音楽ジャーナリストの高橋芳朗さんがTBSラジオ『ザ・トップ5』の洋楽紹介コーナーで、ご自身が多大な影響を受けたピーター・バラカンさんの著書『魂(ソウル)のゆくえ』を紹介していました。
(高橋芳朗)じゃあちょっと、洋楽選曲のコーナーに行ってみたいと思うんですけども。先ほど、熊崎くんからもね、説明があったようにですね、今日は8時台からゲストに来ていただくピーター・バラカンさんにちなんだ曲を紹介したいと思います。僕、最初にピーター・バラカンさんを知ったのは、ラジオDJでもブロードキャスターでもなくですね、音楽評論家としてのバラカンさんで。まさにこのTBSテレビで放送していた音楽番組で『ザ・ポッパーズMTV』っていうのがあるんですね。
(熊崎風斗)はい。
(高橋芳朗)1984年から約3年半、TBSテレビで深夜に放送されていた伝説の音楽番組なんですけど。ここでバラカンさんが司会を務めていて。ちょうど僕が洋楽とかを聞き始めたタイミングでスタートして。本当に番組を通じて、たくさんの素晴らしい音楽を知ることができたんですけども。以降、さまざまなメディアを通じてバラカンさんから素敵な音楽を紹介されてきたんですけども。その中で、もっとも思い出深く、かつ影響を受けたのがこれ、バラカンさんの最初に著作になります。『魂(ソウル)のゆくえ』というですね、新潮文庫から1989年に刊行された、端的に言うとソウル・ミュージック、ブラックミュージックの入門書ですかね。
(熊崎風斗)はい。
(高橋芳朗)で、僕、いままさにですね、ヒップホップとかR&Bとかブラックミュージックをメインにして音楽ジャーナリスト活動、仕事をしてるんですけども。まあ、この本との出会いがなかったら、現在の自分はなかったかもしれないという。僕をブラックミュージックの世界に引きずり込んでくれた一冊ですね。で、僕、もともとロック少年だったんですよ。
(熊崎風斗)はい。
ロックとブラックミュージックの違い
(高橋芳朗)で、ブラックミュージックに対してすごい敷居を高く感じていて。なかなか入り込むことができなかったんですね。というのも、ロックってなんかこう、オブラートに包まれている表現が結構あって。ブラックミュージックはそこをストレートに表現してくるところがある。そこにちょっとした抵抗感があって。どういうことか?っていうと、ラブソングを引き合いに出しますと、ロックのラブソングは『I Wanna Hold Your Hand』なんですね。
(熊崎風斗)はい。
(高橋芳朗)ビートルズで名曲がありますけども。『君の手を握りたい』みたいな。そういう求愛の仕方なんですけど。甘酸っぱいでしょ?ブラックミュージックは、マーヴィン・ゲイっていうシンガーの名曲のタイトルで言うと『Let’s Get It On』。『乗っからせてください!』みたいな。おおっ!っていうね。だから要は、『やらせてください!』みたいな。いきなり行くんですよ。
(熊崎風斗)なるほど。
(高橋芳朗)いきなり飛び込んで行くような感じなんで。その求愛の表現が直接的だったりして。そこにちょっと童貞臭い僕はですね、なかなかこう、敷居を感じていたんですけど。
(熊崎風斗)なるほど。
(高橋芳朗)で、バラカンさんももともとロックファンだったんですね。この本を読むと。で、それからブラックミュージックに興味を抱いていったっていう音楽変遷をたどっているから、この『魂のゆくえ』っていう本はですね、ロックファンからするととても共感ポイントが多いんですね。だから、非常にロックリスナーフレンドリーなブラックミュージック入門書と言えると思います。
(熊崎風斗)はい。
(高橋芳朗)だから童貞の僕でも、そんなり入ることができました。で、この本はなにが素晴らしいか?って、これ、バラカンさんの語りおろしらしいんですけども。全編本当に平易な文章でつづられているんですよ。難しいことはね、なにひとつ書いてないです。たぶんね、小学校高学年ぐらいだったら完璧に理解できるんじゃないかな?っていう。
(熊崎風斗)ああー、そうなんですね。
(高橋芳朗)でも、なにひとつ難しいことを言ってないし、小学生でも理解できそうなんだけど、まあソウル・ミュージック、ブラックミュージックの魅力をばっちり捉えている、なんか魔法のような本なんですよ。で、こういうお仕事をしていて。作品を紹介するようなね。なにが落ち込むか?って、自分がある対象についてさ、さんざんこねくり回して、やっとこさ結論らしきものにたどり着きました!っていう横で、まあ子供でもわかるような簡潔な解説で核心にサクッとたどり着いている人がいたりすると、もう本当にがっくり来るというかですね。自分の頭の悪さを呪いたくなるんですけども。
(熊崎風斗)うん。はい。
(高橋芳朗)僕、いま文章を書く時もラジオでしゃべる時もそうなんですけど、このバラカンさんのスタンスがひとつの指針になっているんですよ。シンプルでわかりやすい紹介。で、興味のない人でも振り向いてもらえるような紹介を心がけているつもりです。だからこれまでの『トップ5』の放送で言うと、熊崎くんにどうすればアデルを聞いてもらえるだろう?ボブ・マーリーを聞いてもらえるだろう?あと、星野源さんのファンに、どうしたらディアンジェロを聞いてもらえるだろう?と。まあ、そういうことをいつも考えております。だから、初心に帰りたいなっていうか、そういう必要があるなって時はこの『魂のゆくえ』を持ち出してきて、読みなおしたりすることが結構多いですね。
(熊崎風斗)はー!
