町山智浩『マーヴィーラン 伝説の勇者』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年7月8日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『マーヴィーラン 伝説の勇者』を紹介していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日はですね、今週11日の金曜日に公開されるインド映画でですね、『マーヴィーラン 伝説の勇者』という映画をご紹介します。

(曲が流れる)

(町山智浩)リズムがいいですね。インド映画っていう感じの。これ、『マーヴィーラン 伝説の勇者』という映画、マーヴィーランというのはスーパーヒーローなんですね。で、悪い敵と戦って美しいお姫様を救い出すみたいな漫画の主人公なんですが。この映画はその漫画を描いている漫画家さんの話です。

新聞漫画で、なんか60年前から続いてるっていう古くさい漫画を描いてる人がいて。で、主人公はまあ要するに神話的な世界に生きている漫画なんですね。そのマーヴィーランっていうのは。それを現代のチェンナイという南インドの大都市で描いてる漫画家が主人公です。サティヤっていう名前なんですが。彼はイケメンなんですけど、ものすごくものすごく気の弱い、引っ込み思案で。『顔を捨てた男』の主人公みたいな感じの人なんですね。

ウルトラおとなしい、最強におとなしい人なんですけど。で、まあ貧乏で、漫画家はやってるんですけど売れなくてね。で、お父さんはいなくて。お母さんと妹を抱えて貧乏長屋で暮らしてるんですが。まあ、地上げをかけられるんですよ。で、すごく嫌がらせを受けて。それは州政府が地上げをしていて。そこを再開発するんで。でっかいビルを建てるということでね。

で、彼らを無理やり追い出すんですが、追い出された先がですね、政府が用意した公営住宅で。それがタワマンなんですよ。すごいタワマンなんですよ。で、「わあ!」って最初、嬉しいからみんなでその200人ぐらいのその貧乏長屋から強制退去させられた人たちが「タワマンだ! イエーイ!」ってみんなで踊ります。インド映画ですから(笑)。大群舞します。インド映画なのではとりあえず歌って踊るわけですけど。

ところがね、そのタワマンは住んでみたらひどいところでね。もう、はりぼてなんですよ。壁とかもスカスカなんです。で、水もガスも電気も途絶えちゃうし。20階ぐらいの高さなのにエレベーター動かないから大変なんですよ。で、水を汲んで階段を登らなきゃいけないんですよ。だから。

で、「これはひどい!」って言って政府に文句を言うんですが。そこを開発した住宅大臣は実はそのタワマンの建設会社もやっていて。で、資材費を中抜きしていてですね。税金をもらってるのにね。で、中抜きした分でスカスカのタワマンにしちゃったっていう話なんですけど。

で、まあひどい目に遭い続ける主人公サティヤなんですが、何があっても怒りません。で、お母さんとかはすごく怒って。「これはもう、抗議しなきゃ!」って言うんですけど。「抗議とか、やめようね、お母さん。お上のやること、政府さんのやることには絶対に逆らわないようにしようよ。もう階段、登ればいいじゃん。俺が水をくみに行くよ」みたいな感じで、もうとにかく権力に徹底的に迎合します。もうパワフルなまでに迎合していきます。で、絶対に逆らわないんですけどまあ、やってるうちにお母さんは地元を仕切っているヤクザに殴られたりね。かわいい妹も襲われそうになるんです。

でも、何もできない自分を漫画で解消しようとします。彼の漫画は人気がなくなっていくんですよ。そんな神話みたいな漫画を今頃、書いているから。で、「そうじゃない。これは本当のヒーローじゃない。ヒーローというのはお姫様を助けたりするんじゃなくて、困ってる人を助けるのが本当のヒーローなんだ」ってこの漫画家サティヤくんは目覚めます。で、漫画の中だけ、地上げの話になります。

神話から地上げの話になります。自分のことを書いて。もうこれ、コメディですからね。神話的世界なんですが、地上げの話になって。住民たちがひどい家に引っ越しさせられて苦しむんですけど、主人公のマーヴィーランが彼らのために悪いやつと戦うっていう漫画を書くんですよ。で、すごい人気が出てくるんですよ。でも、ところがその新聞社っていうのは上の方で政権とつながってるわけですよ。で、圧力がかかって、漫画も連載中止になります。

