町山智浩『こんにちは、私のお母さん』を語る

町山智浩『こんにちは、私のお母さん』を語る たまむすび

町山智浩さんが2021年11月2日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で中國で大ヒットした映画『こんにちは、私のお母さん』、そして『長津湖』を紹介していました。

(町山智浩)でね、今日は全然関係ない話なんですけど。今年、世界で一番稼いだ映画って何か?っていう話をしたいですよね。これ、世界で一番稼いだ映画はハリウッド映画じゃないかと思うじゃないですか。普通は。

(赤江珠緒)思いがち。

(山里亮太)マーベルとかね。

(町山智浩)それが、違うんですよ。世界で一番稼いだ映画は2本とも、中国映画なんですよ。で、1本はコメディです。中国の女性コメディアンのジア・リンさんが脚本・監督・主演をした『こんにちは、私のお母さん』という映画が上半期に大変な金額、900億円を稼ぎまして。ハリウッド映画、たくさんありますけど。『007』の新作であるとか、『デューン』とか、『ブラック・ウィドウ』とか、いろいろとあったんですけども。その全てを超えて、この映画がトップだったんですよ。

(山里亮太)へー! コメディが。

(町山智浩)コメディが。普通の人情コメディなんですよ。これね、見たんですけど。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が元になってる話で。ジア・リンさんという今現在、40歳ぐらいの女性コメディアンの本当にあった話らしいんですね。で、彼女は20歳の時にお母さんが交通事故で瀕死の重傷を負ってしまうんですね。ただ彼女、ジア・リンさん自身はあんまり勉強ができなくて。

で、見た目もあんまりよくなくて。ちょっと何て言うか、ずんぐりした感じの女性でね。で、「お母さんにとっては私は恥なんだ」と思ってるわけですよ。しかも、その交通事故にもその娘さん、ジア・リンさんが関わってたんで。「私は本当になんてひどいことしたんだ」って思って。しかも、お母さんは頭がよくて美人なんですよ。で、すごく悩んでたらタイムスリップして……彼女は今現在、40歳ですからその20歳の時。だから2001年が舞台なんです。この映画『こんにちは、私のお母さん』は。

で、そこから20年前にタイムスリップして、彼女が生まれる前。結婚する前のお母さんに会うんですね。だから1981年にタイムスリップするっていう話なんですね。だから『こんにちは、私のお母さん』っていうタイトルになっているんですね。で、これがすごいのは1981年の中国なんですよ。すげえ貧乏なんですよ。何もない世界なんですよ。で、このお母さんはくじ引きで当たったんで、白黒テレビを買うことができたっていうところから始まっていくんですね。

で、白黒テレビでそのチャンネルが1個しかないので。みんなでその白黒テレビの周りにバーッと集まって、その中国の女子バレーボールをみんなで見たりするところがあるんですけども。で、えこの過去に戻って自分が生まれる前の自分の母親に会ったジア・リンさんは何をするかっていうと、自分が生まれないようにするんですよ。

(赤江珠緒)えっ? 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とそこはなんか、逆のような?

(町山智浩)逆なんです。つまり、「自分は出来の悪い娘だから。自分のような娘を持つのはお母さんに対して本当にもう申し訳なかったから」っていうことで。

(赤江珠緒)ああ、そういうことで?

(町山智浩)そういうことなんですよ。それで、お金持ちのハンサムな男と結婚させようとするんですよ。

(赤江珠緒)うん。じゃあ、お父さんんじゃなくて、違う人と?

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の逆

(町山智浩)そう。で、一生懸命お金持ちのボンボンと自分のお母さんをくっつけよとして、まあいろいろドタバタするっていうコメディなんですよ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が元になってるんだけど、完全にひっくり返していて。すごく面白いんですね。そのへんがね。で、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と似ていて、あるパーティーというか、学芸会みたいなのを中国の共産党の中でやってるわけですけれども。そこで2人が結ばれれれば自分が生まれないで済むからお母さんが幸せになるっていう、自分の命を賭けてお母さんを幸せにしようとする話なんですよ。

これね、実際にこのジア・リンさんのお母さんはジア・リンさんが20歳の時に交通事故で亡くなってるんですよ。だから本当にお母さんを幸せにしたいっていう気持ちで、その20年後に作ったコントがあって。これはテレビでやってたネタなんですね。それを2時間の映画にしたというね、非常に変わった映画なんですけど。

(赤江珠緒)へー! それがそんな大ヒットを?

