宇多丸さんが2021年9月28日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中で、前日DJ OASISさんがTwitterで発したトランスジェンダーに対する問題発言について話したトークを振り返り。DJ OASISさんやZEEBRAさんのその後の反応などについて話していました。
(宇多丸)昨日、ちょっと番組のオープニングで……あまり愉快な話ではなかったんですけども。僕らの長年の仲間でもある、ヒップホップ界のオアシスくんという人がTwitter上で……でも僕はとにかく、本人的には彼なりの正義感の現れで言っているんだとは思う。そういう人間性の根本のところは疑ってはいないけども、でもそれはトランスジェンダー差別にあたる。特定の人々を直接的に傷つけたり、なんなら危険に晒したりするようなことにあたるっていうことをね。
(宇垣美里)なんというか、「知らないことの暴力」っていう感じがすごくしました。
(宇多丸)そうですよね。その経緯も宇垣さん、知っていただいて。見ていただいてありがとうございますっていう感じなんだけども。なんだけど、キングギドラ……我々もこのままでは一緒にいろいろと仕事をするのがちょっとつらいなと思ってZEEBRAさんに連絡をして。「ZEEBRAさんを通じていろいろと今、働きかけている」というところまでお話しましたけども。
(宇垣美里)はい。
前日に話したことの補足
(宇多丸)まず、ひとつ。昨日、僕が話した言い方の中で大筋では話したことは間違ってはいないとは思っているんですけども。ただ、ちょっとした言葉のチョイスで、ちょっと誤解を招きかねない部分もあったかなという点で補足をしておきますね。まず、たとえば「シスジェンダー」とか「トランスジェンダー」っていう言葉の説明の時に、僕があまりよくなかったと思うのは「生まれた時の性別が……」とか。要するに「身体性」みたいなところから話を始めたんだけども。それをやると、「体は男で、女で……」みたいな。要は「男で、女で」みたいな白黒論に行きがちというか、そっちに使われがちになっちゃうんだけども。
でも、要は性自認のこともそうだし、もっと言えばフィジカルのこともそうですけども。そんな「男、女、トランス」みたいなその3種類がガン、ガン、ガンっていう線引きでいるわけではなくて。こんなのはグラデーションじゃないですか。だし、その考え方として我々シス側……なんていうの? 問題なく暮らしている側と、なんか特別な人たちみたいな、そういう線引きを助長しかねない言い方だったとしたら、それは本当に僕の本意ではないので。便宜として、要はシスジェンダーと呼ぶのはね、僕は「性自認が一致している」みたいな言い方をしちゃったけれども。それ以上に、現状その性自認とか諸々が不具合がないというか、社会の大多数の体制と基本的にはフィットをしていて。抑圧されたり、居場所がないというようなことが基本的にはないというか。
そういうジャンル分けの中に一応は入りうるというか。入りやすいというかね。何も考えずにいられる側というか。なんか、そのぐらいのニュアンスでいってくださいっていうことですかね。だから、もちろん「シス○○」という言葉をこれからも便宜上、使うこともあるけども。それは多数派として抑圧とか加害側に回りかねない意識を持とうよという、そういった側で使っています。だから「こっちは正常であっちは……」みたいなことは全く違うので、ぜひぜひということだし。
(宇垣美里)はい。
(宇多丸)あともうひとつ。本当に念を押しておきたいのは今回、いわゆるオアシスくんとかが使っている「セルフID論」っていう。これ自体が出てきた流れっていうのももう1回、問題点を検証をすべきだとは思うけども。そこでもちろんね、たとえば特に女性の方が懸念をされているような、まあ女性の専用のプライベートゾーン。トイレだったりとか、公衆浴場であったりとか、そういうところにいろんな問題が入ってくる。性暴力だったり、盗撮だったり、痴漢とかが入ってくるということを懸念されるのは、これはもちろん女性の皆さんが主に男性的な暴力というか。男性的な社会の中で主に……本当は男性だけではないんだけどもね。