という、「えっ、なんか日本の話じゃないの?」とかいう気がすごいするわけですけど。どう見ても日本の話なんですが。もう日本でもしょっちゅういろんなところで起きている話ですけども。でもね、この主人公サティヤくん、何があっても「なにも逆らいません。抗議活動とか政治運動はしません」っていう。で、どうしてかというと彼のお父さんが実はそういう人だったんです。戦ってた人なんです。で、困ってる人たちのために政治的な運動をしてたんですけど、殺されちゃったんですよ。

で、それから怖くてですね、彼はそういうことができなくて。政治のことを考えないようにして生きているという話なんです。この映画はすごくて。映画が始まる前に「この映画は政治的な内容である政党とか政治家が出てきますが、現実の政治家や政党とは一切関係ありません」ってただし書きが出るんですよ。でも、そういうのを出せば出すほど、ねえ(笑)。「政治批判ですよ」って言っているようなね。

でもね、この彼はとにかくあまりにも卑屈で政治に逆らわないんで。とうとうもう最終的に死ぬしかないようなどん底に追い詰められていっちゃうんですよ。逆らわなかったために。どんどんどんどん譲歩していったんで、全てを失ってもう何もなくなっちゃうんですね。そこで、彼が描いた漫画マーヴィーランの声が天から降りてくるんです。ここからやっと本編なんですけど、ここまで1時間ぐらいかかるんです。この映画、3時間ぐらいあるんで。やっと主人公のところにヒーローの声が降りてくるまでで1時間以上かかってるんですけど。

で、「お前はヒーローにならなきゃいけないんだ。民衆のために、困ってる人たちのために戦え!」って言われるんですけど、そう言われてもこの人、「俺は嫌だ。怖い」って言い続けるですよ。俺、「どうすんの、これ? 1時間経ってるのに彼、まだヒーローになりたがってないぞ?」と思って。「何やってんだ?」と思ったんですけど。そこでまあ、ヤクザに囲まれるわけですよ。政治家が差し向けたヤクザに。何十人ものヤクザ、要するに建設資材とか鉄パイプとかを持ってるヤクザが襲ってくるんですよ。それでも彼はね、「ごめんなさい、すみません。僕は何もしません」って言い続けるんですが、「ごめんなさい」って言いながらお辞儀をして、それで頭突きをバーン!って。「やめてください!」って言うなら手で払ったら、それで相手がぶっ飛ぶ。

「ごめんなさい、すいません!」ってひたすら謝りながら、敵をバンバン、次から次にバッタバッタとなぎ倒していきます。一番怖いですよ。で、バーンってやって相手がのたうち回っていると、「ああ、ごめんなさい。痛かったですか? 大丈夫ですか?」とか言うんですけど。

謝りながら相手をボコボコにする

(町山智浩)俺、こんなの初めて見ましたよ。で、爆笑するんですけど。もう謝りながら敵を全部、全滅させるんですけど。だからそれがあったもんだからその後、ヤクザは彼が「ごめんなさい」って言うと、その「ごめんなさい」って言われただけでビクッとして。もう最強の「ごめんなさい」なんですけど。なんていうか、史上最強のヘタレというかね、史上最強の弱虫なんですよ。で、彼はね、天から要するに「ヒーローになれ」って声が降りてくるたびにね、そうすると聞きたくないから。怖いから。「聞きたくない! ワーワーワー!」とか言って、天からの声を聞かないようにしたりするんですけど。「お前は子供か!」と思いましたけど。そういうまあ、バカ映画なんですが。はっきり言って。でもこの映画、実は深いところがあって。もうさっきから深いところ、かなり踏み込んでますけど。

まず、そのタワマン云々っていうのは本当の話なんですよ。チェンナイに限らず今、インドはそのGDPがね、今年には日本を超えますよね。世界中のいろんな生産、特にIT系がインドに集中していて。まあハブになってるんですよ。で、特にアメリカのITなんて夕方にインドに発注して、インドはそこから昼間だからインドで仕事して。その仕事結果を受けて、朝からやるって感じで完全に24時間回る感じになってるんですよね。インドと連携して。だからものすごいお金がなだれ込んでいて、仕事があるからそこら中に超高層ビルが建ちまくってるんですよ。で、まあそうなれば利権を……っていう話になっちゃうんで。実際に起こっている問題なんですね。

