宇多丸とMs.メラニー アカデミー賞作品賞ノミネート基準改定を語る

宇多丸とMs.メラニー アカデミー賞作品賞ノミネート基準改定を語る アフター6ジャンクション

アカデミー賞予想でおなじみのMs.メラニーさんが2020年9月24日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に電話出演。宇多丸さんとアカデミー賞作品賞のノミネート基準改定について話していました。

(宇多丸)ということでメラニーさんには主にアカデミー賞絡み。あとは映画祭の話とかね、いろいろ伺ってきましたけど。今回はぜひ、これぞメラニーさんにお話をお聞きたいと思った件が、前に発表になりましたけどアカデミー賞の作品賞のノミネート作品の基準が改定というか。結構レギュレーションが細かく設定されるというのが発表されました。で、これが意味するところは何なのか?っていうあたりをぜひ、メラニーさんにお話を伺いたいなと思います。よろしくお願いします。

(メラニー)よろしくお願いします。

(宇多丸)まずですね、どういう基準改定があったのかというところからご説明願えますか?

(メラニー)はい。本当に簡単に申し上げますと、今まで白人の男性が作ってきた、白人の男性の物語を語ってきた映画業界で、もう少し多様化を進めていこうという。その多様化を進めるために、もっとマイノリティー……性的マイノリティー、人種マイノリティー、女性などを起用していきましょうという規定の条件なんですね。で、それはもちろん、その作品の内容……たとえば「女性の主人公にする」とか「黒人男性の主人公にする」とか、そういったことでもいいし。もしくは、裏のスタッフにもっと、女性だったり人種のマイノリティー、セクシャルマイノリティーなんかを起用するという。それが「ある一定の条件を満たしていなければ、アカデミー賞の作品賞の候補にはなれませんよ」という内容なんですね。

(宇多丸)「作品賞」ね。だから美術賞とかはまた違うんだけど……という。

(メラニー)はい。作品賞のみですね。

(宇多丸)なるほど。逆に言えば、いくつか条件が出てましたけど。「全部の要件を満たす」っていうわけじゃなくて、これの中のこのパートのこれを満たしてるとかっているようなことですよね?

(メラニー)そうですね。4つ、大きく分かれていて。内容に関するものだったりとか、それからスタッフに関するものだったり。あと、それを作る制作会社とか配給会社のスタッフィングに関するものだったりっていうので、大きく4つ、分かれてるんですけれども。その中の2つを満たしていればいいんですね。ですので、かならずしも……たとえば男性しかが出てこないような話の内容の映画っていうのもあったりするじゃないですか。

(宇多丸)そうですね。狭い閉ざされた空間が舞台だったりね。

(メラニー)はい。だからそういう作品は絶対に作品賞に選ばれないのか?っていうと、そうではなくて。それを作るのに、たとえば女性のプロデューサーが付いていたりとか、女性の編集者が付いていたりとか。それだけでも、条件をひとつクリアすることになるんですね。なので、内容的な部分ではそんなに影響を与えないと思います。

(宇多丸)そもそも……メラニーさんのご感想というのも後から伺いたいんですけども。そもそも、こういう改定をしなければならないという流れになってきた背景というのはなんでしょうか?

(メラニー)アカデミー賞はだいぶ前から「Oscar so white」とかって言われて。特に、表に出てくる俳優陣ですよね。そこに白人が多いということに対して問題視されていた。特に2014年度と15年度の2回続けて、俳優が20人全員白人だったっていうことがあったんですけれども。そのあたりからやっぱり「もっと多様化しなくてはいけない」というのがずっと叫ばれてきて。

それで結構いろいろと……たとえば、アカデミー賞を選考するメンバーを2020年までにーーこれは2016年に始まったことだったんですけどもーー2020年までに女性と有色人種の数を倍にしましょうとか。その時その時でいろいろ対策はやってきていたんですけども。でも、まだまだ足りないというものがあって。それで今回、新たに設定された目標みたいなもので2025年を目標にしたプロジェクトがあるんですけれども。

その中のひとつとして、今回出されたという感じですね。で、やっぱり最近特にそのBlack Lives Matterとか、そういう社会運動がアメリカで盛んになっているという背景もあって。この改定をしたというのはすごくいいタイミングだったんじゃないかなと思います。

(宇多丸)うんうん。アカデミー賞って結局その業界団体賞だから。まあ、要するにみんなの投票で決まるシステムだから。それが、わからないけどたとえばカンヌとかみたいに限られた審査員がいて、その中で合議をして……っていうようなことだったら、その全体の傾向を「こうあるべき」っていうのを反映できるけど。やっぱり合議というよりもある種多数決で入れている票だから。こういう目標ルールみたいなものを作らないと、なかなかすぐにはいい方向には変わっていかないっていうか。そういうこともあるんですかね? このシステムっていうか。

