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ZEEBRAとDJ YANATAKE オオスミタケシ(Big-O)を追悼する

ZEEBRAとDJ YANATAKE オオスミタケシ(Big-O)を追悼する WREP
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ZEEBRAさんとDJ YANATAKEさんが2021年2月4日放送のWREP『Zeebra’s LUNCHTIME BREAKS』の中でヒップホップグループSHAKKAZOMBIEとしても活躍したデザイナー、オオスミタケシさんを追悼していました。

(ZEEBRA)そして本日、毎週木曜日は「スクール・オブ・ヒップホップ」と題しましてヒップホップの歴史をいろいろ紐解いているんですけれども。昨日の番組でも発表いたしましたけれども。Big-Oが亡くなったということで。今日はですねスペシャルということで。自分とヤナタケさんとダブルキャストでお送りいたします。おはようございます。

(DJ YANATAKE)ヤナタケです。おはようございます。

(ZEEBRA)まあ、タケシはちょっと前から聞いてたっていうことだったんだけど。昨日、一応公式な発表がありまして。本当に今もね、ちらっとTwitterを見たら、MEGA-GのリツイートでBuddhaMafiaRadioShowのシャカの2人の写真がいきなり一番上に出てくるぐらい。まあとにかく今、ヒップホップシーンは喪に服してるというか。そういうモードになってると思うんですけれども。

今日はせっかくなので、木曜日の特集の日なので。Big-O特集をやれたらなということで。ちょっと……本当にヤナタケはね、公私ともにやってきたと思うんで。いろいろお話を聞かせてもらえたらなということで。今日は私とヤナタケの2人で。ダブルキャストでお送りいたします。あと、ここ数日はクラブハウスの方でもテスト配信をしておりますので。そちらで聞いてる方、おはようございます。

(中略)

(ZEEBRA)ということで、今日はちょっと他じゃ聞けない音源も用意してくれているということで。それはなんですか?

(DJ YANATAKE)はい。いろいろと……説明の順番は難しいんですけども。いろいろ、付き合いも長かったので。いろんなものが家に残っていて。たぶんというか、俺がカセットテープで持ってるだけなんで初出しの秘蔵ライブ音源というか(笑)。

(ZEEBRA)すごいのがありますね、これ。ハーレムでのライブ?

(DJ YANATAKE)そうですね。ハーレムのライブで。僕がたまたまDJやったんですけど。すげえ失敗とかしているはずなんですけども(笑)。で、DEV LARGEとオオスミのライブっていうのがあって。

(ZEEBRA)これ、すごいじゃないですか。もう2人とも、今やもう絶対にライブが聞けない2人となってしまったので。

(DJ YANATAKE)1997年ですね。

(ZEEBRA)いい時代でございます。

(DJ YANATAKE)なのでそれを昨日、朝5時ぐらいまでかけて。カセットテープをデータ化してきたので。クラブハウスをやってるうちはかけないんですけど。みんな、WREPで聞いてもらえれば、あとで流しますので。

(ZEEBRA)クラブハウスは最初の10分、15分ぐらいなので。それが終わってからになってしまうので。どうしても聞きたいという方はサイト、もしくはWREPのオリジナルアプリの方を、もちろんフリーですので。ダウンロードしていただけたらなという風に思っております。

(DJ YANATAKE)それで、ひょっとしたらね、オオスミのことを知らないという人もいるかもしれないので、少し話したいんですけど。元々はSHAKKAZOMBIEっていうラップグループで。3人組ですね。オオスミ……Big-Oって言っていましたけども。ラッパーネームは。あと、HIDE BOWIE。その2MCでDJがTSUTCHIEという。音を作っていたりして。だけど、そのうちライブDJをDJ HAZIMEがやるようになったりするんですけども。さんぴんCAMPより前なので、デビューはたぶん95年ぐらいなのかな?

