町山智浩さんが2023年10月10日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ヨーロッパ新世紀』について話していました。
(町山智浩)で、もう1本の『ヨーロッパ新世紀』っていうルーマニア映画の方は、もっと事情が複雑なんですよ。まず主人公はルーマニアのトランシルヴァニアという山の奥の農家で働いていた中年の男性なんですが。彼はですね、仕事を求めてドイツで出稼ぎをしてるんですね。で、実はすごくルーマニアの人たちは国外で出稼ぎをしてるんです。
(石山蓮華)ああ、そうなんですか。
(町山智浩)ルーマニアって最低賃金がすごく低くて。で、ユーロっていう、ヨーロッパ共同体があるわけで、それで出稼ぎがすごくしやすくなったんで、みんな出稼ぎに行っちゃっているんですよ。ただ、行った先でも最低賃金の労働をしてるんですが、それでもルーマニアで稼ぐよりもたくさん稼げるから、みんな出稼ぎに出ちゃってるんですが。で、主人公はドイツに行って出稼ぎをしてたんですが、ちょっと雇い主と喧嘩して、暴力事件を起こして、トランシルヴァニアに帰ってくるんですね。トランシルヴァニアっていうのは、あのドラキュラがいたところです。
(石山蓮華)ああー。写真が手元にあるんですけど、本当に古いお城が今も残っていて、すごいきれいな場所ですね。
(町山智浩)ドラキュラのお城も今もありますよ。
(でか美ちゃん)吸血鬼ドラキュラの舞台になったブラン城があるっていう。へー!
(町山智浩)そうなんですよ。ドラキュラという人はその地方のお殿様だったんですけどね。実在の人物ですね。
(石山蓮華)へー!
(でか美ちゃん)伯爵。
(町山智浩)そうそう。で、その主人公は結局、ドイツから追い出されて村に帰ってくるんですけども。ところが、村でひとつの問題が起こっていくんですよ。それは、村にあるパン工場がですね、人手不足でスリランカからパン職人を3人、雇い入れるということを決めるんですね。で、どうしてそんな事態が起こるか?っていうと、そのパン工場は人員を募集してるんですけど。労働者をね。ところが、二つの理由で人手不足を起こっているんですよ。実はルーマニア各地でそういう工場労働者の人手不足が起こっているんですよ。
(でか美ちゃん)そうか。みんな、外に出ちゃうから。
(町山智浩)そう。特に知的労働というよりは、肉体労働に近い工場労働とか、建設とか、そういった仕事をする人たち……特に建設が多いらしいんですけれども。ルーマニアの人たちは外に行っちゃうんですって。全然、外の方が最低賃金でも賃金が高いから。だから、ルーマニア国内で人手不足が起きちゃうんですよ。で、さらに最低賃金が低いスリランカとかから人を連れてくるんですね。
(でか美ちゃん)じゃあ、なんか繋がってくるというか、連鎖してるんですね。その、出稼ぎ、出稼ぎっていうのが。
(町山智浩)出稼ぎが。すごく奇妙な事態が起こっていて。というか、実際に起こった事件なんですけども。そしたら、そのルーマニアの田舎の人たちがものすごく怒って。「スリランカ人が触ったものなんか、食べられない!」って言いだすんですよ。
(でか美ちゃん)ええっ? そんな理由なんだ……。
(町山智浩)そんな理由なんですよ。で、ここですごく誤解があって。彼らは、ルーマニア人の人たちが「追い出そう」っていう町の会議をするシーンがあるんですけども。その中で「イスラム教徒の触ったものなんか、食べれるか!」って言うんですよ。でも、スリランカ人はイスラム教徒ではありません。主に仏教徒です。で、中には仏教徒以外の人たちもいますけど、主に仏教徒で。その人たちは仏教徒なんですよ。ところが絶対にルーマニアのその地方の人たちは、イスラム教徒の人たちを受け入れないんですよ。
(でか美ちゃん)えっ、不思議ですけどね?
(町山智浩)それはかつて、オスマントルコに攻め込まれたから。大昔に。オスマントルコ軍がルーマニアに侵略をしまして。その時にオスマントルコと戦ったルーマニアの英雄がドラキュラです。
(石山蓮華)そうだったんですか! そこに繋がるのか。
(町山智浩)ドラキュラはルーマニアで今でも英雄です。国を守ったから。イスラム教徒の侵攻からね。で、それに対してルーマニアの人たちはすごく怒って……誤解してね。それで「スリランカの人たちを追い出せ!」って言うんですけど。その中で、もうひとつややこしいことが起こるんですよ。彼らがね、こう言うんですよ。「我々に自治権がないからこういった問題が起こるんだ」って言うんですね。
(石山蓮華)えっ、自治権がない?
