町山智浩 フランス映画『レ・ミゼラブル』を語る

町山智浩 フランス映画『レ・ミゼラブル』を語る たまむすび

町山智浩さんが2020年2月25日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でパリ郊外に住む移民や警官たちを描いたフランス映画『レ・ミゼラブル』を紹介していました。

(町山智浩)それで今回僕、ニューオリンズに来てるんですけど。マルディグラというカーニバルの取材に来てるんですね。これ、日本でもご存知の人もいるかもしれないですけども。山車がいっぱい出てですね、みんな歌って飲んで騒いでっていうことをするんですけど。これ、元々フランスのお祭りなんですよ。で、このニューオリンズというのは昔はフランスだったんですね。

(赤江珠緒)メキシコ湾に面したようなところですよね?

(町山智浩)そうです、そうです。だから魚とかエビとか美味しいんですけども。これ、「ニューオリンズ(New Orleans)」の「オリンズ(Orleans)」っていうのは、フランスにある街で「オルレアン(Orléans)」っていう街があるんですけど。だから「ニュー・オルレアン」っていう意味なんですよ。それで元々フランス領だったところで。だから料理とかもフランス料理とかの影響を受けてて、すごく美味しいんですけども。それでルイジアナ州っていうところにあるんですけどもね。「ルイジアナ(Louisiana)」の「ルイ(Louis)」っていうのはフランスの王様の「ルイ(Louis)」ですからね。

(赤江珠緒)ああ、そうか! ルイから来ているのか!

(町山智浩)そう。だからこのへんは全部フランスだったんですけど、アメリカがフランスからお金で買いまして。それでアメリカになったんですけどね。だからね、フランスのいろんなものが残ってて面白いんですけれども。ただやっぱりね、「クレオール」というフランス系アフリカ系の人たちの文化なんですよ。ここの文化って。だからいわゆるそのニューオリンズ料理っていうのはフランスとアフリカが合体したような料理なんですね。ジャンバラヤとかそういうものですけども。

(山里亮太)ああーっ!

(町山智浩)それですごく美味しいんですけども。今回ね、ちょっと紹介する映画はちょうどたまたまなんですけど今週末に公開されるフランス映画をご紹介するんですが。やはりそのフランスとアフリカの関係についての映画なんですね。これね、タイトルが『レ・ミゼラブル』っていうんですよ。あのレミゼと同じなんですよ。

(赤江珠緒)そうですよね。

(町山智浩)はい。でもあれは150年ぐらい前の話なんですけども、今回は現代のフランスの話なんですね。タイトルだけが同じで。それでなぜ『レ・ミゼラブル』というタイトルなのかっていうと、舞台が同じところで。ジャン・バルジャンが市長をやってた街でモンフェルメイユというパリから電車で1時間ちょっとぐらい離れたところなんですよ。そこが舞台なんですが、そこはアフリカ系移民がものすごく大量に住んでるところなんですよ。

(赤江珠緒)へー!

現代のフランス・モンフェルメイユが舞台

(町山智浩)で、フランスってパリの郊外、パリの街の外ってパリの真ん中はやっぱり家賃が高くて住めないんですよ。だからアフリカ系の移民の一世、二世、三世の人たちはパリの周りに住んでるんですね。車とか電車で1時間くらい離れたところに。で、そこがもう本当に団地とかがいっぱいあって、アフリカ系の人たちが多いんですけれども。まあ、そこはいわゆる犯罪も多くなってるんですよ。

で、いろいろと問題化をしてて、暴動とかが起こったりしてるところなんですけれども。それがその『レ・ミゼラブル』というタイトルにしたのは、『レ・ミゼラブル』はその頃……150年前もそこは貧しい人たちがいっぱいいたわけですよ。で、それは今も変わってないんだっていうことなんですね。この映画が言っているのは。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)でね、この映画の監督のラジ・リさんという方と僕、トロント映画祭で会って。僕、フランスについて全然知らないから「この映画の背景とかはどういう状況なんですか?」っていうことをいろいろと詳しく聞いたので、その話をしていきます。で、これラジ・リ監督自身もアフリカのマリという国から来た移民の二世なんですよ。40歳なんですけども。で、彼自身に実際にあったことを元にした映画がこの『レ・ミゼラブル』なんですね。それでこれね、映画自体の主人公は警察官で、犯罪防止班というパトロール部隊があるんですね。で、それがそのモンフェルメイユのアフリカ系移民が多いところをぐるぐる回って、犯罪が起こるのを事前に防ごうとしてるんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)ところが彼らは非常に暴力的で、子供とかが悪いことをしそうだと「この野郎!」って言って暴力を振るったりするような連中なんですね。

(赤江珠緒)ああ、街のお巡りさんみたいな人たちが?

