町山智浩『イン・ザ・ハイツ』を語る

町山智浩『イン・ザ・ハイツ』を語る たまむすび

町山智浩さんが2021年6月22日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『イン・ザ・ハイツ』を紹介していました。

(町山智浩)今日はミュージカル映画ですごくアメリカでヒットしてる映画のことを紹介します。日本で7月30日公開の映画で『イン・ザ・ハイツ』という映画なんですけども。これがね、アメリカのことがわからないと、ちょっとわからないところ何ヶ所かあるんで、その説明をでしていきたいんですけども。じゃあまずね、ちょっと曲を聞いていたいただきたいと思います。『In the Heights』です。

(町山智浩)はい。これを聞いてどういう曲だと思いました?

(赤江珠緒)なんかノリのいい、踊りだしたくなるよな。

(町山智浩)ラテンですよ。ラテンのリズムなんですけども。これ、『イン・ザ・ハイツ』の「ハイツ」というのはですね、ワシントンハイツというニューヨークのマンハッタン島の一番北の端っこの西側にある地域のことを言ってるんですね。で、ここはね、ラティーノ、ラティーナ。ラテン系の人たちが集まっているところなんですよ。だからプエルトリコ系の人とか、ドミニカとか、キューバとか、そういったところ出身の人たちが集まっているところで。こういうところをね、「バリオ」っていうんですね。

(山里亮太)バリオ?

(町山智浩)バリオっていうのは中南米系の人たちが集まっている地域のことをバリオ(Barrio)っていうんですよ。で、そこが舞台のミュージカルなんですよ。これはブロードウェイミュージカルの最高峰のトニー賞も受賞したミュージカルで。2005年に初演されてからずっと続いているものなんですけども。で、これで作った人はですね、リン=マニュエル・ミランダという人なんですが。この人は前にたまむすびでも紹介した『ハミルトン』というミュージカルがありましたね? アメリカの基礎を作った政治家のハミルトンを主人公にしたミュージカルを作って国民的な大ヒットになったんですよ。アメリカでは。それの脚本・作詞・作曲・主演をこなした人なんですね。このリン=マニュエル・ミランダって人は。

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(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、この人がなんと25歳の時に作ったミュージカルが『イン・ザ・ハイツ』なんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうなんですね。もっと前に作っていたんだ。

(町山智浩)そうなんです。前に作っていたんです。で、この人自身がそのワシントンハイツで生まれ育ったプエルトリコ系の人なんですよ。で、自分の周りにある日常を描いたのが『イン・ザ・ハイツ』なんですね。で、これがすごく画期的だったのは、ラテン系の人々の生活ってアメリカでもほとんど描かれないんですよ。

(赤江珠緒)ふーん。そうなんだ。

(町山智浩)だからたとえばアメリカ映画を見ると出てくるのは……黒人の人は結構出てきますよね? で、白人の人じゃないですか。それで、終わりでしょう?

(赤江珠緒)まあ、そうか。

(町山智浩)メキシコの系の人、プエルトリコ系の人、そういった人たちが主人公のドラマとかミュージカルとか映画っていうのはあんまりないっていうか、ほとんどないんですよ。で、これはそういった人たちだけのドラマなんですよ。まあ、いわゆるその白人……アイルランド、イギリス、ドイツ系の人たちはセリフがないです。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)出てこないです。イタリアも出てこないです。みんな、中南米出身とアフリカ系の人が1人、出てくるんですけれども。その点ですごく画期的だったんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、「ふーん」っていう感じなんですけど、どうしてそれが画期的なのかというと、そういう人たちに仕事を与えることだからです。

(赤江珠緒)ああ、まあ、そうね。

(町山智浩)そういうものが作られないと、その人たちは仕事がないんですよ。だから自分たちで自ら作った仕事なんですね。それと、実際にはものすごくそういった人たちってニューヨークにいっぱいいるんですけども。ものすごいいるのに、全然ドラマの主役にならないっていうのもおかしいですよね?

(山里亮太)たしかに。

ラテン系の人々の生活を描く作品

(町山智浩)で、こういったそのプエルトリコ系の人たちの現実を最初に描いたミュージカルは、1957年に初演されて61年に映画化された『ウエスト・サイド物語』が最初だったんです。これはご覧になっていますよね?

