛人は彼の昔の恋人で、今は結構ジャズ歌手としてレコードも出して、アメリカ中をツアーしてるような大物シンガーのシュグっていう女性なんですけど。で、その時にもう時代は1920年代になってるんですよ。1920年代のアメリカは「ジャズエイジ」と呼ばれていて。とにかくジャズが流行っただけじゃなくて、女性たちが初めて権利を表だって主張し始めた時代なんですね。今、かかっているのがシュグの歌ですけども。というのはね、それまで女の人って、コルセットで体を締め付けられたんですよ。

ところが、コルセットを取っちゃったんですね。1920年代の女性たちは。で、それだけじゃなくて、ブラジャーも取っちゃったんですよ。だから、ジャズエイジの服っておっぱいのところはぺったんこなんですよ。それはどういうことか?っていうと女の人の体のボン、キュッ、ボンみたいなのって、男の欲望であって。でも女性たちは「私たち、それは大変だから嫌だよ」っていう風に主張をするんですよ。それだけじゃなくて、髪の毛も短く切っちゃうんですよ。その髪の毛を一生懸命、整えたりするっていうのは男のためにやってるわけじゃないすか?

(でか美ちゃん)当時はね。

(町山智浩)でしょう? それも面倒くさいから、ボブにしちゃうんですよ。その時代が1920年代で、非常にセックス、ドラッグ、ジャズの時代だったんですけど。で、そこのシュグさんはまさにそのジャズエイジを代表するような、象徴するような女性で。バイセクシュアルなんですよ。この頃、バイセクシュアルがまた、すごく増えるんですね。で、この頃の有名人にはバイセクシュアルの人がすごく多いんですけど。で、その時の有名なブルース歌手のマ・レイニーとかもバイセクシュアルだったんで、たぶんそれをモデルにしてるんだと思うんですが。ここでシュグはそのセリーとセックスするんですよ。で、セリーははじめて、恋というものと、セックスの喜びをここで知るんですよ。だからそれまで、セリーは愛を知らないし。セックスっていうのはもう、ただの虐待だったんですよ。ところが、ここで初めて女性によって……だからこのへんがほら、『哀れなるものたち』と。

(石山蓮華)そうですね。リンクするところがすごいあるなと思いながら聞いてましたね。

(町山智浩)すごくリンクするんですよね。で、愛を初めて知って、恋を知って、性の喜びをセリーは知るんですけど。ここでね、すごく重要なのはシュグがセリーとこの南部の農場を歩きながら、紫の花を見るんですよ。で、これが『カラーパープル』っていうタイトルの元になってるんですけども。で、「紫の花が咲いてるけど、あなたは忙しいから。本当に毎日、働きづめだから『綺麗だ』とか思う余裕、ないでしょう? でも、これは神様がせっかく綺麗な花を咲かせてるんだから、その美しさに気づかなきゃ」って言われるんですよ。「あなたも同じなのよ。みんな、それぞれの美しさがあるのよ」って教えられるんですよ。それがね、すごくこの『カラーパープル』のテーマで。それで今、かかってる歌が『I’m Here』っていう、そのセリーが歌う……これ、劇場だと全員がもう、スタンディングオベーションする曲なんですよ。

(町山智浩)これはとうとう、今まで自分を奴隷として使っていた夫に対して、「あんたなんかいらないわ!」って言う歌なんですよ。

(石山蓮華)宣言するんですね。

(町山智浩)そうなんです。で、夫は「お前には何もない」って言ってきたわけですよね。「そうじゃない! 私には何でもあるわ!」って言い返してる歌なんです。「あんたなんかいらない! 私にはシスターがいるから」って言うんですよ。「女性の仲間たちがいるのよ。あんたがどう言おうと、私は私自身になるんだから。私は美しいのよ!」って歌うんですよ。だからこれ、最初に徹底的に全否定された女性が、40年ぐらいかかるんですけど。

40年かけて、自己を肯定するに至る

(町山智浩)40年かかって、自己を肯定するまでの話を、その黒人たちの40年の社会での地位の向上とか、文化の発達とか、音楽の発達と重ねて描いてるんですよね。でも最初は本当に、だから電気も何もなくて。みんな人力で労働しているのが、もうどんどんどんどん、文化というか、科学も発展して。それで、はっきりとは描かれていないんだけど、第2次世界大戦で黒人は軍隊に参加することで、地位が向上するんですよ。格段に。そういったものまで、その背景に入れて。非常に大きくですね、アメリカの歴史と音楽と女性の解放について描いてるというね、ちょっとすごい映画になってますよ。

(石山蓮華)これは公開されたら、すごい話題になりますね? 間違いなくね。

(でか美ちゃん)テーマがやっぱりね、こういうテーマというか、物語だけど。ミュージカル映画だから、見やすそうですよね。

(町山智浩)そうです。楽しいんですよね。この映画はね、白人がほとんど出てこないんですよ。で、日本ではそんなに知られてる人が出てないんで、すごく劇場で公開することすらないことも多いんですよね。黒人の人たちの映画っていうのは、日本では。ただ、これはそういうものを超えてるので。それこそ、女性であること以上に、「人間とは何か?」っていう映画にもなってますから。ぜひ、ご覧いただきたいと思います。

(石山蓮華)今日は来週、2月9日公開の映画『カラーパープル』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

『カラーパープル』予告

<書き起こしおわり>

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