安住紳一郎が語る 地方出身者の孤独な成人式の思い出

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安住紳一郎さんがTBSラジオ『日曜天国』の中で2009年1月に話したトークの書き起こし。北海道出身の安住さんが埼玉県与野市の成人式で味わった、想像を絶する孤独感について語っていました。


(安住紳一郎)それから、成人式ですね。

(中澤有美子)そうですね。

(安住紳一郎)明日ですね。ラジオをお聞きの方で新成人という方もいらっしゃるかもしれませんし、あるいは、家族、周りの方が今年新成人ですよという方がいらっしゃいますよという方もね、いるんじゃないかなと思いますけども。1月12日。明日ですもんね。全国で135万人の方が新成人になるようですけども。

(中澤有美子)そうなんですね。

(安住紳一郎)ずいぶんね、人数は減ったようですけども。私もハタチの頃がありまして。15年前ですか?もうずいぶん時間が経ってしまったなと思うんですが。成人式。当時はまだ1月15日に固定されてましたね。

(中澤有美子)そうでした。

(安住紳一郎)中澤さんは成人式のことは覚えてらっしゃいますか?

(中澤有美子)ええと、私、大学の進級が危うかったので、テストの勉強をしておりまして。はい。いわゆる地元で開かれる回には出席しなかったんですね。

(安住紳一郎)でも、晴れ着を着て写真を撮るとか?

(中澤有美子)ええ。別の日に、撮りましたけど。写真を。

(安住紳一郎)じゃあ成人式には出ていらっしゃらない?

(中澤有美子)そうですね。ええ。

(安住紳一郎)そうですか。私もまだ当時学生で。当時は、埼玉県与野市というところに住んでいたんですけども。いまは合併して、さいたま市中央区になっておりますけれども。埼玉県与野市鈴谷4丁目5番地というところに住んでいたんですが。

(中澤有美子)ああ、そうでしたか。

(安住紳一郎)ええ。もしご近所の方いましたら、よろしくお願いします。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)いまから15年前ですか?当時の与野市から・・・浦和の横、大宮の下にあるんですけども。当時の与野市から招待状が届いておりまして。で、私、実家が北海道なものですから、全く周りには当然知り合いなどはいないんですけども。当時はまだ、社会規範にストイックな時代で。『これは行かねばなるまい』と思ってですね。

(中澤有美子)ああ、そうですか。

平成6年与野市の成人式

(安住紳一郎)15年前、私は与野市の成人式に出てるんですけど。ちょうど、平成6年かな?与野市の成人式で、もしかしたらね、ラジオ聞いてらっしゃる方で、『あ、俺も私も、平成6年与野市の成人式に出たよ』という方、いらっしゃるかもしれませんけれども。懐かしいな、なんて昨日ちょっと思い返していたんですけども。

(中澤有美子)うん。

(安住紳一郎)だいたい成人式っていうのは出身の小学校とか中学校ごとに友達が集まったりして。また会場で、そういう懐かしい顔に再会するから楽しいのであって。縁もない、知り合いもいない地方出身者が、いくら住民票があるからと言って、最寄りの市役所に単独で乗り込んだところで、決して楽しいものではない。

(中澤有美子)きっとそうですね(笑)。

(安住紳一郎)というのはたぶん、想像ができるとはみなさんも思うんですけども。本来はね、地元。自分の出身の土地に帰って出たりするのがいちばん楽しいのかもしれませんけども。ちょっとね、住民票を動かしていたりとか、親の引っ越しの加減で、どうしても地元に戻れないという方も多いと思うんですが。

(中澤有美子)ええ。

(安住紳一郎)で、私も北海道の成人式に出られれば楽しかったんでしょうけれど。東京の学校に通っていたので、わざわざ、ねえ。自分で旅費を出して帰る、そんな甲斐性もないし。親に『成人式に出るために戻りたい。旅費を出してくれ』って言えるような雰囲気でもなかったので。結局、私は縁もゆかりもない埼玉県与野市の成人式に出たんですけれども。

