町山智浩『ドーナツキング』を語る

町山智浩『ドーナツキング』を語る たまむすび

町山智浩さんが2021年10月5日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『ドーナツキング』を紹介していました。

(町山智浩)それで今日、ご紹介する映画もこれ、ものすごく面白いドキュメンタリー映画なんですが。『ドーナツキング』という映画ですね。来月11月公開なんですけれども。これね、「ドーナツの帝王」と呼ばれていってるその人のドキュメンタリーなんですが。アメリカ・カリフォルニア州にはね、ドーナツ店が5000店あるんですけど。そのうちの8割がカンボジア系の人の経営なんですよよ。

(赤江珠緒)ああ、そうなんですか。へー!

(町山智浩)で、なんでそうなったのか?っていうのをこの監督の中国系アメリカ人のアリス・グーさんという女性が不思議に思って。まだ若かったんで知らなくて。「なんで?」っていうことで調べていったら、実は「ドーナツキング」というカンボジア系の人がいて。その人がドーナツ経営で成功したんで、カンボジア人ばっかりになったんだってことが分かっていくんですよ。ところが、その人は一時はもう億万長者になって、アメリカの共和党の政治家……レーガン大統領とかブッシュ父親とかに寄付をして。もう政治的な権力者にもなったすごい大金持ちだったのに、その後にホームレスにまで落ちぶれるんですよ。

(山里亮太)ええっ? なにが?

(町山智浩)なにがあったのか?っていうのがこの『ドーナツキング』なんですよ。で、まあこの人の人生がとにかくすごいんですよね。天国に行ったり、地獄に行ったりね。で、この人はテッド・ノイさんという人で、カンボジアに生まれて。貧乏な家の子だったんですけれども。ある日、すごい美人の自分と同じ年のクリスティさんという人に一目惚れするんですね。で、今もこの方、もう60過ぎてもすごい美人なんですが。このクリスティさん。で、「とにかくこの彼女と結婚すれば俺は何とかなるぜ!」って思ったんですね。

ところが彼女はですね、カンボジアのその当時の政府の高官のご令嬢で、お屋敷に住んでたんですよ。お姫様だったんです。つまりは。ところが、彼はただの貧乏な高校生だったんです。このテッドさんは。で、どうしたか?っていうと、近所の家から……ちょうどそのお屋敷の近くからですね、毎晩フルートを吹いたです。で、「なんて素敵な曲だろう。誰か、恋をしている人が吹いているのよ」とか勝手に言ってたんですね。そのクリスティさんたちが。お母さんとね。

そしたら今度は手紙を送って。その手紙に「このフルートを吹いているのは私です。あなたに恋をしてるんです。これからあなたの部屋に行ってもいいですか?」っていう手紙を出すんですよ。そしたら、そのクリスティさんがちょっと冗談でね、「私の部屋に入るっていっても、間違ってお母さんの部屋に入んないでね」って書いたんですね。だからそれがOKのサインだとテッドは思い込んでですね、本当に窓から入っちゃうんですよ。

(赤江珠緒)わあ!

(町山智浩)で、娘さんはびっくりして。もうそれ、どうしようもないから。家の人に知られたら困るから、彼をベッドの下に隠すんですよ。でも、やっぱり見つかっちゃうんですよ。で、「なんだ、こいつ!」ってなったらそのテッドはナイフで自分を刺して重傷を負うんです。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)「彼女と結婚させなくてくれなければ、死ぬ!」ってやるんですよ。で、しょうがないからってことで結婚を許すんですよ。

(山里亮太)えっ、これ、ドキュメンタリーですよね?

