町山智浩さんが2025年9月16日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日は今週10月3日金曜日に公開される『ワン・バトル・アフター・アナザー』という映画をご紹介します。
(町山智浩)今、ビヨンセさんの「Freedom」が流れていますけど。この曲はこの予告編で使われてるんですけど。自由を叫ぶ歌なんですが、この映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』……これ、タイトル覚えらんないからなんとかしてほしいんですけど。
前のディカプリオの映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』とかね、もうちょっとなんとか日本語としてこなしてほしいんですけど。「one ** after another」で「次から次に**」みたいな意味なんですよ。英語の文法的にはね。だからこれ、「戦い、また戦い」っていう意味ですね。で、これでレオナルド・ディカプリオが演じるのは50歳のおっさんで、かつて爆弾テロリストだった男です。
でも今はしょぼしょぼのおじさんになっていて、政府から隠れてこそこそ森の中で暮らしてるんですけど。16歳の高校生の娘を育てていまして。1人で。で、その娘が16年後にですね、かつて彼らをそのテロリストだった頃の彼らを追いかけ回した軍人ショーン・ペンからまた追っかけられるんですよ。娘が追っかけられるんですね。見つかってしまって。で、その娘が逃げるんですけど、それを軍人たち、軍隊……国家権力が追っかけていくんですが。それをさらに助けようとしてデカプリオを追っかけるというですね、追っかけ、追っかけ、追っかけの三つ巴の追跡劇です。
アクションです。完全なアクション映画ですね。ただこれ、コメディなんですよ。これね、笑うんですよ、結構。これね、元々なんでショーン・ペンが彼の娘に執着してるかっていうと、16年前にディカプリオがある過激派グループにいまして。で、恋人の彼女と一緒に各地でテロを繰り返してたんですけども。そこでですね、その彼女の方がペルフィディアという名前の黒人の女性リーダーなんですが。その彼女が移民収容所を襲撃するんですよ。ここがすごいんですけど。これは今、アメリカで起こってることですね。
移民収容所がもうアメリカ各地にあって、そこがひどい状況なんですけど。そこに閉じ込められて……この間、韓国のヒュンダイ自動車の工場建設のために来た技術者までそこに入れられちゃって。ひどい……もうトイレもぐちゃぐちゃで、地べたに寝かされて大変だったっていうのを話してましたけどね。その逮捕されちゃった人たちが。まあ、そこを襲撃するんですね。ディカプリオと奥さんがね。で、そこに移民狩りやってる悪い軍人のショーン・ペンがいるわけですよ。で、この奥さんが「差別的な軍人だからいじめてやろう」っていうので、銃を突きつけていじめるんですね。そしたらすごい彼はレイシストで、黒人とかメキシコ人とかを差別してたんですけど……その女性からいじめられて、その快感に目覚めてしまうんですよ。
差別主義者の右翼軍人なんですけど。で、その後に彼女を追っかけ回すんですね。またいじめてもらいたくて。ちょっとねじれすぎてるんですけど(笑)。まあ、コメディなのでね。で、その後にですね、色々あってですね、16年間ディカプリオが隠れていたんですけど、とうとう見つかってしまって。で、その軍人が娘を追っかけ回すんですね。それでこれね、映画を見てもすごく現在の話のようにしか見えないんですけど。これ、映画撮影は2年前ぐらいから始まっていて。トランプ大統領は移民狩りをやるっていうことが分かってない頃に撮影してたんですよ。
予言的な映画
(町山智浩)で、これはもう予言的な映画になってしまったんですが。元々、原作は1960年代から70年代にかけて実際にそういった爆弾テロをしていた実在のグループがいたんですが、それをモデルにしてるんですね。ウェザー・アンダーグラウンドっていうんですけども。アメリカ各地でベトナム戦争とか黒人差別に反対して政治的な施設を爆破していたグループがいたんですよ。で、ところが彼らは潜伏しまして結局、30何人かの人たちが身元を隠して、名前を隠してずっと暮らしていたんですね。指名手配されながら。という事実があって、それを元に書かれた小説がトマス・ピンチョンっていう人が書いた『ヴァインランド』っていう小説がありまして。それはその彼らが革命に敗れて、落ち込んで酒や薬に溺れて自己嫌悪している状況の中でその娘がさらわれてしまうというような話なんですね。
で、それを現在の2025年の状況に持ってきちゃってるんですよ。そしたらなんとね、それが現在を予言する話になっちゃったというね。で、これの監督がポール・トーマス・アンダーソンという人で。「PTA」という風に言われてるんですけど。名前が長いから略してね。この人はね、アメリカで今、一番最高の映画監督ですね。現在55歳なんですけれども。『ブギーナイツ』という映画を本当に若い頃、20代かなんかで作ってですね。天才的で『マグノリア』とか『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』とか『ファントム・スレッド』とか、作る映画のほとんどが映画史に残るような傑作を撮ってる人です。
