町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で、ホワイトハウスに30年間仕えた、実在の黒人執事を描いた『大統領の執事の涙 ザ・バトラー』を紹介していました。
(町山智浩)で、本題に行きます。アメリカではですね、この間、非常に歴史的なことからですね、50年たったということで記念のイベントが行われたんですね。ちょっとその音楽を聞いていただきたいんですけど、かけられますか?
(曲が流れる)
(町山)はい。ええとね、この歌は『We shall overcome』という歌なんですね。
(赤江珠緒)なかなか高らかに歌ってらっしゃってね。
(町山)はい。この歌はですね、『いつの日か我々は必ず勝つ』っていう歌なんですよ。これはですね、1960年代にアメリカ全土でですね、ある運動のためにみんなが歌うようになった歌なんですね。これを歌いながら行進するんですけども。これはね、黒人の人権運動のテーマソングだったんですよ。
(赤江・山里)へー!
(町山)はい。それは1963年にですね、ワシントン大行進っていうのがありまして。黒人解放家のマーティン・ルーサー・キング牧師がですね、首都ワシントンに3万人を集めてですね、人種差別撤廃を訴えたということがあって。それから50年たったんで、8月26日かな?に、それを記念する、50年目の記念する式典が行われたんですね。
(赤江)うん、ありましたね。
(町山)で、それまでですね、1963年まではですね、黒人の人たちは南北戦争で奴隷から開放されたんですけど、それから100年たっても、前も話したんですけど、『42』っていう映画の話でね、100年たった1960年代も、まだアメリカの南部では選挙権なかったんですよ。
(赤江・山里)ああー。
(町山)選挙権がないだけじゃなくて、バスなんかも白人席と黒人席に分かれてて、レストランも白人席と黒人席。トイレとか水飲み場、全部白人席・黒人席に分かれてて、黒人の人は白人席に座ると、もう逮捕されたり、その場で袋叩きにあったり、殺されたりしてた時代なんですね。で、これなんか衝撃的なのは、僕が生まれた後なんですよ。
(赤江)そうですよ。
(町山)あの、山里さんとか赤江さんとかは生まれる前の出来事ですけど、僕は生まれてからしばらくも、黒人の人たちを殺しても罪にならなかったりとかね、してたんだなと思うと結構衝撃なんですけど。僕の年齢からすると。で、それが1963年にそれを撤廃しようっていうことで、行進があったんで、その50年目に式典とですね、今日紹介する映画が公開されたんですね。
(赤江・山里)ふん。
(町山)で、今日紹介する映画が『ザ・バトラー(The Butler)』といいます。バトラーっていうのは『執事』という意味ですね。いま、水嶋ヒロさん主演で『黒執事』って映画が作られて。マンガの『黒執事』って当たってますけど。こっちはあの、黒人執事です。はい(笑)。
(山里)黒執事ってマンガの方はかっこいい・・・イケメンの・・・
(町山)こっちの黒人執事はですね、フォレスト・ウィテカーっていう俳優さんで。(笑福亭)鶴瓶さんに非常によく似た人ですね。顔が。
(山里)水嶋ヒロに対抗して。
(町山)そうそう。なんか、ほっとする感じなんですよ。本当に。映画なんかでも、頼りになる男としてよく出てくる人ですけども。
(赤江)やっぱり執事となるとね。何でもこう、有能にやっていただかないとっていうか。
34年間で8人の大統領に仕えた実在の執事
(町山)そう。大統領の執事だった人なんですね。この人は。で、しかもですね、1950年代からですね、1986年まで34年間もホワイトハウスで執事を務めて。8人の大統領に仕えたという実在の人なんですよ。この人は。
(赤江)へー!
(山里)実在の人。
(赤江)8人の大統領に?
(町山)8人の大統領。トルーマン大統領からレーガン大統領まで8人に仕えたんですね。で、途中から執事長になってですね、ホワイトハウスのいろんな料理であるとか掃除であるとか、全てを仕切る長になった人なんですね。この人はセシル・ゲインズっていう実名の人なんですけども。この人の伝記を元にした映画が、このザ・バトラーなんですよ。
(赤江・山里)ふーん!
(町山)それを、フォレスト・ウィテカーが演じてるんですけど。この映画がいちばんのポイントは、この人がですね、ホワイトハウスで執事を務めはじめた頃は、1952年なんでまだ黒人は選挙権もなければ、もう人権が認められてなかった時代なんですよ。そっから始まって、アメリカの大統領が次々に人権を認めるような法律を作っていくんですね。少しずつ少しずつ黒人の地位が平等になっていくというのを、大統領が決定してサインするわけですよ。法律にね。それを横でずーっと見ていた男の話なんですよ。
(赤江・山里)ほー!
