町山智浩さんが2021年9月7日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で青柳拓監督『東京自転車節』を紹介していました。
(町山智浩)ということでね、今日紹介した映画はもうすでに公開されてからだいぶ経っていて。7月公開だったんですけども。ちょっと僕、見そこなっていて。ぜひ皆さんに見てほしい映画があるのでご紹介します。青柳拓監督という監督の『東京自転車節』という映画なんですね。これ、監督が1人でUberEatsで働いて、それを自分でスマホとGoProっていうちっちゃいカメラ、ありますよね? あれで撮った自主制作の自撮り映画なんですよ。自撮りドキュメンタリーというんですかね? なんですけども。
これ、2020年でコロナで最初の緊急事態宣言が出た時にですね、彼は自分の生まれ故郷の山梨県・甲府で働いていたんです。そこで運転代行業をやってたんですね。監督を目指しながら。で、全てが閉まっちゃったんで、甲府で仕事がなくなったので、自転車をこいで東京まで来て。なにか、とにかく仕事がないと困るっていうことでUberEatsで働き始めるンですよ。で、彼ハ映画学校に行った時の学費の550万円が借金になっていて。返さなくちゃいけなくて大変なんですね。
で、ここでそのUberEatsっていうものが一体どれだけ過酷な仕事なのかが彼の体験から描かれるんですよ。ただ、そうすると非常に厳しい社会派ドキュメンタリーのように思うかもしれませんけど、コメディです。これ。
(赤江珠緒)コメディ?
(町山智浩)はい。これね、監督自身が非常に明るくて。なんかね、ほんわかさせられるところのあるキャラクターなんですよ。だから「私は大変です!」みたいな感じじゃないんですよ。「いやー、もう本当、みんなと仲良く仕事ができるといいと思います!」とか言う人なんですよ。そういう人なんですよ。その明るくて柔らかいところがすごくこの映画をエンターテイメントにしてるんですよね。優しい人なんですよ。すごく。だからね、チャップリンの映画に非常に近いですね。
青柳拓監督のキャラクター
青柳拓監督『東京自転車節』をポレポレ東中野で鑑賞。
コロナ禍で、Uber Eatsという仕事を少しはわかったつもりでいたが、個人事業主としての厳しさを感じた。
夢を追いかけるために空き時間でできるからするのか、とにかく生き延びるためにするのか。
青柳監督とお話できてよかった。 pic.twitter.com/BTl7Uk3h5O— mie (@mieandyutoo0718) September 7, 2021
(町山智浩)チャップリンの映画というのは非常に、ほとんどホームレスに近いチャップリンが一生懸命働く話が多いんですね。『モダン・タイムス』であったり、『キッド』であったり、『街の灯』であったりね。みんな、ほとんど仕事のない貧乏ないチャップリンが一生懸命働く話が多いんですよ。チャップリンの映画というのは。それに非常に近いです。で、まずUberEatsっていうのは個人事業主として契約するんですね。これは前に紹介したケン・ローチ監督が撮った宅配便をやる家族の話で『家族を想うとき』という映画に非常によく似てますね。
(町山智浩)だから自転車は全部自己負担。運ぶバッグも5000円もするんですけど、自己負担。
(赤江珠緒)バッグも?
(町山智浩)バッグも自己負担なんですよ。で、自転車やスマホが故障しても自己負担で、事故や盗難にあっても自己負担なんです。
(赤江珠緒)そこが本当にね、そんな……保険とかもね、効かないとなると。
(町山智浩)そうなんです。労災もなにもないんです。で、1回の配達料がだいたい平均550円って言われるんですね。じゃあ、それを1時間に2本の配達があれば8時間とか10時間で結構稼げるじゃないかと思うんですけど……1時間に1本ぐらいしかないんですよ。配達の依頼が。それはね、やっぱり仕事を失った人が多くて、UberEatsにみんな仕事を求めてきちゃっているんで、少ない注文に対して多くの配達員がハイエナみたいに奪いあっている状態なんですね。で、その1日10時間ぐらい頑張って粘っても、平均で6000円ぐらい稼げるか、稼げないかなんですよ。
これだと、土日も休みなく毎日働いても月収が18万円に届くか、届かかないかですよね? これね、時給が東京のその当時の最低賃金が1013円なんですけど、完全にその最低賃金を時給が下回っちゃっているんですよ。最低賃金以下で働かせるのはもちろん犯罪なんですが、この場合には個人事業主との契約だから最低賃金以下で働いていても問題ないっていうことになってしまうんですよ。
(赤江珠緒)これは……。
(町山智浩)これが非正規雇用の現実なんですね。で、しょうがないからこの監督、東京で住む場所がないんでね。友達の家を転々としたり、ネットカフェに泊まったりもするんですけど。まあ、背中を伸ばせないので、疲れてくるんですね。それで1日、仕事を求めて10時間も12時間も、ひどい時には14時間も働いたりして限界に挑戦していくんですけども……でも、ベッドで寝たい誘惑に負けて、アパホテルに泊まるですよ。すると、1泊2500円で安いと思うですけど、1日6000円を稼げるか、稼げないかの状態なんで、2500円を宿泊で使ったらもう赤字になっちゃうんですね。だってお金を貯めるためにやってるわけなんだから。で、とうとう彼は道端に段ボールを敷いて寝てホームレスになっちゃうんですけどね。
(赤江珠緒)うーん……。
