町山智浩『アメリカン・フィクション』を語る

町山智浩『アメリカン・フィクション』を語る こねくと

町山智浩さんが2024年2月27日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『アメリカン・フィクション』について話していました。

(町山智浩)今日はですね、映画館じゃないんですね。Amazon Prime Video独占配信が今日から日本ではスタートした『アメリカン・フィクション』という映画をご紹介します。

(町山智浩)はい。いきなり真島昌利さんのソロ『アンダルシアに憧れて』。聞いていただいていますが。これ、歌詞を聞いてください。はい。この歌はブルーハーツにいたマーシーさんの昔の……これも20年以上前の歌だね。聞いたことはありますか?

(石山蓮華)聞いたことはあります。

(町山智浩)『アンダルシアに憧れて』という歌なんですけど。これ、結構ヒットしたんですが。カバーもいっぱいされてますけども。歌詞の中で今、聞いたところで「スタッガーリーは言うのさ」って歌詞が出てくるんですよ。当時、「スタッガーリーって何?」ってみんな、なったんですよ。歌詞の中に「スタッガーリー」っていうのが何回も出てるんですよ。もう1回、出てくるのかな? 敵のギャングのボスの名前なんですけど。「これ、何だろう? スタッガーリーって?」って思ったいら、今回紹介する『アメリカン・フィクション』の中に非常に重要な役で出てくるんですよ。スタッガーリーが。

(石山蓮華)はい。

「スタッガーリー」が非常に重要な役で出てくる

(町山智浩)で、この『アメリカン・フィクション』っていう映画はですね、真面目な元大学教授でハーバード大学出身のインテリの黒人の作家が、あんまりにも本が売れないもんで。「俺はギャングだ」って嘘をついてですね、ギャングの自叙伝を書いたらベストセラーになっちゃったっていうコメディです。

(石山蓮華)本人はエリートなのにということですか?

(町山智浩)はい。もうエリート中のエリートで。お父さんはお医者さんだし。家は結構、豪邸で。別荘まで持ってるようなアフリカ系の人で。家族がみんな、自分以外は医者だったりするんですね。で、ギリシャ悲劇をもとにした純文学の小説を書くんですが、全く売れないんですよ。で、大学教授をやっていたんですけど、クビになっちゃって。お金がなくなっちゃって。それで困って「俺は実はギャングで」っていう嘘の自叙伝を書いたら、もうめちゃくちゃ売れちゃって困るというコメディですね。これが今回のアカデミー賞で作品賞、脚色賞、作曲賞、主演男優賞、助演男優賞の5部門にノミネートされてます。

(石山蓮華)すごいですね。

(町山智浩)それなのに、なぜか日本では劇場公開がないんですよ。

(でか美ちゃん)私、正直この作品の存在も今日、知りましたもん。

(町山智浩)はい。宣伝も全く行われてません。で、これはAmazon Primeで独占配信なんですが、アマゾンが所有してるMGMという映画会社で作った映画で。アメリカでは劇場公開されたんですが、日本では配信ストレートという感じです。ただ、すごく面白いです。でも、いきなり見ると日本の人にはわからない点もあるので、ちょっと説明させてもらいますと……まず『アメリカン・フィクション』というタイトル。「フィクション」っていうのは小説ですね。で、もうひとつ、フィクションってのは「それはフィクションだよ」っていう……「作り話」っていう意味がありますね。その両方で。さらにこれは小説家なのに自叙伝として……つまりノンフィクションとしてでっち上げの小説を売るって話なんで。なのでフィクションをノンフィクションとして売るという話なんで、そのへんを引っ掛けたタイトルになってるんですが。

この主人公はね、モンクというあだ名で呼ばれてる、さっき言ったハーバード出で、お父さんがお医者さんで。大学教授をやっていた作家なんですけども。まず、クビになっちゃうのは学校の授業で愚人を蔑視した言葉、差別用語で「N-I-G-G-A」っていう言葉があるんですね。まあ「コーヒーが苦い」みたいな感じの言葉があって。これは、使っちゃいけない言葉なんですね。黒人の人が黒人に対して言うのはいいんですけど、白人が言っちゃいけないんですよ。でも、彼は黒人なんでその言葉を授業で使ったんですね。小説の中に出てくるから。そしたら白人の女性の生徒が「それは差別だ!」って言って。それで彼はクビになっちゃうんですよ。

