町山智浩『ファースト・マン』を語る

町山智浩『ファースト・マン』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『ファースト・マン』について話していました。

(町山智浩)今日はね、『ファースト・マン』という映画を……日本では今週末に公開かな? その紹介をしたいんですが。『ファースト・マン』っていうのは「最初の男」っていうと、なんかエッチなことを想像したでしょう?

(山里亮太)フフフ(笑)。

(町山智浩)「町山さんにとっての最初の男は誰だろう?」とか思ったでしょう?

(赤江珠緒)いやいや(笑)。

(町山智浩)そんな話じゃ全然ないんですよ(笑)。人類史上最初に月に着陸した男、ニール・アームストロング船長の映画が『ファースト・マン』。しっかりした話ですよ。

(赤江珠緒)ちょうど今年が50年目に当たるとかで。

(町山智浩)そうなんですよ。それでもうずっと映画化されると言いながら、何十年も映画化できなくてやっと完成したんですね。これ、監督がなんと『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督で、ずっとミュージカル映画を作り続けた人が突然、アポロの映画を撮ったという。

(赤江珠緒)ほー!

(山里亮太)ガラッとテイストが変わって。

(町山智浩)そうなんですよ。

(赤江珠緒)まあ、若干空に飛んでいくところもありましたよ。『ラ・ラ・ランド』でも。

(町山智浩)そう。宇宙に行くところ、ありましたけどね(笑)。

(赤江珠緒)ブワーッと星のところに(笑)。

(町山智浩)そうなんです。で、主役が『ラ・ラ・ランド』のライアン・ゴズリングで。まあ『ラ・ラ・ランド』では歌って踊っていた人なんですけども、今回のアームストロング船長の役はほとんどしゃべらない。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)感情もほとんど出さない。

(赤江珠緒)ああ、アームストロングさんってそういう方だったんですか?

(町山智浩)そういう人だったんですよ。だから宇宙を目指す宇宙飛行士の話っていうと、みんなが想像するのはアメリカの旗、星条旗がバババッとあって。それで「俺はアメリカのためにがんばるぞ! 人類初の月着陸を目指すんだ、イエーッ!」みたいな。

(山里亮太)ノリノリのね。

(町山智浩)ノリノリのね。時々アメリカンジョークを言ったりね。で、奥さんを抱きしめてキスしたりとか。そういうなんか熱い感じ、熱血なものを想像するじゃないですか。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)全然そうじゃないんですよ、この『ファースト・マン』って。ひんやりして、冷たい映画なんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)で、それはね、本当にこのアームストロング船長っていう人はそういう人だったんですよ。

(赤江珠緒)物静かな方?

(町山智浩)感情が全く表に出ない人。だから映画化、すっごい苦労したんですよ。

(山里亮太)それでなんですね。

(町山智浩)ドラマにならないんですよ。パニックも起こさないし。

(赤江珠緒)ああ、そうか。でも、そういう能力も求められるのか。宇宙飛行士には。

(町山智浩)そうなんです。僕、実は宇宙飛行士の方にいままで2回、インタビューをしたことがるんですよ。1人はユージン・サーナンという人で、アポロ17号で人類で最後に月に行った男です。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、もう1人はリロイ・チャオさんっていう人でこの人は中国系のスペースシャトルの乗組員だった人なんですよ。で、やっぱり聞くと「宇宙に行くのって怖いでしょう?」みたいな話をするんですけど。そうすると「いや、別に」って言うんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)「そこで怖いって思ったりパニックになるような人は絶対に宇宙飛行士には選ばれないから。それはありえないよ」って。

(赤江珠緒)はー! そうなんだ。

(町山智浩)ただ、そういった宇宙飛行士の中でも歴史上最も落ち着いていた男と言われていたのがこのアームストロング船長なんですよ。

(山里亮太)その中でも?

(町山智浩)異常に落ち着いているんですよ。

(赤江珠緒)だって初めて地球の外に出ちゃうわけですもんね。

(町山智浩)出ちゃうんですよ。

(赤江珠緒)そりゃ怖い……。

(町山智浩)めちゃめちゃ怖いでしょう? で、この人は最初、ジェミニという宇宙船で地球の周りを回ったんですけど。それでドッキング実験をしたんですね。その時になにかの事故で宇宙船がものすごい回転をし始めて1秒に1回転、回転をする。全く止まらないっていう宇宙空間でのスピンが始まるんですよ。でも、その時も淡々と彼はパニックを一切起こさないで「OK、じゃあこれは止められないから、大気圏に突入することで回転を止めよう」ってスッと大気圏に突入して助かっているんです。

(赤江珠緒)ええーっ!

(山里亮太)ドラマにしづらい……。

(町山智浩)そう。パニックを起こさないと見ている方もハラハラしないじゃないですか。

(赤江珠緒)そうですね。うん。

(山里亮太)「想定の範囲内なんだ」って思っちゃう。

(町山智浩)そう。で、しかもこの人はね、家族に対してもほとんど心を開かなかった人なんです。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)この映画ね、息子さんが顧問をやっているんですけども。とにかくね、このアームストロング船長は「これから月に行くぞ!」っていう時にも家族にそのことを話していないんです。

(赤江珠緒)ええーっ! 嘘、そうだったんですか?