(中澤有美子)そうでしたか。

(安住紳一郎)結構たぶん、地方出身者で成人式の日を憂鬱に迎えたという方は、実は私は多いんじゃないかな?と思っているんですけど。縁もゆかりも友人もいない成人式に出ますとですね、当然会場に行っても、話をする人、いないんですよ。ポツーンと。

(中澤有美子)そうですよね。ええ。

(安住紳一郎)すっごい孤独なんですよ。しかも、ただの孤独じゃないんですよ。ハレの日の孤独ですよ。

(中澤有美子)そうですよね(笑)。

(安住紳一郎)考えてください。想像してみてください。これはね、こたえるんですよ。晴れがましい席での孤独。すごいですよ。私、男ですから晴れ着こそ着てなかったものの、一応大宮のマルイで買い揃えたスーツを着ていったんですよ。

(中澤有美子)うん、はい。はい。

(安住紳一郎)張り切ってね。で、地域社会からお祝いしてもらえるって言うんで。

(中澤有美子)そうですよね(笑)。

(安住紳一郎)ちょっと張り切って行ってるんですよ。いくらね、友人がいないとは言っても、初体験ですから。大人社会のデビューだ!なんて思って。どういうことになるのかな?と思って。ものすごい孤独ですよ。ええ。知り合い、いないんですから。

(中澤有美子)そうですねー。

(安住紳一郎)スポットライトは注いでいるのに、自分の立っているところが凹んでいるみたいな。

(中澤有美子)あー!イメージわかります。はい。

(安住紳一郎)でも他のみなさんはこう、中学校とか小学校とか近所のみなさんとか。同級生との再会にこう、大騒ぎをしているわけですよ。その中、最前列のパイプ椅子にポツーンと1人。正装してね。

(中澤有美子)最前列(笑)。

(安住紳一郎)最前列ですよ。勧められるがままに最前列。

(中澤有美子)そうかそうか(笑)。

(安住紳一郎)で、あの、それぞれみなさんが卒業した当時の中学校の校長先生からのお祝いの電報が届いてたりとか。小粋な先生はちょうど担任の先生なんかが、『与野八王子小学校のみなさん、私のことを覚えてますか?』なんてそういう洒落た電報とか来てるわけですよ。で、ちょっと会場がなんか『おおー!』とか沸いたりしてる中で、『知らね』って。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)『知らね。なにそれ?』『誰それ?知らね』(笑)。

(中澤有美子)そうですよねー(笑)。知りようがないです。

(安住紳一郎)知りようがないですから。ええ。ついだって6ヶ月ぐらい前にお邪魔してるんですよ。

(中澤有美子)そうです(笑)。

(安住紳一郎)で、大人になる人はよく言ったもので、本当にその成人式の日に、本当に人間は1人では生きていけないということを学びました。ものすごい孤独ですよ。絶壁の孤独感でしたね。

(中澤有美子)ああー・・・

(安住紳一郎)張り切って行ってるんですから。

(中澤有美子)そうですよね。

(安住紳一郎)張り切って、一張羅を着ていった中での孤独ですから。

(中澤有美子)そうですよね(笑)。孤独感が倍加しますよ。本当に。

(安住紳一郎)19、20っていうとね、まだ大人とは言え、コミュニケーションとか上手に自分の中でバランス取れないですからね。本当に孤独だと、本当に100%孤独噛みしめちゃうんですよ。

(中澤有美子)そうですね。本当に、そうですね。なんかガラガラと自分が崩れるほどの。きっと悲しい感じが、ねえ。

(安住紳一郎)そうですよ。正しく大人社会の洗礼ですよね。本当に私は、あの日のことを忘れません。それ以来あの、成人式ではしゃいだ人と、指定校推薦で学校に入った人には、いまでも心から負けたくない!

(中澤有美子)ちょっと待ってください。成人式の人でしょ・・・

(安住紳一郎)成人式ではしゃいでいた人と、指定校推薦で学校に入った人!

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)私、あの一般受験を失敗して。いま受験シーズンですから。

(中澤有美子)あ、そっか(笑)。

(安住紳一郎)みなさんも苦しんでると思いますけども。指定校推薦で学校に入った人には、どの分野においても負けたくない!

