加藤直樹 小池都知事・関東大震災朝鮮人犠牲者への追悼文送付取りやめを語る

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『九月、東京の路上で: 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』の著者、加藤直樹さんがTBSラジオ『荻上チキ Session-22』に電話出演。東京都の小池百合子知事が9月1日に都立横網町公園で開かれる関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文の送付を今年から取りやめることについて話していました。



(南部広美)では、続いてこちらのニュースです。小池都知事、朝鮮人犠牲者への追悼文送付取りやめへ。東京都の小池都知事知事が9月1日に都立横網町公園で開かれる関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文の送付を今年から取りやめることが東京都への取材でわかりました。例年は市民団体の要請に応じて、少なくとも石原知事の時代から歴代知事が追悼文を送っていました。関東大震災では混乱の中、朝鮮人暴動のデマが飛び交い、多くの朝鮮人が自警団などに虐殺されましたが、今年3月の都議会一般質問で自民党都議が虐殺の被害者数について異論があることを挙げ、「今後は追悼の辞の発信を考え直すべきだ」と指摘。これに対して小池知事は「追悼文は毎年、慣例的に送付してきた。今後は私自身がよく目を通し、適切に判断する」と答弁していました。東京都は「9月1日には都・慰霊協会が主催する大法要があり、知事の追悼文を読み上げて関東大震災で亡くなった全ての方に哀悼の意を示している」と説明。個別の追悼行事への対応は止めるということです。

(荻上チキ)それでは、この小池都知事が朝鮮人犠牲者の追悼文送付を取りやめたというニュースについて取り上げたいと思います。お電話でゲストの方にお話をうかがいましょう。取材を行っているフリーライターの加藤直樹さんにお話をうかがいます。加藤さんは著書に『九月、東京の路上で: 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』などがあります。加藤さん、こんばんは。

(加藤直樹)こんばんは。

(荻上チキ)よろしくお願いします。

(加藤直樹)はい。よろしくお願いします。

(荻上チキ)まず、今回追悼文の送付を小池都知事が取りやめるということのようなんですけども。そもそもこの追悼文というのはどういったものだったんでしょうか?

(加藤直樹)そうですね。これは1973年に横網町公園に朝鮮人虐殺の犠牲者の追悼碑ができて以降、この碑の前で追悼式典が行われてきたわけですけども。その時に、知事の追悼メッセージが送られてきていたということがあるんですね。そういう、9月1日の式典に毎年送られてきていたものです。

(荻上チキ)「毎年」ということは、たとえば最近でいうと石原さんであるとか、猪瀬さんであるとか、あるいは舛添さんとかも送ってきたということですね。

(加藤直樹)そういうことです。ちなみに小池さんも去年は送っています。

(荻上チキ)あ、去年は送っていたんですね。それを今年、取りやめる方針だということになっているわけですね。この関東大震災の際の出来事。朝鮮人が殺害された事件ということになるんですけども。詳しくいうと朝鮮人だけではなくて、日本人や中国人も犠牲になっているわけですが。この事件の概要を改めて加藤さん、教えていただけますか?

事件の概要

(加藤直樹)はい。関東大震災が起きたのは1923年の9月1日だったんですね。台風に近いぐらいの高気圧が来て、それで相当風が強かったんですね。その中で、ちょうど昼前ということで、火災があっという間に広がっていきまして。(9月)3日の朝まで火が広がっていったんですね。それで東京の中心部は焦土と化してしまったわけです。そういった混乱の中で、最初の頃は朝鮮人に限らず、「宗教団体が……」とか、そういう放火をしているという流言が発生しまして。その流言が、だんだん「朝鮮人が井戸に毒を入れている」とか「朝鮮人が放火をしている」とか、「朝鮮人の暴徒の集団が○○から△△へ移動中だ」とか、そういった流言が広がっていったんですね。

(荻上チキ)はい。

(加藤直樹)そういう中で流言を信じた人たちが朝鮮人を見つけ次第殺し始めたという。さらに言うと、問題なのはその流言を警察や治安行政が自ら信じ込んで拡散してしまうんですね。これは当時、警視総監の下にあたる官房主事。警視庁のナンバー2だった正力松太郎という――読売グループの中興の祖の方ですけども――彼が回想をしていますけども。「自分たちも(流言を)しばらく信じ込んでしまった。その結果、非常に面目ないことになってしまった」という書いています。

(荻上チキ)ええ、ええ。

(加藤直樹)警察や治安行政が広めてしまったということ。軍の一部も直接朝鮮人を殺すようなことをしているんですね。そういった形で、「警察が言うんだから」ということでますます流言は拡散する。そして虐殺も起きるということで、相当な数の朝鮮人がその中で殺されたという、そういう事件ですね。

(荻上チキ)はい。またその情報を今度は新聞も拡散をしたりすることになって、全国でそういった情報が広がっていくということもあったわけですよね?

