(高橋芳朗)で、こういう動きの中で2018年にアメリカで細野晴臣さんの70年代、80年代の一連の名盤が再発されてるんですね。で、現地の音楽メディアでも特集を組まれるほどの盛り上がりだったんですけど。このタイミングで、以前から細野さんにリスペクトを表明していたカナダのマック・デマルコっていうシンガーソングライターが……。
(宇多丸)ヨシくん、前に紹介してくれましたよね。
(高橋芳朗)彼がシングルで細野さんの『ハニームーン』をカバーしたんですよ。後ろでBGMとして細野さんの『ハニームーン』をかけてもらえますかね。
(高橋芳朗)これ、1975年の『トロピカル・ダンディー』の収録曲なんですけど。マック・デマルコはここ10年のインディシーンでも結構重要なアーティストで、アルバムが全米チャートでトップテン入りするぐらいの人気がある人なんですけど。彼は細野さんから受けた影響について、こんなコメントをしています。「僕は19歳から音楽を作り続けている大きな理由が、細野さんなんだ。彼は多作で、しかもいろいろなタイプの曲を作っている。聞いても聞いても、新しいものが出てくるんだ」という風に話してるんですけど。で、そうやって細野さん作品を聞き込んだ成果なのかもしれないですけど、マック・デマルコはこの曲をもうめちゃくちゃ流暢な日本語でカバーしてるんですよ。
(宇多丸)あと、歌い方も本当、細野さんみたいなところがあるもんね。
(高橋芳朗)じゃあ、ちょっと聞いてもらいましょうか。マック・デマルコで『Honey Moon』です。
Mac DeMarco『Honey Moon』
(高橋芳朗)はい。マック・デマルコで『Honey Moon』を聞いていただいております。
(宇多丸)ねえ。言われなきゃわかんないよね。
(高橋芳朗)ボーッと聞いていたら、普通に日本の人が歌ってると思っちゃいますよね。
(宇多丸)本当に好きなんだね。
(高橋芳朗)で、このマック・デマルコの翌年の2019年にはですね、アメリカのインディーロック界の超大物ですね。ヴァンパイア・ウィークエンドがアルバム『Father of the Bride』収録曲の『2021』っていう曲で、また細野さんの『TALKING』っていう曲をサンプリングしてるんですよ。ちょっとかけてもらえますか?
(高橋芳朗)はい。これは細野さんが1984年に無印良品の店内BGMとして制作した曲で、『花に水』っていうカセットブックに収録されている曲なんですね。アンビエント期の細野さんですね。で、これは2019年の時点ではサブスク未配信だったんですけどね。じゃあ、この曲をサンプリングしてる曲を聞いてもらいましょう。ヴァンパイア・ウィークエンドで『2021』です。
Vampire Weekend『2021』
(高橋芳朗)はい。ヴァンパイア・ウィークエンドで『2021』を聞いていただいております。これもモロ使い。
(宇多丸)モロ使いだけどさ、カセットブックまで掘っているって、これはすごいよ。
(高橋芳朗)これはでも、やっぱりYouTubeで見つけたんじゃないかっていう気がしますけどね。
(宇多丸)ああ、ブツがあるとは思えないもんな。そうかそうか。YouTube世代ですね。
(高橋芳朗)おそらくは。で、この2019年には人気ラッパーのタイラー・ザ・クリエイター……先日のルイ・ヴィトンの秋冬コレクションの音楽も担当してましたけれども。彼がアルバム『Igor』の収録曲、『GONE, GONE / THANK YOU』っていう曲で山下達郎さんの『Fragile』をサンプリングしたんですね。
(宇多丸)これも話題になってましたね。
(高橋芳朗)『Fragile』は1998年の『COZY』収録曲です。ちょっと流してもらえますか?