(中澤有美子)ああ、なるほど。

(安住紳一郎)たとえジャンケンでも負けたくない。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)まあ後からね、聞いていろいろわかるんですけども。だいたい友人がいない地域に越してきている新成人の人は、あまり成人式には出席しないのがいいみたいですけどね。寂しい思いをしちゃうから。写真とか撮って終わり。家族とかに挨拶して終わりにしておくのがいいらしいんですけども。私当時まだ、非常に理想に燃えていた時代で。

(中澤有美子)そうなんですね。

(安住紳一郎)結構社会に従順だったものですから。なんか市役所から招待状がきてしまったので、気合が入っちゃったんですね。なんかね。うん。

(中澤有美子)よし、新成人だ!って?

(安住紳一郎)なんかもしかしたら、青年団とかにスカウトされるのかな?とか。なんか(笑)。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)そういうなんか、地域住民としての黎明期だったんですよ。なんか。うん。

(中澤有美子)あー、なんか清々しい青年だったんですね。

(安住紳一郎)とても清々しかったんですよ。で、田舎だと結構地域社会が充実してるんで、もしかしたらなんか、消防団とかに誘われるのかな?とか。そういう気持ちで行ってるんですよ。ええ。で、関東に出てきてこんなにね、町が大きいって知らなかったから。もしかしたら、急になんかあいうえお順でスピーチとか来たらどうしよう?とか。それぐらいの気持ちで臨んでいる。

(中澤有美子)俺、『あ』行だし(笑)。そうですよね。

(安住紳一郎)うん。まあ当時から自意識過剰だったんで。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)『6ヶ月前から、北海道から住民票を移した安住紳一郎くんにスピーチを』とか言われるんじゃないかな?って(笑)。そんなことはないんですけども。

(中澤有美子)(笑)。うんうんうん。

(安住紳一郎)それで、成人式と言えば、記念品ですよ。

(中澤有美子)あ、そうですね。

(安住紳一郎)いまから15年前の、平成6年。埼玉県与野市の成人式の記念品。みなさん覚えてますかね?成人式の記念品。中澤さんは成人式、出てないからね。おわかりじゃないと思いますけども。大抵なんかアルバムとか、お皿とか。あんまりね、評判よろしくない感じの品だったりするんですけども。

(中澤有美子)写真立てとか。

(安住紳一郎)で、その当時の埼玉県与野市の成人式の記念品が、またこれがね、嫌味か?と思うような。自分のいまの心情を表すかのような記念品だったんですよ。

(中澤有美子)へー。なんだろう?

(安住紳一郎)鉢植えのサボテンだったの。

(中澤有美子)(爆笑)

(安住紳一郎)平成6年の埼玉県与野市の成人式の記念品ですよ。

(中澤有美子)変わってる(笑)。

(安住紳一郎)鉢植えのサボテンだったの。

(中澤有美子)すごい変わってる(笑)。

(安住紳一郎)なんでサボテンだったのかは、よくわかりませんけども。紙コップくらいのね、小さな茶色い素焼きの植木鉢に。もう本当ちっちゃい。片手に乗るくらいの。そこに、大きめの梅干しをひっくり返したくらいのサボテンが、植わっているというよりもこう、めり込んだ感じに入ってるんですよ。

(中澤有美子)(爆笑)

(安住紳一郎)記念品だったんですよ。で、小さいなりにも一丁前にトゲはね、あって。

(中澤有美子)トゲはあって(笑)。

(安住紳一郎)で、小さな鉢の中で、いつ枯れるとも、また華やかさとも無縁な小サボテンですよ。

(中澤有美子)こさ・・・小サボテン(笑)。

(安住紳一郎)小サボテン。それいただいて。で、帰り。与野本町から南与野っていう駅まで埼京線で帰ってくるんだけど。1月15日の祝日だから電車もガラガラで。上りになりますんで、ガラガラで。膝の上にね、サボテンを置いて。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)アパートへ帰るんですけど。なんか、そのシーンが忘れられなくてですね。会場で味わった初めての大人の日の耐え難い孤独感。プラス、その目の前の小さな、居場所を失ったかのようなサボテン。この光景が自分とかぶってきてね。『なんだ?この不格好なサボテン。なんで成人式にサボテンなんだ?砂漠の生き物だろ?成人のお祝いか?』。そういう気持ちと、埼玉に出てきて、全く見知らぬ成人式に出た自分の孤独感と。もう涙は出なかったけど、心の中ではしゃくり上げて泣いているわけですよ。