(石山蓮華)ええーっ? なんかねじれている感じがありますね。

(町山智浩)そう。

(でか美ちゃん)その文脈の中でも、ダメだったのか。

(町山智浩)そういうコメディなんですよ。差別とか、そういったものに関してのね。で、彼自身は非常にもう豊かに育って、インテリで。でも、やっぱり道端で手を挙げてタクシーを止めようとすると、止まってくれないんですよ。彼がお金持ちなことなんか、タクシー運転手は知らないわけなんですよね。だからタクシーは通り過ぎてくんですよ。っていう、差別の現状についてのいろんな皮肉が描かれている映画なんですね。で、これを演じてるのはね、ジェフリー・ライトさんという俳優さんで。これでアカデミー賞ノミネートされてますけど。彼も、お父さんが弁護士の人ですね。

(石山蓮華)へー!

(町山智浩)で、彼は『007』シリーズでずっとジェームズ・ボンドの相棒みたいな、CIAのスパイのフェリックス・ライターとかを演じてた人で。結構、見るといろんな映画に出てくるから「ああ、あの人だ」ってわかると思いますけど。ずっと脇役でやってきた人で、今回堂々、主演でアカデミー賞のノミネートされてますけど。で、彼はなんでそういう「自分はギャングだ」っていう嘘小説を書くことにしたかっていうと、ブックフェアというところに行くんですよ。これ、ブックフェアっていうのは日本にはないのかな? 僕ね、昔アメリカで1冊だけ、本を出したことがあるんですよ。20年ぐらい前なんですけど。その時にもブックフェアにかけられて、いろいろあったんですが。アメリカって、出版する前に本の印刷部数を決める前に、まずブックフェアにかけるんですよ。ブックフェアっていうのは書店とか読書関係のメディアとかが集まるところなんですね。そこで宣伝をかけて、マーケティングをかけて、それから部数を決定するんです。

(石山蓮華)見本市みたいなことですか?

(町山智浩)そうです。だから、アメリカはそのベストセラーが出る時に、いきなり「ベストセラー」って書いてあるんですよ。発売したばっかりなのに。

(石山蓮華)新刊なのにベストセラーが決まってるんですか?

(町山智浩)どうしてかっていうと、そのブックフェアでもって部数が何十万部とか、先に決まってそれを刷るからなんですね。

(でか美ちゃん)もう見えてるからなんですね。先が。

(町山智浩)そう。注文とかを先に取ってあって。まあ、今は少し変わったんですけど。Amazon中心になっちゃって、書店がだいぶ潰れたんで。前はそれだったんですよ。だからベストセラーは最初から決まってたりするんですよ。それはブックフェアで決定するんですね。で、そこに行くんですけど。そこですごいベストセラーんなる本が宣伝されてるんですけど。それが、『We’s Lives in Da Ghetto』っていう英語タイトルの……日本語に訳すと「俺たち、ゲットーに住んでいる」というタイトルの本なんですけど。これ、英語のタイトルが文法がでたらめなんですよ。正しくは「We live in the Ghetto」なんですけども。「We’s Lives」とか、もうめちゃくちゃなんですよ。「is」がいらないみたいなね。で、なぜそんなタイトルか?っていうと、これは教養のない黒人のでたらめ文法のタイトルなんですね。それもまた差別的でしょう?

(石山蓮華)そうですね。

(町山智浩)ところがこれを書いてるのは、黒人女性の作家なんですよ。で、「私は黒人の貧しい人たちの生活があまりにも知られてないので、それを書こうと思った」って宣伝をしてるんですよ。ところが、その女性作家は一流大学を出て、一流出版社で働いていたエリートなんですよ。

(石山蓮華)あら、皮肉な……。

(町山智浩)これ、実話なんですよ。

(石山蓮華)ええーっ?