(ZEEBRA)たぶんそのぐらいだったと思う。うん。

(DJ YANATAKE)そうですよね。デビューして。さんぴんCAMPにはもちろん出演していたし。BUDDHA BRANDと「大神」っていうユニットを組んだと言うか、まあそのさんぴんCAMPのために作ったようなものですけども。1曲、『大怪我』っていうのを出したりとか。

大神『大怪我』

(DJ YANATAKE)ヒップホップでもすごい人気があったグループで。僕、ちょいちょいWREPでも最近もかけていたんですけど。なんか日本語ラップの歴史を語る時にSHAKKAZOMBIEってあんまり文脈として語られないことが多くて。「それはなんでなんだろう?」ってすごいずっと思ってたんで。「もっとSHAKKAZOMBIE、いい曲がいっぱいあるのにな……」って思っていたんですよ。すごい人気、ありましたよね?

(ZEEBRA)もちろん。超人気だったですよ。

(DJ YANATAKE)ワンマンとかツアーとかもバンバンやってたので。

(ZEEBRA)そうだな。俺のオオスミの一番初めの印象は雑誌とかに「ファット・ジョー大澄」って名前で(笑)。

(DJ YANATAKE)それ、みんな言いますね(笑)。

(ZEEBRA)そういうので出ていたっていう。本当、だからあの頃ね、あんなにでっかいやつ、いなかったからね。ヒップホップシーンの中で。

(DJ YANATAKE)そうですね。『Fine』っていう雑誌の「街で見かけた人」みたいな感じで。そういう名前で出てたりとかしたのがいまだになんかSNSでみんな回していたりしましたけども。

(DJ YANATAKE)で、後にラップグループ……SHAKKAZOMBIEもやりながらスワッガー(SWAGGER)っていうストリートブランドを作って。それがいきなり結構当たるんですよね。で、もう東京およびそれが世界中のラッパーに届くぐらいまでのヒットアパレルブランドになり。さらにオオスミ個人としてフェノメノン(PHENOMENON)っていうのまた違うラインのも作ったりとかして。ファッション界でもかなり……。

(ZEEBRA)というか、日本でいわゆる元ラッパーというか。ラッパーでファッションでこれだけ……あそこまで成功した、たぶん一番のトップじゃない? もちろんね、ナイトレイドだとかもすごかったと思うけども。世界的にすごかったっていうか。ハイファッションの人たちまで当たり前のように注目してたというか。

(DJ YANATAKE)そうですね。スワッガーは結構海外のラッパーが……ルーペ・フィアスコしかり。昨日、ルーペ・フィアスコも追悼のインスタグラムとかいっぱいポストしてましたけど。

(ZEEBRA)素晴らしい。

(DJ YANATAKE)海外のラッパー来るとみんなスワッガーの店に来たりとか。それでもう1個、フェノメノンはね、東京コレクションとかね、コレクションブランドになりましたので。そういったところもあれでしたし。で、そのスワッガー、フェノメノンをやめた後、現在までもミスター・ジェントルメン(MISTER GENTLEMAN)」っていう現行のブランドがありますけども。それのデザイナーとしても活躍していた最中という感じですよね。

(ZEEBRA)上海にもお店がオープンとかね。

(DJ YANATAKE)あとMCMとのコラボとかね。

(ZEEBRA)MCMとのコラボ、とにかくすごかったなっていう。

(DJ YANATAKE)また最近、復活してやってたんですよ。

(ZEEBRA)ああ、それも見ました。まあ、そんな話もいろいろしながら。お洋服の話は特にヤナタケさんにもいろいろしてもらいたいんですけれども。とりあえず1曲、行ってみますか?

(DJ YANATAKE)そうですね。これはたぶん生きてるうちにかけたら怒られたと思うんで。もう、かけましょう。僕、本当にそうですね。ざっくばらんな口調でしゃべっていますけども。本当に数少ない「親友」と言える男で。もう一時、何年もですけども。本当に家も近くて。毎日一緒に遊んでたんですよね。なんで、でも出会ったのはちょうどこの曲が出た時かなということで。一番最初の、これがデビュー曲という感じになりますかね。行ってみたいと思います。SHAKKAZOMBIEで『SHAKKATTACK』。

SHAKKAZOMBIE『SHAKKATTACK』

(ZEEBRA)SHAKKAZOMBIEで『SHAKKATTACK』でした。feat. Kuro Ovi。これ、ビートはクボタタケシですよね。そんな感じで、こちらがデビュー曲?

