高橋芳朗さんが2024年1月17日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中でピンクパンサレスのアルバム『Heaven Knows』を紹介。ピンクパンサレスが現代音楽シーンに与えた影響について、話していました。
(宇多丸)今夜の特集はこちら。月刊ミュージックコメンタリー2024年1月号。ピンクパンサレス。アルバム『Heaven Knows』編。ということで、音楽ジャーナリストの高橋芳朗さん、おなじみでございます。よろしくお願いします。
(高橋芳朗)よろしくお願いします。
(宇多丸)今年初めてですかね? 今年もよろしくお願いします。
(宇内梨沙)よろしくお願いします。
(宇多丸)ということで高橋芳朗さん、いろんなものをTBSラジオでも……『ジェーン・スー 生活は踊る』とか『金曜ボイスログ』とかの選曲でもおなじみ高橋さんなんですが。今回、いろんな企画考えたと思うんですけど。このタイミングでピンクパンサレス、アルバム『Heaven Knows』にしようと思ったのはなぜでしょうか?
(高橋芳朗)元々は日本時間の2月5日に開催されるグラミー賞の展望とかをやろうかなと思ってたんですけども。
(宇多丸)たしかに。そういう季節ですね。
(高橋芳朗)でも、去年のポップミュージックの動向とポップミュージックの今を知ってもらう意味で、やっぱりちょっとピンクパンサレスの新作は取り上げておきたいなと思いまして。
(宇多丸)これ、以前ピンクパンサレスを紹介したのって、いつだっけ?
(高橋芳朗)去年の3月です。彼女の曲を通して、今のトレンドのダンスビートを紹介したんですね。
(宇多丸)今日もね、対比というかね。それは伺うと思うんだけど。その後さ、このコーナーでヨシくんにいろんな曲を紹介してもらったり。もっと言えば僕がマブ論で選んだような曲とかでも、やっぱり「ああ、ピンクパンサレスのこのバランスですね」とか、ちょいちょい出てきたじゃない? 女性ボーカルで浮遊感があって、こういうジャングルみたいな感じでとか、ドラムンベースみたいな感じで、みたいな。なんでちょいちょい、あの時にピンクパンサレスで教えてもらってたやつがずっと続いてるなって感じはありましたよね。
(高橋芳朗)そうなんですよね。ピンクパンサレスを僕がアトロクで初めて紹介したのが2021年なんですけど。そこからじわじわじわじわ、欧米のポピーミュージックを侵食していって。だから今回もやっぱり宇多丸さんのあの「聞くマブ論」を聞いて「ああ、やっぱりピンクパンサレスを改めてちゃんとやっておいた方がいいな」と思ったのはすごいあったんですよね。
(宇多丸)素晴らしい。ありがとうございます。あとは、アルバムが素晴らしいってことですよね? 去年の11月10日にリリースされてるピンクパンサレスのアルバムの収録曲と、それに連なる……。
(高橋芳朗)関連曲みたいなのを紹介していくって感じですかね。
(宇多丸)ではヨシくん、さっそくお願いいたします。
(高橋芳朗)改めて、簡単にプロフィールを紹介し時ましょうかね。ピンクパンサレスはロンドンに拠点を置くシンガーソングライターで、イングランド西部の都市バース出身。ケニア人のお母さんとイギリス人のお父さんを持つ22歳で、去年は映画『バービー』のサウンドトラックにも楽曲を提供してましたね。で、ピンクパンサレスの最大の功績はというと、Y2K。2000年前後のダンスミュージックのリバイバルを促したことという感じでしょうかね。具体的には1990年代から2000年代あたりにイギリスを中心に流行したドラムンベースとか、2ステップに再びスポットを当てた点が挙げられると思うんですけども。ただ、彼女の取り組みは単なる焼き直しではないんですよね。ドラムンベースって、テンポがめっちゃ速くて。複雑で変則的な乱れ打ちのようなビートと……。
(宇多丸)サンプリングしたビートをたぶん倍速とか、そんぐらいにするような試みでしょうかね。
(高橋芳朗)あと、うねりまくるベースとかが特徴なんですけど。
(宇多丸)レゲエ的なと言っていいのかな?
