吉田豪『沢村忠に真空を飛ばせた男: 昭和のプロモーター・野口修 評伝』を語る

吉田豪『沢村忠に真空を飛ばせた男: 昭和のプロモーター・野口修 評伝』を語る アフター6ジャンクション

(宇多丸)まあ、梶原さんはたぶんあれでしょうね。そういうエンターテイナーとして仕掛ける部分と、本当に自分が信じたいロマンの部分が一体になってるっていうか。そこを分けられない人だから……。

(吉田豪)自分から仕掛けるのは好きなんだろうけど、自分が仕掛けたことに騙されるのはたぶん許せないんじゃないですか?(笑)。

(宇多丸)でもそれってたしかに梶原さんっぽい、ある種の二重性っていうか、多層性っていうか。それも分かるな。

(吉田豪)だから本当にこの本を読むと沢村忠を責めるのは筋違いというか。本当にちゃんとした人だし。本当にちゃんと練習して、ちゃんと強くて。ただそれが興行上、ああやらざるを得なくなったという。で、沢村さんと試合したポンサワン・ソーサントーンっていう選手がいて。

細田さんがすごいのはわざわざタイまで沢村と戦った選手の誰かに出会えないかと思って探し出して。タイまで取材に行って。で、なんとか話を聞こうと思ったら、「いや、俺はそういう八百長はやっていない」みたいな感じで(笑)。タイまでわざわざ行ったのに、ひたすら否定されるんですけども。なんとか食い下がった結果、こういう発言が出てくるのでちょっと熊崎さん、読んでください。

沢村忠と対戦したタイ人の証言

(熊崎風斗)はい。「沢村はいい人。あんなにいい人はいない。『何か困ったことはないか?』といつも気遣ってくれた優しい男だった。いい人だったから、俺は負けた。それだけのことだ。最初は指示されたこともあったけど、そのうちなくなった」という。

(宇多丸)いやー、含蓄が深い言葉だなー。

(熊崎風斗)本当ですね。

(宇多丸)細田さんももうなんか、すごいね!

(吉田豪)やりすぎなんですよ。でも、それは面白くなるに決まっているっていう(笑)。

(宇多丸)コストもかけるし。でももう執念で引き出してくる。こういうのを。

(吉田豪)これ、だって絶対にペイするわけないんですよ(笑)。

(宇多丸)取材にめちゃめちゃ……10年かけているって? 取材・執筆で。しかも、さっきおっしゃったように元から需要がある部分ではないから。まあもちろんこの本が評判になるかもしれないけども。

(吉田豪)ただ、それこそ「木村政彦」という人もニーズなかったはずなのに、あれだけ本が売れたから。だから可能性はあるんですよね。やり方次第で。

(宇多丸)たしかに。本がめちゃめちゃ面白くて……でも、すごいボリュームの本で。僕、まだ全然途中までしか読み切れてないんですけども。

(吉田豪)それはそうですよ。これはなかなか読みきれない(笑)。

(宇多丸)二段組みでさ。すごいボリュームですよ。でも細田さんもよくまあこれ、仕事しながら。他の本も出しながら、よくやるな!

(吉田豪)それで当然、沢村さんの章も面白いんですけど。その後半、五木ひろしの章もめちゃくちゃ面白いし。それで僕、五木ひろし好きというか、五木ひろしのラスベガスの写真集っていうのがあるんですよ。

(宇多丸)ラスベガスの写真集?

(吉田豪)『五木ひろし 栄光のラスベガス』っていう。

(宇多丸)さすが、吉田豪文庫から出てきました。1977年。

(吉田豪)要はエルヴィス・プレスリーみたいなことをやらせようとしていたんですね。エルヴィスのラスベガスみたいなことをやらせようとするんですけど、ノリがちょっと異常なんですよ。要するにステージに巨大な般若の面があって、稲妻が鳴り響いているっていう……(笑)。

(宇多丸)うわっ、怖い! 怖えよ!(笑)。なにこれ? 1977年に五木ひろしさん、ラスベガス公演をやったんすか?

(吉田豪)これがだから野口修がこういうことをやらせたくてやったんだけど。当然、これでとんでもない赤字を背負い……みたいな。動員にも宗教団体を山ほど使い、みたいな(笑)。

五木ひろし・ラスベガス公演

(宇多丸)へー! でも五木さん、最初にデビューした時はパッとしなかったのが『よこはま・たそがれ』で再デビューして再ブレーク。それの仕掛け人でもあるし。その般若のイズムとか、やっぱり興行師っていう感じがするね。やっぱりね。

(吉田豪)そうですね。で、完全にある時代は芸能界でもスポーツ界でも頂点と言っていいぐらいの位置まで行った人がなぜ、そこから落ちていったのかのドキュメンタリーになっているので、これは面白いです。

(宇多丸)その下降線の部分も描かれているんだ。僕、ちょっとまだ全然序盤なんでね。まだお父さんのあたりなんですけど。

(吉田豪)お父さん部分、最高ですよ(笑)。

(宇多丸)いやいや、すごい。地続きで……まあ吉田さんの本のイズムでもあるけども。『コク宝』的な部分でもあるけど。でも吉田さんがそのご両者に取材したことある数が少ない人としても、この細田さんの本はすごいと?

(吉田豪)そうですね。で、僕もやっぱりそういう昔からの付き合いな人の連れでの取材だったから、なかなか踏み込めない部分があったんですよ。当時から八百長説とか流れてはいたけれども、それを本人に突きつけることもできないし。細田さんもやっぱり沢村さんまで辿り着けてなかったんですよね。この本で。ただ、沢村さんの取材はなくても十分な厚みになっています。

(宇多丸)成り立つんですね。いやー、ということで細田昌志さん、これ、吉田さんと接点があまりないっていうのは意外でしたけども。でも、喜ばれると思いますよ。吉田さんがこれだけ褒めていると知ったらね。

(吉田豪)今、水道橋博士が責任を感じて、いろんなところに細田さんを売り込んでいる状態なので。

(宇多丸)「責任を感じて」?

(吉田豪)まあ、だからメルマ旬報で連載をして。どう考えたって割に合うはずがない連載をしてもらっていたから、なんとか報いたいっていうか。いろんなラジオにも2人で出たりっていうような活動をされているので。

(宇多丸)なるほどね。でもこれ、めちゃめちゃ、二度と読めないような労作ではあるし。今、読み進めていてもめちゃめちゃ面白いです。今夜のゲスト、吉田豪さんがおすすめしていただいた入魂の1冊は取材&執筆10年。どう考えても割に合うわけもない。だからこそ濃厚すぎる1冊。細田昌志著『沢村忠に真空を飛ばせた男: 昭和のプロモーター・野口修 評伝』。ご紹介いただきました。

<書き起こしおわり>

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