町山智浩『グリーンブック』『ファースト・マン』『アリー/スター誕生』を語る

町山智浩『グリーンブック』『ファースト・マン』『アリー/スター誕生』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でアカデミー賞の前哨戦、トロント映画祭で見た映画を紹介。観客賞を受賞した『グリーンブック』、『ファースト・マン』、『アリー/スター誕生』について話していました。

(町山智浩)先週、トロントから放送をしたんですけど、トロント映画祭が終わって。こっちに来たんですけども。トロント映画祭っていうのはいろんな映画祭の中でどう違うのか?っていう話をまずしますと……カンヌ映画祭とかヴェネツィア映画祭とかいろいろあるじゃないですか。その中でいちばん一般の人たちが見る映画祭なんです。

(赤江珠緒)おーっ、関係者とかばかりじゃなくて?

(町山智浩)関係者じゃなくて、トロントの普通の市民の人たちが見るんですよ。で、カンヌ映画祭っていうのははっきり言ってあれは業界の人たちのためのものなんですよ。高級リゾート地でやるでしょう? で、来ている方たちは映画関係者と映画を買う人たち。映画にお金を出す人たちが来ていて品評会だったりマーケット、市場だったりするわけですけども。トロント映画祭はもっと、今年の映画はいったいどれがいちばんいい映画なのか、観客に選ばせるっていう方向なんですよ。

(赤江珠緒)シンプルに、大衆受けというか一般受けっていうね。

(町山智浩)だからトロント映画祭では最高の賞が「観客賞」っていうんですよ。他は審査員が選ぶから「審査員特別賞」とかそういうのが多いんですけど、トロント映画祭だけは観客賞で。その街に住んでいる人たちがお金を払って見に来るんですね。それでいちばんよかったものに投票をするんですよ。だからその観客賞がアカデミー賞に毎回絡んでくるんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)だから一昨年は観客賞は『ラ・ラ・ランド』と『ムーンライト』っていう映画が争ったんですよ。そしたらアカデミー賞も実際にその二作が争う形になって。作品賞、監督賞をね。で、去年は『シェイプ・オブ・ウォーター』と『スリー・ビルボード』がトロント映画祭の観客賞を争ったんですけど、それもそのままアカデミー賞の戦いで。

(山里亮太)ああ、じゃあ前哨戦で?

(赤江珠緒)と言っても過言じゃないね。

(町山智浩)そうなんですよ。アカデミー賞の前哨戦。アカデミー賞を予想する。

(赤江珠緒)じゃあ、今年はなにがその観客賞を取ったんですか?

(町山智浩)それがね、今年取るだろうっていうかいちばん注目をされていた作品が2つ、ありまして。いちばん大きな映画、まずひとつが『ファースト・マン』っていう映画なんですね。『ファースト・マン』っていうの「最初の男」……エッチな話じゃないですよ。

(赤江珠緒)フフフ(笑)。

(町山智浩)人類で最初に月に着陸したアポロ11号のニール・アームストロング船長の話なんですよ。で、これは『ラ・ラ・ランド』の監督のデイミアン・チャゼル監督が自分で企画をして。アームストロング船長を演じるのは『ラ・ラ・ランド』のライアン・ゴズリングなんですね。

(赤江珠緒)ああ、じゃあ『ラ・ラ・ランド』コンビで?

(町山智浩)そうです。で、監督自身はこれを昔からやりたかったと言っていて、意外なことに月着陸の映画ってないじゃないですか。『アポロ13号』みたいに事故の映画とかはあって、この間の『ドリーム』や『ライトスタッフ』みたいにマーキュリー計画の映画だったりはあるんですけど、アポロ11号のは意外とないんですよね。で、今回みんなすごく期待して行ったんですね。そしたら、すごい不思議な映画でした。これは。

(赤江珠緒)えっ、不思議になる?

(町山智浩)アポロ計画の月着陸の全体像を描く映画じゃないんですよ。このアームストロング船長自身のほとんど個人的な……一人称ってわかりますよね? ポイント・オブ・ビュー。その視点でほとんど撮られているんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)だから奥さんと会話するところでも、僕が奥さんで山ちゃんがアームストロング船長だとすると、これぐらいの距離で夫婦って話し合うじゃないですか。カメラはここにあるんですよ。

(山里亮太)だからもう対面して眼の前で。

(町山智浩)互いの顔の30センチぐらいの距離から撮っているの。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)ずーっと顔のアップが映っている。で、宇宙船に乗るじゃないですか。宇宙船に乗ると今度はずーっとアームストロング船長の顔の10センチぐらいのところにカメラがあって。それとアームストロング船長が宇宙船にちっちゃい窓があって。そこから宇宙とかを見るんですね。そのちっちゃい窓から見る宇宙とか月しか見えないんですよ。

(赤江珠緒)えっ、不思議ですね。ああ、本当だ!

