町山智浩さんが2022年4月5日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『ドンバス』を紹介していました。
(路上に駐車してたら)「落ちてたから拾った」北野武監督の映画「監督バンザイ」かっ。
ウクライナのセルゲイ・ロズニツァ監督、映画「ドンバス」21日から東京のシアター・イメージフォーラムで2週間限定上映、6月大阪・第七藝術劇場ほか全国で順次公開。#たまむすび#TBSラジオ#町山智浩 さん pic.twitter.com/cRFKo1uG4U
— KENJI@2013.08.03 見たいと思う世界の変化に あなた自身がなりなさい (@KENJI08032) April 5, 2022
(町山智浩)それで、もうひとつの映画がね、これはそのもの『ドンバス』っていうタイトルの映画で。これね、5月21日に東京のシアター・イメージフォーラムっていうところで公開されるんですけども。これ、そのものずばり、2014年にウクライナから独立しようとしたロシア系の住民がすごく多いドンバスが舞台なんですよ。ただこれ、なんとコメディなんですよ。
(赤江珠緒)こ、コメディ?
(町山智浩)ブラックコメディなんですよ。これ、すごいんですけど。この映画ね、12ぐらいのシーンがあって、それぞれがコントみたいになっているんですよ。それがまた怖いコントなんだ。すごい怖い感じなんですけど。これ、とにかく2014年に……ウクライナっていうのは昔、ロシアに占領されちゃって。ソビエトの一部にされたんでロシア人たちがどんどんとウクライナの中に入り込んで。入植したんでね。それでロシア人が多い地区が「ロシア側に入りたい」っていうことで独立をしたということで。それで結局、その地域の政権を取っちゃうんですね。それで政治を行うんですけど、それがでたらめなんですよ。ロシア系の人たちによる、そのドンバス地域の政治がね。
占領されたドンバス地域のでたらめな政治
(町山智浩)で、一番最初の方はですね、みんながお化粧をしているんです。メイクアップルームで。でね、「ちょっとこれ、本物っぽくないわね」とか「もっと盛った方がいいわよ」とか言ってるんですよ。それで「はい、皆さん。これから撮影です」とか言ってその俳優さんたちが連れて行かれるんですね。それはおばさんとか、子供とか、いろんなタイプの人がいて。それで行くと「バーン!」っていう音がして、爆発してバスが粉々に吹っ飛ぶんですけども。で、そこの周りに今までメイクして集められた人たちがいて。テレビカメラの前で「ああ、びっくりしたわ。今、ここを通りかかったら大変な爆発が起こったの……」とか言ってんですよ。
(赤江珠緒)ええっ?
(町山智浩)これは、フェイクニュースを作ってるんです。それで「ウクライナのテロリストよ!」とか言ってるんですよ。
(山里亮太)えっ?
(町山智浩)これ、ロシア系のドンバスの政府がウクライナのテロをでっち上げているっていうシーンなんですよ。で、これ、監督は面白い人でね。この人、スタッフとかでロシア系の人がいたりして、非常にその中間的な人で。今回、そのウクライナ政府がロシアと戦闘になったから、ロシア系の文化を一切禁じるという命令を出したんですね。法律を。それに対してこの監督は「ロシア文化というものが攻めてきたわけじゃないんだから」と言ってそれに抵抗して、反対したりしてるような監督なんですよ。すごく、なんていうか、政治と現実は違うんだ。人と政治も違うし……みたいなことをはっきりと言う監督なんですね。これ、セルゲイ・ロズニツァという監督なんですけども。
この人、この前にはこの間紹介したマイダン革命っていう、キエフの広場でロシア寄りの政権がウクライナの人たちを虐殺した事件がありましたけども。それのドキュメンタリーを撮ってたりして。もう、結構何でも撮る人なんですよ。それで、その最新作っていうのはこれがまたすごい映画で。ナチスがウクライナに入った時に、ウクライナの中に右翼的な人たち、反ユダヤ系の人たちがナチスと手を組んでバビ・ヤールところでウクライナに住んでるユダヤ人を大虐殺した事件があるんですけど。アインザッツグルッペンという、移動虐殺部隊というナチスの部隊とウクライナ内部の右翼が結託したことがあって。それを告発する映画を撮っているんですよ。『Babi Yar. Context』っていう。だから、「悪いことは全部叩くけど、どちらでも叩くぞ」という人なんですね。
(赤江珠緒)そういうことですね。どちら側のことも……ということですね。
(町山智浩)そう。誰の味方でもないし、誰の敵でもあるというね、そのセルゲイ・ロズニツァという監督のすごい映画で。とにかくね、次々とロシア系の人たちによるとんでもないことが起こって。ウクライナ側に立った人もいるわけです。つまり、それまでは一緒に暮らしてたんですよ。ウクライナ系の人も、ロシア系の人もね。で、内戦になっちゃって、ロシア系の人がそこを制圧したんで、ウクライナ系の人を電柱に縛って道端に置いておいたりするんですよ。
(赤江珠緒)ええっ?