(DJ YANATAKE)そうですね。ナチュラルファンデーションというですね、ナオヒロック&スズキスムースっていう人たちとか、それぐらいしか出てないのかな? あともう1枚ぐらい出ていたかな? そういうレーベルがあって。リトル・バード・ネイション寄りっていう感じかな。で、SHAKKAZOMBIEってたしか名付け親もKuro Oviさん。キミドリの石黒くんなんですよ。たしか。で、HIDE BOWIEもいるんで、こんなのかけていたら怒られるかもしれないけど(笑)。

まあまあ、でもこれでナチュラルファンデーションというところからデビューしたのが最初で。僕はね、それでその当時、CISCOっていうレコード屋で働いてたんで。これを出して時にお店にたぶん来て。それで紹介してもらって友達になったと思うんですけど。ZEEBRAくんは最初とか印象は?

(ZEEBRA)俺はね、どこだろうな。でもね、たぶんね、このリリースされた時にはもう完全に「ああ、あの! ファット・ジョー大澄っていうやつがこのグループのやつなんだ!」っていう感じで。

(DJ YANATAKE)現場では見かけてたみたいな?

(ZEEBRA)そうそうそう。だって目立つじゃない? やっぱり。もう100メートル先から見てもわかるからさ。だから目立っていたし、そういう感覚で「あっ!」って。それでたぶんね、なんか、誰かからの紹介とかではなく、俺が話しかけたのか、オオスミが話しかけてくれたのか。そんなような感じだったような気がする。なんか、とにかく当時ってやっぱり「いいラッパーと知り合いたい」っていう。こっちもね。

(DJ YANATAKE)まあプレイヤーが少なかったですもんね。やっている側も。

(ZEEBRA)そう。本当に少なかったから。何て言うのかな? いい意味でもちろんライバルではあるんだけれども。なんかやっぱり日本のヒップホップシーンというものがどんどんこう良くなっていくことが嬉しくてしょうがないみたいな。だから、やっぱり上手いラッパーとは出会いたい、みたいな。そういうのもあったから。で、またあとはね、とにかくオオスミの人柄ですよ。みんな言ってるけど。あんなに人あたりのいいやつ、当時はあんまりいなかったし。

(DJ YANATAKE)フフフ、ニコニコしていたからね。

(ZEEBRA)当時はみんな「まずは斜に構えて……」みたいな雰囲気であったから。そういう意味ではね、はじめからすごい「よろしくー!」みたいな感じで。なんかいい雰囲気だったなっていう印象がありますけれどね。でも確実にあれはレコ村ですよ。レコ村ってあのへんのね……。

(DJ YANATAKE)渋谷の宇田川町ですね。今でいうと東急ハンズの裏で。

(ZEEBRA)マンハッタンレコードとかがね、あるところですけども。あそこには当時、CISCOもあって、タワーレコードもあって。なんで、とにかくよく……みんな、昼間はとにかくあそこに行く。本当そんな感じだったですよね。

いつも渋谷・レコ村にいた

(DJ YANATAKE)これもよく本当に言ってるんですけど。MUROくんは別格すぎるんですけども。SHAKKAZOMBIEとNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDは本当に毎日いたんですよ。レコード屋さんに。それはなんでか?って言うと、とにかくやっぱり音楽が好きだから、音楽を聞きたいけども、インターネットとか今みたいなYouTubeとかもないし。サブスクがあるわけもないし。で、お金も全然ないから。「とにかく曲を聞きたい」っていうことで……。

(ZEEBRA)レコ屋に行ってレコ屋でかかっているのを聞く。

(DJ YANATAKE)そうそう。で、オオスミなんか、来すぎていて。CISCOのバイトでも何でもないのに、オオスミ専用のロッカーができたり(笑)。みんなとも仲良くなっちゃって。休憩室が別の階にあったんですよ。そこにいて、中華料理屋の出前を取って食ったりしていましたから。それぐらい、毎日いたの(笑)。