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)あれはね、プエルトリコ系の不良グループとボーランド系の不良グループの抗争を描いた話なんですね。で、舞台はヘルズキッチンというところがあって。ヘルズキッチンっていうのは、ニューヨークってものすごい人が住んでるじゃないですか。その食料を全部、調達していくその青物市場とか魚市場とか、卸。だから日本、東京は秋葉原がそうだったでしょう? あとは築地がそうだったじゃないですか。それが1ヶ所に集まっているのがヘルズキッチンなんですよ。魚とか肉とか野菜の卸が全部。で、あまりにもそこにいるのは貧しいイタリア系移民とか、貧しい移民の人たちがいっぱいいたんで「ヘルズキッチン(地獄の台所)」と呼ばれてたところなんですけども。そこで『ウエスト・サイド物語』が始まるから、最初にほら。果物を売ってるところに行ってリンゴかなんかを取ったりするじゃないですか。あれは卸なんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうね。うん。

(町山智浩)そういうものをはじめてハリウッド映画が描いたのが『ウエスト・サイド物語』だったんですけれども。その後、そういうのはあるかと言うと、全然ないんですよ。あんまりないんですよ。

(赤江珠緒)だいぶ前ですもんね。そうね。

(町山智浩)そう。60年ぐらい、あんまりちゃんとしたのがなくて。やっとできたのが『イン・ザ・ハイツ』なんですね。だからすごく画期的だったんですけど。これを見ると、その60年経って、『ウエスト・サイド物語』と現在とどう変わってるのか。あと、逆に何も変わってないのかっていうところをいろいろ見ると面白いので。ぜひ比べてほしいんですけど。で、『イン・ザ・ハイツ』の話を説明していきますと、主人公はウスナビという変わった名前の人なんですけど。若者、30ぐらいの人ですね。で、ボデガというところの経営者なんですけど。ボデガっていうのはコンビニです。スペイン語の。で、ウスナビはドミニカ出身の父親を持っていて。父がアメリカに移民した日に見た船に書かれてた文字が名前になったんですね。ウスナビという名前に。

(赤江珠緒)文字で「ウスナビ」って書いてあったから?

(町山智浩)それはね、「US NAVY」って船に書いてあったんですよ。「アメリカ海軍」って書いてあったんですけども、それをスペイン語的に発音するとウスナビになるんですよ。で、そのぐらいアメリカに憧れた父親によって移民して、そこで生まれたのが主人公ウスナビなんですけど。彼はコンビニで働いて、生活が大変なんですね。で、これはその店開きをするところから始まって。シャッターを開けて、コーヒーを淹れて。そこに、周りに住んでいるヒスパニックの人たちの朝の準備がいろいろ描かれるんですけど。で、多くの人たちが低賃金労働者なんですよ。で、踊りながらその準備をするんですけど。

たとえば建設現場の作業員であったり、ビルの清掃であったり、レストランのシェフだったり、店員だったり。あと縫製工場。服を作るところですね。そこで働いたり。あとはネイルサロン。あとメイドさんですね。ええと、マンハッタンの真ん中にセントラルパークってあるじゃないですか。あそこに行くとね、乳母車を押してる人たちがいっぱいいるんですよ。ほとんどが中南米系の人か、黒人なんですよね。でも、乳母車に乗っているのは青い目に金髪の白人なんですよ。まあ、彼らは自分で子育てしないで、そういう人たちに任せているんですね。

で、あとは病院の看護師さんとか。だからヒスパニック系の人たちはコロナになった時、ニューヨークで死亡者が多かったんですよ。エッセンシャルワーカーで、仕事を休めなかったから。だからすごい死亡者が多かったんですけど。そういう人たちの生活が描かれて。それで1日が始まるんだけど、「とにかくこのワシントンハイツでは何もかもが高くなって大変だ!」って言うんですよ。

(赤江珠緒)高くなってるの?