(高橋芳朗)だからブラックミュージック入門書っていう音楽的な意味でも、物書き的な部分でも、自分の原点と言えるような本と言えると思います。
(熊崎風斗)そうなんですね。
(高橋芳朗)で、今日はこの本で紹介されている数々のソウル・ミュージックの中から1曲かけたいと思うんですけど。ロレイン・エリソンの『Stay With Me』という曲を紹介したいと思います。1967年の作品で。
(熊崎風斗)はい。
(高橋芳朗)この本が出た当時って、1989年なんだけどちょうどアナログからCDに移行する過渡期で。その影響もあってね、ここに掲載されている曲で結構入手しづらい音源があったんですね。で、これもそんな曲のひとつで。これ、バラカンさんがソウル・ミュージックの歴史の中でワン・ヒット・ワンダーっていうかさ。一発屋のヒット曲の中からおすすめ曲を紹介してるんですね。
(熊崎風斗)はい。
(高橋芳朗)で、これがもう聞きたくとも聞けない身からすると、めちゃくちゃ妄想をかき立てられる、そそる文章になっているんですよ。ちょっと読みますね。『ロレイン・エリソン「Stay With Me」。1967年のこのドラマティックに展開するバラードにロレイン・エリソンなる女性が込める感情はほとんど狂気じみた感じです。彼女について何も知らないし、知る必要もないほど、コメントする余地を残さない強烈さだ』と。『この女性が込める感情をほとんど狂気じみた感じです』って、結構聞いてみたくなりませんかね?
(熊崎風斗)そうですね。
(高橋芳朗)じゃあちょっと行ってみましょうか。ロレイン・エリソンで『Stay With Me』です。
Lorraine Ellison『Stay with me』
(高橋芳朗)まさに絶唱っていう感じですけども。ロレイン・エリソンで『Stay With Me』を聞いていただきました。まあ、アデルのルーツにあたるような曲とも言えると思います。で、この曲ね、当時アメリカではあまり売れなかったんですよ。全米チャートでね、64位。まあ中ヒットとも言えないレベルだと思うんですけど、そんな曲を当時ロンドンに住んでいたバラカンさんにどうやって届いたのかな?って結構考えていたんですね。
(熊崎風斗)はい。
(高橋芳朗)したら、2009年に公開された『パイレーツ・ロック』っていう青春映画、音楽映画があるんですけど。これ、1960年代のイギリスに実在した海賊ラジオ局を題材にしたお話なんですね。
(熊崎風斗)はい。
(高橋芳朗)で、当時イギリスだとまだ民放ラジオが存在してなくて。しかも公共放送は規制が厳しくて。ロックみたいなポップミュージックに割り当てられた時間が1日45分しか・・・
(熊崎風斗)1日で?
(高橋芳朗)そうそう。なかったんだって。で、政府に反発した若者たちが船で沖に出て、そこから文字通り、船から海賊放送として24時間ロックとかポップミュージックを流し続けたんですって。で、そのパイレーツ・ロックの劇中で、このロレイン・エリソンの『Stay With Me』が流れるシーンがあるんですよ。
(熊崎風斗)ああー。
(高橋芳朗)失恋した男が、自分の想いをこの曲に託してラジオで流すんですけど。で、そのシーンを見て、この『Stay With Me』っていう曲の存在がグッと立体的になったというか。血が通ったというか。『ああ、イギリスでこうやって庶民レベルで愛されていた曲なんだな』っていうのがね、わかって。だから散々読み込んだ『魂のゆくえ』の本がね、シーンを見ることによって、また新鮮な気持ちで向き合えるようになりましたね。
(熊崎風斗)はい。
(高橋芳朗)まあ、そういうわけで8時台にはね、いよいよピーター・バラカンさんをお招きするわけですけども。この海賊ラジオのお話なんかも時間あったらぜひ、聞いてみたいと思います。
(熊崎風斗)そうですね。
(高橋芳朗)とにかく60年代のイギリスにいたわけですから。もうロックの最高の、音楽の最高の時代を体験しているということですから。本当、まあ楽しみなんですけども。ちなみにこの『魂のゆくえ』という本ですね、2008年に増補改訂新版としてアルテスパブリッシングから復活されてますので。興味のある方はぜひ、チェックしてみてください。
<書き起こしおわり>
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