町山智浩『最後のピクニック』を語る

町山智浩『最後のピクニック』を語る こねくと

町山智浩さんが2025年9月9日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で韓国映画『最後のピクニック』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日、紹介する映画はまさに老人のための映画でもあるんですけど。あっという間なんで、あんまり他人事だと思わないで見てほしいんですが。『最後のピクニック』という韓国映画を紹介します。これは今週、12日金曜日に公開されるんですね。で、これがね、『最後のピクニック』ってタイトルがもう、もう「最後」って思いっきり言ってるからあれなんですけども。終活についてのね、映画なんですね。で、これが韓国で大ヒットして、それで日本でもちょうど敬老の日の時に公開されるんですが。若い人も見てほしいなと思う、非常に素晴らしい映画でしたね。

これは韓国の首都ソウルでね、リッチに暮らすおばあさんが主人公なんですよ。ウンシムさんっていう人で、70代後半です。で、彼女はある理由があって60年ぶりに故郷に帰るという話なんですね。で、故郷は「ナムヘ、ナメ」と読むんですけれども。南の方の海岸の村で、釜山よりさらに南で。まあ、ぽかぽかあったかいところですね。韓国の中では一番あったかいところですけれども。そこのきれいな漁師町に帰るんですね。それは60年ぶりに帰るんですけど。

そこで高校の時、16歳まで親友だったグムスンという親友の彼女と会って2人で、おばさん同士で暮らし始めるという話がこの『最後のピクニック』なんですよ。でね、昔、『サニー』っていう韓国映画がありましたけど、ご覧になってますか? あれ、すごくいいんでね、ぜひご覧になってほしいんですけど。『サニー』はやっぱりその高校時代に友達だった女の子たちが中年になって再会するという話だったんですけど。それのおばあちゃん版みたいな感じで。だから普段はおばあちゃんとして、お母さんとして暮らしている人たちがその2人で会うと、16歳の時の親友と会うと女の子言葉になっちゃって。

女子校の言葉になっちゃって、イチャイチャし始める。戻るんですよ。で、イチャイチャするのがね、すごくかわいいんですね。この映画ね。韓国って行かれたことありますか? 韓国って、いいことがいっぱいあるんですけど僕がすごくいいなと思ったのは女の人たちが友達同士、手をつないで歩くんですよ。中学とか高校ぐらいだったらわかるんですけど、もうちょっと大きくなっても、大人になっても手をつなぐんですよ。韓国は、仲がいいと。だからこれ、70過ぎのおばあちゃん2人が手をつないで楽しそうに歩くんですよ。で、互いに意地悪を言い合うんですけどね。

で、またこの南の海岸の村ができたんですよ。もう本当に美しくてね。まあ海とか透明だしね。食べ物もおいしそうなの。このおばあちゃん、グムスンさんっていう人は1人で農家をやっていて。ご飯を……パンチャンっていう、韓国のいろんなおかずがいっぱい出てくるんですよ。10個ぐらい。そういうのをちゃんとね、作ってくれたりね。で、ご飯も美味しそうだしね。で、そこに高校時代に主人公のウンシムさんに惚れていた、現在おじいさんが現れてね。「好きだったんだよ」とか言って。それで3人でね、みんなでカラオケを歌ったりして楽しそうにするんですけども。その辺は本当に幸せな感じの映画なんですが。

これね、主人公のウンシムさんを演じるナ・ムニさんという女優さん、現在83歳なんですけども。これと、そのグムスンさんっていう親友を演じるキム・ヨンオクさんっていう女優さん、彼女は1937年生まれで87歳ですね。この2人は実際に50年から60年ぐらい、韓国の映画界、ドラマ界でずっと一緒に仕事をしている本当の親友なんですよ。で、バラエティ番組とかも親友同士で出てるんですよ。韓国のテレビに。2人のいじめ合いながらね、掛け合いする感じとか、たぶんアドリブで撮ってるんだと思うんですけど。その辺もね、いい感じなんですよ。見ていて楽しそうでね。