主にやっぱり圧倒的多数の男性の暴力とか嫌がらせとか恐怖とかというところに晒されているという現状。そしてそれが全く是正もされきっていないということ。それに対する怒りや恐怖。これはもう本当に男性側として責任を持って……なんというか、そこは理解、了承しています。そこは、わかります。だし、そこは当然、なんとかしていかなければいけない。直さなければいけないところなんだけども。その責をトランスジェンダー女性に負わせるということは違うでしょうという。
(宇垣美里)もちろんです。
(宇多丸)ということはやっぱり、改めて念を押しておきたくて。その、女性に性的ないやがらせをするのが目的でなんとかしているっていうのは……。
(宇垣美里)それはもう違くない? それはその時点でもう違うじゃん?っていう。
(宇多丸)その時点で、それはいわゆる「シス男性」である可能性がもう……それはほぼ、シス男性である可能性じゃないですか。だから、それは男性問題なんじゃないか?っていうね。
(宇垣美里)と、思います。
(宇多丸)もちろん、個別のいろんな件は議論の余地はあるにせよ、でもなんにせよ、そのトランス女性一般にその責を負わせるというのは非常に乱暴な話であり。ただでさえ、息をひそめて暮らしている……。
(宇垣美里)つらい思いもなさっているでしょう。
(宇多丸)いろんな、要するに僕らも含めてまだまだ心ない面もあるこの社会で傷つかれていて。実際にその生存の、「どうやって生きていったらいいのか?」っていうような瀬戸際で生きていらっしゃるような方に対して、それがプレッシャー、圧力になったり。もっと言えば暴力にもなりうるということもぜひ、ちょっとだけでも考えてみていただきたいというか。ということなんですよね。なので、すいません。宇垣さん。
(宇垣美里)いいえ。
(宇多丸)でも、宇垣さんもね、鈴木みのりさんのお話とかを一緒にうかがって、みたいなのもあったので。ぜひ火曜もこの話をしておきたくてという。
(宇垣美里)全然、まだまだ全部がわかっているわけではないけども。でも、「男性に見える人が女性のそういうプライベートゾーンに入ることが……」っていうのは、それはそもそもその「シス女性」と呼ばれる人に対しての押しつけもあると重んですよね。「女性らしい見た目の人だけが女性なの?」っていう。それには断固、反対ですし。
(宇多丸)そこにも抵触しますよね。つまり、結局そうなんですよ。おっしゃる通り。「らしさ」論っていう……「男らしさ」であるとか、「女らしさ」であるとか。その社会の「男はこうあれ、女はこうあれ」っていう枠組みの押し付けに苦しんできたり、そこで不利益を被ったりとか。もしくは暴力に晒されるっていう意味では、僕はいわゆるフェミニズム的な、セクシズムと戦うという女性の立場というのと今回のトランスジェンダーの立場っていうのは全然共闘というか、同じ話だっていう風に思うんですよね。
(宇垣美里)相対するようなものではありません。
(宇多丸)そうなんです。そこが敵対的になったりするのっておかしいし。その構図そのものが悲しいし。ちょっとそこは考え直してみてくださいませんか?っていうのは切にお願いしたいかなと。
(宇垣美里)それは、知らないんじゃない?っていう。ちゃんと調べて……もちろんなかなか情報が伝わってこないかもしれないけども。それは違うよってすごく思いますね。