(山里亮太)あんまり画が変わらなくてストーリーとか感じ取るの、難しそうな感じ。

(町山智浩)どこに自分がいて、どういう関係に宇宙船と月がなっているのかとか、なかなかわからないんですよ。だから、船長自身の体験を完全に観客に体験させるように撮っているんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうか。乗っている人だったらそれぐらいしか視界も開けていないし。

(山里亮太)VRみたいな感じかな?

(町山智浩)そうそうそう。あのVRで変なものを見ないようにね。

(赤江珠緒)フフフ(笑)。

(町山智浩)ハメ撮りばっかり見ないでください(笑)。

(山里亮太)ジャンル限定しないでください!(笑)。

(町山智浩)これはだから1回、ジェミニ計画に彼が参加した時に宇宙船がスピンしちゃうんです。ものすごい勢いで。で、大事故になるんですけど、それも全部彼の視点から撮られているからグルグルグルッて回り続けているっていう。ものすごく怖いです。

(赤江珠緒)ある意味臨場感がその方が。体感しているみたいになるんだ。

(町山智浩)そう。宇宙飛行というものの恐怖を観客に無理やり味あわせてやるぜ、この野郎!っていう映画がこの『ファースト・マン』っていう映画です(笑)。

(赤江珠緒)でも、その恐怖たるや、ねえ。はじめて行くわけだし。

(山里亮太)そうか。いままでに前例がないから。

(町山智浩)身動き取れないし、目の前の30センチぐらいから先は真空の宇宙だぞ、みたいな。それでもうどうしようもない。棺桶みたいなものなんだ、みたいなことを観客に無理やり体験させる恐怖映画に近い感じですね。それが『ファースト・マン』で。これが注目されていたんですよ。大作だから。で、もう1本の大作というか注目作はレディ・ガガの主演デビュー作の『アリー/スター誕生』っていう映画なんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)これは昔、1954年にジュディ・ガーランドっていう『オズの魔法使い』でドロシーの役をやっていた人が主演した『スター誕生』っていう映画があって、それの二度目のリメイクなんですね。で、ストーリーはすごく単純で、すごく有名なミュージシャンの男性がいて、それがある女の子、無名の歌うたいを見つけて彼女をスターにするんですけど。それで彼女と結婚をするんですが、旦那の方が逆に落ちぶれていってスターの頂点の座から転げ落ちていく。アル中になって。で、逆に奥さんの方はどんどんどんどん有名になっていく。スターの階段を上がっていくという話で、話はそのままなんですけど、このレディ・ガガのバージョンはカメラが最初から最後までやっぱり顔から30センチぐらいの距離なんです(笑)。

(赤江珠緒)えっ、近い! これもそう?

ものすごい近さから撮影した作品

(町山智浩)すげー近い。「近いよ!」みたいな。だから、この主役の男の方のミュージシャンはこれ、ブラッドリー・クーパーっていう『アメリカン・スナイパー』の主役の人がやっていて。監督もやっていて、これが監督デビュー作なんですね。で、その人がレディ・ガガと会って恋に落ちて彼女をスターにしようとするんですけども、その恋に落ちた彼の目線からレディ・ガガを撮っているんですよ。

(赤江珠緒)へー! 普通の人の距離感よりもグッと近くなりますもんね。

(町山智浩)もうこのぐらいだから。だから毛穴とかすごいんですよ(笑)。毛穴とか鼻の穴まで全部見えるの。口の中とか(笑)。

(赤江珠緒)レディ・ガガの? はー!

(町山智浩)もうすごい。だからレディ・ガガとこのぐらいの距離にずっといる感じですよ。2時間ぐらい。

(赤江珠緒)今年はそういう近くで撮るのが流行りというか?

(町山智浩)たぶんね、いまだからできるようになったんですよ。昔は映画のカメラってこんなにデカかったので、できなかったんですよ。

(赤江珠緒)ああ、演技もしづらいですもんね。こんな近くで。そうかそうか。

(町山智浩)いまはカメラってこのぐらいなんですよね。

(赤江珠緒)小型になってね。

(山里亮太)普通の写真のカメラぐらいのサイズのやつ、ありますもんね。

(町山智浩)だからできるんですね。あと、昔のカメラと違って光なんかもカメラの周りに光をつけちゃってやっているから。

(赤江珠緒)なるほどね! そういうカメラの技術もあって。奇しくもどっちとも「近いよ!」って言いたくなる映画で(笑)。

(町山智浩)そうそう(笑)。「ちょっと近いよ! ちょっとお口の匂い、気になる!」みたいな世界ですよ(笑)。だからすごくね、大作な割に親密な映画になっていて、すごく不思議な大作2本だったんですけど。でもところが今回、観客賞を取ったのはその大作じゃないんですよ。もう誰からも注目をされていなかった映画が観客賞……だからトロント映画祭の大賞を取ったんですね。それは『グリーンブック』という映画だったんですね。これは僕もすごく感動したんですけども。

(赤江珠緒)はい。

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