ちなみにこのナ・ムニさんという主演の女優さんはね、字幕翻訳家の戸田奈津子さんそっくりです(笑)。だから戸田奈津子さんが出てるようにしか見えないんですけど、でもこの女優さん、名女優なんですよ。すごい。名女優でいろんな賞を取っている人でね、最近だと『アイ・キャン・スピーク』っていう映画があって。これ、日本で公開されてないかもしれないですけど。彼女がおばあちゃんとして役所に何度も行って、若い担当の役人にね、「英語を習いたいんだけど。英語をしゃべれるようになりたいの」って、無茶なことを言うんですよ。

で、「なんで?」って言いながらも、あまりにもしつこく来るんで。まあ熱心なんでね、その若いイケメンの担当官が英語を教えるようになるんですけど。で、最後にわかるのは彼女はそのアメリカの国連が主催した公聴会でですね、日本軍がやった従軍慰安婦の当事者として証言をするために英語を勉強していたことがわかるというね。でもこれ、コメディですよ。韓国映画のパワーですよ。なんでもコメディにしますから。はい。途中まで、ほのぼのとした映画なんですけどね。その『アイ・キャン・スピーク』っていう映画は。そういうのに出てる人なんですけれども。

(町山智浩)この映画『最後のピクニック』もね、「ほんわかしてていいな」と思って見ていると、だんだん現実が迫ってくるんですよね。まず、このウンシムさんがソウルのね、お金持ちで結構、お屋敷に住んでいた人がね、なぜ故郷に帰ったか?っていうと息子がね、自分の遺産とかを狙っていることが分かってくるんですよ。生命保険をかけていたりすることも分かってきて。それでなんでだろう?って思うと、この息子はね、フライドチキンのフランチャイズチェーンを経営してるんですね。

起承転チキン

(町山智浩)これね、韓国ではね、なんていうのかな? 「起承転チキン(起承転鶏)」という言葉があるんですよ。「起承転結」っていう言葉がありますけど。四コマ漫画の基本でね。そうじゃなくて、「どんなに頑張っていても最後はフライドチキン屋に落ちるんだ」っていう意味なんですよ。これ、実際にあったことで、韓国は1990年代から激しいリストラをしたりして大企業に集中していったんで失業したりする人が増えたり、会社からリストラされる人が多かったんですよね。そういう人たちがフライドチキンのチェーン店の一員になっていったんですよ。まあ、開店するわけですけど。その時にね、ある程度フライドチキンの要するに仕入れとかね、やり方・ノウハウを教える会社があって。そこにお金を払うんですよ。

そうするとチェーン店に加盟できてっていうのがあって。ところがもう何年も次々と倒産しています。あのね、韓国ってマクドナルドよりもフライドチキンのお店の方が多かったんですよ。供給過剰ですよ。日本でも唐揚げ屋とか増えたりしているのと同じような形で、フランチャイズで儲けようとする人たちがいて。で、この主人公の息子はそういうことをやっていたんで、チェーン店から逆に訴えられている状態なんですよ。異業種からね。

で、お金が必要になって親の財産に手をつけようとしてるってことが分かって、げっそりしちゃうんですね。ところが、親友の方のグムスンさんの息子も仕事に失敗してですね、母親のその実家の故郷の街に帰って地上げ屋の下働きをしてるんですよ。これね、韓国って今、田舎はものすごい過疎なんですよ。本当にきれいなんですけど。もう美しい自然なんですが。韓国の田舎に行って思うのは。それは、人が住んでないからですよ。

人は都市に集中しているんです。特に子供がいる家とかはいい学校に入れなきゃなんないんで。でも田舎にはないんで、ソウルに集中しちゃうんですよ。で、仕事とかも韓国って大企業中心になっちゃったから。だから農家だけでは暮らせなくなって、みんな都市に集中しちゃうから田舎がほとんど無人なんですよ。で、そこにリゾート開発が入ったんですよ。そのリゾート開発の仕上げに加担しているのがグムスンさんの息子なんですけど。それで今、リゾート開発が韓国で次々と失敗しています。

