星野源 阿佐ヶ谷時代の鬱屈していた自分と現在の阿佐ヶ谷住人の悩みの違いを語る

星野源 阿佐ヶ谷時代の鬱屈していた自分と現在の阿佐ヶ谷住人の悩みの違いを語る 安住紳一郎の日曜天国

星野源さんが2023年9月17日放送のTBSラジオ『安住紳一郎の日曜天国』の中でNetflix『LIGHTHOUSE』でオードリー若林さんと自身の阿佐ヶ谷での鬱屈していた時代を振り返ったことについてトーク。番組内で現在の阿佐ヶ谷に住む人たちの悩みを聞いて思った、インターネットやSNSが普及したからこそ生じている悩みやつらさについて、話していました。

(安住紳一郎)さて、二つ目ですが。阿佐ヶ谷から世界へということで。

(星野源)この間、Netflixで『LIGHTHOUSE』っていう番組が公開されたんですけど。それがオードリーの若林さんと2人で1月に1回、会って。ただただ悩みとか恨みを話すっていうだけの……それを6ヶ月ぐらい続けて、それが一挙配信されたんですね。で、その1話ごとに僕がエンディングテーマを書き下ろすっていう、そういう番組をやったんですね。それで、いろんな場所に行くんですけど、その第1回が僕は19歳ぐらいから24、5ぐらいまで住んでいた阿佐ヶ谷とか高円寺のあたりのカフェで2人で話をして。実は同じ頃に、若林さんもネタ合わせとかで……春日さんが阿佐ヶ谷に住んでいて。有名な……。

(安住紳一郎)そうだ。モンキーシャワーのところに。

(星野源)当時、住んでいたので。それで若林さんもネタ合わせで来ていたみたいな。で、2人の共通の場所っていうか、2人が鬱屈していた……まだ売れてなくて、割と世間に恨みを抱いてたみたいな、そういう頃の場所に行って話すみたいな。それでいろいろ思い出したんですよね。その時は六畳一間で3万8000円のアパートに住んでいたんですけども。今はもう、そこはないんですけどね。壊されちゃって。

(安住紳一郎)阿佐ヶ谷、久しぶりに行ったんですか?

(星野源)はい。行きました。やっぱりちょっと思い出すんですよね。なんて言うんだろう? なんか「なんであんなに怒ってたんだろう?」みたいな。ちょっと、やっぱり報われない何かを感じていて。でも、すごく面白かったのが僕はあの頃、まだインターネットをやれていなくて。携帯電話がPHSとかで、パソコンも持ってなかったんですよ。で、誰かと繋がるみたいなことがあんまり簡単にできなくて。

(安住紳一郎)そうでしたよね。

(星野源)たとえばなにか、「これが好きだ!」みたいなことを思った時に、それを共有できる人があんまりいなくて。それが自分の中で育ちまくっちゃうみたいな。今は割とそれをすぐにシェアできるし。ハッシュタグとかで見ると同じものを好きな人ってすぐに見つかるじゃないですか。当時の僕は、見つからなかった。それですごい孤独で寂しかったっていう恨みはあるんだけど、なんかその1人でその「好き」を培養をしているっていうんですかね? そういう感じ時はすごく楽しかったなってことを思い出したりとか。

で、その番組で今の阿佐ヶ谷にいる若者のインタビューとかもあったんですよ。それで、その人たちの悩みを聞いて答えるみたいなのもあって。で、そういうのを聞くと、僕が阿佐ヶ谷で過ごしてた頃は「クソッ! なんかバカにされてる気がする!」みたいなのが割と「街」にあったんですよね。街とか身の回りにとか、それこそ実際の目の前にいる人とかにあったんですけど、今はそれが画面の中にあるっていうか。スマートフォンの中とかSNSで、数字で人との差ってのが出てくる。「いいね」の数とか、フォロワー数とかで。だから僕の頃はすごいつらかったし、厳しかったなと思ったんですけど今はもっと冷酷っていうか。

数字で明確に表されてしまう

(星野源)「数字でこんなのが出ちゃうってなると、すごいつらいだろうな」って。あとLINEとかも、たとえばクラスでグループLINEとかを組んだ時に、なんとなく、そこに入らない子とか、たぶん出てくるわけじゃないですか。俺、絶対入らない子だったんですよ。だからなんか、そういうのとかで……僕の時はなんとなくハブられてるみたいな感じだったのが……。

(安住紳一郎)なんとなく馴染めてないなっていう感覚だったのが、今は普通に……。

(星野源)明確にハブられるっていうのが超つらいだろうなって。なんか、そういうのをいろいろと考えて。今と昔の、自分の青春時代っていうか、20代の頃みたいなのを交互に見るような。なんかそういう経験がすごい面白かったんですよね。

(安住紳一郎)昔は、そうだ。「自分はこう考えてる」って言っても、それに同調してくれる人って……今はね、SNSとかですぐ見つかったりするのかもしれないけど。自分の中でガラパゴス的にこじらせたり、逆に先鋭化させて。情報がないから勝手に膨らまして。「きっと、こうだろう」っていうんで、ものすごい1人だけ特化しちゃうみたいな。

(中澤有美子)鬱屈させやすかったですね。

(安住紳一郎)逆にでも今の人たちはSNSとかですぐ否定されたりとかするから、それはそれでつらいかもしれないですね。

(星野源)そうですね。突っ込まれちゃって。なんか、ふわふわとね、いれないなとは思いますよね。難しいですよね。

(安住紳一郎)やっぱり19歳、20歳……23歳、24歳ぐらいまでの世の中に受け入れられない感じはちょっと、今思い出してもグッと……。

(星野源)ああ、そうですか。安住さんもそうですか?

(安住紳一郎)私も、もう基本的には恨み、つらみ、嫉み、妬みみたいな。

(星野源)フフフ(笑)。そうですよね。それはすごいわかりますよ。

(安住紳一郎)フフフ(笑)。わかるんですかね?

「基本的には恨み、つらみ、嫉み、妬み」(安住)

(星野源)いや、なんかたまにそういう話をされるじゃないですか。その熱量が、なんかシンパシーを感じるっていうか。「今も忘れないぞ!」っていう感じがあるじゃないですか。しかも、それがどんどんでかくなってるっていうか(笑)。培養されてる感じがあるっていうか。

(安住紳一郎)そうなんですよね。ちょっと冷静に考えると、日曜の午前中の放送内容じゃない時があるもんね。職業柄、少しね、言葉遣いは平らなんだけれども。出している物が結構な……。

(星野源)そこが好きですね。

(安住紳一郎)ああ、そうですか(笑)。

(中澤有美子)よかったです(笑)。

(安住紳一郎)いや、本当にね、通じる……理解してくれる方がいて本当に嬉しいです。

<書き起こしおわり>

星野源 16、7年ぶりに訪れた阿佐ヶ谷で不遇時代の記憶が蘇った話
星野源さんが2021年7月20日放送のニッポン放送『星野源のオールナイトニッポン』の中ではじめて1人暮らしをした町、阿佐ヶ谷を16、7年ぶりに訪れたことを紹介。不遇だった時代の様々な記憶が蘇った話をしていました。
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