(高橋芳朗)この曲の冒頭の歌の部分を引用しているんですけども。ちょっとじゃあ、タイラー・ザ・クリエイターを聞いてもらいましょうか。4分40秒ぐらいからです。『GONE, GONE / THANK YOU』です。
Tyler, The Creator『GONE, GONE / THANK YOU』
(高橋芳朗)はい。タイラー・ザ・クリエイター『GONE, GONE / THANK YOU』。こんな感じで引用しているんですけどね。
(宇多丸)これさ、文脈を知って聞くとなおさらさ、「なんでこんなことをするの?」っていうさ。逆に文脈を知って聞く方が不思議に聞こえるっていう。さすがタイラーというか。単にいい曲をいい曲として出すというのではない、「な、なんなの?」っていうか(笑)。そこもさすがっていうかさ(笑)。
(高橋芳朗)そうね。ちょっとボーカルパートの引用なんでJ・コールみたいにトラックをループしたサンプリングに比べるとちょっと感動は薄いかもしれないですけども。
(宇多丸)いや、というよりも「あら、いい曲ね」でやっているというかさ……「な、なに? どういう動機で?」っていう(笑)。でも、いい曲だと思ったんだろうけど。それを自分色で塗り込めちゃう感じがやっぱりタイラーってすごいなって思いますね。
(高橋芳朗)そう。アルバムトータルで聞くと、この達郎さんの『Fragile』が出てくる終盤の流れは結構グッとくるんですよね。で、この翌年、2020年に結構シティポップサンプリング物の傑作が登場するんですけど。この曲はね、結構音楽的方向性というか、狙いとしては今回のザ・ウィークエンドの『Out of Time』に繋がっていく曲だと思うんですけど。フロリダのR&BシンガーのJenevieveがシングル『Baby Powder』で杏里さんの『Last Summer Whisper』という曲をサンプリングするんですね。じゃあ杏里さんの『Last Summer Whisper』、聞いてください。
(高橋芳朗)はい。杏里さん1982年の曲です。『Last Summer Whisper』。この曲もね、YouTubeで3年前にアップされた動画がもう1200万回再生してるんです。で、コメントは英語ばっかりです。
(宇多丸)ええーっ! 角松敏生さんサウンドですね。最高ですよ!
(高橋芳朗)これ、すごいいい出来です。サンプリング。ぜひ、聞いてください。Jenevieveで『Baby Powder』です。
Jenevieve『Baby Powder』
(高橋芳朗)はい。Jenevieveで2020年の曲です。『Baby Powder』を聞いていただいております。。
(宇多丸)これもね、割とモロ使いの部類だけど、Jenevieveさんの歌の今っぽい感じも相まって、めちゃちゃんと今っぽい曲になっていますね。
(高橋芳朗)よく見つけたなっていうか、いい使い所ですよね。で、この曲がJenevieveのSpotifyの再生回数でも突出してるんですよ。彼女の曲の中で。他の曲は最高でも400万回再生なんですけど、この曲だけ3700万回再生も行っているんですよ。ざっくり10倍ぐらい。
(宇多丸)なんだろうね、この……。
(高橋芳朗)だから、こういう曲の存在がね、日本のシティポップのイメージに与えている影響って少なくないと思うんですよね。
(宇多丸)なるほど。でも、この日本のシティポップ……要するにさ、同時期の音楽。AORベースだったり、R&Bの当時、ブラコンと呼ばれたものの影響を受けて作られた音楽って、別に日本のそういうシティポップだけじゃないはずじゃない? 世界中でそういうの、あるはずなのに。だから本当は、他の国のものも掘ればあるのか、それとも、やっぱり70年代、80年代の日本の音楽状況が生み出した何かがあるのか? それ、どうなんですかね?
(高橋芳朗)結構やっぱりでも、海外レコーディングとか積極的に行っていたし。現地アメリカとかの音に近い雰囲気は出してたっていうところで使い勝手がいいっていうのはあるのかもしれないですね。
(宇多丸)「似て非なる」というバランスがちょうどいいのかもしれないね。もしかしたらね。あと、やっぱりすごくある程度、お金もあって。レコードが実際にいっぱい出ていて。ミュージシャンの熟練度もあって、とか。いろんな条件が合うのはなかなかないのかもね。いや、なんで日本の……もちろん、いいのは知っているけども。他の国だってあるでしょう?って思うけど、そうでもないのかもね。
(高橋芳朗)たぶんそうかも。日本はわりとやっぱり現地の音にすごい寄せていったと思うんだよね。そういうところで……。
(宇多丸)あと、その日本的なメロディーの湿り気とかがちょうどいいとかさ。意外と、ネタものとして1ヶ所、ループさせるとちゃんとインパクトがあるようになったりとかさ。みたいな?
(高橋芳朗)また使う曲、目の付け所が絶妙だったりするんですよね。
(宇多丸)でも、それもこれもやっぱりYouTubeとかで、海を越えて……電脳的に掘れてしまうこの時代の産物かもしれないね。
(高橋芳朗)で、こういう流れを受けて、最初に聞いてもらったウィークエンドの亜蘭知子さん使いの『Out of Time』がまあ決定打として登場したという。
(宇多丸)っていうか、だからそれはもうそれはさ、マドンナがヴォーギングをやったじゃないけどさ。「うわっ、それ級のうアーティストがそれ、やります?」みたいなことだよね。もう真打登場みたいな。
(高橋芳朗)ウィークエンドがやったのは本当にとてつもなく大きいと思いますよ。
(宇多丸)チャリンチャリン、いくらになるんだろう?
(高橋芳朗)チャリンチャリンもそうですけども。ムーブメントとしてね。なので、また今後、大きな動きがあったらこのコーナーでも紹介していけたらなと思います。
(宇多丸)それ自体でひとつの特集になりますね。ありがとうございます。
<書き起こしおわり>