(加藤直樹)そうなんです。特に、震災の時に都心の新聞社はほとんど壊滅しまして、どうにか生き延びたのは3つぐらいなんですね。それ以外は地方新聞がほとんど取材もせずに、避難をしてきた人たちから話を聞いて、「朝鮮人が暴れているんだ」というような流言をなんの裏も取らずにそのまま記事にする。それがまた埼玉や千葉での虐殺につながっていってしまうという、そういったことが起きていたんですね。

(荻上チキ)しかし、この追悼文をめぐって今回、今年になって小池都知事が取りやめるということなんですけども、どうして「取りやめる」という話になったんでしょうか?

(加藤直樹)これは、東京都の側も追悼式典の主催者に対して認めているんだけれども、きっかけになったのは3月2日に古賀俊昭都議という方が都議会で小池都知事に質問をしたんですね。「横網町公園にある碑には”6000人”という数字がある。6000人殺されたというけど、それは根拠がないんじゃないか?」っていうことと、そして「当時、実際には朝鮮人も暴れていたんだ。朝鮮独立運動家に扇動された連中が暴れたんだ」というようなことを、工藤美代子さんというノンフィクション作家の方が書いた『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』という本――「虐殺というのは嘘である。実際には朝鮮人が実際にテロをやって暴動を起こしたので、それを鎮圧した事件だ」というようなトンデモ本なんですけど――その本を紹介しながら、都議会で「そういうことを刻んである碑の前で追悼式典をやる。そこにメッセージを送るのはどうなんだ? 止めるべきだ」ということを主張したんですね。

(荻上チキ)うん。

(加藤直樹)そこから再検討が始まったということを都も認めているようですね。

(荻上チキ)これは1人の議員がそういう質問をしたことがきっかけで、もう小池都知事もそういった対応にしたんじゃないか、ということになるわけですか?

(加藤直樹)そうですね。ただ、都議がそういう質問をした背景には、やはり歴史習性的な団体のいろんな動きがあったようですね。

(荻上チキ)なるほど。そうした中で、今回の出来事。もし今回、本当にその追悼文取りやめということになると、どういった影響が出てくるとお感じになりますか?

取りやめによって生じる影響

(加藤直樹)僕は非常に深刻だと思います。というのは、焦点になっているのは追悼碑だと思うんですけど、もともとこの追悼碑は1973年に民間で作られたものなんですけど、ただ非常に広範な人々の協力でできたんですね。(当時の)美濃部都知事を筆頭に、当時の自民党の各区の区議団や共産党、社会党は当然としても公明党、民社党も含めて地域レベルでは協力する。そして寺院とか学者、学術団体、病院、労働組合。そういった幅広い人たち。数えてみたら個人で約600人。団体で240団体が協力者に名を連ねる形で当時作られたんですね。

(荻上チキ)ええ、ええ。

(加藤直樹)それは東京で起きたそういう事件を……要するに、民族差別によって殺してしまうという事件を二度と起こしてはいけないという思いがあったからだと思うんです。だからこそ、歴代の都知事はメッセージを送ってきたと思うんですね。それを取りやめるということは、歴史的な教訓を忘れるということですから。要するに、東京はいつ大地震が起きるかもわからない都市ですし、また非常に多民族的な都市なんですよね。そういう都市で「民族差別による暴力は許さないんだ」っていうメッセージが非常に後退してしまうんじゃないか?っていう気はしますよね。

(荻上チキ)ええ、ええ。なるほど。今回、追悼文の扱い。今後、どういう形になるのか。読み上げることは読み上げるのか。それとも、送ることは差し控えるということになるのか。そのあたりも含めて、今回報じられたことへの対応も注目ということになるわけですかね。

(加藤直樹)そうですね。

(荻上チキ)なるほど。わかりました。加藤さん、ありがとうございました。

(加藤直樹)ありがとうございます。

(荻上チキ)フリーライターの加藤直樹さんにお話をうかがいました。

<書き起こしおわり>
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