(でか美ちゃん)なんか、やだなー。

実話をベースにしている

(町山智浩)これね、2009年に日本でも公開された映画で『プレシャス』という映画があって。黒人のすごい肥満の少女が父親にレイプされたりとかね、母親に虐待されたりして。で、貧しくて字も読めないんですけど、字が読めるようになって。ある先生の教えで。で、ひどい境遇から脱出するために、母親と対決するっていう映画だったんですね。これも結構、アカデミー賞で主演女優賞候補かなんかになっていた映画なんですが。これも書いた人はですね、サファイアっていう女性作家で、黒人女性だったんですけど。ちゃんと大学を出てて。別に貧しくないんですよ。ただ、貧しい人たちのことを研究して書いた小説だったんで、当時も問題になったんですよ。「それはリアルなのかどうか?」っていうことで。「それは一種、貧しい黒人を商売のネタにしたんじゃないか?」という批判を受けたことがあったんですけど。それをモデルにしてるんですね。この話は。

で、それを見て「こんなことはやっちゃいけないんだ」と主人公のモンクは思うんですけど。お母さんがね、アルツハイマーになっちゃうんですよ。で、もう24時間介護の施設に入れなきゃなんないんですけど、それがすごい高いんですよ。アメリカって。日本も高いですけどね。で、彼はさっき言ったみたいに大学をクビになっちゃって。別に小説も売れないし、金がないんですよ。で、彼の妹は中絶医をやっていて、それなりにお金があったんですけど。この「中絶医」っていう職業も皮肉な職業にしてて。妹はその命をいつも狙われてるんですよ。アメリカの中絶に反対する人たちは、その中絶医院を爆破したり、医者を銃で撃ったりするんで。

(でか美ちゃん)そんな過激な……。

(町山智浩)これ、コメディですからね?

(石山蓮華)なんか、聞いていると「うん、うん……」って思っちゃいそうですけども。

(町山智浩)そう。原作小説はコメディじゃないんですけど。映画にする時に完全にコメディにしていて。そういうところを全部、皮肉にしてるんですよ。で、弟も医者で、美容整形外科医なんですけども、お金はないんですよ。離婚されちゃって。白人女性と結婚したんですけど、白人の男性とセックスしているところを見られて、離婚されて。子供もいたんで、賠償金を払っていてお金がないんですね。このへんもギャグですよ?

(でか美ちゃん)自業自得だけど、散々だな(笑)。

(町山智浩)だから、お金がないから、モンクはどうしてもベストセラーがほしいんですよ。で、やけくそになって、酔っぱらって一気に……「俺はギャングで、人を殺して逃げていて。こんな苦労して、父親は役立たずで」とかね。本当は父親、お医者さんなんですけど。で、その貧しい黒人の主人公というか、書いてる本人がギャングになっていくっていうのを書いて。で、それをエージェントに持ち込むんですね。で、アメリカはね、小説家とか物書きはみんな、エージェントに所属してるんですよ。そこが出版社に売り込むんですよ。だから、芸能プロみたいになっています。それでエージェントが「これ、すげえな! これ、売れるよ!」って言うんですね。そうすると「いや、それは全部でたらめだぜ? 知ってるんだろ?」っつったら「お前はわかってない。読者って馬鹿なんだぜ!」ってエージェントに言われるんですよ。それで「本当かよ? 信じられねえな」とか言っているんですけども。それを出版社に持ち込んだら「すごい! これはめちゃくちゃ売れるから、100万部刷ろう!」みたいな話になっちゃうんですよ。

(石山蓮華)うわー、いきなり……。

(町山智浩)で、もういきなり、出版される前からハリウッドで映画化が決まっちゃうんですよ。

(石山蓮華)トントン拍子ですね。

(町山智浩)これ、アメリカはエージェントが出版社に送ると同時に、アメリカの映画会社全部に送りつけるんですよ。だから出版と同時に大抵、映画が決まってるんですよ。

(石山蓮華)すごいメディアミックスというか。

(でか美ちゃん)ねえ。そんなことしてたら、トラブルも起きそうだけど……とか思っちゃう。

(町山智浩)そうそう。だからコントロールできなくなっちゃうんですよね。それでなんとか……「これ、本当にベストセラーになったら俺本人がギャングとして世間に出なきゃなくなる」ってなって。

(でか美ちゃん)著者インタビューとか、どうすんのよ?っていうね。

(町山智浩)できないんですよ。ハーバードを出てて。で、その黒人の貧しい人たちの言葉っていうのも、彼は知らないから。ラップとかを聞いて、真似して書いてるんだから。そういう風にしゃべれないんだもん。で、何とかこの出版を阻止しようとするっていうコメディなんですよ。

(でか美ちゃん)すごい、なんかいろんなねじれ構造の。

(町山智浩)そうなんです。

(石山蓮華)面白い映画ですね!