(町山智浩)トランシルヴァニアの地域っていうのは、ルーマニアなんですが、そこに住んでる人たちの多くがハンガリー系なんですよ。ルーマニアとハンガリーは国境が接していて。そこで領土の取り合いをやった結果ですね、現在ルーマニアのその地域に住んでいる人たちの多くがハンガリー系で、自治権を求めてるんですよ。
(でか美ちゃん)そうか。元々移民というか、来た側の人が、新たにその働きに来る人を拒否するっていう?
(町山智浩)少数民族ではあるんですよ。
(でか美ちゃん)なんか、めっちゃ変な感じの構造になってますよね?
(町山智浩)めちゃくちゃな変な感じなんですよ。しかもハンガリー系の人っていうのはマジャール人と言われていて。ロシアのウラル地区から来た、中央アジア人なんですよ。
(石山蓮華)えっ、じゃあアジア人とアジア人で……。
(でか美ちゃん)そこでアジア人差別が起きるの、不思議って思っちゃうけども。
(町山智浩)実際にはね。で、彼らが言うのは「俺たちはこの地域からジプシーを追い出したのに」って言うんですよ。
(石山蓮華)差別語ですね……。
(町山智浩)「ジプシー」っていうのは差別語なんですけれども。それはロマと言われている人たちを差別する言葉がジプシーなんですね。で、ヨーロッパ全体にロマと言われる人、ジプシーと言われる人はいっぱいいるんですが。ルーマニアには非常に多いんですよ。どうしてかというと、ルーマニアは、ロマの人たちを長い間、奴隷としてこき使ってたからなんです。で、EUになった時に弾圧されていたロマの人たちはルーマニアから脱出して、ヨーロッパ中に広がったんですね。で、特に一番ロマの人たちが入り込んだのは、イギリスなんです。EUになってから。で、僕もこの間、ロンドンに行った時にとにかくロマの人たちがすごくいっぱい住んでるんですけど。ロマの人たちがいっぱい住んだせいで、イギリスは「ヨーロッパの中にいるロマの人たちが入ってくるから」っていうことでもって、EUを脱退したんですよ。
(石山蓮華)そういうことだったんだ……。
(町山智浩)イギリスのEU脱退の原因は、ルーマニアにおけるロマ弾圧なんですよ。全部繋がってくるんですね。ものすごく複雑です。しかも、そのロマっていう人たちは元々、インド系なんですよ。もうこのめちゃくちゃ複雑な状況の中で「スリランカ人を追い出せ!」っていう。「パン工場で働かせるな!」っていう運動がどんどんどんどん怖いことになっていったんですね。
(でか美ちゃん)差別も弾圧も、絶対にダメというか、本来起きちゃいけないんだけど。その怒りの理由がちゃんと、その歴史とか個人個人であるから、複雑ですよね。元をたどっていくにしても、もうその元がもうバラバラになっていて。
(石山蓮華)みんな、それぞれ移り住んだ場所で人間関係があって。家族がいて。仕事があってってなると……。
(でか美ちゃん)暮らし自体は普通にね、みんなただの人というか。みんな、等しく人の暮らしをしてるはずなのに……って思っちゃうけど、そうか。
(町山智浩)労働力のその流動性が逆に差別を生み出すっていうことになっちゃっていますよね。じゃあ、労働力を止めたらいいのかっていうと、そうでもなくて。ルーマニア自体がすごく、さっき言ったみたいに最低賃金が低くて、普通に暮らせないから他に働きに出ているわけですからね。
(石山蓮華)たくさん、いろいろな場所からの労働者、労働をする人を迎え入れた先に、どういう条件で働いてもらうかっていうところで……いやー、なんか「ヨーロッパの話だな」と思いながら聞いてたんですけど……すごく、どちらの映画も日本でも身近な話ですよね。
日本でも今、起こり始めていること
(町山智浩)日本でも今、起こり始めていることですよ。で、日本は今、最低賃金が韓国や台湾よりも安くなってるでしょう?