(町山智浩)ドキュメンタリーですよ? で、お父さんは政府の政府のお偉いさんだから。このどうしようもない高校生と自分の娘が結婚をしてしまった。だから、彼を政府の外交官としてタイに送り込むんです。仕事をやるんですよ。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)もう、しょうがないよね。結婚しちゃったんだから。というところから始まるんで、このテルトさんっていう人の人生は全編、こんな調子なんですよ。

(赤江珠緒)行き当たりばったりで。もう、ねえ。

(町山智浩)いや、もうすごいですよ。欲しいものがあったら、取りに行くんですよ。それで今度、タイで外交官として優雅に暮らしているんですが、ところが1970年から……この人、テッドさんって今、80歳ぐらいなんですよ。で、1970年にカンボジアで内戦が起こって。ポル・ポト、クメール・ルージュという中国の共産党の毛沢東主義の影響を受けた共産ゲリラがこのプノンペンに入ってですね、政府を倒しちゃうんですよ。で、テッドさんたちは国に帰れなくなったんですよ。タイにいたから。

アメリカに難民申請する

(町山智浩)で、アメリカに難民申請をします。それでこの夫妻はアメリカに渡るんですが……13万人ぐらいの難民がアメリカに移民するんですが。で、子供もいて。ただ、奥さんはお姫様ですよ? それがいきなり難民キャンプですよ。アメリカの。で、キリスト教の教会がカリフォルニアにあって、そこがカンボジア難民を受け入れてくれたんで、そこで住み込みで用務員をしながら働くんですね。テッドさんは。これも大変だよね。それまでお嬢様だった奥さんを連れて。子供もいるし。

ところがその教会の近くから、いい匂いがするんですよ。それがドーナツ屋さんの匂いなんですね。で、ドーナツを見るのはテッドさん、初めてだったんですけども。カンボジアにそっくりなお菓子があるそうなんです。ノムコンっていうんですが。米粉をね、ココナッツミルクで溶いて輪っかにして油で揚げたものなんですよ。

(赤江珠緒)ああ、本当に似てますね。輪っかにするところまで? へー!

(町山智浩)そう。ただ、中はモチモチなんですね。まあ、米粉だから。外側がサクサクで中がモチモチって、ちょっとおいしそうですけど。だからドーナツを見てね、「これだ!」と思ったんですよ。「懐かしい! 俺がやるのはこれだ!」と。で、ドーナツ屋で働き始めるんですよ。で、そのノウハウを学んで、今度は奥さんと家族でドーナツ屋を始めるんですね。

(赤江珠緒)ふーん! バイタリティーがすごいありますね。

(町山智浩)すごいんです。この人、やると決めたらすぐやるんですよ。僕ね、昔ね、10年以上前に「俺、アメリカでラーメン屋をやったら儲かるかな?」と思っていたんですけど。でも、思ってるうちにやらなかったけど、その後にアメリカはラーメンブームになったので、大失敗しましたけど。

(赤江珠緒)アハハハハハハハハッ!

(町山智浩)そう。この人は「やる!」って思ったらすぐにやるんですよ。テッドさんは。で、アメリカのドーナツ屋さんってただね、24時間営業なんです。あのね、夜勤の人たちがよくドーナツ屋さんって来るんですよ。タクシー運転手とか、トラック運転手とか。あとは警察官が多いんです。見回りの警察官がドーナツ屋さんに来ると、ドーナツをタダでもらえるんですけどね。

(山里亮太)ああ、そうなんだ。

(町山智浩)そう。そうすると、警察官はいつも来るところっていうことで安全になるからです。

(山里亮太)なるほど!

(町山智浩)だから24時間経営をしなきゃならないんだけれども。家族でやるんですよ。このテッドさん一家は。で、奥さんも働いたことがないのにね、ドーナツ屋さんとして働いて。あと、子供たちも。8歳と9歳の子供たちまで働かせて、家族全員でドーナツ屋を24時間切り盛りしたんですよ。でも誰も雇わないから、売り上げが全部自分たちのものになるんですね。

(赤江珠緒)ああ、家族経営で。

(町山智浩)そう。で、この人たちはなんと2年間で当時のお金……1970年代のお金で4万ドル。だから現在の1000万円ぐらいを貯めるんですよ。

(赤江珠緒)えっ、2年で? へー!