(高橋芳朗)そうですね。そういうハードなダンスミュージック。ともすれば、ちょっとマッチョな側面もあったダンスミュージックのソフト化というか、ガーリー化を押し進めた点がピンクパンサレスは新しかった。
(宇多丸)浮遊感があって、キュートなボーカルだし。もっと言えば、ちょっとベッドルームミュージック的でもあるというか。
(高橋芳朗)そうですね。本当にお休み前にも聞けるような。ピンクパンサレス本人が言うところの「家で聞くのに許容できるドラムンベース」っていうところですね。で、歌詞も内省的なものだったり、センチメンタルなものが多くて。パーソナルな環境で聞かれることを目的として作られているというところは確実にあるかなと思います。
(宇多丸)今、なんかさ、ちょっと話が広がっちゃうけど。若者たちの中にあるひとつの世界的なモード。パーソナルな、部屋で1人でいろんな人と繋がりながら……でも、自分は1人でいるっていう。Lo-Fiヒップホップとかもそうだけども。1人でいるなにか。で、自分と向き合う時間みたいなのって、ひとつキーワードかなって気がする。
(高橋芳朗)ああ、そういうのもあるかもしれないですね。
(宇多丸)それは今、お話を聞いていても感じました。
(高橋芳朗)じゃあ、ピンクパンサレススタイルのドラムンベースを彼女の新作から1曲、紹介したいと思います。これ、去年の年末にAppleのCMで使われていた曲です。ピンクパンサレス『Nice to meet you feat. Central Cee』です。
PinkPantheress『Nice to meet you feat. Central Cee』
(高橋芳朗)はい。ピンクパンサレス『Nice to meet you feat. Central Cee』を聞いていただいております。
(宇多丸)ビートがドンドコドンドコ早回しになるドラムンベース的なところもあれば、ドッドッドドッドッていう風にジャージークラブにも……。
(高橋芳朗)ラッパーのCentral Ceeが入る前は5つ打ちのドッドッドドッドッっていうジャージークラブのビートにスイッチしていましたね。
(宇多丸)だからそれも今のY2Kビートのリバイバルだから。まあ、全部のせっていう感じですね。
(高橋芳朗)で、このピンクパンサレスのスタイルの強い影響を感じさせるというか、ピンクパンサレスそのスタイルをさらに洗練化して広く拡散したのが去年のレコード大賞だったり、紅白歌合戦に出場したK-POPのNewJeansですかね。ピンクパンサレスもNewJeansも共に去年、AppleのCMに曲が起用されたという共通がありまして。それはイケてる証拠っていう感じですよね。じゃあ、ちょっとおさらいとしてNewJeansのドラムンベースを取り入れた曲を聞いてもらいたいんですけど。全米チャート初登場1位を記録したEP『Get Up』から『Super Shy』を聞いてもらいたいんですけど。
この曲、欧米の大手音楽メディア、カルチャーメディアとかでめちゃくちゃ、2023年年間ベストですごい高く評価されていて。『The Fader』で1位。『NME』で2位。『The Guardian』で3位。『Rolling Stone』で6位。『Pitchfork』で7位。これ、ドレイクとかテイラー・スウィフトとかを混ぜた、ひっくるめたランキングなんで。いかに今、欧米で彼女たちが注目されてるかがよくわかるかと思います。では、聞いてください。NewJeans『Super Shy』です。
NewJeans『Super Shy』
(高橋芳朗)はい。NewJeansで『Super Shy』を聞いていただいております。宇内さんもね、このピンクパンサレスとNewJeansの流れは納得?
(宇内梨沙)1曲目を聞いた後、2曲目に台本にNewJeansのこの『Super Shy』があるのを見て「ああ、納得!」って思いました。もうなんかリズムというか、音楽性が似ている。
(高橋芳朗)そうですね。まさにドラムンベースのビートが。
(宇多丸)あとね、そのボーカルの雰囲気とかもね。
(高橋芳朗)このキラキラふわふわ感といいますか。
(宇多丸)思い出深いNewJeans(笑)。
(宇内梨沙)そう。思い出深いNewJeans(笑)。いろんな思い出が(笑)。
(高橋芳朗)で、こういうピンクパンサレスとかNewJeansの活躍を受けて、ドラムンベースの楽曲が欧米のチャートをにぎわすようなことも珍しくなくなってきたんですね。で、去年10月にはですね、ケニア・グレースっていう南アフリカ生まれ、イギリス育ちのシンガーソングライターの『Strangers』という曲がTikTok経由でブレークして、イギリスのチャートで1位。アメリカのチャートで42位を記録しています。アメリカのチャートで42いっていうと、低い感じがするかもしれないけど。アメリカでこういうドラムンベースみたいな、イギリス発のダンスミュージックが総合チャートにランクインするのは結構珍しいことではあるんですけどね。じゃあ、その曲を聞いてみましょうか。ケニア・グレースで『Strangers』です。
Kenya Grace『Strangers』
(高橋芳朗)ケニア・グレースで『Strangers』を聞いていただいてもらいました。
(宇多丸)もうフォーマットがガーン!ってある感じが氏ますよね。
(宇内梨沙)今、3曲を聞いてやっぱり共通するものを感じますね。
(宇多丸)なんなら全然知らない人に聞かれたら同じアーティストだって……。
(高橋芳朗)そういう風に聞こえちゃうかもしれないですね。で、今年に入ってからもさっき言って聞いてもらったNewJeansの『Super Shy』のソングライティングを手がけたデンマーク出身のR&Bシンガーのエリカ・ド・カシエールが新曲の『Lucky』でまさにね、『Super Shy』を踏襲したようなドラムンベースを打ち出してきていて。これは結構、日本でも話題になりそうなんで、聞いてもらいたいと思います。2月21日リリース予定のニューアルバム『Still』からの先行シングルです。エリカ・ド・カシエールで『Lucky』です。
Erika de Casier『Lucky』
(高橋芳朗)はい。エリカ・ド・カシエールで『Lucky』を聞いていただいております。
(宇多丸)なんかでも、これは逆にそんなに……温度が低いまま保つ感じが逆に他とは違う、なんかちょっとクールな感じっていうか。さすが、本家のパワーを感じますね。
(高橋芳朗)このエリカ・ド・カシエールとかを聞いていると、そのルーツをたどっていくとジャネット・ジャクソンとかアリーヤとか、そのへんに行き着くのかなって。
(宇多丸)それもまたY2Kだよね。