で、これはすごいバカバカしい漫画映画なんだけど。ヒーロー物なんですけど。テーマは政治だしね。政治への無関心というものがどんどんと本人を追い詰めてしまって。最初、自分の生活を守るために、「ただ静かに生活したいから政治には関わらない」と主人公は言ってるんですけど。そうすると、どんどんどんどん追い詰められていって。いろんなものを奪われていってしまうんですよ。権利を。これとかもリアルですよね。でね、しかもその悪い政治家……まあ、その大開発大臣は政治的にはものすごく強いんですよ。ものすごいプロパガンダと宣伝がうまいんです。

何も考えてないと「この人、いい政治家だな」って思っちゃうようになっているんですよ。自分たちの生活が実は苦しめられてるんだけれども、その祭り的なプロパガンダに巻き込まれてしまって。自分自身を苦しめるような投票をしちゃうんです。この映画の中でね。で、とにかく宣伝をして、宣伝費をものすごくかけているんで。この政治家は。まあ、その政治ポスターを貼ってる人が一言、こう言うんですよ。

「これだけ宣伝費があるんだったら、貧乏な人のための家ぐらい何軒でも建てられるだろう」って言うんですけど。まさに、そういうことなんですよね。はい。これ、日本で起こっていることのように聞こえますが、インドですよ? 実際に困っている人のためにお金を使うよりも、宣伝にお金を使った方が票が集まるんです。という話ですが、コメディですよ? 本当にバカバカしいコメディですよ。もうずっと笑って見てましたけど。

でも、ゾッとするような内容でもあるんですよ。で、あまりにも彼、サティヤくんが政治と立ち向かわないもんだから、もうマーヴィーランも途中で彼を見限ってしまいます。そこから、彼が本当に自分自身で正義に目覚めていくんですよ。これね、泣きますよ。結構。最初、笑ってるんですけど。「くだらねー!」って笑ってましたけど。最後は泣きました。いい映画でした。

これ、インド映画だから3時間かけて全部ぶち込むんですね。歌あり、笑いあり、踊りあり、政治あり、感動あり、涙あり……「全部入れました。でも3時間になっちゃいました」っていう。2時間40分ですけど。これ、どっかにいいところは必ずありますよっていうことでもあるんですが。ちゃんとアクションシーンもすごいですしね。さっき言った「ごめんなさい拳法」が結構すごいですね(笑)。

「ごめんなさい」って言いながら相手をボコボコにするんですから。これはね、「お子さんは真似しないように」ってね、下に出るべきなんですよ。この映画、すごく変なのはね、登場人物がタバコを吸ったり、お酒を飲んだりすると「タバコは体に悪いです」「お酒は大人になってから」っていう注意書きが出るんですよ。そのシーンにいちいち全部、出ます。これ、なんか法律かなんかで決まってるのかなと思ったんですけど。ただね、人をボコボコに殴ったりしてもね、「家ではやらないように」って出ないんで。「殴るのはいいのかよ?」と思いましたけど(笑)。

これね、ちょうど同じ日にね、ハリウッド製の『スーパーマン』も公開されるんですよね。面白いんですよ。インドとハリウッドのスーパーヒーローの対決になってるんですけど。これね、『スーパーマン』の方の監督がジェームズ・ガンっていって。『スーパーマン』、最近の映画って全部、失敗してるんですよ。うまくいかないんですよ。客が入らなくて。それで「原点に立ち戻る。スーパーヒーローとはなぜヒーローなのか? それは強いからじゃないんだ。困ってる人を助けるからなんだ」という。そこに立ち戻って作るって言ってるんで、ものすごく期待してるんですよ。まだアメリカでも見た人、ほとんどいないんですけど。全世界同時公開なんで。この『マーヴィーラン』もそこの話なんで。

弱っている人、困っている人を助けるのが政治とスーパーヒーローの仕事

(町山智浩)まあ、政治もそうですけど。政治もスーパーヒーローも仕事は一番困ってる人、一番弱い人を助けることなんです。ところが今の日本の政治、新しい政党って全部、そういう人たちを排除することを売りにして。それでそれに喜んでついてくるやつらがいる。困ってる人とか、外国人とか、生活保護を受けてる人とかを排除していくというのが日本の政治の売りになってるのはもう投票するやつも、それを売りにしてるやつもみんな、このマーヴィーランにごめんなさい拳法でボコボコにされればいいと思います。という感じで2本、スーパーヒーロー物が7月11日に公開されるんですが。どっちも最高だと思います!

『マーウィーラン 伝説の勇者』予告

アメリカ流れ者『マーウィーラン 伝説の勇者』

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