麒麟・川島『ホームレス中学生』と暗黒時代を語る

麒麟・川島『ホームレス中学生』と暗黒時代を語る 佐久間宣行のオールナイトニッポン0

麒麟・川島さんが2020年12月16日放送のニッポン放送『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』に出演。佐久間宣行さんと相方の田村さんの『ホームレス中学生』がバカ売れして訪れた暗黒時代について話していました。

(佐久間宣行)この間、『あちこちオードリー』に来てくれた時にはほんのちょっと聞いて、もっと聞いてみたかったのは川島さんってさ、M-1でバーンと出たみたいな。2000……?

(川島明)2001年。第一回です。

(佐久間宣行)おいくつでしたっけ?

(川島明)22歳です。

(佐久間宣行)22歳でバーン!って出て。そっから、地獄だったっていう?

(川島明)まあまあ、2001年で松本人志さんが「俺はおもろいコンビだと思いますけどね」みたいな。あんまり今ほど人を褒めなかった時の松本さんが「いや、今までで一番よかったですけどね」みたいな。まあ、それでも点数でいったら75点なんですけど。でも、同じ年にチュートリアルさんに50点とか付けてましたからね。それぐらいギンギンにもう……。

(佐久間宣行)頭のM-1の空気感はヤバかったですよね。

(川島明)真っ暗なんですよ! いや、ホンマに……見てください。2004年かな? アンタッチャブルさんとかが優勝した時にセットが変わっているんですけども。それまでのM-1の背景って黒でちょっと青い蛍光灯が4、5本……しっとりジャズしか通用しないですよ(笑)。

(佐久間宣行)フハハハハハハハハッ!

(川島明)「これ、しっとりジャズしか通用しない!」みたいなスタジオセットになっていて。そこで漫才を……まあ紳助師匠もおられるし。そんなところで褒めてもらって。それまで月1回しか仕事がない。しかも前説みたいなのが月1回しか休みがないっていう状態に一晩で変わるというね。

(佐久間宣行)で、「松本人志さんお墨付きの芸人」として呼ばれるんだって。「松本人志が認めたコンビ、麒麟!」っつって22歳で出ていって(笑)。で、いろんなところで「さあ、面白いことをやってください!」って言われる1年間(笑)。

(川島明)まあまあ、先輩たちもあまり面白くなかったでしょうからね。そういう状況は。あんまり……ちょっと厳しい状況が続いていました。でも、一番キツかったのはやっぱり相方の本が売れた時ですよ。

(佐久間宣行)フハハハハハハハハッ!

(川島明)『ホームレス中学生』が。

一番キツかった『ホームレス中学生』が売れた時

(佐久間宣行)あれが……そのM-1の後の大変な時期があって。その後で……。

(川島明)それまではね、といいつつも仕事はあったし。コンビでも仲良くやってたし。まあ、M-1は3位とかにはなっていましたけども。決勝も行かしてもらってたんで。まあ、なんとなくは……。

(佐久間宣行)「実力があるコンビだな」っていう感じで、ちょっとずつ階段を登ってるな、ぐらいの感じだったのね。

(川島明)東京にもちょっとずつお邪魔をして。さあ、いよいよ2007年から2008年にかけて、東京に行きまして。大阪のレギュラーも全部終わらせて。もう勝負の年だと。

(佐久間宣行)そうか。麒麟、千鳥、笑い飯で大阪で結構やってたじゃないですか。あれはワラキチっていうので。

(川島明)やってました。

(佐久間宣行)その中で一番最初に東京に来たのは麒麟なんですか?

(川島明)麒麟ですね。はい。もう早かったんで。まあ、田村と一緒にとりあえず行きましょうと。ここでコンビ二人三脚で行きましょうっつったら、『ホームレス中学生』という本を書きやがりまして……(笑)。

(佐久間宣行)フハハハハハハハハッ! 「コンビでお笑いで売れよう」っていう時に(笑)。

(川島明)そんな時になんか『ホームレス中学生』を書きやがって。それが225万部売れて(笑)。

(佐久間宣行)フハハハハハハハハッ!

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(川島明)俺、もう二人三脚の俺の右足、ちぎれるかと思いましたよ(笑)。いや、もうないんですもん。

(佐久間宣行)そうだよね。あの2年間、エグいですよ。

(川島明)エグかったですよ。いきなり、まあ2億円、相方が持ってしまうっていう。で、どこに行っても「田村さん、田村さん、田村さん!」って。で、吉本としては「麒麟で売りたいんです」みたいに言うんですけど、「いやいや、うちは田村さんだけでいいんですよ」みたいなテレビ局があって。ホンマに僕にはピンマイクが付かないっていう。実際にありましたから。

(佐久間宣行)ああ、そうか。言ってましたよね。なんか音声さんがかわいそうに思って……。

ピンマイクがつけられない

(川島明)ああ、僕に音声さんがピンマイクをつけてくれんから、スタイリストさんが僕のことをかわいそうやと思って、大きめのコサージュをつけてくれたっていう(笑)。

(佐久間宣行)フハハハハハハハハッ!

(川島明)拾わない。コサージュは音声を拾わない(笑)。

(佐久間宣行)ピンマイク風のやつを(笑)。

(川島明)できるだけちょっと灰色風の(笑)。

(佐久間宣行)すげえな。2億円、一気に……宝くじと一緒ですもんね。

(川島明)そう。僕は0円だったんで。

(中略)

(佐久間宣行)俺、さっきの4時台の話でほんのちょっと興味あったんだけど。川島さん、音声さんにもマイクを付けられないっていうことがどのぐらい続いたんですか?

(川島明)あれは、2008年、2009年、2010年……もうほぼ2年半ぐらいは。

(佐久間宣行)2年半、ピンマイクを付けられないかもしれない時代が続いたっていうこと?

(川島明)だから初めてですね。「売れよう」と思ったのは。それまではM-1もあって。「面白かったら売れるんやろう。売れるのは後からついてくることだ」っていう意識で頑張っていたんですけど。「いや、これは売れるためには売れなあかんな」って思ったんですよ。

(佐久間宣行)「面白いことをやるためには1回、売れないとダメだ」っていう?

(川島明)売れないとダメ。だから売れるためにはどうしよう?ってことで。そこからですね。いろんな仕事を断らなくなったっていうのは。「全部やろう」って。そしたらあれだけバーンと225万部売った田村と肩を並べられるんじゃないか。それでまた麒麟ができるんじゃないかと思って一生懸命、もう無我夢中でも泳ぎまして。それでパッと横を見たら、なんかあいつドリブルしてたんですよ。

(佐久間宣行)フハハハハハハハハッ! 先を行っているはずの男が?(笑)。

(川島明)おかしいんですよ。なんかダムダムダムダム、ブルズのユニフォームを着て。で、「あれ?」ってなって、今ですね。

(佐久間宣行)そうか。今はもうね、ほぼバスケの人ですよね(笑)。

田村がほぼバスケの人に……

(川島明)もう体育館から出てこないですよ。「スタジオが天井が高い」って言ってましたよ。

(佐久間宣行)フハハハハハハハハッ! そうか。フリースローとかをして、ぶつからない距離じゃないとダメなんだ(笑)。

(川島明)そうなんですよ。なんかちょっと天井高すぎて呼吸ができないって言ってました。

<書き起こしおわり>

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