小説の出版をなんとか阻止しようとする

(町山智浩)面白そうでしょう? で、この時に彼がペンネームとして使うのは「スタッガーリー」という名前なんですよ。

(でか美ちゃん)ああ、ここに出てくるんだ。

(町山智浩)で、このスタッガーリーというのは実在の人物なんです。この人、1800年代に実在した黒人のギャングっていうか、ヒモみたいな人なんですけど。すごくおしゃれしていて。酒場で喧嘩になった時に、すごく高い自慢の帽子を喧嘩の相手に取られちゃうんですね。で、取られたんで、いきなり相手を射殺して逮捕されてるんですよ。実際に。で、ひどい話なんですけど、それがその後のブルースマンとかロックンローラーとかラッパーの間でこのスタッガーリーがヒーローになっていくんですね。つまり「人を殺すほどおしゃれなやつ」っていうことで。

(でか美ちゃん)ものは言いようっていう感じがしますけどね。人を殺してるんだけど……っていう。

(石山蓮華)おしゃれに命をかけるみたいな。

(町山智浩)まあ、アウトローヒーローとして称えられていったんですよ。ものすごい数の歌があるんですね。スタッガーリーを歌った歌って。いろんなジャンルで。それを名前にして、彼はペンネームにするんですね。そしたら、要するに「俺は人をちょっとやっちゃったぜ」みたいなことを書いてるから、FBIまで彼を逮捕しようとして追っかけ始めるんですよ(笑)。

(石山蓮華)どんどん、出てない本のために……。

(町山智浩)ねえ。でたらめなのに。「どうしよう?」っていう話なんですね。

(でか美ちゃん)あらすじだけ聞くとね、重い要素もあるのかな?って思うけど。意外とドタバタ何じゃないか?っていう。

(町山智浩)ドタバタです。後半とか、めちゃめちゃになります。でもその奥には一番大きな問題があって。「黒人」っていうとみんな、「貧しい」って思ってるじゃないですか。

(でか美ちゃん)差別をされていて……とかね。

(町山智浩)テレビで、要するに貧しい黒人ばっかり出てくるから。でも実際、アメリカの黒人の貧困率って、わずか17.1%なんですよ。日本の貧困率って、15%ぐらいですよ? 日本人とほぼ同じですよ。だから黒人のほとんどは、中流です。しかもアメリカだと貧困率っていうのは相対的に出るものなので。アメリカだと年収220万以下だと「貧困」になるんですよ。でも日本の貧困のラインっていうのは、127万円なんですよ。だから、アメリカの黒人の方が、お金持ちです。アメリカの黒人の平均年収は4万8000ドルですから、現在の日本円に直すと726万円です。日本人の平均年収は400万円台ですよ。それなのに、日本人は「黒人は貧しい」って思い込んでるでしょう? そこに問題があるんですよ。それは、メディアも黒人自身も「貧しい黒人像」っていうのを売ってたからなんですよ。それを非常に皮肉った映画がこの『アメリカン・フィクション』なんですね。だからね、本当にメディアっていうものに騙されて、みんないろんなイメージを作ってるけど。本当は全然違うんだよっていうことですね。でも、そうしないと売れないっていうね。

(でか美ちゃん)「読者は馬鹿だから」っていうのもあながち間違いじゃないという事実があるから、しんどいですよね。自分自身もそうだなって思う時あるし。やっぱり刺激的なものに飛びついちゃうし。

(町山智浩)「それに合わせないと売れないよ!」とか言われるんですよ。それで主人公は悩むんですけど、お金がないし……みたいなね。ということでね、これは面白いですよ。『アメリカンフィクション』。

(石山蓮華)ちょっとぜひ、見てみようと思います。今日はAmazon Prime Videoで今日から配信が始まった『アメリカン・フィクション』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

『アメリカン・フィクション』予告

<書き起こしおわり>

石山蓮華とでか美ちゃん『アメリカン・フィクション』を語る
石山蓮華さんとでか美ちゃんさんが2024年3月5日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『アメリカン・フィクション』について話していました。
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