(町山智浩)この映画、900億円ですよ? で、どういうことかというと、もう中国の人しか知らないんですよ。このジア・リンさんって人を。テレビのお笑いの人なんですよ。その人たちが見に行くだけで、全世界の映画の興行収入を抜いちゃうんですよ。

(赤江珠緒)やっぱり国内の人口の……。

(町山智浩)そう。中国の映画興行の市場マーケットはもう世界で一番巨大なものになっていて。ハリウッドが到底追い付けないスケールになっちゃってるっていうことなんですよ。

(赤江珠緒)ハリウッドで大成功っていうか、収入……大ヒットっていうと、どのぐらいなんですか? 収入で言うと。

(町山智浩)で、この3位につけているのが『Fast & Furious』っていう、『ワイルド・スピード』の新作なんですよ。それがすごく儲けたけど、8億ドル行くか行かないかっていう感じなんですね。だから800億円に達していないぐらいなんですよ。で、それよりしたはずっと半分ぐらいですよ。ハリウッド映画はみんな。4億ドル台なんですよ。全世界でね。だからこの中国の映画市場のスケールのデカさ。これはとんでもない、太刀打ちできない世界なんですよ。

ちなみに、だから製作費がそれに影響されるわけですけど。日本映画で最近の映画で最も製作費が高かった映画っていうのは『キングダム』ですね。それが製作費が10億円ぐらいなんですよ。10億円ってこの間、アレック・ボールドウィンさんが西部劇の撮影中に拳銃に本物の実弾が入っていて死者が出ちゃったという事件があったんですが、あれは超低予算だったために銃の管理が甘かったと言われてるんですが。その超低予算映画で製作費が8億円なんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうか……。

(町山智浩)日本は超大作で限界まで……もう今のその日本映画界の限界が10億円なんですよ。

(赤江珠緒)うーん……切ないな。それは。

(町山智浩)これは切ないですよ。これ、円安っていうこともあるんですが。たぶん日本の映画監督はどんどん外国に……中国やアメリカに引き抜かれていくでしょうね。このままだと。市場規模がちっちゃすぎて、もう製作費もかけられないのでね。大変なことになると思います。ただ、今は東宝がNetflixと提携して。東宝で今、Netflixの映画を撮っているので。そうすると、市場がNetflixだから全世界なんで、もうちょっと製作費は行くだろうと思うんですけれどもね。まあ、この中国とのスケールの違いがあまりにもすごいので。

(山里亮太)この映画、その設定とかで面白いから、予算とんでもなく使うってこともあんまなさそうな……。

(町山智浩)これ、いくら使っても大したお金にはならないんですよ。1981年の中国っていうのは貧乏だから、すごく安く再現できちゃうんですよ。だからお金がかからない(笑)。

(赤江珠緒)そうね。衣裳費がかかるとか、そんな感じもしないもんね。

(山里亮太)フルCGだとか、そんなこともないでしょう?

(町山智浩)そうそう。かけようと思っても、かけられないんですよ。

(赤江珠緒)ものすごいコスパだよね。この映画ね。

(町山智浩)そう。で、またこの映画を見ると、その中国の40年前というものがいかに貧乏で何にもない状況だったかっていうのがよくわかるんですけど。この映画のタイムスリップする前の……つまり2001年の段階でも、そんなに金持ちじゃないんですよ。中国って。2001年の時は中流と言われる人が中国全体の4パーセント以下だったんですね。ほとんどは貧困層だったんですよ。その当時の中国ではね。今現在がどうか?っていうと1億円以上の資産を持つ人は500万人いるんぐらいですね。中国って。

で、日本は120万人もいないのかな? そんなぐらいですね。これはもう、全然ケタが違うわけですよ。中国は。たしかに貧富の差は大きいんだけれども、やっぱりすさまじいんですね。中国のお金の持ち方っていうのはね。それもね、すごく81年と比較することで感じられるんですけど。ただ、これだけ市場がデカくなっても、中国の映画市場、映画にはあんまりもう未来がないですね。

(赤江珠緒)えっ、なんでですか?

