町山智浩 2025年版『スーパーマン』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年7月15日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でジェームズ・ガン監督の映画『スーパーマン』を紹介していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日はその『マーヴィーラン』と同じ日に公開されたアメリカ映画の紹介をしたいんですね。『スーパーマン』を紹介します。音楽、どうぞ!

(町山智浩)はい。もう聞いているだけでね、ものすごく勇気が出ませんか? これ、1977年の『スーパーマン』という映画のテーマ曲で。今回の2025年版のスーパーマンでもこれが使われてるんですけど。何度もスーパーマンは映画化され続けてるんですけども。今回のスーパーマン、先週公開されたんですけれども本当にすごい傑作だったんですよ。で、はっきり言うと映画としてはものすごくいびつで。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』と似ていて、本来あるべき導入部が存在しない映画なんですよ。

スーパーマンがボコボコにやられて、どん底に落ちたところから始まるんです。映画が始まると、スーパーマンは死にかけです。で、前半どうなったかとか、全部カットしちゃっていて。そこからスーパーマンが立ち上がるというとんでもない、構造の変な映画なんですけれども。これがね、本当に勇気ある映画で。これを今のトランプ政権のアメリカで公開したということの勇気もすごいですし。まあ今、大問題になってますけど。アメリカでこの映画が。

で、今こそ世界中の人が見なきゃならない映画になっていますね。というのは、『マーヴィーラン』は敵が実際の建築大臣だったんですけれども。今回のスーパーマンが戦う敵はやっぱり『マーヴィーラン』と同じで宇宙からの侵略者だとか、そんなんじゃないんですよ。今回の戦う相手はまず、独裁者に支配された……どう見てもロシアにしか見えない国がどう見てもパレスチナにしか見えない国を侵略してるんですよ。で、それをスーパーマン止めようとする話なんですね。

もう、モロですよ。だからよく、「こういう娯楽作品で政治のことをやるのはよくない」とか「政治を持ち込むな」とか。また、そういう映画を紹介したり、そういう音楽を紹介したりする時に「政治がらみで解説するな」っていう人がいっぱいいらっしゃっていてですね。ところが今回の『スーパーマン』は「モロに政治で行くからな!」っていう話なんですよ。「バッチリ政治で行くから、見とけよ!」っていう映画になっていて。

しかもね、その今、一番微妙なところをやっているわけですよ。っていうのはもうイスラエルがまあガザを、パレスチナの人たちを攻撃してるんですけど。アメリカ政府はそれを支援してるんですからね。トランプ大統領は「ガザを全部イスラエルが支配したら、そこに高級リゾート地を建てる」って言ってるんですからね。だからこれ、すごいのは昔からスーパーヒーロー物とか漫画っていうのは「ありもしない怪獣とか妖怪とかと戦っているよりも、もっと実際に戦争とか虐殺とか貧困とか、そういった問題と格闘した方がいいんじゃないの?」ってよく言われていたんですけど。

だから、たとえばベトナム戦争があった時。1960年代終わり。その頃、ゲゲゲの鬼太郎はベトナムに行ってるんですよ。で、ベトナム人のためにアメリカ軍と戦ってるんですよ。子泣きじじいとか砂かけばばと一緒に。

(町山智浩)そういうことを今回の『スーパーマン』はやってるわけですね。これはね、すごいんですけど。やっぱりね、うちのかみさんじゃないですけどスーパーマンにも恋人がいまして。ロイスという恋人がいて。今回、彼女はスーパーマンに「そういうこと、しない方がいいんじゃないの?」って言うんですよ。心配しちゃうんですよ。「あなたは戦争とか政治とか、そういうのにかからない方がいいんじゃないの?」スーパーマンに言うシーンがあるんですよ。そうすると、スーパーマンはこう言い返すんですよ。「だってさ、今、人が死んでるんだよ!」って言うんですよ。

本当にそうですから。今。で、「そんな状況で正義がどうこうとか、そういうのを無視して語れないでしょう?」って映画の中で、具体的にセリフで言っちゃうんですよ。これ、ちょっとメタですね。このへんは外側からちょっと視点があるんですけど。これはジェームズ・ガンという人が監督して脚本を書いてるんですが。僕、この人に25年ぐらい前、まだ売れない頃にインタビューしたことがあって。それからずっと彼の作品とかを追っかけてるんですけれども。今回はすごい勝負に出てるなと。

勝負に出たジェームズ・ガン監督

(町山智浩)で、もちろんその恋人が心配したみたいにスーパーマンはこの政治に関わったせいで大変な目に遭うんですよ。っていうのは、そのロシアみたいな侵略的な国を実は裏で支援していたのはレックス・ルーサーというテック系の大富豪なんですよ。これ最近、聞いたことあるような話ですよね? で、まあどう見てもイーロン・マスクなんですけど。で、彼はスーパーマンをやっつけようとしてですね、SNSの工作でスーパーマンをボロカスに炎上させるんですよ。これ、ドキュメンタリーみたいで。