(町山智浩)はい。で、特にそこに新しく入ってきたステファンという人が主人公に近い形になっていて。その警官たちの移民に対する態度があまりにもひどいんで、もう辟易するっていうところから始まるんですね。で、そこでそのジプシー……昔は「ジプシー」って言っていたんですけども、今は「ロマ」という呼び方をされている人たちがいるんですね。ルーマニアの方から来た人たちで。それでそういう人がフランスには昔からいっぱい住んでますけども。大道芸とかサーカスをやってるんですよ。ロマの人たちは。で、そのサーカスからアフリカ系の子供がいたずらでライオンの赤ちゃんを盗じゃうんですよ。

(山里亮太)ほう!

ロマとアフリカ系住民の間の緊張が高まる

(町山智浩)それで、ふざけていたずらでやったんですけど。それがきっかけでロマの集団とアフリカ系の人たちとの間で抗争が起こりそうになるんですね。で、その移民の人たちの間には派閥がいくつもあって。イスラム同胞団の非常に厳しい戒律のイスラム教徒もいれば、そうじゃないアフリカ系の人たちもいて。ロマの人たちもいて。アフリカ系でもまた細かく、白人系のあのアフリカ人……だからモロッコとかアルジェリアの人たちもいるし。すごく細かく分かれているんですよ。で、それぞれが一種、自治組織みたいなものを作って。一種のギャングみたいな形で自治をしてるんですね。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)で、抗争にし発展しそうになるんです。そのライオン泥棒事件がきっかけで。

(赤江珠緒)ちょっと子供いたずらみたいなのがきっかけで。

(町山智浩)そう。子供いたずらなんだけど、「ふざけんじゃねえよ!」みたいな話になっていくんですね。で、みんなやっぱりピストルとか持ってたりもするんでね。それでそのお巡りさんの犯罪防止班がまさに犯罪防止の仕事として、その子供を見つけてライオンを奪い返そうとするんですよ。ところがその時……子供を見つけた時にですね、思わずちょっとしたアクシデントで暴徒鎮圧銃というね、死なないんですけども当たると気絶する銃があるんですね。それを子供に撃っちゃうんですよ。で、子供はそこで気絶しちゃうんですけども、そのその現場がドローンで撮影されていたんですよ。

(赤江珠緒)ほうほうほう……。

(町山智浩)で、その撮影されてたビデオが流出したら、ネットとかに載った途端に絶対に大変なことになる。自分たち警察官もクビになるかもしれないし、それだけじゃなくて大暴動になる可能性がある。警官の暴力に対して。だから今度はそのドローンのビデオを何とか見つけて隠滅しなければならないという話になってくるんですね。

(赤江珠緒)今の時代ならでのところがまた重なってくるんだ。

(町山智浩)そうなんですよ。で、これで面白いのはこのビデオを撮っているのは少年なんですね。男の子なんですよ。メガネをかけたアフリカ系の黒人のハイテクで映画が大好きなまあオタクくんなんですよ。それで彼が撮ってしまって。その大変なそのビデオがフランス全体を揺るがすかもしれないということでビビりまくるんですけども。追われてね。で、この話は事実に基づいていて。このラジ・リ監督自身がそうやってビデオを撮っていた人なんですって。

(赤江珠緒)ええーっ!

ラジ・リ監督自身を投影

(町山智浩)この人はモンフェルメイユの貧しいところでアフリカ移民の子として生まれて。で、子供の頃からビデオカメラを持って、街じゅうのその貧しい人たちの生活を撮っていたんですけれども、途中から警官の暴力を撮るようになったんですよ。

(赤江珠緒)はー。それはちゃんと告発目的みたいなのがあって?