(町山智浩)歌の中で。というのは、今はアメリカ、どこも大都市はそうなんですけども。とにかく年収数千万円の金融関係者とかIT関係者が大都市に集中して住んで。彼らの給料がどんどん上がるから、アパートの家賃がどんどん上がっていってるんですよ。アパートとか不動がね。で、さっき言った『ウエスト・サイド物語』の舞台だったヘルズキッチンっていうところは、昔は貧しい移民たちが集まっていたところなんですけども。今は家賃が月に30万円以上なんですよね。

(赤江珠緒)高いですね……。

(町山智浩)高いんです。大変なことになってるんで。このワシントンハイツにもその波が押し寄せてきて、家賃とかが高くなって、そのラテン系の人たちが住めなくなってるっていう状態から始まるんですよ。で、「このままだとこのラティーノのコミュニティーもなくなっちゃうんじゃないか」っていうセリフまで出てくるんですね。で、ウスナビは「もうこれは大変だから、この店の権利、コンビニの権利を売っちゃって。安くて生活が楽で、南国であたたかいドミニカに引っ越したい」っていう風に思ってるんですよ。

(赤江珠緒)まあね。そんなに家賃が上がっていたらね。

(町山智浩)で、ドミニカに引っ越すことを夢見てるんですけど。この『イン・ザ・ハイツ』って主人公たちはみんな、いろんな夢を見てるんですね。で、このウスナビが好きな女の子がいて。彼女はヘアサロンで働いてるんですけど、そのヘアサロンも家賃が高くなっちゃったので。「もう、ここを出なきゃならない」っていう状態になっているんですが。それはヴァネッサっていう子なんですけども。この子の歌をちょっと聞いてもらえますか?

(町山智浩)はい。すごくノリノリの曲なんですけど。彼女はファッションデザイナーになりたくて。で、その夢を叶えるためにバリオっていうそのハイツを出て、マンハッタンの中心部のすごくお洒落なところに引っ越したいんですね。で、いっぱい不動産に申し込みをするですけれども。これ、日本と違ってアメリカは申し込んだ人全員を見比べて、大家さんが「この人がいい」って思った人に貸すっていうシステムなんですよ。だから、彼女はヒスパニックだから借りられないんですよ。

(赤江珠緒)そうなんだ。お金があったとしても、借りられない?

(町山智浩)お金もあんまりないんですが、あったとしても、白人優先なんですよ。で、職業とかも見ますよ。全部。だから「そういうのは差別をしちゃいけない」っていうことになっているんですけども、実際にはあるんですよね。で、そういったそれぞれがね、いろいろ夢を持ってるんだけども、いろいろと壁にぶつかっている状態で。で、もう1人、ニーナという女の子が出てくるんですけども。ニーナの歌も聞いてもらえますか?

(町山智浩)はい。これね、ちょっと寂しい歌い方で。ニーナという子はそのハイツのタクシー会社の娘なんですけども。ものすごく勉強ができて。で、カリフォルニアの名門私立大学のスタンフォードに進むんですね。ところが、ハイツに帰ってきちゃうんですよ。

(赤江珠緒)せっかくスタンフォードに入ったのに?

(町山智浩)そう。どうしてかっていうと、ラテン系はスタンフォードにはあまりいないんですね。で、やっぱりそこで差別があったんですね。ヒスパニックに対する差別があって。たとえば、物がなくなったりすると「あの子が盗んだんじゃないか?」っていう風に言われるんですね。あと、レストランとかに行くと、ウェイトレスと間違われたりするんですよ。で、そういう差別で心が折れちゃって、大学を途中でドロップアウトしちゃって。元々、ヒスパニックの人たちがいっぱいいる故郷に帰ってくるんですね。で、彼女は逆に夢にくじけちゃったんですよ。そういったものが描かれていくんですけど。

あとね、そのウスナビのコンビニで働いてるソニーっていう少年がいるんですけど。彼はすごくやっぱり勉強ができて。政治家とかになって、そのパニックの貧しい子供たちを何とか救えないかということを夢見てるんですけど。でも彼はそのために大学に行かなきゃいけないんだけども、大学には行けないんですよ。どうしてかっていうと、幼い頃……幼少期に親に連れられてアメリカに不法入国したからなんですよ。で、彼には市民権がないんですよ。ソニーには。

で、これは本人には責任がないから。つまり、不法入国したことは、親に連れられて来ているから。本人の意思じゃないからってことで、彼らになんとか市民権を与えようっていう動きがあったんですね。で、彼らはなんていうか、アメリカ以外は知らないわけです。ほとんどアメリカで生まれたようなものですから。で、彼らに市民権を与える「ドリーム法案」というものをオバマ大統領が署名したんですけれども。2016年に大統領になったドナルド・トランプはそれを停止したんですよ。