(町山智浩)「こいつはロシアの敵だ。ウクライナ側のやつだ」っていうことでウクライナの国旗をその人に着せて。「通行人の人たち、みんな自由にしてください」ってやるんですよ。
(赤江珠緒)うわっ、そうなっちゃうのか……。
(町山智浩)そうすると「ウクライナの犬め!」とか言って道を歩いているおばさんとかがバンバン殴って、その人のことをボコボコにするんですよ。それをね、ほとんどのシーンをワンシーン・ワンカットで撮っていて。すごく変なね、間抜けなユーモアみたいなものをそこにくっつけている、非常に奇妙な映画なんですよ。で、一番すごかったのはね、車を盗まれた男性が警察に行くっていうシークエンスがあって。そこがすごかったんです。それはね、まず警察に行くと、警察の人が三菱のジープに乗っているんですね。結構いいジープなんですけど。「あっ、お巡りさん。それ、僕の車ですよ!」って言うんです。「うん? なんだって?」「今、届けたんですけど……ほら、ここにもちゃんと書類があるでしょう?」「ううん? うん……そうか。うん、わかった。うん。それで?」って言うんですよ。
(赤江珠緒)ええっ?
(町山智浩)「いや、この車、返してほしいんですけど……」「うん? うーん……じゃあ、この書類にね、サインしてください」って。で、サインをしようとするとその書類には「この車を警察署に譲る」って書いてあって。「いや、譲りませんよ! 誰が譲るんですか? 車、盗られたんですから。お巡りさんが盗ったんですか?」って聞くんですよ。「うーん……そうだ、ねえ……」みたいな感じなんですよ。もう、ひどいんですよ。無法地帯なんですよ。で、「いや、ちょっとこれ、返してほしいんですけども。これ、結構いい車だったんですけど。それこそ300万ぐらいして……」「うーん。じゃあ、100万でどうだ?」って警察署長が言うんですね。
「えっ、100万で買うっていうことですか?」「いや、そうじゃなくて。君が、ねえ。私たちに100万を払うっていうことで……」って言うんですよ。「えっ、なんで車を盗られて、100万も金を払わなきゃいけないんですか!」って言うと「うーん。君はなんか、家族とかいるのかな? お子さんとか」「いますよ。幼稚園の娘がいます」「うーん。かわいいだろうね? 誘拐とか、気をつけた方がいいよ」って言うんですね。
(山里亮太)定番の脅し文句ですよ……。
(町山智浩)「ええっ? ひ、100万ですか?」「うるさいね。一言多いから、150万にするぞ」って言うんですよ。「もう一言多かったら、200万にするからな」って言うんですよ。これ、すごい世界ですよ。
(赤江珠緒)なんなんですか、本当に……。
ものすごくキツいサンドウィッチマンのコント
(町山智浩)これ、ものすごくキツいサンドウィッチマンのコントですよ。これ、映画を見ながら頭の中でそのかわいそうなおじさんは伊達さんでね、想像したりしてましたよ。富澤さんがその警察署長で。「うーん、困ったねー。じゃあ、200万でどうかね?」っていうね、もうすごい世界で。それでもう結局諦めて。「わかりました」って言うと、「じゃあ君。そこで家族とか知り合いの人にね、携帯で現金持ってくるように言いたまえ」って言われるんですね。「そこのドア入って、そっちの部屋で連絡して、お金を持ってくるように言ってね」ってなって彼がその部屋に入ると、ものすごいたくさんの人がいて。みんな、携帯で電話をかけながら、「300万! 300万、持ってきてくれ!」とか言っているんですよ。「そうしないと、殺される!」って言っているんですよ。これ、警察署ですよ?