(宇多丸)だからこれはね、僕はやっぱり男性……いわゆるシス男性の側として言うと、なんかちょっと「お前が言うか」みたいなのはあるかもしれないから。ぜひ、その女性の中でもそういうことは議論をしていただきたいしとか。いろいろとね、フェミニズム的な議論というところでも、もうちょっとそこも深めてもいいのかな、とかも。まあ、とにかく要は男の問題ということで言えば、じゃあ男の問題として責任を持ってやることとして、たとえば昨日、オアシスくん。同じヒップホップ業界でもあるし。一緒に曲を作った仲でもあるので。しかもシリーズでね。なんとか働きかけるということで実はね、鈴木みのりさんに僕も教わって。宇垣さんにも見ていただいて大変に勉強になったあのNetflixのドキュメンタリー『トランスジェンダーとハリウッド』。
(宇垣美里)勉強になりました。
Netflix『トランスジェンダーとハリウッド』
(宇多丸)あれは本当に入門編で。あのドキュメンタリーの中でも言っていましたけども。なぜこれが大事かというと、要するに僕らも含めて大半の人はメディアを通じてしかトランスジェンダーの方々のあり方というのをなかなか知れないんですよね。当事者の方も「実際、私も私以外はメディアの中でしか見たことがなかったから。『自分はこういうことなのか』ってメディアの中でそれを見てしまうから、そのメディアの中で偏見のある描かれ方をしていると本当に生きるのがつらくなった」みたいな。
(宇垣美里)「自分はこういう風に見られちゃうのかな」って。
(宇多丸)「私ってこれなのかと思っちゃった」みたいな。すごい悲しい話も出てきたけども。なのですごく大事だし。入門編として最適というのはそういう意味でもあったんだけども。当然、見やすいっていうのもあるし。非常に優れたドキュメンタリーでもあって。当然、カルチャー面でもね。でね、まずZEEBRAさんも、そしてDJ OASISもそれを見てくれて。ジブさんは僕に感動といろんな気づきがあった。不勉強だったことも含めてすごい熱いメッセージを……「僕、鼻血が出ているから、電話では話せないから」って言ったら「うん。了解」って言った後で1時間に渡り熱い感想メールをドカドカと送ってきて。
あるいは「この件についてはこうかな?」とか。要するに「お互いに勉強していこうね」っていう感じがすごく、ジブさんは……あと、過去の様々な、「自分自身の偏見が強かった時代もあったけど、自分はそれから学んで変わったんだ。たとえば非異性愛偏見みたいなこともかつてはたしかにあった。でも今は、たとえばゲイのカップルの恋バナに直接乗ったりするぐらい親しい人もできたし。全然考え方は変わったんだ。俺も変われた。だから、変わる可能性は誰にでもあると思う」みたいなことを言っていて。すごく僕もそれに感動して。「僕もそうだ」って。だからそこはすごくよかったことだと思ってます。
(宇垣美里)そうですね。
(宇多丸)もちろん、お互いにまだまだだから。「今度、レクチャーを受けに行こうか」みたいなのがあったりとかしたんだけども。で、オアシスさんも見てくださって。で、もちろんね、それで感想のツイートを書いていて。まだ、ちょっと「ああ、うーん。ここの部分はまだ完全にこちらの言っていることが理解されているわけじゃないかな?」っていうのとか。「これで決着とは行かないかな?」っていう感じではあるんだけども。
(宇垣美里)そうですね。
(宇多丸)だけども、僕はやっぱり今まで、「女装した男がなんとかして……」とか。要するに、実態のない抽象的な暴力的なイメージみたいなところが先走っていたところに、やっぱり実存としてのトランスジェンダー女性というか、現に苦しんでいる女性たち。で、切実に生きてきた皆さんの姿というものを実在する生身の人間の痛みとして実感してくれたということはわかったので。そこはすごい大きな一歩だと思うんですね。
(宇垣美里)そうですね。まず、言われてちゃんと見てくれたのは偉いって思いました。
(宇多丸)そうなんです。そうなんです。だから僕はやっぱり、まだ決着……僕とオアシスとか、RHYMESTERとキングギドラとか。そういう関係性がどういうところに着地するか、まだ全然楽観はしていないけども。どう落ち着くのか、そこは妥協せずにきっちりやりたいとは思うけども。自分さんも引き続き、まだツイートでその理解というか、相互理解が足りていないところがあるから。「これは自分が責任を持って諭す」みたいなことを言ってくれているし。で、ジブさんもWREPというヒップホップ専門ラジオで公にこの件について語ってくれたりして。