これね、実はそのジェームズ・ガンという監督は1回、やられてるんですよ。この人、ジェームズ・ガンは2016年、トランプが第1期トランプ政権の前に選挙に出た時ですね、彼が「移民を追い出せ!」って言っていたからものすごくTwitterで叩いたんですね。ジェームズ・ガンは「そんなこと、やめろ1」って。そしたらトランプを支持するいわゆるネット右翼と言われている人がこのジェームズ・ガンが昔、やらかしちゃった非常にまあ、いろんな問題のあるツイートを掘り返したんですよ。まあ、これもよくあることですね。俺とかもよくあることですが。

で、それをやられてTBSさんは僕を処分しないですけど。このジェームズ・ガン監督はディズニーをクビになっちゃったんですよ。で、結構大変な事態になったんですけど、その体験をモロにスーパーマンに投影して。このスーパーマンはこのSNS工作でもう本当にひどい目に遭うんですが。その時、このレックス・ルーサーという悪人がスーパーマンを炎上させたのは「彼はエイリアンである」って言ったんですね。

で、エイリアンっていうとなんか変な怪物……すごい顔のやつなんかを思ったりするんですけど、エイリアンっていうのは本来は「よそ者」っていう意味なんですね。だから、日本語ではどういう風に字幕で翻訳されているかわかんないんですが。「エイリアン」っていうと「宇宙人」っていう意味もあれば「外国人」という意味もあるんですよ。

だから「あのスーパーマンってやつは外国人だ!」って言って。で、みんなが「あいつは売国奴だ!」とか「非国民だ!」って言ってスーパーマンを迫害するという展開になるんですけど。で、これに関してジェームズ・ガンは正式に記者会見とか公式の場でね、「今回の僕のスーパーマンの話は移民についての物語である。実はスーパーマンはもともと、移民の物語だったんだ」という風に話してるんですね。

スーパーマンはもともと移民の物語

(町山智浩)というのはこれ、スーパーマンっていうのは地球じゃないクリプトン星という星から、まあその星が滅びてしまって。それで赤ん坊の頃、地球に落ちてきた難民だったんですよ。もともと。で、地球に落ちてきているんで不法入国でもあるんですよ。税関を通ってないんでね。入管を通ってないんで不法移民なんですよ。スーパーマンはね。だからもともと1938年に漫画で書かれた時は原作者自身もユダヤ系の移民の2世だったし。で、まあアメリカってね、実は1900年ごろって人口はわずか5000万人しかいなかったんですけど。その後30年間でなんと2500万人もう移民が入ってきたんで。5000万人の人口に対して2500万人、移民が入ったんですよ。30年間で。

だから1930年代はアメリカの人口の1/3が移民1世か2世だったんです。それを背景にして『スーパーマン』というのはまさに移民の物語として読まれたんですよ。だからもともと、そうなんですけど。ところがこの『スーパーマン』が公開された時にジェームズ・ガンが……先週ですけども。もうトランプ支持者から大変な攻撃を受けてるんですよ。「これは完全に反トランプ映画である」と。

で、トランプが今ね、その非正規移民と言われている人たちを片っ端から犯罪者扱いして。1日3000人のノルマで逮捕してるんですよ。だから移民だっていう風に特定されなくても移民がいそうなところ……だからたとえば農家とかね。そういうところにバーッと襲撃して。ICEという移民取締局の武装した警察官が移民がいそうなところにバーッとヘリコプターとかで襲って片っ端から捕まえるっていうのをやってるんですよ。

1人、逃げようとして転落して死亡もしてます。これがね、とんでもない状況になってるんですけど。これがこの今回の『スーパーマン』の中では、なんとこの『スーパーマン』という今回の映画は去年、撮影したものなんですが。この現在のアメリカの状況が、本当にそのまま映像として描かれるんですよ。これ、予言だなと思って。まあ武装したICEみたいな、そのレックス・ルーサーが操っている兵隊たちが気に食わない奴らを片っ端から捕まえて収容所にぶち込んじゃうんですよ。スーパーマンもね。

それは今、本当にトランプのアメリカで起こっていることなんで。収容所を今、フロリダのワニがいっぱいいる沼の中に作ってるんですよ。これ、2025年とは思えないですよ。いつの話だと思いますよ。そういうことをやってるんで、まあ大変な事態になってるんですけども。これはね、こんなにこのジェームズ・ガンという監督が真っ正面から勝負するっていうのは大変なことだなと思いますね。

ものすごい覚悟を感じるんですけど。一番いいセリフがあって。スーパーマンが「エイリアン(よそ者)め!」って言われるんですが、スーパーマンはこう言い返すんですよ。「いや、みんなと同じ人間だよ」って言うんですよ。で、これをみんな、忘れてますよ。外国人がどうこうとか今、言っていて。日本も選挙ですよね。それで今、すごく大きな話題になっていて、アメリカでも報道されているんですが。