(メラニー)そうですね。映画祭とかとはアカデミー賞って本質的に違うので。普通には比べられないんですけど。まあ、アメリカ映画に関わらず、映画って基本的にます「主人公が男性」っていう映画が圧倒的に多いんですね。で、アメリカのアカデミー賞っていうのはほぼ全ての公開された作品を対象にまずノミネーションが決まるっていうところで。そもそも、白人の男性が主人公の映画がたとえば公開された作品の中の8割だったとしたら、10本選ばれる映画の中に女性が主人公の映画とか、他の有色人種が主人公の映画っていうのが入り込む余地っていうのがものすごく、そこだけすごく不利な状況っていうことになりますよね。なので、「作品賞の候補になるためにはそもそも、ちゃんと多様化されている映画を作らなくちゃダメですよ」っていうところが一番、今回のポイントかなと思っています。

(宇多丸)メラニーさんご自身はこの改定に関して、どう思われました?

(メラニー)私はすごくいいことだなと思っていて。何もマイナスがないんじゃないかなと。実はこれ、そんなに厳しい改定じゃないので。実際のところ、これがどれだけの効果をもたらすのかはわからないなと思ってるんですけれども。ただやっぱり、こういう風に条件を言われた中で、「それでも白人だけの映画を作ろう」とはたぶん思わないと思うんですね。作り手の方がやっぱり意識して、「ちゃんと多様化してるかな?」っていうことをちょっとでも思うだけでも、今までとは全然違う流れになっていくんじゃないかなと思うので。これはすごくいいことしかないんじゃないかなと。素晴らしいことだなと思ってます。

ギチギチのルールではない

(宇多丸)かと言って、ギチギチのルールでもないから。要するに、言っちゃえば建前としての目標値……僕、やっぱり良識っていうのはさ、建前でいいと思うんですよ。建前としての良識、目標値っていうのを設定して。あとはそれぞれのある程度の幅を持たせた、弾力性を持って運営できる範囲というか。だから、ルール的な設定がまあ絶妙なんでしょうね。厳しすぎず……。

(メラニー)そう思います。これはたぶん、すごく厳しくしてたらものすごい反発もあって。それこそ、去年だったか一昨年だったかに1回、『ブラックパンサー』みたいな映画を入れるために、アカデミー賞で「ポピュラー賞」みたいなのを作ろうとしたことがあったんですけど。あれはものすごい反発にあって、一瞬で消えたんですよね。

(宇多丸)なんか馬鹿にした話だな。ポピュラー賞って(笑)。「大衆は好きで賞」みたいな(笑)。

(メラニー)そうです。そんな「大衆は好きで賞」を作らなきゃ『ブラックパンサー』は入らないって思った人もすごい安易な考えだったと思うんですけど。あれはもう本当に一瞬にして消えて、その後に浮上してもこなかったし。実際に『ブラックパンサー』はすごい様々な部門にノミネートされし……っていうことがあって。で、やっぱりギチギチになっちゃうと、反対もすごく多いと思うので。

それが消されてしまうという可能性もあったんじゃないかと思うんですけど。今回は本当に絶妙な感じだし。逆に言うと「これぐらいアチーブ(達成)のできなかったらベストピクチャーとは言えないでしょう?」っていうぐらい、そんなに難しくない内容になってると思うんですよね。だからそれが逆によかったじゃないかなと私は思ってます。

(宇多丸)「作品賞」っていうね、ひとつ総合的な力っていうか、評価の作品。そして当然、その時代に対する……アカデミー賞ですから、ひとつの象徴でもあるし。だから作品賞に限ったことでもあるし、いろんなことを考えるとまあ、これぐらいの目標値は全然あっていいっていうことですかね。やっぱりね。

(メラニー)そう思いますね。はい。

(宇多丸)で、じゃあ実際のところね、その映画制作の実態に影響ってどのぐらい与えると思います? 変わっていくというか。

(メラニー)たぶん、倫理的なところでというか、感覚としてエグゼクティブの人たちが、制作陣の裏側にいるビジネスを操る人たちが「やっぱりこれ、多様化ということをちゃんと意識しなくちゃいけないよね」っていう風に少なからになると思うんですね。今までは本当になぜ白人の男性が主人公の映画ばかりが作られてきたか?っていうと、それは単純に「白人の男性が主人公じゃないとお金にならないから」っていう風に信じ込まれていたからなんですね。

だけど、「実際にはそんなことはないよね」っていうのがだんだん最近、女性主人公の映画でも、黒人男性主人公の映画でも、ちゃんと証明されてきていて。なので、「もっとこういうのを作ろうよ」っていうのの原動力にはなるんじゃないかなと思っていて。そういう面は結構、その白人を据えようと思っていた役柄がアジア人になったりとか、黒人になったりとか。