(町山智浩)そう。で、奥さんはブチ切れて「それぐらい話せ!」って言うシーンがあるんですけど(笑)。

(赤江珠緒)「それを話さなかったら、あとは何を話すことがあるんだ?」みたいな(笑)。

(町山智浩)よくさ、お父さんで会社で起こっていることを一切話さないお父さんっていますけど、月に行くのを言わないのはそりゃあマズいだろう?っていう(笑)。

(赤江珠緒)それは言って!

(山里亮太)人類初よ?

(町山智浩)ねえ。人類初で。死ぬかもしれないのにね。だから結局ね、奥さんとはあまり心がつながらなくて、その後に離婚をしているんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうですか。

落ち着きすぎていてドラマにならない

(町山智浩)そのぐらい心を閉じてしまった男の話をどうやってドラマにするのか? しかもお客さん、観客が彼に感情移入をしなきゃならないんですよ。感情移入しにくいでしょう? だからこれね、映画化に苦労をしたんですけどこのデイミアン・チャゼル監督は「じゃあ、無理やりさせる!」っていうやり方を取って。全てのシーンがほとどんアームストロング船長の一人称で撮影するというやり方になっているんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)カメラがアームストロング船長の視点になるか、アームストロング船長の顔ギリギリから撮影するというやり方で。もう無理やり宇宙船に……だからアームストロング船長を見ていたらいきなり腕を掴まれて「おい、あんたも乗れ!」っていきなり乗せられちゃう感じ。

(赤江珠緒)ああーっ!

(町山智浩)そう。「その隙間に入ってろ! これから月に行くから!」って月に連れて行かれちゃう感じ。観客は。

(赤江珠緒)ああーっ! うん。

(町山智浩)それでしかも、宇宙船が飛んでいる時に宇宙船の外側から見せて「宇宙船が飛んでいますよ」っていう画が普通、あるじゃないですか。それがほとんどないんです。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)ほとんどがアームストロング船長の目から見た、宇宙船のコックピットに小さい窓があって。そこから見える風景だけ。

(赤江珠緒)そうか。じゃあ本当に自分もそこの中にいて、一緒に共有しているっていう感じになるんですね。

(町山智浩)はい。その頃の宇宙船って全く身動きが取れない棺桶みたいなものなんですよ。身動きが取れないから、座ったままなんですね。ほとんど。で、カメラがもう顔10センチぐらいから撮影をし続けて。だから無理やり観客を宇宙船に乗り組ませて、ベルトで縛っちゃって、「もうお前は動けねえぞ!」みたいな。そういう映画になっているんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、それをやるためにもうひとつ、その監督がリアルを作るために苦労をしているのが、まずデジタルとかコンピュータグラフィックスは基本的には使わない。一切使わない。で、宇宙船とかは全部ミニチュアとか模型で実物大とかを作って、昔の特撮風に撮っていますね。

(赤江珠緒)うわっ、すごい。いまこの時代に?

(町山智浩)この時代に。全部本物と同じ大きさ、ないしはそのミニチュアを使って撮っているんですよ。で、背景に宇宙とかが映るのも合成じゃなくて、実際に巨大なLEDのスクリーン、モニターを作って、そこに当時のNASAの映像を映して。それを背景に模型を動かして撮っているんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)だからデジタル合成をしていないですよ。

(赤江珠緒)じゃあ、本当に昔の車のシーンとかを撮っていたような?

(町山智浩)そうそう。車のシーン、スクリーンに風景を映していたじゃないですか。あの撮り方をしているんで、すごく現場っぽいんですよ。で、もうひとつはどうしても、ビデオカメラを使って撮ると1969年の出来事なんだけど、1969年の映像に見えないんですね。

(赤江珠緒)ふーん。

(町山智浩)これ、時代劇も最近はずっとビデオ撮りの時代劇って多いですよね? 『大岡越前』とか『水戸黄門』とか。ビデオで撮っていると「どうもこれは違う」って思いませんか? 時代劇って。

(赤江珠緒)ああー、そうか。

(町山智浩)でね、ビデオってデジタルもそうなんですけど、やっぱりピントが合いすぎちゃうとか、画質の問題でどうもその昔のものを撮る時には合わないんですよ。

(赤江珠緒)どうしても薄暗い感じとかもなくなったりね。

(町山智浩)なくなったりして、感覚としてやっぱりフィルムで撮った方が昔の感じがするんですよ。で、この映画は1969年当時のNASAとかニュースフィルムで使われていた16ミリフィルムが使われています。これ、超大作なんだけど、これぐらいのちっちゃいカメラで撮っています。16ミリフィルムで。

(山里亮太)へー!

(赤江珠緒)こだわってますね。

(町山智浩)ものすごいこだわっています。で、月面のシーンは、月面って逆に全くホコリとか空気がないんで完全にクリアだから、これはものすごくクリアに映る70ミリフィルムで撮影をしているんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)だから逆にキチキチッとピントがピーッ!って合う感じで撮っているんですけども。それは逆にデジタルよりもピントが合うんですよ。解像度が高いから。70ミリフィルムの方が。だからそういうね、ものすごくフィルムであるとか撮り方で苦労をして、本当のリアルのアームストロング船長を感じさせてやるという。で、「アームストロング船長っていう人は全くパニックを起こさないから君たちとは遠い人だけども、もうお前はアームストロング船長と一緒の宇宙船に乗せたからな!」っていう映画なんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)すっごいですよ、これ。

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