だから、その日本のヒップホップっていうのはこういうところでどうしても……アメリカのヒップホップはそういうところのアップデートが近年、劇的に進んだんですけどね。いまだにそこか、みたいな。もしくは、動かないっていうか。これは僕も含めての反省なんだけども。こういうことがあった時に「なんだよ、バカなことやっているよ」って放っておいてしまっていた自分というものも反省をしたわけですね。
(宇垣美里)なんかね、ちょっと距離を置く形で解決させようっていうのももちろん、あるとは思うんですけども。
(宇多丸)だからちょっと働きかけることを諦めずに……っていう。そうしたら、ただ1本電話しただけでこれだけのことが起こったんだから。
(宇垣美里)本当に。なによりも、変わってくれるんだ。こんな考え方を表明した人とはもうわかりあえないのかな?って思ったところにそれでも変わってくれたりとか、行動を起こしてくれているっていうところがすごくポジティブなメッセージだなって。もちろん、まだまだだとは思います。
(宇多丸)もちろん。
(宇垣美里)「うん?」って思うところはあるんですけども。
(宇多丸)ねえ。いきなり全てが解決とは……でも、そうおっしゃってくれて嬉しいですけども。いきなり、全てがオールOKというわけではないし。もっと言えば、最終的にはそこまで理想的な着地になるかどうかは保証はできないけども。でも、なんというか……真っ暗じゃないっていうか。
(宇垣美里)まだ話し合いができる、みたいな。
(宇多丸)50代のアラフィフおじさんもやっぱり、おじさんの城に閉じこもるだけが道じゃないっていうことはちょっとはあるのかな?って。僕自身も「ああ、こんぐらいは動くんだ」って……しかも、電話をかけただけで、みたいな。だから、思いました。
(宇垣美里)本当にいくつになってもアップデートできるし、もちろんしなきゃいけないし。
(宇多丸)僕自身もね。それはそうなんですよ。だからまさに昨日、すごく気をつけて話したつもりだけれども、それでも「ああ……」っていうことがあったりする。でも、ということは昨日よりも今日はちょっとマシになったとも思うし。あともうひとつ。という1個1個の言葉遣いというところの意味を考えること自体がある種、そのいろんな問題の可視化というか。うん。浮き上がらせることにもなるし。
(宇垣美里)「無神経なことを言ってないかな?」って気付くというか。そこを気をつけようと思うことだけでも大きな1歩かなってまた私はわからないこそ、思うんですよ。
(宇多丸)これは本当に我々だけではなく、世界全体で「今まではこの言い方をしていたけれども、実はこの言い方ってこういう角度から見ると結構有害かもしれないから。今度はこういう言い方にしよう」だとか「こういう定義にしよう」っていうのは、日々そこは進んでいるし。みんな考えていることだから。だから、なんていうの? 俺らも「こっち組」とか「このことは、こう」とか決めつけるのがとにかく早いというか。
(宇垣美里)レッテルを貼ってしまっている部分がもしかしたらあるのかもしれません。
(宇多丸)お互いにそこは。という気もしました。あと皆さん、すごくこの件に関して、私の鼻血および昨日のオープニングトークに関するあたたかいメールをいっぱいいただいて。本当にありがとうございます。あの、非常に力にもなっておりますし。あと、いろいろと気づきとか、あとはもちろん「こういう角度の意見もあるな。なるほど」とか。そんなこともあったりして。皆さん、大変に勉強にもなりました。ありがとうございました。あと、ご心配いただいた方、本当にありがとうございます。
(宇垣美里)鼻血(笑)。
(宇多丸)脳は溶けてません! 行ってみよう!
<書き起こしおわり>