『ファントム・スレッド』、すごい映画ですよ。あれはすごいですね。僕はあの時、ポール・トーマス・アンダーソンにインタビューしたんですけれども。彼と奥さんとの関係がモデルだったらしいですよ。あの映画は。奥さんとドレスデザイナーの旦那が要するになんていうか、どっちが主導権を握るか?っていう夫婦の争いの話なんですよ。『ファントム・スレッド』は彼がインフルエンザにかかって寝込んだ時、奥さんがめちゃくちゃ優しくしてくれたんでその熱の中で「もしかしたらカミさんが俺に毒を盛ったんじゃないか?」っていう風に妄想したことがきっかけだって言ってましたけど。だから夫婦の話から思いついた話らしいんですけど。
今回も実はポール・トーマス・アンダーソン自身の個人的なこと、家族の問題からこの映画を作ってるんですけど。それはちょっと後で説明しますね。で、この映画がすごいのは途中でなんていうか、ディカプリオが森の中に隠れているんですよ。この森はうちの近所にある森なんです。レッドウッド・フォレストっていうところがあって、うちから3時間ぐらい。「近い」っつってもアメリカの場合、3時間は「近い」んですね。それぐらいのところにある森なんですけども。すごいセコイアという巨大な木が生えていて。高さが80mから100mぐらいなんですよ。
で、ものすごい巨大で兵庫県ぐらいの面積がある森なんでそこに昔、ヒッピーとか過激派の人たちが実際に隠れていたんです。そこに隠れると見つからないんです。絶対に。軍隊が入ってきた時もあって。ニクソン政権の時には軍隊が実際にそこに襲撃をかけたんですけども、見つかりませんでした。彼らはで、そこにずっと隠れてディカプリオは暮らしてるんですけども。で、その近くにはポートランドっていう街があるんですよ。森がでかいんでね。で、そのポートランドとかそのうちの近くのオークランド。あとサンフランシスコ、ロサンゼルスとかそういった街は現在、トランプ大統領の軍隊に侵略されそうになっているんですよ。
それはどういうことかというと、こういう街は「サンクチュアリ・シティ」を宣言してるんですね。サンクチュアリってのは「聖域」。誰も入っちゃいけないっていう意味ですけど。「守る」という意味ですね。その移民の人たちを守る街として宣言したんですよ。で、それは移民の人たちが医療とか農業とか、いろんなことに従事していて。もう完全に街の人たちとして暮らしてるんで、そこにトランプの移民狩りが来ても協力しないという宣言をしていたんですね。だからトランプはそこに軍隊を送り込むことにして、すでに昨日、ポートランドに軍隊を送りました。
これは国内に対する占領戦争を仕掛けてるんですね。自分に敵対する街に対して。で、それがなんとこの映画の中に出てくるんですよ。去年、撮影しているのに。これね、そのディカプリオが住んでるところの近くに架空の街があって。ポートランドをモデルにしてるんですけど。そこがサンクチュアリ、聖域都市で移民の人たちをかばって暮らしてるんですね。そこにショーン・ペンが軍隊を送り込むっていうシーンがあるんですよ。「どうしてわかったの?」っていう。1年ぐらい前なのに。
第一次トランプ政権の時はそういうことやろうとしてたんですよね。だから「それをもし本当にやったら、こんなになっちゃうよ」っていうことでこのポール・トーマス・アンダーソン監督は映像化したんだと思うんですけど。だからそれがモロに当たってしまったということなんですが。でもそんな中でもコメディなんでね。ディカプリオはね、娘を助けるためにかつての過激派組織の人たちって地下に潜って潜伏してるんですが。ネットワークを作って互いに助け合ってるんですね。で、そこに電話して「娘がさらわれたから。逃げてるから!」って電話するんですけど。「だったら合言葉を言え」って言われるんですよ。
ところが、ディカプリオは16年間ずっとお酒に溺れ、マリファナばっかり吸ってゴロゴロしてたんで合言葉を思い出せないんですよ(笑)。「お父さん、どうしたんだよ?」っていうね。これはね、身につまされた……。今、サブスクとかさ、なんでもパスワード、多すぎない? でも時々、どうしてもパスワードを入れなきゃなんない時ってあるじゃないですか。俺、絶対に覚えてないんだ(笑)。だからこれ、他人事じゃないなって思って見ていたいんですけども。
で、そこでね、移民を助ける仕事をしてるのがベニチオ・デル・トロっていうヒスパニックの俳優さんなんですが。彼が言うセリフがあってね。「これは異常な状態なんだ。これは自由じゃないんだと。自由、フリーダムっていうのは恐怖を感じないことなんだ。恐れ知らずなことなんだ。トム・クルーズみたいにね」って言うんですけど(笑)。トム・クルーズで落とすのか!って思いましたけど。ただね、やっぱりそうで今、すごくアメリカはみんな、怖がってるんですよ。たとえばこの間、テレビの司会者で本当にもう大人気のジミー・キンメルっていう人がいまして。コメディアンなんですが。ずっとトランプをからかっていたら、自分の番組が潰されちゃったんですよ。