男性にしようと思っていた親友役が女性になったりとか、トランスジェンダーになったりとか。そういうところでやっぱり、「きちんと守ってますよっていう映画を作ろう」っていう意識は働くんじゃないかなと思うので。私としてはそういう風に変わっていってほしいなという風に思っているんですけども。

(宇多丸)はい。そこはだから本当にさっきも言ったけど、全然ある種の建前でもよくて。言っちゃえば、「誰でもキャスティングしうる役だったら、じゃあここはそういうところを満たしておこう」みたいな。建前でもいいから、それをやっていくことで……でも見る側、観客とか若い世代は「全然こういう社会のあり方はありなんだ」っていう、その常識がそこから少しずつフィードバックされていくし。

(メラニー)そうなんですよ。で、フィクションって基本的にあんまり入れ替えられない役柄ってないんですよ。実話とかだったら別なんだけど、フィクションって実は結構簡単に男女だって入れ替えられちゃうものなので。

(宇多丸)力の強さだってさ、言っちゃえば全部嘘なんだからさ(笑)。

(メラニー)そうなんですよ。だって『マッドマックス 怒りのデス・ロード』がシャーリーズ・セロンでいいんですから。『マッドマックス』を女性が主人公でやれるんだったら、たぶん何だって女性主人公でできるんですよ。極端な話を言えば。だから、そういう意味で本来、男性同士でやろうと思ってたところに女性が入るとかっていうことは少しずつ増えてくるんじゃないかなと思うので。すごく、そういう意味では変わっていってほしいなと思うんですけど。

その一方で実は今、作られている今までの映画で、じゃあのこの基準を満たしていないのか?っていうと、たとえば『1917 命をかけた伝令』みたいな男しか出てこないと思うような作品でも、実は今回の作品賞候補になるための4つの条件のうちの2つをすでに満たしているんですね。

(宇多丸)たとえばそれはスタッフの部分であるとか?

(メラニー)そうです。本当に満たしてないのはたぶん話の内容だったりとか、表に出てくる俳優の数だったりとかっていうところぐらいで。それ以外のところっていうのは結構満たしていて。あの作品に関してはもう作品賞候補になるものを満たしてるっていう風に言われているので。あの作品で満たしてるんだったら、ほとんどの作品は満たしていると言っていいと思うんですよ。

(宇多丸)たしかに。なるほどね。

実はすでにほとんどの作品が条件を満たしている?

(メラニー)なので、実際にたとえば芸術的な部分でどうしても変えたくないとか、この人を使いたいとかっていうのを基準に合わせるために変えなくちゃいけないのか?っていうと、そこまでではなくて。じゃあ、別のところでどういう風に入れ替えが効くかなとかっていう風に考えればいいだけなので。実際のことを考えると、もしかしたらそんなに効果はないかもしれないっていうのもあるんですよ。一方で考えると。だけど、私としてはやっぱりそれでもこの条件を作ったことで、少しは今までよりはみんな意識を持つようになるんじゃないかなと思ってるので。まあ変わることをすごく祈っています。

(宇多丸)さっきから本当に何度も言いますけど。建前としてでも目標値を設定する、理想を設定するってことは全然意味あることだと思う氏。

(メラニー)私もそう思います。それが特にアカデミー賞の作品賞という最高峰だと言われている、みんながそこを目指していると言われている賞が、そういう風なものだと認められるためにはちゃんと多様化していなくちゃダメですよってはっきりと意思表示することは、私はすごく意味があることだと思います。

(宇多丸)あと、逆に言えばアカデミー賞作品賞にノミネートされる可能性がある映画ってめっちゃ限られているわけで。映画全体で言えば、めっちゃそれは限られた話で。

(メラニー)そうなんです。だから実際には本当、アカデミー賞を取ろうと思って取れるものではないので。アカデミー賞を取ろうと思ってみんな映画を作ってるわけではなくて。基本的にはもう99パーセントの映画は、それが興行的にヒットするからとか、面白いからとか、作りたいからとかっていう、誰かの情熱みたいなものとか。もしくはビジネス的なものだったりとかっていうことが理由で作られてるわけなので。正直、その作品賞候補になれるかどうかってそんなに問題じゃないんですよ。実は。

(宇多丸)これがだから映画全体をどうこうということでもなかったりするってことですかね?

(メラニー)そうですね。

(宇多丸)さあ、ということで今年はコロナウイルスの影響もあって。いろいろとね、今後アカデミー賞もどうやって今年度は開催するのかとか、いろいろ動きがあると思うので。ちょっとその都度、またメラニーさんにはお話を伺いたいなと思っております。

(メラニー)承知いたしました。

<書き起こしおわり>

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