(山里亮太)ええっ?
(町山智浩)すさまじい映画なんですよ。これ、結構。で、この監督のセルゲイ・ロズニツァ監督は「これは全部、実話である」って言っていて。「いくつかの部分はYouTubeやインスタとかに上がっていた映像や会話から取っり、ドイツのジャーナリストが実際に行ってみたものもある」と。「全部、本当のことだ。映像がなかったりしたから、それを俳優さんたちにさせて再現したものなんだ」って言ってます。これはすごい内容でね。
(赤江珠緒)いや、でも今回のね、そのブチャのニュースとかが届いた時に、ロシア側が「あれはフェイクニュースだ」ってすぐ、一蹴しているじゃないですか。フェイクニュースをもう自分たちもバンバン作っている、そういうのが当たり前にある世界に慣れてるから。もうそれが、あんな風な通用しないだろうということが通用しちゃうんですね?
(町山智浩)要するに、「自作自演だ」って言っているのは自分たち自身が自作自演をしているからなんですよ。
(赤江珠緒)はー! 「そんな言い訳?」みたいな話なんですけども。
(町山智浩)それで、これで怖いのはやっぱり降参したりね、降伏したりね、停戦して譲っちゃうと、そこに住んでる人たちは本当に皆殺しになっちゃうっていうことで。しょっちゅうそういうことをやっていて、実はこのドンバス地域っていうのはウクライナ軍が2014年に1回、突入したことがあって。そしたらロシア軍に取り込まれちゃったんで、もうしょうがなくなっちゃって。それで降伏して、脱出しようとしたことがあるんですよ。そしたら、ロシア側が……これ、ドンバスのイロヴァイスクっていう町なんですけども。
「人道回廊を作るから、ウクライナ側はそこから逃げていいですよ。安全ですよ」っていう風にロシア軍が言って、ウクライナ軍たちはそこからウクライナ側に撤退しようとしたら、ロシア側が用意した人道回廊なのに、そこでボコボコに砲撃されて、皆殺しになっちゃった事件があるんですけど。もう、全然信用できないんです。もう、すごい世界なんですね。そういうね、強烈な映画がこの『ドンバス』と『親愛なる同志たちへ』で。今週、日本公開になるのが『親愛なる同志たちへ』で。ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開されて。その後、全国公開です。『ドンバス』の方も5月21日からイメージフォーラムで2週間だけ限定公開で。その後、各地で公開される予定です。はい。
(赤江珠緒)もう何を信じていいのか、どうやって終わっていくのか……。
(町山智浩)大変な世界ですね。
(赤江珠緒)困ったもんですね。はい。改めて『親愛なる同志たちへ』はヒューマントラストシネマ有楽町ほかで4月8日から全国公開。『ドンバス』はシアター・イメージフォーラムで5月21日から2週間の限定公開でございます。じゃあ町山さん、アメリカの方ももっとウクライナに支援しようっていう世論ですかね?
(町山智浩)もう、どうしようってことですよね。今までみたいにちょっとした対戦車ロケットとか、そういうのだけでは済まない感じになってきたんですね。ここまで来るとね。
(赤江珠緒)はい、わかりました。町山さん、ありがとうございました。
(町山智浩)はい。どもでした。
『ドンバス』予告編
<書き起こしおわり>