町山智浩『ザ・ホエール』を語る

町山智浩『ザ・ホエール』を語る たまむすび

町山智浩さんが2023年3月7日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でブレンダン・フレイザー主演の映画『ザ・ホエール』について話していました。

(町山智浩)それで、今回紹介する映画アカデミー賞絡みなんですけども。主演男優賞なんですね。今、主演男優賞で「もうこの人が取るんじゃないか」って言われてる人がいて。ブレンダン・フレイザーという俳優さんなんですよ。ブレンダン・フレイザーって、10年ぐらい前に大スターだったんですけど。覚えてないかな? 『ハムナプトラ』シリーズっていう映画があったんですよ。

(赤江珠緒)ありましたね。『ハムナプトラ』。

(町山智浩)『ハムナプトラ』シリーズっていうのがあって。1、2、3と3本あって、大ヒットしたんですけど。エジプトのね……。

(赤江珠緒)なんか砂がバーッと集まってきて、怪人みたいになるやつですよね?

(町山智浩)そう。顔になったりするやつね。まあ、『インディ・ジョーンズ』みたいな話なんですけどね。エジプトのピラミッドとかに行って秘宝を探す話なんで。それで、主人公の冒険家を演じてた人がブレンダン・フレイザーなんですよ。

(赤江珠緒)今、ちょっとその写真がありますけど。全然違う。

(町山智浩)そう。すごいイケメンだったんです。爽やかな。

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)で、今はすごくお太りになられて。

(赤江珠緒)今のこの役ではね。本当に。全然別人みたいになってますね。

(町山智浩)はい。今回の映画『ザ・ホエール』では、特殊メイクで体重を300キロぐらいに増やしてるんですけども。でも実際の本人も、素でもちょっとお太りになられてるんですけど。あと、やっぱり髪の毛が歳なんで。俺もそうですけど、すごく薄くなっちゃって。まあ、これはしょうがないですよね。この歳になるとね。で、見た目がすごく変わったんですけれども。彼は今回、アカデミー主演男優賞を取るんじゃないかと言われているんですね。この『ザ・ホエール』っていう映画で。

アカデミー主演男優賞の有力候補

(町山智浩)で、この『ザ・ホエール』っていうのは昔、大洋ホエールズという野球チームがあったんですけども。TBSでよく中継してましたけど。今はチーム名が変わっちゃったんですけど。クジラのことですね。で、彼はものすごく太っているんで「クジラ」って言われてるんですよ。で、アイダホっていうものすごいアメリカのド田舎でですね、大学の英語の……だから国語の先生をやってて。生徒の作文の添削をしたりしてるんですけども。

自宅からですね、ネットを使ってオンライン授業だけやってて。で、オンラインでも自分のカメラのところにテープを貼っちゃって、自分を映らないようにしてるんですよ。やっぱりすごい体になっちゃってるから、恥ずかしいから生徒に見せられないということで。で、それだけじゃなくて、ものすごく太って動けなくて、部屋からも出られないと。しかも、それでものすごい勢いで食べ続けるんですよ。

(赤江珠緒)そうか。まあ、300キロ近いというとね。なるほど。

(町山智浩)で、なんでそんなことをしてるか?っていうと、ストレスというか、メンタル的にものすごい苦しんでるんですね。で、彼が苦しんでいる理由が二つあって。ブレンダン・フレイザーが演じるのはチャーリーという主人公なんですが。チャーリーはかつて、ある男性を愛してたんですけども。その男性と同居をしてたんですけども、その彼が自殺してしまって。それからショックで引きこもりになって、食べ続けてるということと、あともうひとつは彼はもう死にたい気持ちなんで、食べ続けることで緩慢な自殺をしようとしてるんですよ。

で、それにはもうひとつ理由があって。実は彼には奥さんと子供がいたんですね。このチャーリーには。ところが、若い男性を好きになって駆け落ちてしまったために奥さんと子供を捨てる形になったんです。娘が8歳の時にね。で、その娘に会いたいっていう気持ちがあるんですよ。「なんとか娘に対して謝りたい」っていう気持ちがあって。そしたら娘が高校を卒業する時にですね、作文の授業、感想文の授業をやっていて。それをお父さんが英語の先生なんで「添削してほしい」ということで家に来てくれるようになるという話で。ところが、娘はすごくその父親チャーリーを憎んでるんですよ。家を出ていったから。

(赤江珠緒)まあ、その経緯を聞くとね。

(町山智浩)で、この娘となんとか仲直りができるのか?っていう話なんですね。で、これはですね、ほとんどこの部屋から……「ほとんど」っていうか、もう全く出ない映画なんですよ。彼、家から出れないから。なんですけども。これ、特殊メイクもものすごいんですけどもね。これはね、僕が見てすごく泣けたのはね、僕も親父とこんな感じで再会してるんですよね。

(山里亮太)えっ?

(町山智浩)自分の。僕は親父がね、中三ぐらいの時に離婚して。それからずっと会ってなかったんですよ。で、僕が40ぐらいになって……だからそれこそ30年ぐらい後に、親父がその時に結婚してる相手の人から連絡があって。「動けなくなっちゃっているから、会いに来てくれないか」っていうことで。それで行って、会ったんですけど。肝臓をやられいて、もう足がパンパに膨れ上がって歩けない状態で。動けなかったんですよ。で、30年ぶりの再会をして。会って、いろいろ話して、こっちの怒りとかもぶつけましたけどね。

そしたら、その1ヶ月後に亡くなったんですよね。親父は。だから、他人事じゃないなって。そういう気持ちで見てたんですけど。でも、このブレンダン・フレイザーという人はアクションスターだったんですよ? だって『ハムナプトラ』に出ていたわけですからね。ロック様と戦ったりとか、そういうことをしてたんですけど。