それはね、要するに政府の中にテレビ局に対して放送を認可する通信委員会ってのがありまして。そこのボスが圧力をかけて、番組を潰させちゃったんですよ。で、親会社がディズニーだったんでもうアメリカ中の人がディズニーのボイコットをして。ディズニープラスっていう配信サービスがあるじゃないですか。あれを解約したりね、株を売っぱらったりしてディズニーは大打撃を食らって。もう何十億ドルっていう大打撃を食らったんで、そのジミー・キンメルの番組を戻したっていうのはあったんですよ。このぐらい怖いことになってて、もう何されるかわからないというね。
各大学でも、たとえばガザの虐殺に反対している学生たちのビザが取り消されたりしてるんですけど。すごい状況になってるんでこれは今、アメリカを恐怖が支配してるんですよ。「でもそれは自由じゃないんだよ」ということ言ってんですけど。それでもコメディなんで、モタモタしながら……ディカプリオ、全然かっこよくないですよ(笑)。
最近、こういう役が多いんですけど。この映画では本当にダメなお父さんなんですよ。でもね、そこが泣かせるんですけど。これね、見ていてこの彼のやってることっていうのは最近、日本で桐島聡っていう人がずっと爆弾犯として指名手配されて、49年間潜伏していて。で、亡くなる直前に桐島であることが判明して亡くなったっていう件があったでしょう? あれを思い出させるんですよ。本当にもう人から注目されないように地味に暮らしてるんですね。このディカプリオが。
で、これはいわゆるその企業連続爆破事件の犯人だった桐島聡が49年間、逃亡していたことを映画にした『「桐島です」』っていう映画も作られて今年7月に公開されてますね。その映画の脚本を書いた人も本当に爆弾犯の娘さんなんですよ。『爆弾犯の娘』という本を書かれて。『梶原阿貴』さんという人なんですけども。この彼女のお父さんは爆弾は作っていたんですけど実際、爆発はしてなくて。誰も怪我させたりしてないんですけどもね。ただ、彼女は12歳になるまで自分のお父さんが爆弾犯だったということを知らなくて。で、小学校6年かなんかの時に突然、お母さんから「ごめんね。実はお父さん、爆弾犯なのよ」って言われたというね。でもお父さん、家の奥で隠れてずっと表に出ないで暮らしてたみたいですよ。
だから一緒に逃げ回ってたんですね。っていう本が出ていて。これ、だからこの映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』ってアメリカの話ですけど全然、そんなに遠い話じゃないんですよ。それで今、現在もそういうことがアメリカで起こっていて。日本でももう、すごいじゃないですか。外国人排斥が。もう大変なことになっているじゃないですか。だから本当にこれ、優れた監督っていうのは時代を先取りするなと思いましたね。
で、これね、この娘の方が実はこの映画の主役なんですよ。お父さんはダメなんで、娘が頑張ります。この娘さんね、映画初出演なんですけど。この女優さんはチェイス・インフィニティっていう名前なんですよ。「無限を追いかけて」っていう名前なんですけど、これが本名です。すごいんですよ、この女優さんが。これね、なんかお父さんとお母さんが『トイ・ストーリー』のバズ・ライトイヤーのファンだったんで。バズ・ライトイヤーの口癖が「infinity,」なんで付けたそうですけどね。もう役とぴったりなんですよ。彼女の大活躍がすごいんですが。
この映画、実は監督のポール・トーマス・アンダーソンがやはり奥さんがアフリカ系の人で。で、娘がいわゆるミックスアイデンティティなんですね。で、完全に娘に捧げる映画になっているんですよ。お母さん、このポール・トーマス・アンダーソンの奥さんはね、マヤ・ルドルフさんっていうコメディアンなんですけど。僕はね、この監督にインタビューした時、とにかく娘の話ばっかりですよ。「脚本とかを娘に見せて色々教えてもらってるんだ」とか言っていて。だからこれはね、ちょっとお父さんは泣く映画ですよ、本当に。
でね、ちゃんと最後はアクションとしてすごくなっていきます。カーチェイスが本当にすごいんでね、もう是非ご覧になっていただきたいんですが。ただこの映画ね、そうやって笑わせながらカーチェイスでもハラハラさせて、エンターテインメントとしてものすごくよくできてるんですが。やっぱりね、タイトルからして本当に今の世の中と真っ向から戦う映画なんですよ。で、この映画は最後にね、ギル・スコット・ヘロンという人の「革命はテレビで放送されない」という音楽が流れるんですね。
ギル・スコット・ヘロン「革命はテレビで放送されない」
(町山智浩)この曲はね、1970年にその黒人たちの政治闘争がある真っ最中に作られた歌なんですけど。これは「革命はテレビで放送されないから、家にいてもダメだ。外へ出ろ」っていう歌なんですよ。これ、歌っていうかセリフみたいなんですけどこれはラップとかヒップホップに先駆けた「プレラップ」って言われてるものですね。これ自体がポエトリーリーディングみたいなものなんですけども。これを最後にかけることでこの映画は要するに「戦いというのはかつて、あったけれどもまだこれからもあるぞ」っていうタイトルなんだっていう意味がよくわかるんですよ。だから「戦い、また戦い」なんですね。
そのぐらいね、笑わせながらすごいことをやってる映画がこの『ワン・バトル・アフター・アナザー』なんで是非、今という時代を分かる、体験する映画としてご覧いただきたいと思います。