(町山)まずこの人は、南部の人種差別のヒドいところで、しかも奴隷は開放されているんですけど、まだあったんですね。プランテーションっていう黒人を働かせる農園は。要するにわずか少数の白人が地主として黒人たちをこき使っていたところが、まだ残っていて。安い給料で働かせてたんですけども、そこで生まれて。お父さんとお母さんがいなかったんで。この映画の中ではお父さんもお母さんも殺されるっていう風に描かれてるんですけど。
(赤江)うん。
(町山)お母さんはね、レイプされて頭がおかしくなっちゃうんですけど。これね、お母さんを演じてるの、マライア・キャリーなんですよ。
(赤江・山里)ええっ!?
(町山)マライア・キャリーが、ただのおばちゃんを演じてるんですよ。
(赤江)あの、マライア・キャリーが!?
(町山)いつもゴージャスなマライア・キャリーが。
(赤江)ゴージャスで華やかですよね。
(町山)超ゴージャスな。やり過ぎなぐらいゴージャスなマライア・キャリーがこの映画ではノーメイクでおばちゃんやってるんですけど。これね、この監督のリー・ダニエルズっていう監督が、元々プロモーション・ビデオを撮っていた人なんですね。それでマライア・キャリーと仲良くて、この人の前の映画『プレシャス』っていう映画でも、マライア・キャリーはノーメイクなんですよ。
(赤江)ああ、農場で働いている写真がありますけど、たしかにね。割とあっさりした感じに・・・
マライア・キャリー
(町山)普通のおばちゃんです(笑)。やっぱりだから、これ見ると人間化粧するえば誰でもある程度、かなりイケるんだっていうね(笑)。人はね、頑張ればどうにでもなるって思うんですけど(笑)。
(赤江)化粧マジックっていうのはありますからね。
(町山)化粧マジックがよくわかるんですけども。その主人公はですね、そこで子供の頃から邸宅で働かされるようになるわけですよ。白人の下で。で、これじゃあもうやってられないということで逃げ出して、ホテルで給仕とかをやるようになって、バーテンとしての能力とか掃除とかですね、ありとあらゆる執事としての必要な能力を1人で身につけていくんですね。主人公は。
(赤江)ええ。
(町山)で、まあホワイトハウスの方で募集してたんで、そこに入っていくんですけども。これちょっと面白いなと思ったのは、ホワイトハウスっていう名前ですけども、働いている人たちはみんな黒人なんですね。これね、知らなかったんですけどね。
(赤江・山里)ええー!
(町山)はい。厨房とか掃除してる人たちとか、全員黒人なんですよ。この映画だと。で、そこで彼が働いてですね、だんだん出世していくんですけども。そこでまず起こるのがですね、1957年にですね、最高裁判所が黒人と白人の学校を分けてて、白人の学校に黒人が入れないのは憲法違反であるという憲法判断を下すんですよ。それまで別々だったんですね。で、黒人の子供がですね、アーカンソーというところでリトルロックっていう州都があるんですけど、そこの高校に行こうとするんですね。
(赤江)はい。
(町山)そうすると、それを地元の白人がものすごい暴力で妨害するんですよ。黒人が白人の学校に来るんじゃねえ!っつって。もうモノ投げるは、むちゃくしゃなんですよ。で、それに対してですね、アイゼンハワー大統領が軍隊を出して、黒人の子供たちを守るっていう決定を下すっていうシーンが出てくるんですね。この映画の中で。これ、アイゼンハワー大統領はロビン・ウィリアムスって俳優さんが演じてるんですけども。やっぱりここから始まるんですよ。黒人の解放運動っていうのは。
(山里)へー!
(町山)ここまではなかったんですよ。100年ぐらい、南北戦争で奴隷解放してから、放ったらかしちゃったんですよ。南部っていうのは、ずっと。で、ここから始まって、まずその政府が自分の力で乗り出していって。南部っていうのは放っておいたら絶対によくならないから。白人が黒人を差別し続けるから。アメリカ政府、連邦政府が介入するしかないっていう事態になっていくんですよ。
(山里)うんうんうん。
(町山)で、ここですごく問題なのは、南部の人たち、南部で黒人の人たちっていうのは、いま平等になりましたけど、南部の人たちの自分の意思でなったんじゃないんですよ。全然。
(赤江)ええ!?どういうことですか?
(町山)アメリカ政府は強制的に南部の黒人の平等を達成したんですよ。だから今でも南部の人たちって、白人の人たちはブーブー言ってるんですよ。彼ら自身がいい気持ち、心になって解放したんじゃないんですよ。全然。
(赤江・山里)あー!
