荻上チキ ローラ・辺野古署名呼びかけと「政治的発言」の意味を語る

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荻上チキさんがTBSラジオ『Session-22』の中で、ローラさんがInstagramで辺野古埋め立て反対の署名呼びかけをしたことに対する様々な反応についてトーク。タブー視されがちな「政治的発言」の本当の意味について話していました。

HONEY Beauty(ハニービューティ) (NEKO MOOK)

(荻上チキ)今日、Twitterを騒がせたニュースといえば、テレビで辺野古の署名の問題が取り上げられた時にタレント・モデルのローラさんという方が自身のInstagramで署名を呼びかけたっていうことを受けて、「政治的発言が波紋を広げている」っていうような取り上げ方をテレビがしたことについて、「実際に女優とかモデルの方が政治的発言をすると波紋を呼ぶのか?」みたいな形で話題になっていたわけですよ。

(南部広美)うんうん。

(荻上チキ)で、その発言が行われていたその番組とか、あとはそれを受けてのいろんな議論とかを眺めていたんですけど。要は、結構批判的に取り上げられてるんですね。その番組自身でね。

(南部広美)要は「モデルさんとかタレントさんが政治的発言した」っていうことに対して、批判的っていうこと?

(荻上チキ)批判的。あるいは、どういうインパクトを与えるか?っていうような形の取り方。でも、報道としてそれを取り上げる側のスタンスってなかなか想像することは難しかったりするわけです。つまり、「辺野古の署名をテレビが呼びかける」っていうことはなかなか難しいけれども、「辺野古の署名をローラさんが呼びかけた」というニュースにすることで議題として設定するという効果があったりするわけですよね。

(南部広美)ふんふん。

(荻上チキ)あるいは、そういう風に呼びかけたということをニュースにすることで、「辺野古の署名っていうのは政治的なものであり、ネガティブなことなんだ」っていうメッセージを発することにも逆になりうるし。捉え方っていうものが発信の仕方と不可分なものだったりするので。まあ、どんなトーンで取り上げられたのかな?っていうのは結局、放送されたのは朝の番組なので。(夜の番組をやっている)僕らにとってはド深夜ですから。まあ、見てないんですよ。

(南部広美)フフフ、はい。

(荻上チキ)見てないんですが、いろいろ反響があったようで。で、実際に「芸能人の方が政治的発言をすることの是非」みたいな議論が行われたりするわけです。その一連の流れを見て、やっぱり政治的なコミュニケーションっていうのがすごく限定されているものだっていう風に捉えてる方が多いんだなって思ったんですね。それはいろんな反応と、それからテレビの取り方と、あるいはそれに対する町の声とかいろんな反応とかも含めて、政治的コミュニケーションをなにか「政治的なテーマ」なるものがあって、それについてコメントをすることが政治的コミュニケーションなんだと思ってる人が多いんだなっていう風に改めてハッとさせられたわけですよ。

(南部広美)はい。

(荻上チキ)というのはね、僕が大学生になって、いろいろと文学研究をするようになり。でも文学というものは「全ての作品が政治的である」っていうことちゃんといちばん最初に学ぶんですね。で、なおかつ、これは文学に限らず、全てのメディア、全てのコミュニケーションが政治的なんだっていうことも学んだんですよ。

(南部広美)はい。

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全てが「政治的」

(荻上チキ)たとえばファッション。その人がどんなファッションしてるのかというのも、極めてコミュニケーション的には政治的発信だったりするし。ファッションそのものがメディアだったりするっていうことをまずは分析する訓練をしたりするんですね。その人が、たとえばイギリスとかフランスとかだと分かりやすいかもしれませんけれども、それこそブルージーンズを着ているのか、あるいはイエローベストを着てるのか。そういったことで、たとえば労働者階級の象徴として。あるいは労働者階級の日常的なファッションとして……。

(南部広美)ああ、普段のワードローブの中にそれがあるっていうこと自体が、自分がどこに立っているのかっていうことを示しているというか。

(荻上チキ)示しているっていうこともあるし。あるいは、そういった表現記号が出てきた時には「ああ、このキャラクターはそういう風に位置づけられているんだな」っていう形で小説とか、あるいは漫画、映画などは読み解くことができるわけですよね。登場シーンのパッとした1シーンだけでも、その人の服装とか身振りとかしゃべり方によって、映画のキャラクター付けってすぐにサッとできたりするじゃない? で、それが日本で馴染みがないだけで、それぞれの国では実はその登場シーンはその人がどの階級出身なのかとか、どんなキャラクターなのかっていうことをすごく細かく表現してるってことはあると思うんです。

(南部広美)うん。ある意味、海外ってざっくり言いますけど、その方が固定化してることとイメージがすごい不可分に繋がってるけども、日本って流動的だなっていうのは私、印象があるんですけど。