(赤江珠緒)もうことごとくオバマ政権がやったことを覆しましたね。

(町山智浩)そう。それで彼らを国に送り返すという方針を取ったんですね。それで、行ったこともない母国に送り返されちゃうんですよ。下手すると、彼らは英語しかできないんですよ。だから酷いことをトランプ大統領はやったんですけども。その時にこの『イン・ザ・ハイツ』っていうのはブロードウェイでずっと上演されてたんですよね。だからそういうメッセージがあったんですけど。まあ、バイデン大統領になって、そのトランプの決定は取り消されましたけどね。

そういった形で、非常にリアルな、それぞれのそのハイツに住んでる人たちの夢が描かれていくんですけども。でね、これは『ウエスト・サイド物語』と見比べるとね、やっぱりあんまり変わってないんですよ。『ウエスト・サイド物語』の中で一番強烈なのは『America』っていう曲なんですけども。ちょっと聞いてもらえますか?

(町山智浩)はい。これはプエルトリコ系の女性チームと男性チームが「アメリカに来てよかったわ」って女性が言うと、「何がいいんだ?」って男性が言い返すっていう掛け合いになっているんですね。「アメリカに行けば夢は叶う」って言うと「それは白人だけだよ」とか言われるんですよ。「何をしても自由だ」とか言うんですけど「家賃が高くて……」みたいな。あんまり変わってないんですよ。60年経っても。状況が。だからそういう厳しいものもね、ちゃんと描いていて。でもね、曲は楽しいんですよ。その、あらゆるラテン系の音楽が中に盛り込まれてるんで。

厳しい現実と楽しい音楽

(町山智浩)この『イン・ザ・ハイツ』には。そのキューバのサルサとか、ドミニカのメレンゲとか、ブラジルのサンバとか、あとはラップとかR&Bとか。いろんなものがごっちゃになっていて。それは、このハイツでしかないんですよ。つまり、それぞれの国はバラバラだから。それぞれ国に行ったら、それぞれ音楽しかないんですよね。でも、このアメリカにはその音楽が全部混じって、ミックスされてる状態っていうのが『イン・ザ・ハイツ』でわかるんですね。そのハイツ独特の文化と音楽があるんですよ。

(赤江珠緒)うんうんうん。

(町山智浩)でね、このハイツの中で最もね、もう感動的ですごいのは、みんなからおばちゃん……「アブエラ」って呼ばれている、朦朧とした意識の中で自分が何十年も……それこそ50年、60年苦労してきた思い出を思い出していく歌があるんですけど。それ、ちょっとかけてもらえますか?

(町山智浩)この歌がね、ものすごい感動的なんですけども。「お母さんも私も、子供の頃からずーっと働いてきて。人の家のメイドをやって、ご飯を作って子供を育てたり、掃除をしたりしてきて。そのまま来ちゃって、何も夢はつかめなかった」っていう歌なんですよ。「もう疲れたから、天国に行こう」っていう歌なんですけども。これを切々と歌うところは本当にね、涙なくしては見れないところなんですよね。それでこの『イン・ザ・ハイツ』を作ったのが、映画の監督がね、この人は『クレイジー・リッチ!』っていうアジア人だけのハリウッド映画で大成功したジョン・M・チュウっていう人なんですよね。この人は中国人なんです。だからこれ、すごいのはアメリカのマイノリティーのパワーがね、本当にハリウッド映画の中で非常に少ないんですけども。そこで実現したっていう感じになってますね。

(赤江珠緒)そうですね。最近、そういう映画をね、よく紹介してもらっていますもんね。町山さんからもね。

(町山智浩)だから今ね、ハリウッドはもう大スターはトム・クルーズしかいないですからね。今はスター時代じゃなくて、そういった日の当たらなかった人たちとアメコミヒーローの時代になってますけどね(笑)。

(赤江珠緒)なんかそう言われると、そうか。変わってきてますもんね。ほぼ60年前の『ウエスト・サイド物語』と実はほとんど変わってない。根本的な部分は。

(町山智浩)変わってないこともあれば、でもこれがまた映画になったということで変わってることもあるんですよね。

(赤江珠緒)日本でもね、ミュージカルでずっと再演されてますもんね。

(町山智浩)そうですね。もう既に人気のあるミュージカルなんですけどね。日本人キャストで『イン・ザ・ハイツ』、やってますよね。公開は7月30日からです。

(赤江珠緒)町山さんが言うようにね、曲がよさそうですね。

(町山智浩)すごくいいですよ。

(赤江珠緒)町山さん、ありがとうございました!

(町山智浩)どうもでした!

『イン・ザ・ハイツ』予告


<書き起こしおわり>

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