(ZEEBRA)ほとんど店員ね(笑)。そうかそうか。

(DJ YANATAKE)でもそれぐらいいろんなジャンルを超えて仲良くする人だったし。もちろんヒップホップが一番好きだったんだと思うけど、後に……ファッション系の人とかはわかると思うけど。なんでも聞くんですよ。本当のミュージックラバーというか。で、幅広くて。でも浅くはないっていうか。全部すごいちゃんと聞いていくっていうか。

(ZEEBRA)あれだよね。HIDE BOWIEはバンドやってたりとかしてたんだよね。

(DJ YANATAKE)オオスミもやっていたんじゃないのかな? なんかでも、ロックの方面の人たちと後にバンド編成でやったりしてたとか。そういうのもあったし。フェノメノンとかやることはそういう、DEXPISTOLSとか。特にDARUMAくんとかあのへんともすごい仲が良くて。フレンチエレクトロとかを日本でワーッとさせるのにも一役買っていたと思うし。だって『Fire』とか……ああいうのの流れ、最初はDARUMAとかオオスミとかが作ったような流れとか、あるんじゃないかなと思うし。

(ZEEBRA)そうだね。フィーチャリングされた曲もあったよね。

(DJ YANATAKE)そうですね。テキ・ラテックスっていう体の大きいフランスのラッパーとか。それとかすごい交流を持ってやっていましたよね。

(ZEEBRA)うんうん。本当にいろんなことを今日はいっぱい話したいんですけども。とりあえず1回、クラブハウスの方はそろそろ終了させていただいて。ここから先、先ほども言ったようにハーレムでのDEV LARGEとの貴重なライブ音源とか、こちらの方はWREPの方で聞いていただけたらなと思いますので。サイト、WREPのオリジナルアプリをダウンロードしていただいて聞いていただけたらと思います。

(DJ YANATAKE)今日しかかけないでね。そちらで聞いてください。ZEEBRAくん、なんか思い出ってないんですか?

(ZEEBRA)俺ね、さっき言った、俺のアンテナ……なんていうか、難しいんだけど。ほら、プレイヤーも少なかったから。本当に上手いラッパーと頑張ってるラッパーと。まあみんな好きだったし、仲が良かったんだけど。やっぱり上手いラッパーっていうのは俺はちょっと希少だったと思うんですよ。そこで本当にオオスミはその1人。もう一聴してピッチがいいし。一聴して……たとえばさっきの『SHAKKATTACK』を聞いていても、当時のホラーコア感みたいなのとか。っていうか、ホラーコア感をすごくちゃんと表現できていた数少ないラッパーだよね。ある意味。特に初めの頃のシャカの曲たちはすごい……。

(DJ YANATAKE)名前も「SHAKKAZOMBIE」ですしね。

(ZEEBRA)まあ、モロですね(笑)。ということで、そのホラーコア感、やっぱりあの曲がすごい出てると思うんですよ。カッティングエッジからデビューなさった。ぜひかけていただけたらと思います。

(DJ YANATAKE)そうですね。SHAKKAZOMBIEの大きなステップになった……カッティングエッジっていうエイベックスの中にできたヒップホップレーベルっていうんですかね? ECD、YOU THE ROCK★、BUDDHA BRAND、さんぴんCAMPのサントラとかもそうですが。

(ZEEBRA)こっちゃん(K DUB SHINE)もいましたけども。

(DJ YANATAKE)そうですね。で、SHAKKAZOMBIEもこのシングルからカッティングエッジでデビューしたっていうことで。これを引っさげてさんぴんCAMPみたいな感じだったから。という感じで、行ってみたいと思います。SHAKKAZOMBIEで『手のひらを太陽に』。