(町山智浩)それがもう、完全にそういうアクションを封じた……まあ体重300キロですからね。内面的な演技でね、非常に評価を受けてるんですけど。これね、監督がね、ダーレン・アロノフスキーっていう監督なんですけど。この人はこの前に『レスラー』という映画を撮ってるんですよ。

『レスラー』のダーレン・アロノフスキー監督

(町山智浩)これは、ご覧なってるかな? ミッキー・ロークという俳優が昔、いたんですよ。イケメン俳優でね。すっごいイケメンだったんですけども、仕事なくなっちゃったんですよ。まあ、なんていうか傲慢でね、威張り散らしてたんで。で、ハリウッドから干される形になって。麻薬とかいろんなのもあってボロボロになっ。その彼がプロレスラー役で復帰させた監督がこのダーレン・アロノフスキーなんですよ。その『レスラー』という映画は、ずっとレスリングをやってきて。プロレスラーって飛び降りる技が多いから、みんな体がボロボロなんですよね。

で、「これ以上やると、死ぬぞ」って言われて。心臓とかもボロボロだから。それで「ええっ?」って思って、ずっと会ってなかった娘に会おうとする話なんですよ。『レスラー』っていう映画は。「同じじゃん!」って思いましたけども(笑)。

(赤江珠緒)本当だ。

(町山智浩)でも、ミッキー・ロークはそれをやって。死ぬ前になんとか自分の尊厳を取り戻そうとする男を見事にその『レスラー』で演じて、アカデミー賞にノミネートされたんですよね。それを作ったダーレン・アロノフスキー監督なんで、ここではブレンダン・フレイザーを……このブレンダン・フレイザーって、『ハムナプトラ3』以降、突然映画界から消えちゃったんですよ。

(赤江珠緒)この人も?

(町山智浩)ずっと消えていたんです。日本でもほとんど見てないと思います。この人、実はハリウッドでずっと干されてたんですね。この人、イケメンで筋肉もモリモリでね、すごいかっこいいんですよ。アメリカにはゴールデングローブ賞というのがありまして。ハリウッド外国人記者クラブというのがあって、その会長のおっさんに若い頃、性的いたずらをされたんですよね。で、彼はそれを告発したんですよ。そしたら、ブラックリストに入っちゃって急に仕事が来なくなっちゃったらしいんですね。

(赤江珠緒)うわっ、ひどい……。

(町山智浩)相手が実力者だったんで。で、ずっと仕事がないまんま、引きこもる形に近くなって。その間に太ったりしたわけですけども。だから、日本の映画ファンで彼のファンとかすごく多かったと思いますよ。『ハムナプトラ3』の時に共演のミシェル・ヨーと2人で来日してるんですよ。彼は。日本に。『ハムナプトラ3』の共演って、ミシェル・ヨーなんですよ。

(赤江珠緒)そうなんですね。ここでまたミシェル・ヨーさん。

(町山智浩)そう。で、今回アカデミー賞で復活なんで。今回のアカデミー賞はかつて映画を諦めたり……ミシェル・ヨーさんもだから、ずっとアカデミー賞を取るような活躍をしようとして。でも、なかなかハリウッドが中国系の人キャスティングしないんで、もう20年以上苦しんでたんですよ。そういったハリウッドでずっと苦しんでた人たちが、起死回生の大逆転をするアカデミー賞になりそうなんですね。今回は。

(赤江珠緒)いや、でもそれだけのブランクがあって、また評価されて。すごいですね。

(町山智浩)ミシェル・ヨーさんがすごいのは、この人は2000年の『グリーン・デスティニー』っていう映画がアカデミー作品賞になったんですよ。それもカンフー映画ですけども。で、このままハリウッドに進出するか?って言われていたんですが、やっぱりアジア人の仕事がないってことで。だから20年ぐらい、苦しんでたんですよ。いろんな形で……さっき言った『クレイジー・リッチ!』に出たりね。そして、やっと掴んだ栄光なんですけど。この人たちはそれを自分自身で切り開いてるんですよね。

だから今回のアカデミー賞はちょっと今までのアカデミー賞と違うアカデミー賞ですよね。ハリウッドから締め出された人たちなんですよ。みんな。彼らの復讐戦なんですよ。ハリウッドに対する勝利なんです。

(赤江珠緒)本当に、奇しくもそういう人たちばかりがね。へー!

(町山智浩)だからこれ、ちょっとすごいんですよね。で、アカデミー賞とかハリウッドって、2015年にはその『攻殻機動隊』っていう日本のアニメを映画化した時に、主人公の日本人の草薙素子をスカーレット・ヨハンソンに演じさせたりして。本来、アジア人のキャラクターを白人にやらせて、大顰蹙買ってたんですけど。

(町山智浩)それから7年で本当に改善されたんですね。ハリウッドは。あの頃は、アジア人の役があっても白人にさせてたんですよ。わずか7年前には。だから本当に今回のアカデミー賞は、もう日本の人にとっても非常に大きな社会変革のね、結果ですんで。それはみんなが勝ち取ったものですね。この人たちが頑張って。だからぜひ、ご覧いただきたいと思います。アカデミー賞は来週月曜日です。で、『ザ・ホエール』は4月7日、日本公開です。

(赤江珠緒)そうなんですね。なんかグッと意味合いがね、深まりましたね。町山さんもそういう意味で、感慨深いものがありますね。

(町山智浩)ずっと授賞式、やってますからね。まさかカンフー映画がアカデミー賞になると思ってませんよ。ブルース・リーが天国で泣いてると思います。

『ザ・ホエール』予告

<書き起こしおわり>

タイトルとURLをコピーしました