(町山智浩)そう。まあ、そういう大変な、ほとんどの人に知られていないホームレスになってしまうまでの話が描かれていて。で、しかもこのギリギリでやっていると、それこそ服を洗濯したり、服を買ったりするなんて、あり得ないわけですよ。だからもう服もどんどんボロボロになってきます。で、雨がすごい降るんですよね。でも、着替えなんか持っていないし、それを買うお金もないわけですよ。もうドロドロになってきますよ。どんどんと。で、最近、すごく有名なコピーライターの先生が「UberEatsの人の自転車や服装が汚い」っていう風にツイートをして問題になりましたけど。これを見ると、そんなこと言ってられない状態なんですよね。
(赤江珠緒)そうですよね。社会がそのシステムをよしとしているっていう時点でね。うん。
(町山智浩)これがね、もし正規雇用だったら、最低賃金で時給1000円ちょっともらって。それで、暇な時もとにかく店にいればかならず時給は支払われるわけですからね。でも、注文がない時はUberEatsは一銭にもならないわけですよ。ちゃんとした正規雇用だったら8時間働くだけで、最低賃金でも8000円ちょっとになるわけです。でも、ならないんですよ。彼がその8000円を稼ぐためには13時間、14時間頑張るしかないんですよ。
(赤江珠緒)ねえ。ましてや、常に健康でいられるかっていうのもね。なんか事故にあったりとか。そういう保険が一切ないっていうのも……。
非正規労働の現実
(町山智浩)そう。自転車がパンクしたら、それで大変だしね。スマホが壊れたりしても……それからもし、ケガをしたりしたらどうするのか? ケガをしたり、車にはねられたりする可能性もあるわけです。雨の中でも毎日走ってるから、風邪をひくかもしれない。でも、その補償も何もないんですよ。だからこれは大変なことだなと思いましたね。でね、ただね、彼は優しい人なんですよ。で、こんな状況になっても仕事をくれるお店の人、それに仕事をくれる注文をしてくれた人に対して感謝をしたいということで。かならず「ありがとうございます! 本当にありがとうございました!」って言うんですよ。笑顔で。ところが、もうみんな、コロナだから。そのお客さんに彼は顔を見られることもないんですよ。置き配なんですよね。
(赤江珠緒)ああ、そうか。
(町山智浩)だから、その人間関係すらもない。で、頼んだ人は誰が届けてくれたのかも知らない。これ、もう人間関係ももう薄く薄くなっていって、非常に孤独な仕事なんですよ。だから、この青柳監督は話し相手もいないから。で、その間の誕生日を迎えるシーンがあるんですよ。すると鏡に向かって自分に「誕生日、おめでとう」って言ったりするんですよ。それで、どうしても人の肌が恋しくなって、デリヘルを頼むシーンもあるんですよ。で、それがまた悲惨なことになって終わるんですよ……。
(山里亮太)ええっ?
(町山智浩)そう。で、どんどん話し相手がいなくなってくるから、自分の腕の血を吸っている蚊に話しかけるんですよ。で、どんどんと蚊が血を吸っていくのを見てね、「お前も必死なんだな。生きるために……俺もだよ。だからもう、思う存分吸っていいよ」って彼は血を吸わせるんですね。でも、彼はそんな風に蚊のことを心配するんですけど、彼のことを心配してくれる人なんて誰もいないんですよ。こういう非正規労働者の人たちの血を本当に吸っているやつらっていうのは誰なんだ?っていう気持ちになりますよね。
(赤江珠緒)そうですよね。
(町山智浩)まあ、これは本当に違う人が撮ったらすごく悲惨で強烈で強い怒りの映画になると思うんですけど。この監督は非常に飄々としていて。さっきみたいに蚊に「いいよ。頑張って。血、吸っていいよ」とか言う人なんですよ。だから見ていると、涙が出てくるんですよね。でもね、全然お金が貯まらないんだ。これ、見ていても。
(赤江珠緒)この働き方のシステム……これが当たり前になってはいかんですね。本当にね。
(町山智浩)そうなんですよ。それでも彼はね、限界まで働こうとして最後に70配達チャレンジというのを行うんですよ。命がけで。70配達を達成すると賞金がもらえるシステムらしいんですよね。それもまた、ひどいといえばひどいんですけど。まあ、すごい映画でした。で、これ、ラストショットに僕は非常に身震いするような感動を覚えましたので、ぜひそこまで見ていただきたいなと思います。
(赤江珠緒)そうですか。
(町山智浩)で、今これは東中野のポレポレ東中野という映画館で今週の終わりまで。10日までやしかやってないんですね。
(赤江珠緒)そうですね。その後、全国順次ロードショーということですが。東京はポレポレ東中野で9月10日まで。
(町山智浩)それで毎日ね、22時からしかやっていなくて。1回しか。ただね、今、ニコニコ動画で有料で見れます。これもね、10日まで見れます。ネットで見れます。1500円でニコニコ動画で見えますので。ぜひ、そのネットで。ニコニコで見ていただきたいと思います。『東京自転車節』です。
(赤江珠緒)『東京自転車節』を今日はご紹介いただきました。町山さん、アフガニスタンの『生きのびるために』も見ましたよ。
(町山智浩)あれもすごいないようなんですよね。
(赤江珠緒)あれもね、理不尽で。あまりにも……っていう感じですけども。
(町山智浩)でも、あれも絵がかわいいから見ていられるんですよ。
(赤江珠緒)絵がかわいいんですよね。素敵なんですよね。
(町山智浩)この『東京自転車節』も監督が非常にかわいいので。ちゃんと娯楽作品にもなっています。
(赤江珠緒)町山さん、ありがとうございました。
(町山智浩)どもでした。
『東京自転車節』予告
<書き起こしおわり>