(山里)強制的に。
(町山)強制的にやらされたんで、今だにブーブー言ってるんですよね。それをすごく民主党のケネディとジョンソン大統領が、すごく黒人の解放運動を積極的にやったんで、南部の白人たちは民主党から離れたんですよ。
(赤江)いまだに響いてるんですね。
(町山)そういうことが分かるように映画は作られていて。で、その後ですね、今度はレストランがあってですね、レストランで白人席に黒人の学生たちが座るっていう運動を始めるんですよ。ここで白人席に座った黒人の青年が、この主人公の執事の息子なんですね。
(赤江・山里)うん。
(町山)それからその息子はどんどんどんどん、その黒人を解放するための直接的な運動に参加していくんですよ。最初はその、席に黙って座るとか、バスの白人席に座るとかそういった形の、座り込み運動。いくら殴られたり蹴られたりツバかけられたりしても、絶対に動かないっていう非暴力をするんですね。
(山里)うん。
(町山)そこでだんだん父親の執事と対立していくわけですよ。『あなたは大統領がいつまでたっても人種の平等を達成しない大統領に、へーこら仕えてて。あんたは今だに白人の奴隷じゃないか!』って息子が父親に反対するんですね。
(赤江)はー。
(町山)『僕はがんばって実際に平等を勝ち取ってみせる』って言って、息子と父親が対立していくっていう話がこのバトラーの中で出てくるんですけども。この息子は実在しないんですよ。
(山里)あっ、ここはお話として。
(町山)ここは実在しないんですよ。ここはすごく監督がわかりやすく、黒人には2つの人がいたと。2種類がいたと。徹底的に戦おうとする人たちと、自分の生活を守ろうとする人たちと、2種類がいたってことを象徴させてるんですけども。ただ、この執事も黙って仕えながらも、自分の尊厳っていうものを大統領に見せていくんですね。
(赤江・山里)うんうん。
(町山)立派な人間であることを。そこで次々と大統領が、彼と話すことによって、黒人っていうのも立派な人がいるんだっていうことを分かっていくということで、少しずつ大統領の心を変えていくっていう仕事をするんですよ。その執事が。
(赤江)黒人の人への理解を深めてもらうという意味ではね。
(町山)そう。近くにいて、いつも世話をしてくれるんだもん。だって。で、レーガン大統領の奥さんとかが、彼をですね、初めてホワイトハウスの主賓としてディナーに招待するんですよ。黒人として。執事である彼を。っていうの、実際にあったことなんですけど。そういうのを、いっぱいそっくりさんの、そのナンシー・レーガンっていう奥さんを演じてるのがジェーン・フォンダなんですよ。ジェーン・フォンダっていうのは実は、ベトナム反戦運動やっていた、反体制の人なのに、その人をものすごく保守的なナンシー・レーガンの役をやらせたりですね。
(赤江)へー!
(町山)すごい面白いキャスティングをしてますよ。これ。ジョン・キューザックっていう、昔はイケメンだった僕と同い年の俳優がですね、ちょっと年とってほっぺたが垂れちゃったんでニクソン大統領を演じてたりですね。かわいそうなんですけど(笑)。そう、いろんな俳優さんが次々と歴代の大統領のそっくりさんを演じてるのがすごく面白い。
(赤江)似てますよね!レーガン大統領とか、似てる!
(町山)これ、顔似てる人を選んでるんですけど。俺、悲しくなりましたけど。ちょっとね、同い年でね(笑)。人間、年とると結構こうなっちゃうなって思って。で、あとね、ロックスターのレニー・クラビッツが執事の1人をやってるんですけど。やっぱり全然執事に見えませんね。この人ね(笑)。
(赤江)(笑)
(山里)やっぱりレニー・クラビッツ。
(町山)こんなヤツ、執事じゃねーだろ!って思うんですけど。そういうところも面白いんですけど。で、この映画はやっぱりずっと通して見ると、このわずか30年間の間で本当に奴隷同然だった黒人がですね、だんだん平等になっていって。それで、最終的にはオバマ大統領の誕生まで頑張ったんだってことがよくわかるんですよ。で、実際にこの執事の人はですね、90何歳まで生きたんですけど、死ぬ直前にオバマ大統領の就任式に招かれましたね。
(赤江・山里)へー!
(赤江)そうだったんですね。
(町山)ものすごい感慨だったと思いますよ。
(赤江)それはそうですよね!
(町山)まさか!と思ったでしょうね。
(赤江)8代の間に徐々に変わっていって。
(町山)徐々に徐々に変わっていって、とうとう達成したというね感じで、非常に感動的な映画がこの、ザ・バトラーですけどもね。すごく勉強になります。30年間をちゃちゃちゃっと見せてくれるんで。アメリカの歴史がよくわかります。
(赤江)ということで、今日はホワイトハウスに仕える黒人執事を描いた映画、ザ・バトラーをご紹介いただきました。これはちょっとね、いいですね。
(山里)うん。勉強にもなるしね。
(町山)すごく勉強になります。楽しく。
(赤江)やっぱり体制を変えたい時っていうのは、徹底的に戦う北風方式と、実際に理解してもらう太陽方式みたいな、両方があって初めて達成できるのかな?みたいな気になりましたね。
(町山)最後は息子と父の対立もね、どうなるか?っていうところも見せ場ですね。
(赤江)どっちかだけだと難しいのかもしれないですね。
(町山)はい。息子は途中で過激暴力組織の方に入ったりするんですよ。いつまでたっても平等が達成されないから。そういう確執も描いてます。
(山里)実在した人が、本当の影の立役者だった人っていうね。
(町山)そうなんですよ。
(赤江)日本では、来年の春公開予定です。町山さん、ありがとうございました。
(町山)はい、どうもでした!
<書き起こしおわり>