(中澤有美子)うん、そうですね。本当に。

(安住紳一郎)それでサボテン持って帰って。アパートの部屋で、サボテンとの語り合いですよ。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)だって、することないんだもん。張り切って行ってさ。

(中澤有美子)もう・・・泣けるのに笑っちゃう(笑)。

(安住紳一郎)ハタチになって人生初の杯をサボテンと酌み交わすのよ。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)『おう、サボテン。お前はその鉢の中で大きくなるのか?慣れない気候はこたえるだろ?砂漠育ちに都会の孤独はどうだ?俺は、俺は負けてしまいそうだよ』。本当もう、サボテンと気持ちが重なっちゃってるのね。都会の砂漠のサボテンですよ。こちらは。

(中澤有美子)そうかそうかそうかー。

(安住紳一郎)『俺も故郷の同級生と騒ぎたかったよ!君も1人なのか!?いや、ダメだ。こんな簡単に孤独に音を上げるようじゃダメだ!上京した時の青雲の志を忘れるな!』とこう、サボテンも言っているわけ。

(中澤有美子)サボテンが言ってくれた(笑)。

(安住紳一郎)そう。サボテンが言ってくれてるの。で、私はそんなサボテンからの言葉にですよ、都会の孤独に打ち勝つべく、素早く立ち上がりました!

(中澤有美子)はい!

(安住紳一郎)『おう、俺は負けてられないぞ!北海道から出てきたんだから、友達いなくてもやっていけるよ!成人式の孤独なんて、なんだ!トゲなんか、無くしちゃいないんだから!』。与野市の成人式、午前中だったんですよ。

(中澤有美子)はい。

(安住紳一郎)埼玉にお住まいの方、おわかりでしょうけど、与野市っていうのは周り浦和市に三方向、南、西、東と囲まれていまして。もう、歩いてすぐの距離に、浦和市の市民ホールとかいっぱいあるんですよね。

(中澤有美子)はい。

(安住紳一郎)それで、浦和市の成人式が午後からだったんですよ。

(中澤有美子)ほうほうほう。

(安住紳一郎)私、さっそく孤独に打ち勝つために、午前中与野市の成人式に出た後、サボテンと話をした後、浦和の成人式に出てきたんです!

(中澤有美子)(爆笑)

(安住紳一郎)2回目。

(中澤有美子)本当!?(爆笑)。

(安住紳一郎)浦和市の成人式。呼ばれてもいないのに。

(中澤有美子)い、行けました?

(安住紳一郎)行けました。招待状なくてもね、中に入れたんですよ。で、午後からの浦和市の成人式に出て。で、私はもう強い人間になっているから。

(中澤有美子)そうか。はい。

(安住紳一郎)もう今度は堂々としたもんですよ。もう最前列のパイプ椅子。浦和、当時南浦和から近くの市民ホールみたいなところに行った記憶があるんですけれども。もう最前列のパイプ椅子。君が代を大きな声で歌いあげて。

(中澤有美子)(笑)。すごい!強い!

(安住紳一郎)『きーみーがー!』って。もう周りからは『右翼の活動青年か?』みたいな。『なんだ、この人?1人で来て、君が代を堂々と歌って』って。

(中澤有美子)誰とも交わらず(笑)。ええ、ええ。ほー。

(安住紳一郎)で、ちょうど15年前の成人式を私は与野市の成人式に午前中。で、午後からさっそく孤独に打ち勝つために、浦和市の成人式と。2回出てきたという。

(中澤有美子)そうでしたかー!

