星野源『光の跡』「無為が踊る」の意味を語る

星野源『光の跡』を能登半島地震翌日のラジオで選曲した理由を語る 星野源のオールナイトニッポン

星野源さんが2024年1月23日放送のニッポン放送『星野源のオールナイトニッポン』の中でリスナーからの『光の跡』の感想メールを紹介。「無為が踊る」という歌詞に込めた思いや、MVの裏の意味などについて話していました。

(星野源)そして『光の跡』をリリースしました。ありがとうございます。『光の跡』の感想も読んでいきたいと思います。高知県の方。「『光の跡』、好きです。「喜劇』の続編とお聞きしました。『喜劇』や『生命体』では『続く』という歌詞が印象的で、誰かの想いや作るものが誰かの心を動かしてまた続いていくというイメージを受け取りました。そして僕も星野さんの作品で心が人動いた1人です」。ありがとうございます。

「『光の跡』はそれらとはまた違って終末や絶望を感じる世の中でどうしたらいいんだろう? 何を大切にすべきなんだろう? という問いへの答えを感じました。好きな人といる時間だったり、綺麗なものを綺麗だと思う時間は今しかない大切な真実で、それを嬉しく思うことこそが生きていること、大事なんだよと、そう言ってもらえた気がします。終わりを見据えた中にある一瞬のきらめきの美しさを、悲しみながら笑うような、そんな楽曲をありがとうございます」という。ありがとうございます。いや、嬉しい。素敵なメールですね。

熊本県の方。「『光の跡』、リリースから何度も何度も聞いています」。ありがとう。「歌詞も何度も読んでいます。使われている言い回しがとても好きで『貴方の笑顔の意味と知る』『保存できない心ごと』のところが歌っていて気持ちよく好きです。質問したいのは『無為が踊る』の部分です。この歌詞に込めた思いを教えていただけると嬉しいです」。はい。「無為」っていうのは仏教用語で「自然」とか「変わらないもの」とか、「既に絶対にそこにあるもの」みたいなもので。

だから、なんかあれですね。本当にこれは感覚的です。詞だから。なんか「無為が踊る」っていう感じがするんですよね。たとえば夕日が沈む海の前にいるとですね、もう自然とか、人間にはもうどうしようもできないものがそこら中で踊ってるみたいな。人間って、自分で何となく制御できるみたいに思っているし。人間社会っていうものがあると、なんかいろいろ掌握できるような、なんとかなるみたいな気持ちになるんですけど……なんともならないよって。もう本当に、その流れの中にいるしかないんだよっていう。なんか、それがもう、マイナスっていうよりかはもう、それが踊り狂ってるみたいな。身の回りで。なんかそういうイメージの歌詞ですね。

そんなわけで、じゃあちょっとここで聞いていただきましょう。星野源の新曲です。『光の跡』。

星野源『光の跡』

(星野源)ミュージックビデオも絶賛公開中でして。メールでも感想をいっぱいいただくんですけども。結構ね、「綺麗」とか「癒やされる」とか「素敵」っていう感想が多くて。もちろん、そうなんですけども。ええと、綺麗なだけではないっていうところをぜひ、見ていただけたらと思っていて。たとえば冒頭の街のシーン。あれはなぜ、一瞬歩いている人たちが同じ方向を見ているのか? その次のカットでなぜ、同じ方向にみんなが走っているのか? その目線の先では何が起きたのか? で、女の子が不安そうに上を見上げているのはなぜか? とか。あと、花屋で買っている花は何か? とか。そこらへんを見ると、ただ綺麗で素敵な世界を描いているのではないっていうのが伝わると思うので。ぜひ、そこもじっくりと見ていただけたらと思います。お送りしたのは星野源で『光の跡』でした。

<書き起こしおわり>

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