(町山智浩)最初は偶然撮れたらしいんですよ。聞いたら。ただそれが非常に大きな事件になって、映っていた警官が懲戒免職されるみたいな事件になったらしいんですよ。彼はその頃、まだ10代とかだったらしいんですけども。で、その後、2005年にやはり警官の暴力で……というか、警官に追われたアフリカ系とアラブ系の少年が変電所の中に逃げ込んで、それで感電死するという事件が起こったんですね。

(赤江珠緒)うわあ……。

(町山智浩)で、これは大暴動になりまして。もうその地域だけじゃなくて、フランス全域に広がる移民の大暴動になって。それが何日も続くというフランスという国自体が非常事態宣言するような事態にまで追い込まれたんですよ。それも、このラジ・リ監督はその時にずっとビデオ回してその暴動の様子とか警官の暴力とかを撮りまくって。それをドキュメンタリーにまとめてこの監督は世間に出てきたっていう人なんですね。だからその彼にとってはこの映画の中で、そのドローンで映画を撮る映画オタクの少年は彼自身なんですよ。で、それを自分の息子が演じてるんです(笑)。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)だからね、すごくそこのところがその映画オタクの男の子の話っていうところでね、すごく親近感を覚えるんですけど。これにすごく似てる映画があって、これは2002年にブラジル映画で『シティ・オブ・ゴッド』っていうかがあったんですよ。それはブラジルのリオデジャネイロのスラム街で子供たちが人を殺しまくる実態を描いてる映画なんですけど。その中で1人のオタクの男の子だけはそれを写真に撮りまくってるんですね。

それでみんなが人殺しとかをしてるんだけど、彼だけはどうもそういうことは嫌で。ただそれを写真に撮りまくることで彼の戦いをしていくというちょっといい話が『シティ・オブ・ゴッド』なんですけども。これも日本でも大ヒットしましたけど、それに非常に近い感じなんですね。この映画では。で、この『レ・ミゼラブル』って映画は実はカンヌ映画祭とアカデミー賞でポン・ジュノの監督の『パラサイト』の二番手にずっとついていた映画なんですよ。

(赤江珠緒)へー!

『パラサイト』の二番手だった作品

(町山智浩)だからね、敵が強すぎたんですよね。『パラサイト』がなければたぶんこれ、アカデミー賞の外国語映画賞、国際映画賞とカンヌ映画祭でもグランプリを取れてただろうと。カンヌ映画祭では審査員特別賞を取っているんですけども。もう全部グランプリをね、『パラサイト』に抑えられちゃったからね。すごくかわいそうだったんですけど。『パラサイト』がなければたぶんどっちも取ってたと思いますけども。

(赤江珠緒)そうですか。

(町山智浩)だからすごくパワフルな映画で、基本的にはアクション映画に近いんですよ。その3人の警官が最初はいたずらでライオンを盗んだを追いかけてたんですけども、途中からそのドローンを探さなきゃならないっていうことになって。それでいろんなギャング集団がいる中をうまく立ち回りながら、暴動が起きたり抗争が起きたりしないようにするってい1日を描いてるんですね。

(赤江珠緒)ふーん! うん。

(町山智浩)だからすごく面白くて。この監督に「あなたは移民として警察官に暴行される側だったし、それを告発した監督なのに、なぜ警察官たちを主人公にしたんですか?」って聞いたら、「警察官ももうすでに移民なんだよ」って言うんですよ。

(山里亮太)はー!

(町山智浩)この3人の警察官のうちの1人はそのモンフェルメイユで育ったアフリカ系移民の子供なんです。もう既に警官もそうなっているんだ。その中で白人だの何だのっていう問題でもなくなってる。彼らは警察官として何とかその暴動とかを起こらないようにしたいんだ。頑張ってるだけなんだけども、どうしても暴力的になっちゃう。要するに、彼もまた暴力の中で育ってきてるから。だからすごく日本でも昔、「ヤクザになるか警官になるか」っていうので、同じような人がなったりするんですよね。

(山里亮太)そんな時代が?