大成功の理由

(町山智浩)2年で。まあ死にものぐるいで働いたんですね。で、成功した理由はね、ドーナツの箱にピンク色の紙を使ったんですよ。ただ、それだけのことなんだけれども今、アメリカ中のドーナツ屋の箱は全てピンクなんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうですか! でもたしかにピンクってポップでかわいい感じになってね。それまではピンクじゃなかったの? へー!

(町山智浩)そうなんです。で、大成功をするんですよ。で、その1985年……だからこの人たちが難民としてアメリカに来たのは1975年なんですけども。1985年、たった10年間でカリフォルニアのドーナツショップの8割はテッドさんの傘下の店になっちゃうんです。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)で、大金持ちになります。この人。大富豪になって、豪邸に住んで。で、さっき言ったみたいに共和党に対しても大物の、政治的権力まで持ってしまうんですよ。ところが、その間に……1970年代にね、彼の母国カンボジアでは何があったか? ポル・ポト政権が大虐殺をするんですよ。もう200万人以上、殺されましたね。で、彼らはカンボジアを原始的な農業国にしようとして、インテリを皆殺しにしました。

(赤江珠緒)めちゃくちゃですよね。

(町山智浩)勉強ができる人は大嫌いなんです。大学を出てる人とか。なんかどっかの国の自民党みたいな人たちでね。とにかく英語ができたり、学問を持ってる人たちを片っ端から殺していったんですよ。で、奥さんのご家族もみんな殺されてしまいました。前の政権の政府高官だったから。ただ、テッドさんの方は貧乏な家だったんで、生き残ってたんですけども。で、タイに脱出したんで、難民申請をするんですね。で、身元引受人で、アメリカでお金があるから、テッドさんはその家族をこっちで引き取るですけれども。自分の家族だけ引き取るということは耐えられないということで、そこから片っ端から難民申請した人たちを「自分の家族だ」って嘘をついて。「親戚だ」とか嘘をついて、片っ端から難民として引き受けるんですよ。この彼が。

(赤江珠緒)ああ、すごい人じゃないですか。テッドさん。

(町山智浩)すごいんです。で、100を超える家族を自分の親戚として身元引受人となって、難民として引き受けたんですよ。彼は。すごいんです。で、それだけじゃなくて、彼らがこっちに来て仕事がないじゃないですか。ドーナツ屋のノウハウを教えて、お金を貸して、ドーナツ屋を始めさせたんですよ。だからカリフォルニアのドーナツ屋さんはみんな、テッドさんの傘下に入った形になったんですよ。で、ものすごい数のカンボジア難民たちを助けて、彼らにそのアメリカで生活する基盤を与えたってことで、テッドさんは神のように尊敬されたんですよね。

(赤江珠緒)そうなりますよね。うん。

(町山智浩)ところが、その財産も地位も尊敬も、その後に全て失っちゃうんですよ。

(赤江珠緒)これを失うことがある? ここから。

(町山智浩)何もかも完全に失って、アメリカから追い出されて、カンボジアに戻るんですよ。

(赤江珠緒)なんで? 人生、ここまで大成功じゃないですか。

(町山智浩)で、ホームレスになっていきます。彼は。どうしてそうなるか?っていうのは映画を見てのお楽しみ!(笑)。あっと驚く、またジェットコースターみたいな人生なんですよ、この人。まあ、すごいですね。これは。

(山里亮太)ドキュメンタリー。

(赤江珠緒)本当ですね。いや、なんかここまでだとね、なんかすごいアメリカンドリームというか。そんな話なのに、ここから?

(町山智浩)これはまだ、物語の序の口です。

(山里亮太)そうなんだ。ここが目的というよりも?

(町山智浩)というね、あっと驚くドキュメンタリー映画『ドーナツキング』は11月12日から日本公開です。

『ドーナツキング』予告編

<書き起こしおわり>

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