中國映画の未来は明るくない?

(町山智浩)もちろんね、不動産バブルが崩壊したっていうのもあるんですけど。一番大きいのは中国政府が映画の内容の検閲をすごく厳しくし始めちゃったんですよ。ついこの間、夏ぐらいから。この『こんにちは、私のお母さん』を抜いて中国の今年の興行収入のトップに来たのがどういう映画かというと、『長津湖』っていうタイトルの映画なんです。これね、完全な中国の国策映画なんですよ。これ、朝鮮戦争の時にアメリカ軍を中国人民解放軍が撤退させたという話がありまして。つまりアメリカ軍が途中で、その仁川に上陸して、そのままずっとえ38度線の上の方に北朝鮮軍を押し上げていったんですけど。

で、そのまま押し上げていくと中国国境に近づいちゃうじゃないですか。で、押し上げて、上の方まで押し上げた時に中国人民解放軍がガーッと南の方に下がっていって、アメリカ軍と直接対決したんですね。その時の戦闘がその「長津湖の戦い」という戦闘なんですけれども。それを英雄的に描いた映画が『長津湖』っていう大ヒットしてる映画なんですね。で、これがどうすごいかと言うと、まず製作費が222億円という、中国史上最大の製作費。222億円ですよ? さっき言った日本の超大作が製作費、10億円ですからね。しかも222億円で、中国は人件費が安いから、その何倍もの価値があるわけですよ。この200億円っていうのは。

で、しかも監督がチェン・カイコーという昔、『覇王別姫』というすごい大作を作った人で、ハリウッドでも活躍してた映画監督ですね。チェン・カイコー。それとツイ・ハーク。この人も『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』とか、香港でもう大活躍していた映画監督ですね。で、あとダンテ・ラムっていう、この人はずっと中国の国策映画を撮っている香港映画の人なんですけども。この3人の監督、もうトップ監督。しかも香港の人も混じっている、そんな人たちが監督してて。チェン・カイコーなんて昔、中国の共産党を批判するような映画まで撮っていた人なのに。この人たちが国策映画に協力したっていうのは完全に、なんていうか、ある程度屈服をした感じですよね。うん。

だから、これは大変なことでね。しかも、この映画の内容が中国人がその戦闘で2万5000人、死ぬんですよ。で、それはほとんどが寒さに死ぬんですよ。ものすごい寒さで。零下40度だったから。だからこれ、自殺的な行為で、戦争として完全に間違っている行為なのに、それを英雄的な勝利として描いているという、非常に大問題な映画なんですけど。これがまた当たっちゃって。しかも、中国政府は中国政府と思想の異なる映画人の映画を作らせない。ないし、上映禁止にするっていう方向に出てるんですよね。

(赤江珠緒)うわあ……。

(町山智浩)だから非常に良くない傾向になっているなというところでね。ヴィッキー・チャオっていう女優さんがいて。日本でもすごい人気のある、かわいい子で。といっても今、45歳ですけど。あの『少林サッカー』でマルコメちゃんをやってた子。覚えてます?

(山里亮太)はいはい。ムイだ。キーパーに最後になった。

(町山智浩)はい。彼女、中国ですごい大人気のスターだったのに、中国政府と仲が悪くなって今、完全にどこかに消えちゃってるっていう状況があって。非常に怖い世界が始まっていて。芸能人の締め付けとかですね、中国の映画状況は世界一なのにもかかわらず、ちょっと先行きがあんまりよくないなというところで。ただね、この『こんにちは、私のお母さん』はすごい泣けるオチが付いてるんで、ぜひご覧ください。全くプロパガンダではありません。

(赤江珠緒)これは来年1月から全国公開ということで、日本でも見ることができます。

(町山智浩)「これは泣くわ」と思いましたよ。というね。

(赤江珠緒)じゃあ、母に捧げた映画だったんですね。

(町山智浩)はい。言えませんが、もう号泣です。

(赤江珠緒)町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした。

『こんにちは、私のお母さん』予告

<書き起こしおわり>

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