SHAKKAZOMBIE『手のひらを太陽に』

(ZEEBRA)はい。聞いていただきました。SHAKKAZOMBIEで『手のひらを太陽に』。これは、オケ的にも全体的に曲としてすごいクオリティーが高いなって最初に聞いた時は思ったな。うん。ちょっとね、今日いろんな話もしたいんですけども。時間もあんまりない中で……やっぱり時代を追っていくとね、俺はさっきのCISCOの話ですげえ覚えてるのが、ほら。インターネットがないから、みんながレコ屋に行って音を聞いてた。それもそうですけど、俺がすげえ覚えてるのが、『共に行こう』のリミクスのPV。CISCO、テレビ出してかけてたでしょう? 映像を。

(DJ YANATAKE)ああ、かもしれないですね。僕が働いていたレコード屋さんのテレビでミュージックビデオをずっと流すみたいな。やっていたかも。

(ZEEBRA)そうそう。「ああ、なんかすげえな」と思って。なんていうか、やっぱりいい意味で手作りな時代だよね。本当に(笑)。

(DJ YANATAKE)たしかにそうですね。そういうのを見たかったら、そういうところに行くしかないもんね。

(ZEEBRA)俺、そのへんのことってあんまり詳しく聞いたことないんだけども。あの曲ってまさにNITROの前身のメンバーが結構参加してる曲だったじゃないですか。あそこの流れってどうやってなったの?

(DJ YANATAKE)あれは、オオスミと僕、だから毎日ご飯を食べていて。たぶんね、龍宮っていう原宿にSHAKKAZOMBIEが店長をやっていた居酒屋が……。

(ZEEBRA)ああ、そうだ! その話もしたかった!

(DJ YANATAKE)いろんな話があって。1時間では全然足りないんだけども(笑)。居酒屋があって。いつも、僕はレコード屋の最新情報みたいなのを話すんですよ。で、僕の記憶がたしかならば、SWVっていうR&Bグループの『You’re The One』っていう曲のラッパーが参加したリミックスがあるんですよ。で、サビだけSWVが歌っていて。あとは全部ラッパーが歌っているんですよ、たしか。で、それがだから新しかった。本人たちのリミックスなのに……。

(ZEEBRA)本人たちのバースがない?

(DJ YANATAKE)そうそう! で、そんな話をしていたら「ああ、それはおもろいかも!」っていう話になって。だからあれ、リミックスはSHAKKAZOMBIEはサビだけなんですよ。

(ZEEBRA)で、参加メンバーがGORE-TEX、SUIKEN、DABO、MACKA-CHINということで。

(DJ YANATAKE)なんかそんな記憶が……たぶん。

(ZEEBRA)俺、当時ね、NITROのメンバーはこれ、97年だから。ちょうどさんぴんCAMPの次の年っていうことなのかな? なんですけども。やっぱりさんぴんの時にこのへんのメンツはMUROくんのステージに一緒に上がったりしていた感じじゃない? だからMUROくんの後輩みたいな、そういう印象。K.O.D.Pとか。そういう印象だったんだけども。で、なんか、そういうメンツがすげえ光を当ててもらっているというか。いい意味で。俺はそれも、さっきの話じゃないけども。やっぱりかっこいいラッパーがどんどん出てくることが嬉しかった俺としては、あのビデオもすげえ嬉しくて。で、なんかちゃんと鳥取砂丘かなんかで撮っていてさ。すげえしっかりできていたなっていう。

『共に行こう』Remix

(DJ YANATAKE)だからNITROはSHAKAZOMBIE HEROがフックアップしたっていうのもかなり大きいと思いますよ。そういう意味では。

(ZEEBRA)だよね。たぶんね。だからそう考えるとさ、さっき一瞬ナイトレイドの話が出たけども。なんかそこ、すごいね。

(DJ YANATAKE)まあね。オオスミたちがやってるところがかなり影響を与えたっていうのは間違いなくあると思いますよね。うん。

(ZEEBRA)本当、なんか二大ファッション巨塔みたいなところですからね。ヒップホップ界のね。

(DJ YANATAKE)で、ZEEBRAくん的にTwitterとかインスタとかもあれでしたけども。ZEEBRAくんの武道館公演の時にオオスミが衣装を?

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