(町山智浩)あったんですけども。それに非常に近いんですよ。アメリカでもロサンゼルスのサウス・セントラルの地域は警官になるかヤクザになるかっていう。だから、分けにくいんですよ。同じような人がたまたま警官になったり、たまたまギャングになったりしているんで。

(赤江珠緒)ああ、線引きがしにくい街というか。

(町山智浩)線引きがしにくい世界。そうなんですよ。善と悪をはっきり分けられない世界なんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)そのへんもね、すごくリアルで。一方的に「警官が暴力的で悪い」とか、そういう映画になってないんですよね。彼らも彼らなりに頑張ってるんだけど、うまくいかないというところのリアリティーとかね。それでドキュメンタリータッチなんで、本当にその現場にいるような、そのパトカーに乗せられてるような感じとかがね、すごいリアルに出てて。結構フランスでも郊外って、フランスに行く日本人でも行かないと思うし。それでほとんどのフランスの郊外のアフリカ系の人が多いところの状況って日本でも知られないですよね。

(赤江珠緒)たしかにそうですね。うん。

(町山智浩)全然わかんないと思うんですよ。でもそれが分かるとやっぱりテロがあったりね、暴動があったりする時にその背景が分かってくるという感じなんですよね。だから滅多に見ないものですよ、これは。でね、ただその対立であったり暴動であったり、その移民の人たちの犯罪というものはじゃあどうすればいいのかというところにひとつ、ラジ・リ監督はものすごくポジティブなメッセージも出していて。この映画はね、一番最初に2018年のサッカーワールドカップでフランスが優勝した時に撮影した映像から始まるんですね。

2018年サッカーワールドカップ フランス優勝

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)それは、そのフランスのワールドカップ優勝というのは、そのフランス代表の選手の中に移民の人たちが多いんですよ。フランスのサッカー選手は移民の人たちが昔から多いですけど。だからそのフランスの国旗を掲げて、「フランス万歳!」っていう人たちがみんな黒人なんですよ。この映画の中では。その彼らはフランス人なんですよ。で、ラジ・リ監督が言うには彼らの中には全く自分たちがセネガル人であるとか、コートジボワール人であるとか、そういう意識は全くないんだと。

(赤江珠緒)もうアイデンティティはフランス人なんだと。

(町山智浩)フランス語しかしゃべれないし。フランスしか知らないし。で、「彼らはフランス人であり、フランスを愛していて。ワールドカップの時にはもうフランスを応援して『フランス万歳!』と言う。そこに救いはないだろうか?」って言ってるんですね。「その時はフランス人としてみんなで喜べるのに。ところが家に帰るとそこにはアフリカ系の人しかいなくて、白人と話すこともない。それで対立が進んでいく。憎しみであったりそういったものが進んでいく。これはどうにかならないのか? そのワールドカップの優勝の時みたいにひとつになれないんだろうか」という映画になってるんですよ。

(赤江珠緒)ああー。

(町山智浩)でね、『レ・ミゼラブル』っていうタイトルだけじゃなくて、その『レ・ミゼラブル』から引用をしてて。『レ・ミゼラブル』ってジャン・バルジャンって元々本当はいい人なのに、貧しさの中で泥棒になっちゃって。でもまたいい人に戻るっていう話じゃないですか。それでその中で植物についての話が出てきて。植物を育てている人とかも出てきてね。それで「植物にいい植物とか悪い植物ってあると思うかよ? 植物がうまく育たなかったら、それは育て方が悪かったんだ」というセリフが出てくるんですよ。それがこの映画の中でも引用されてて。「移民だだろうと何だろうと、元々悪い人なんていないだろう。なぜそんな犯罪とかになってしまうのか?」というのをその『レ・ミゼラブル』の頃から考えてほしいという話になってるんですが。

(赤江珠緒)そうか……。

(町山智浩)あのね、後半にすごいことになっていくんですけど。ちょっと予想もつかなかった展開になってきて。まあジョン・カーペンターという監督は昔作った『要塞警察』という映画があって……あ、これ以上言うとネタがばれるんですが。ものすごいことになっていくんですよ。後半。スケールが急に拡大していって大変なことになっていくんですが、そのへんの恐怖描写というかですね、パニック映画的な迫力とかもすごいんで。ちょっとね、「『レ・ミゼラブル』ってそれ、あれでしょ? ミュージカルでしょ?」と思う人はね、ぜひこれを見ていただきたいなと思います。

(赤江珠緒)そうか。『ああ無情』のあの場所でまだそういうことが起きているんですね。

(町山智浩)今現在のフランスの問題なので。2月28日から新宿武蔵野館ほかで公開です。

(赤江珠緒)はい。Bunkamuraル・シネマほかですね。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした!

映画『レ・ミゼラブル』予告

<書き起こしおわり>

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