(荻上チキ)そうかもしれないね。

(南部広美)そこをパッとみんなが想起するか?って言ったら、そういうのに強く触れてる人はするけれども、そうじゃない人は「えっ、そうなの?」って言うぐらいギャップがある感じがするんですよね。

(荻上チキ)そうですね。でも、たとえば日本のドラマとか映画の冒頭1分間のシーンで、学校が映されて制服で通う人が映されるのか、それともアンニュイな夜を一人暮らしの部屋で、もぞもぞと起きながら朝一番にやることが寝ぼけ眼でライターとタバコを探して、火をつけて。「さて、今日も仕事に行くか」って。で、次が工場のシーンとかだったりすると、結構その低所得でなおかつ日常の中で1人で生活している格好で、コミュニケーションがあまり成立してない状況の主人公がこれからどんな出会いをするのか?っていう設定になってことが、その冒頭から予感めいたりしてるわけですよね。

(南部広美)うん。

(荻上チキ)そうしたことのシーンの意味を読み解かなければ、文学作品とかっていうのは解釈ができないから、全てのシーン。そして人の全ての振る舞いは政治的なんだ。そしてメディアとしていろんな発信があるんだって学ぶわけですよ。で、考えてみれば、テレビで芸能人の方がいろんなワイドショーとかでコメントをすることなんてザラにありますよね?

(南部広美)はい。

(荻上チキ)で、そういったコメントの数々っていうのは当然、専門家の方から見ると、まあ「なんでそのコメントなのかな?」っていうこともあるし。

(南部広美)まあ、あらゆるジャンルでそうでしょうね。

(荻上チキ)非常に稀なことに、とても鋭い指摘をする場合もあるんだけども、だいたい……特に専門的訓練を受けてないような人がする指摘っていうのはもう、その分野では何周も前に検証されて「もう、おしまい!」っていうような議論だったりするわけですね。

(南部広美)うんうん。その知識からは遠いわけですからね。

(荻上チキ)だけど、そういったそのコミュニケーションをすることなり、あるいはどんな服装をすることなりっていうことも含めて、政治的なメッセージを発信しているわけですよ。そのテレビに映っている時点で。あるいは、普段のコミュニケーションの時点で。

(南部広美)発言している人たちは自覚があるんだろうか……。

(荻上チキ)で、その自覚が結構ないままに、いろいろな発言をする。たとえば一見、政治と関係がなさそうに見えたとしても――僕が大嫌いなやつなんだけどね――アスリートの方とかタレントさんとか、誰かが結婚した時に「お子さんの予定は?」とか。あるいは、「いま妊娠はされていますか?」みたいなことを質問する人がいるじゃないですか。

(南部広美)質問をされる前に、いまだとクレジットになっていたり、自らそういうことを公表していたりしますよね。

(荻上チキ)そう。最初のFAXとかで。

(南部広美)そこがすごい引っかかるというか。以前はなかった風習が、このところ当たり前になってきてるなっていうのは思いますけども。

(荻上チキ)うんうん。でも、そういうようなクエスチョンを出したり、あるいはそういったことを議題にする段階で、「結婚とは子供を作ることである」とか、あるいは「結婚とは異性間で行うものである」とか、いろんな価値観がその質問とかテレビの取り上げ方とかで……「2人の出会いは? 馴れ初めは?」みたいな。「馴れ初めがなきゃ、結婚しちゃいけないのかよ? えっ、結婚するからには馴れ初めが全員にあるなんて思うなよ?」みたいな。極端な話を言えばね。

(南部広美)うんうん。極端に指摘されてしまえば、たしかにそれはそうかもしれないけど。なんか雛形としてそういう風に聞きますよね。

(荻上チキ)そう。で、ある雛形があれば、それは「政治的ではない」っていう風にみなされるわけですよ。雛形通りだったら。だけどたとえば「同性同士で結婚を表明する」ってなると「センセーショナルな・波紋を広げる」っていう風に取り上げられるんだけれども、それが「男女間の結婚」だったりすると、「ゴールイン」とか。まあ、最近だと使わないのかもしれないけれども。なんかそういった表現が使われたりして、スルーされるわけですよね。

だから、ある問題がハレーションを呼んで、ある問題はハレーションを呼ばないとか。ある問題について何かを語る際に、何か定型句のように使われてることについて誰も疑問を抱かなかったりして。でも、それがすごく繊細なことだったりするのにズカズカと踏んでいくことに慣れてしまっているというメディアがある。で、そういうメディアがたとえばニュースとかを語る時に、特に専門性がないタレントの方とかも含めて「庶民感覚」で。テレビに出てるタレントの時点で庶民とは違うわけですけれども。

でもまあ「庶民とはなにか?」っていうのはわかりませんが。この場合においては「収入とかそうしたものではなく、少なくとも専門的知性を持たない人の直感的コメント」ということで言うならば、そうしたことをテレビで発言することで、なんかシンパシーを得たりとかすることが目的で番組で作ってたりするわけですよね。