日本もたぶん過疎になってくるとリゾートマンションとか、できたりすると思うんですけど。そういうところが失敗しても、その開発をしている会社はその地元と何にも関係してないから「はい、失敗しました」で去っていっちゃうんですよ。で、そこにはリゾートマンションだけが空っぽになって残って、町の産業とか全部破壊されますからね。だからそれをやっているのがその息子で。これ、韓国の現実問題がこの2人の幸せな老後に食い込んでいくんですよ。

しかもなぜ、ウンシムさんがこの田舎町を去ったか?っていう理由まで明らかになっていくんですね。それがまあ、いろんな理由があるんですがその中の1つがこの2人があまりにも仲が良すぎたためにレズビアンと誤解されて、噂されて。それで保守的な田舎町ではいられなくなっちゃったっていうのも1つの理由なんですよ。

まあ韓国は保守的ですからね。もともとね。日本でも田舎に行ったらそうですけど。そういうことが分かってきて。それでまあ、2人はその田舎の中で幸せに暮らそうと思っていた、ユートピアのように暮らそうと思っていたものがいろんなことで崩れていって。しかも、このウンシムさんはパーキンソン病が悪化していくんですよ。それで……っていう話なんですよね。

これね、つらいところはお金があるから介護施設に入ってもいいじゃないかというシーンもあるんですよ。で、実際に行ってみるんですよ。そこに同級生が入っているから。で、行ってみるとそこにはやっぱり幸せはないんですよ。介護士の人もよくて、すごいいい施設なんですよ。「でも、やっぱりここは嫌だ!」って叫ぶんですよ。

だからこれはすごく最初の方のほんわかと楽しいところから、どんどん現実が迫っていって。しかも、その現実が非常に韓国全体のものであると同時に、日本もそうだし。僕が住んでいるアメリカでもそうだし。まあ、世界のどこでも共通する問題の方に入っていくんですよ。で、やっぱりどうしても逃げられないのは老いだし、死も逃れられないんですよね。それとこの2人がどう立ち向かっていくか?っていう話になっていくんですよ。

『最後のピクニック』主題歌

(町山智浩)これ、主題歌なんですけども。これはイイム・ヨンウンさんの歌う「砂つぶ」っていうタイトルの歌なんですね。これは「私たちはみんな、1人1人は砂つぶなんだ。人間なんて砂つぶなんだ」っていう歌ではあるんですけど。これね、この映画のタイトルとも絡んでて。『最後のピクニック』という日本語タイトルですけど、韓国語のタイトルがちょっと違っていて「ソップン」っていうんですよ。これは「散歩」っていうような意味なんですね。ただ、漢字で書くとまた違う意味があって。漢字で感じで書くと「ソ」は坪内逍遥の「逍」。ぶらぶらとあてもなく歩くことを「逍遥」って言うんです。で、「プン」は「風」なんですね。で、このソップンっていう言葉は散歩よりももっと詩的な言葉で。「風に吹かれてフラフラする」という意味なんですよ。

だから「人生は風に吹かれていくようなもので、どこに行くのか分からない」っていう意味なんですね。で、人生そのものがソップンのようなものだ。80年近く生きてきて、まさかこんなことになるとは思わなかったっていうような意味があってですね。まあ、本当に俺もそう思いますよ。俺、アメリカに住むとか全然、思ってもいなかったしね。いろんな人の出会いとかね、そういうのも含めて本当に風に吹かれる砂つぶのようなものなんだと。でも、それでもあなたがそばにいてくれればいいっていう歌なんですよ。

でもね、この映画見るとそれがウルッとくるだけじゃなくて……かなり、ちょっとラストシーンはね、いろいろと論議を呼んでいるとこなんですよ。賛否両論なんですね。これはね、どう捉えていいのか。どう考えればいいのかっていうことはちょっとこの『最後のピクニック』をご覧になって、それぞれに考えていただきたいなと思います。

これを見て、パートナーがいるってことは本当に大事だなと思いましたね。一緒に、その人生の終わりにね。それはでも、それこそ風に吹かれてる砂のようなもんでね、分からないんですけど。でも、やっぱり人間は1人では生きられないし、死ねないのかなという風に僕は思いましたね。

映画『最後のピクニック』予告編

アメリカ流れ者映画『最後のピクニック』

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