(安住紳一郎)よく、エド・はるみさんが自分のお齢を説明する時に『成人式を2度終えたくらいです』というような説明をよくされていますが。

(中澤有美子)そうですね。著書もそのような題名で。

(安住紳一郎)そんなような話を聞くと、いつも私は心の中でこうつぶやいています。『エドさん、私も成人式2回出てます』と。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)うん。当時からちょっと変わってたんでしょうね。私ね。

(中澤有美子)そうですね(笑)。

(安住紳一郎)でもね、なんか許せなかったんだね。やっぱりね。

(中澤有美子)そうかそうか。

(安住紳一郎)ハタチでは受け止めきれない疎外感。で、ちょっとやっぱりもう1回出てみようと思って(笑)。

(中澤有美子)(笑)。なんかこう、リベンジっていうか、なんだったんでしょうね?うん。

(安住紳一郎)まあちょっと都会に負けたくないっていう気持ちがたぶんね、強かったんだと思います。まあ、典型的な田舎者の青臭さですけども。いまとなってはいい思い出だなというところ、ありますけれども。

(中澤有美子)そうですねー。

(安住紳一郎)そんなセピア色の青春の日々から15年ですか?平成6年。与野市の成人式でもらったあのサボテンは、いまも実家の出窓で元気に暮らしております。

(中澤有美子)あ、本当ですか!うわー。

(安住紳一郎)梅干しくらいのサボテンが、いまは折りたたみ傘くらいの大きさになっております。

(中澤有美子)そうですかー。

(安住紳一郎)ビヨーンってなってます。

(中澤有美子)畳んだ時の。ええ。

(安住紳一郎)元気にやってますねー。彼も。しかも、4年前にピンク色の花を咲かせまして。ええ。私はぜんぜん知らなかったんですけども、帰省した折。4年前、5年前に帰省した折に、その植木鉢の土の上に、茶褐色に薄汚れた花弁が何枚か落ちていて。で、『あれっ?母さん、これサボテン、花つけたの?』って聞いたら、『そうだ』って言うから。『ええーっ!?』と思って。

(中澤有美子)はい。

(安住紳一郎)もう私の友達ですから。

(中澤有美子)そうですよね。ええ。

(安住紳一郎)『なんで電話して教えてくれないんだよ!』って母親に言ったら、母親っていうか家の人はぜんぜんそういうコミュニケーションがあったって知らないから。このサボテンとウチの息子が。『ずいぶんおかしな子だな』という風に思っていたみたいですけれどもね。『あれ?なんでこんな植物に花がついたぐらいで。そんなに興奮する優しい子になっちゃったんだろう?』みたいな。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)そんな感じになっていましたけども。ええ。いまもサボテン、与野市からいただいたサボテン、元気に育てて。ええ。

(中澤有美子)そうなんですね。あー。

(安住紳一郎)花までつけましてですね、たいへん嬉しかったですね。

(中澤有美子)そうですね。

(安住紳一郎)また、東京に戻る時にはちょっとね、愛おしむかのようにサボテンを撫でてみようと思うとチクッと痛い。

(中澤有美子)そうですね(笑)。やっぱり寄せつけないですね。

(安住紳一郎)寄せつけないなっていうね。お互いがんばろうねっていう。『この痛みにまた耐えるんだな、俺は』っていう(笑)。うん。まあちょっといい話してるつもりなんですけど、ただのおかしな青年の話なんですけれども(笑)。

(中澤有美子)(笑)。まあちょっと、紙一重ですけど。ええ。

(安住紳一郎)まあ、ただ成人式に2回出てきたおかしな人ということなんですけど。

(中澤有美子)いや、ええ。うん。すごい、はい。感動しました。

(安住紳一郎)たぶん地方出身の方で成人式で孤独な思いを噛みしめている方がいると思いますので。もし、近くを1人で通っている新成人がいましたら、一言『おめでとう』と声をかけると、たぶんその青年の未来はたいへん明るいものになるんじゃないかなという風に思います。地方出身者からの関東のみなさんへの心からのお願いでございました。

(中澤有美子)はい!