今回の選挙ではその外国人をどうしろ、こうしろっていうことが非常に大きななんというか、議題にされてるんですけれども。これ、すごく変でね。日本って外国人って人口の3%しかいないんですよ? それをどうこうしても、日本人の生活は何も変わらないですよ。全く影響ないんですけど。でも今、みんな苦しいですよね。世界的にもう本当にみんな、生活は苦しいんですけど。それをそのわずか3%しかいない外国人のせいにするっていうことで選挙を動かそうとしているというのは非常に……まあ、アメリカもそうなんですけども。日本は大変なことになっているわけですけれども。「でも、ちょっと待てよ。同じ人間だよ」って言ってるんですよ。このスーパーマンは。

これは本当に大事なことですよ。で、またスーパーマンは言うんですよ。「なんで人間なんだと思う? 僕は弱いからさ」って言うんですよ。だから、あのスタートなんです。弱さを強調してるんですよ、今回は。「ただの人間だよ。でもね、そこが僕の強みなんだ」って言うんですよ。なんでスーパーマンが「弱いが強みだ」って言ったかというと「だから僕は弱い人の気持ちがわかるんだ」っていうことですよ。「強いだけがヒーローじゃないんだ」っていう。あの『マーヴィーラン』もそういう話だったでしょう?

『マーヴィーラン』の主人公も漫画家でね。「このヒーロー漫画、どうやったら人気が出るんだろう? そうか。ヒーローは強いからヒーローではないんだ。困ってる人や弱い人を助けるからヒーローなんだ」っていうことに主人公は気づくんですよね。実は今回のスーパーマン、同時に公開なのにほとんどテーマンが同じなんですよ。すごく似てるでね、どういうことだろうと思って。話はどっちも真正面から政治だしね。

これ、今までは比喩でやってきたようなことを直接、言わなければもうわかんない人たちがあまりにも多すぎるから。だからもうはっきりと「戦争と政治と差別の話ですよ!」って映画の中でも言って。しかも、監督までもがちゃんと記者会見で言うという、すごい事態になってるんですけど。あまりにもわからない人が多いんでね。でもね、この映画はコメディですよ!

ジェームズ・ガン監督、もともとコメディの人なんで。ギャグをぶち込んでいくんですけども。たとえばね、スーパーマンは誰も区別しないし。よく「差別じゃない。区別だ」みたいなことを言う人はいるんですが、彼は区別もしないんですよ。で、排除しない。絶対に切り捨てない。そのトロッコ問題とかでね、人を切り捨てて誰かを救うなんてしない。全部救うんですよ。で、全部を救うので「えっ、それまで救うの?」っていうシーンが出てくるんですよ。

「マジ? それを救う?」っていうのが出てきて、映画館でそこ、爆笑しましたよ。超かわいいシーンなんてね、期待してほしいんですけど。でね、これね、ジェームズ・ガンがもともと、パンクバンドをやってた人なんですよ。パンクロックの。で、自分をスーパーマンに重ねすぎていて、スーパーマンもパンクロックのファンっていうことになってるんですね。

パンクロックファンのスーパーマン

(町山智浩)で、、実家に行くとパンクロックのバンドのポスターが貼ってるんですけど。それはジェームズ・ガンがバンドをやっていた頃の写真だったりするんですけど(笑)。それでね、恋人のロイスがジェームズ・ガンの実家のようなスーパーマンの実家に行ってね。で、「あなたはね、なんでも救うとかやってるけれども。すべての人間も、あとすべての動物もみんな、本当に美しいってあなた、信じてるでしょう?」ってスーパーマンに言うんですよ。「あんた、その理想主義はあまりにも子供っぽいよ?」っていう言い方で呆れて言うんですね。

するとスーパーマンはね、こういう風に言い返すんですよ。「それはそれこそが本当のパンクロックだと思うからさ!」って言うんですよ。パンクロックっていうのは体制とかに反逆する歌なんですけど。今、そうやって優しいことがすごく立場がない世界じゃないですか。で、今回、この『スーパーマン』の中でセリフでね、こういうのが出てきて。「リベラルだろうと保守だろうと、差別だけはダメだろう?」っていうセリフが出てくるんですよ。でも、そのはずなのに今、全然OKになってるじゃないですか。ねえ。

そういう人が票を集める選挙になっちゃっているじゃないですか。差別をすればするほど。だから今はね、「優しいことこそが最大の反逆でパンクなんだ」ってことを言ってる映画なんですよ。というね、素晴らしい映画なんですが。実はこのジェームズ・ガン監督と25年ぐらい前に知り合ってですね。彼の全作品を研究した本を2年前に出しているんですね。それは『町山智浩のアメリカスーパーヒーロー映画 徹底解剖』っていうタイトルなんですけど。それを読むと今回のスーパーマンが何倍も面白くなるはずなんで。リスナーの皆様、5名様にプレゼントします!

『スーパーマン』予告編

アメリカ流れ者『スーパーマン』

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