庶民感覚のコメントも「政治的」

でもそこで行われてる発言って全部「政治的」なんですよ。言うまでもなく。政治のテーマについて言っていなかったとしても、たとえば「男女が結婚すべきだと思う」的な価値観を発信している人もいれば、ただの恋愛トークをしてるように見えても、そこでは何かしらのメッセージを発信してるし。ある種の労働観を話していたとしても、それ自身がたとえば「若いうちの苦労は買ってでもしろ」的な精神論をトレースしてる人がいたりするし。など、諸々のコミュニケーションに加担するわけですよね。

それが、特定の人が特定の政治について議論した時のみ、「波紋を広げている」みたいな格好の枠組みで取り上げられること自体に、実はこの社会の中に見えない線引きがあって。みんなが漠然と「ここからは政治じゃないけれども、でもこの政治は許される」っていう風に思い込んでるようなコミュニケーションと、「ここからはちょっと人々にセンセーショナルな刺激を与えるから触れないでおこう」っていうようにされている領域とがあって。

今回は一件はまさにその、たとえば「沖縄の問題とかっていうのは何か口にすると周りの反応というものが非常に大きいものだから、なるべくフタをしよう」っていう風にしてきたというような感覚というのがすごく透けて見えたんだよね。一連の出来事によって。

(南部広美)うんうん。

(荻上チキ)でも、「オリンピックは楽しみだね」みたいなことを言うのは自由だけど、「辺野古の基地ってちょっとどうかね?」っていう風に言うのはNGってのは、どっちも同じ政治性のはずなんだけれども、片方はひとつのメディアイベント化していて、片方がひとつのニュースバリューとしてある種、反逆のテーマになるみたいな。

(南部広美)うん。「政治」っていう言葉の持つ意味合いのネガティブとポジティブな面をどっちととらえてるかによって変わってきますよね。

(荻上チキ)変わってきますね。あとは、「なんとなく漠然と広く『みんながこう思ってるだろう』っていうようなことを逸脱しないことこそが重要なんだ」みたいな、そうしたような感情全体主義みたいなものがあって。

(南部広美)同調圧力。多い方にいるようにするみたいな。

(荻上チキ)そうですね。そういったような感覚っていうものを含めて、なんかネット上で騒いでいるような出来事が、うん。なんか結構懐かしいような感じがして。

(南部広美)懐かしい?

(荻上チキ)だから自分が学生時代に「そういった全てのことに政治的なことっていうのは含まれるんだよ」って学んだわけだけれども、でもそれが共有されてないような状況の人っていうのもたくさんいるし。そういう人に向けて、まず「全てが政治なんだよ」っていうことを理解してもらって、なおかつ特定の政治だけを「政治」だとか、あるいは「リスキーなコミュニケーションだ」ってとらえること自体が、実はこの社会の何かに疑問を抱かずに従うことにただちに直結してるんだよっていうこととか。諸々を伝えていきながら、「さて、じゃああの問題についてはどう考えるか?」っていう舞台設定をし直すことがすごく大事なんだなっていう風に思いましたね。

まあ、ここで番組やったり、南部さんと話したりしていると、結構慣れすぎるというか。「あらゆるものについて議論をすることが別にタブーでもなんでもないよね」みたいな感覚に慣れすぎると、「ああ、よそは結構恐る恐るやってるもんなんだな」みたいな。

(南部広美)あとは「『自覚なしに』っていう部分は大きいな」っていうことにも気付きますよね。

(荻上チキ)そうですね。まあでも、そういったような空気感みたいなものにね……。

(南部広美)でも、私もセッションに触れるまでは確実にそうだったなって思います。

(荻上チキ)そうですか? 「セッションに触れる前」っていうか、出た瞬間から触れているんじゃないの?(笑)。

(南部広美)いや、そこの5年半前、6年近く前にさかのぼったとしてもそうだから。なんかそういうものが身近にないと、全く無自覚に「政治性がない」と思いながら、ある一定の……たとえば新聞とかメディアとかはこういうもんだって。その選んでいること自体に意図を感じてない人も、もしかしたらいるかもしれないなっていうことが、頭をよぎったりします。

(荻上チキ)うん。だからそういったものにちょっとアンテナを立てながら、「なんでこれにみんな騒ぐんだろう?」ということを含めて、そのニュースの価値とか、ニュースを語ることがもたらす効果っていうものをね、もっと広く見られるような状態にしていきたいなという風に今日は考えながら。

(南部広美)プラス、自分がどこに立ってるのか?っていうことを自覚するっていうことですね。

(荻上チキ)そうですね。でも実際にローラさんがInstagramでつぶやいたことで、Facebook、Twitterなど諸々のメディア、そしてテレビとか新聞でも爆発的に拡散していったわけじゃないですか。その力ってすごいなと思うと同時に、それを何に使うのか?っていうことの方がむしろ問われなっていう風にも思いましたけどね。

(南部広美)何にどう使うかですよね。

(荻上チキ)そうですね。はい。

<書き起こしおわり>

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