(安住紳一郎)(笑)。そんな思い出はないんですか?

(中澤有美子)そうでしたねー。はい。

(安住紳一郎)そうですか。親元から成人式に行けるなんて、なかなか地方出身者からしてみるとね、本当にうらやましいことですよ。

(中澤有美子)そうだったんですね。ええ。なんか、そうですね。中学校とかの時のお友達と会うのが恥ずかしかったんですね。私は。

(安住紳一郎)あ、ハタチの頃ですか?

(中澤有美子)ええ、ええ。

(安住紳一郎)それは、整形前だからとかそういうことですか?

(中澤有美子)(笑)。うん。なんか変わった自分が会うのが恥ずかしかったんです。

(安住紳一郎)そうですよね。19、ハタチの頃ってまだ変わりきれてないから、変身途中の自分を友達に見せるみたいな。途中経過を伝えるみたいな感じで。もうちょっと完成形を見てほしいっていう気持ちになりますよね。

(中澤有美子)そう、そう。そんな感じだったような気がします。はい。

(安住紳一郎)以上、成人式の思い出でした。

(中澤有美子)はい。

(安住紳一郎)今年、新成人になるみなさん、本当におめでとうございました。

(中澤有美子)おめでとうございます。

(安住紳一郎)立派な大人になってください。

<書き起こしおわり>

[追記]安住さんが2013年1月の放送で、この成人式でもらったサボテンのその後を話していました。

(安住紳一郎)成人式、私はもう何回も話してますが、私は成人式、2回出てますからね。

(中澤有美子)そうですよね(笑)。そうです。

(安住紳一郎)もう、成人式のことを思い出すと、いまでも泣けてしまうので。ポッドキャストでお楽しみください。何年前ですか?5年くらい前ですね。ええ。話しましたね。

(中澤有美子)いい話ですよ。

(安住紳一郎)いえいえいえ。そうなんですよ。納得がいかなくて、もう一度違う地方自治体の成人式に午後から出たっていうね(笑)。

(中澤有美子)記念品ももらって。

(安住紳一郎)記念品、サボテンもらいまして。サボテン、本当元気ですよ。いまから19年前に出た成人式でもらったサボテンですけどね。記念品。最初、バカにしてたんですけども。そのサボテン、大事に育てましたら、すっごいことになってるんですよ。

(中澤有美子)ええ。

(安住紳一郎)いま、なんかその、株分けみたいなのが行われちゃって。ものすごい繁殖ぶりで。びっくりします。なんか、万田酵素でも飲ませたのか?みたいな感じになって。ブワーッ!って。

(中澤有美子)へー。

(安住紳一郎)一時期ちょっとくすぶってたんですけども。ものすごい増殖を見せてまして。

(中澤有美子)幸せに暮らしてますね。

(安住紳一郎)で、ちょっともう軽い宗教みたいになってきまして。なんかあの、『紳一郎くんがハタチの時にもらったサボテンをぜひ、うちにも株分けしてください!』みたいな。ちょっと、実家の近くで行われているっていう。


(中澤有美子)まあ、まあ、まあ!縁起がいい感じになって。

(安住紳一郎)縁起というよりも、まあ、でもねえ。20年近く育っているサボテンなので。すごいことになっちゃって。間もなく、サボテン博物館ができそうな、それぐらいのなんか。もう、ものすごい。衝撃度合いがすごいですよ。びっくりしちゃって。

(中澤有美子)お世話がいいんですかね?

(安住紳一郎)なんですかね?なんか、合ったみたいだね。気候が。ええ。ちょっとした、名物になったの。実家の縁側で。『ああ、これが?』みたいな(笑)。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)ごくごく少ない人数ですけどね。8人ぐらいだけどね。

(中澤有美子)局所的に。

(安住紳一郎)局所的に。あの、親戚。四親等ぐらいの親戚だから。おばさんと、おじさんと、いとこの子どもくらいまでね。『ああ、これがね』なんつって。

(中澤有美子)『せっかくだから、うちにも・・・』って(笑)。

(安住紳一郎)そうそう。

<書き起こしおわり>