(石山蓮華)1070円とかでしたっけ。東京だと。
(町山智浩)で、それこそ大卒だったりする人がね、アメリカだと年収700万とか800万から始まるんですよ。4大卒だと、初任給が。それだったら大卒の人、アメリカに行った方がいいよね?
(でか美ちゃん)そうなっちゃいますよね。だからどんどん……よく言うのが「本当は日本の未来を担ってくれていたかもしれない人材が、どんどん海外に行っちゃう」っていう。まあ、どこに行ってもいいんですけどね。個人の自由ではあるんだけど。
(町山智浩)でも、それはお金がもらえる方に行きますよね。で、とにかく日本の最低賃金が安いから、日本の人たちも当然、今後は外国で……それこそ一番近い韓国とか、台湾に出稼ぎするようになるし。その状況が起こると今度は、今まで東南アジアから日本に入ってきているその安い労働者の人たちも、日本に来なくなるでしょう? で、さらに少子化っていうこともあって、日本は決定的な人手不足状態になって。特に地方ではインフラとかが全く動かなくなりますよ。税収もなくなるわけだから。
(でか美ちゃん)そうですよね。新生児の数とかも今年? 去年? すごい少なかったですよね。
(町山智浩)人もいないし。地方って、税収も入らないわけですよ。人が住んでないわけだから。これね。もう本当にヨーロッパだけの問題じゃなくて、日本の問題として見てもらった方がいいですよ。
(でか美ちゃん)たしかに。でもなんか正直、こういう作品の話とかを聞いて「いや、日本にも身近だよ」って思うけど。やっぱり日々、のほほんと暮らしちゃってる部分があるというか。自分自身が。ヨーロッパの方々とかは、それこそルーマニアとかスペインの方々は割と危機感があるんですか? そこに。
(町山智浩)それは、ありますよね。ただ、それが非常によくない方向に向かっていて。すごく移民の追い出しを掲げる右派勢力が各国で非常に勢力を伸ばしつつあるんですけども。つまり、先ほど言ってたような問題っていうのは移民をシャットアウトすることでは全然解決しなくて。
(でか美ちゃん)そうですよね。共生していくという以外、ないと思うんですけど。
(町山智浩)そうなんですよ。要するに、人手不足だから移民を受け入れているわけで。「移民を追い出せ!」って言っても、人手不足はどうなるの? 全然解決しないわけですよ。その問題自体はね。だから抜本的な解決にならないんですよね。移民を止めること自体はね。それこそ、鎖国をしないとならない状況ですから。だからこれは本当に、世界は今、こんなに大変なことになっちゃってるのかっていうことで。この2本の映画はね、日本とはちょっと違うなと思うのは、やっぱり銃を持ってるやつがいるっていうことですね。
(でか美ちゃん)本当に怖いっすよ。
(石山蓮華)銃があったら怖い!
(町山智浩)それがちょっとやっぱり怖いなて。でも日本も田舎は今、本当に銃がないと暮らせないんじゃない? こんなに熊の害とかが多いと。
(でか美ちゃん)たしかに最近、ちょっと自然の動物が降りてきちゃうみたいなニュースが本当に多いんで。
(町山智浩)あれは、過疎だからですよ。人がいないからですよ。で、たぶんどんどんどんどん、日本の田舎も野生化していくと思いますけどもね。
(でか美ちゃん)都心部ばかりに人が集まってね。
(町山智浩)だから僕の世代だと、とにかく申し訳ないのはその娘たちの世代のためにいい世界を残してあげないまま、このまま俺は死んでしまうのかっていうことを本当にね、最近は悩んでますけどね。
(でか美ちゃん)たしかに未来のことを思うと……でも改めて聞いても、もう本当にね、「なにが『理想郷』じゃい!」っていう、タイトルが……。『理想郷』と『ヨーロッパ新世紀』ってタイトルで。
(町山智浩)「どんな新世紀じゃい!」っていうね。
(石山蓮華)まずはちょっとこの2本を見ながら考えましょう。
(町山智浩)『ヨーロッパ新世紀』は今週14日から公開ですね。
(でか美ちゃん)珍しく土曜日公開らしいですね。金曜日じゃなくてね。
(町山智浩)で、『理想郷』ももうすぐですね?
(石山蓮華)はい。来月の11月3日公開です。
(町山智浩)ということで結構重い映画ですが、日本の将来ということでもあるので、ぜひご覧ください。
(石山蓮華)はい。町山さん、ありがとうございました。
『ヨーロッパ新世紀』予告
<書き起こしおわり>