町山智浩さんが2023年11月7日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ナイアド ~その決意は海を越える~』について話していました。
(石山蓮華)そして今日は、町山さん。何をご紹介いただけるのでしょうか?
(町山智浩)今日はNetflixで先週11月3日からもう配信中なんですけれども。『ナイアド』という変なタイトルの映画で。『ナイアド ~その決意は海を越える~』という映画を紹介します。
(町山智浩)今、流れているのはクロスビー・スティルス・ナッシュ & ヤングというね、ヒッピー世代のバンドの曲のなんですけど。こういった曲を聞きながら、遠泳をしていた人の話で。この人、60歳にして……ナイアドっていうのは人の名前なんですが。ダイアナ・ナイアドさんという女性が64歳でキューバからアメリカのフロリダに向かって160キロを泳ぎ切ったという事実を元にした映画なんですけども。
(石山蓮華)ええっ?
(町山智浩)で、この人は頭の中にプレイリストが入っていて。自分の好きな……今、後ろでかかっているのはこの人のプレイリストから放送してるんですけども。その曲を歌いながらずっと泳いでいくっていう人なんですよ。
(でか美ちゃん)脳内でかけながら。
(石山蓮華)えっ、歌いながら?
(町山智浩)やっぱり泳いでいると、飽きちゃうでしょう? 160キロもね。
(でか美ちゃん)ちょっと違うことを考えるじゃないけども。無心になれるようにしてるんですかね。
(町山智浩)そうなんです。あとね、テンポを取るためだって言っていましたね。
(でか美ちゃん)たしかに!
(町山智浩)で、これがとにかくすごいのは64歳でやったということで。キューバからフロリダまでの160キロっていうのは一応歴史上、この人を含めて3人しか、やり遂げたことはないというね。ものすごく難しいことなんですけれども。
(でか美ちゃん)で、他の方はたぶん、ナイアドさんよりもお若いですよね?
(町山智浩)もっと若いんです。で、このナイアドさんという人はプロのマラソン水泳の選手だった人で。28歳の時に1回、挑戦して。途中で失敗してるんですね。で、60歳の誕生日になった時に、誕生祝いをされちゃうわけですよ。嫌なのに。僕もね、「60過ぎたらもう誕生祝いはしないでくれ」って言ったんですけど。
(石山蓮華)ああ、そうなんですか。
(町山智浩)そう。でもやっぱり還暦だからされちゃうわけですよね。そしたらもう、「これからおばあさんの仲間入りなのよ」みたいなことを言われるわけですよ。それでカチンと来てね。「だったら私はこれからキューバ・フロリダに挑戦する」って言い始めちゃうんですよ。
(石山蓮華)へー! 60歳から始めるんですね。
(町山智浩)60から始めるんです。だから30年以上ブランクがあったんですよ、この人は。
(でか美ちゃん)そうか。ずっとやっていたんじゃないのか。結構無謀な……そのちょっとのカチンで結構無謀な決心しましたね。
60歳でキューバ・フロリダ160キロ遠泳に挑戦
(町山智浩)すごい無謀なんですよ。だから周りも全部、やめさせようとするんですけれども。ただね、この人はものすごい自信家でね。「私はそういうことをするために生まれてきた!」とかね。「私は他の人とは違う!」とか言っていてね、全然言うことを聞かないんですよ。で、またナイアドっていう名前がね、すごく奇妙な名前なんですけども。これ、本名っていうか、お父さんの方の名前でね。ギリシャの名前なんだそうですけど。水の精霊、水の神の名前なんですって。
(でか美ちゃん)へー! なんか運命的な名字ですね。
(町山智浩)そうなんですよ。で、昔、子供の頃にフロリダに住んでいて。で、お父さんから「キューバからここまで泳いだ人はいないんだけれども、お前ならできる!」って言われていたんですね。ちっちゃい頃に。で、その夢を実現しようとするんですけども。まあ、何度も挑戦するんです。実は1回では成功しないんですよ。何度も何度もやって、やっぱりうまくいかないんですよ。で、まず海流が非常に読めない。で、いくら泳いでも押し戻されるところがあるっていうのと、あとはやっぱりすごく水温が下がってくると、体温が下がって泳げなくなって。それで1回、挫折してるんですね。あと、サメがいっぱいいるんですね。
(でか美ちゃん)そりゃあ、たった数人しか成功しないですね。本当に過酷なんだ。
(町山智浩)過酷なんですよ。とにかくサメがいっぱいいて。で、サメがいた場合、刺したり撃ったりしてサメを蹴散らすことができないんですって。サメから出血すると、余計にいっぱいサメが集まってくるから。
(でか美ちゃん)ああ、そういうことか!
(町山智浩)だからサメを追い散らすのもすごく難しいんですって。で、それをまずどうするか?ってことを考えなきゃなんない。で、あと彼女、ナイアドさんが挑戦した時にですね、3回目で死にそうになるんですよ。それはね、クラゲに刺されるんですよ。
(でか美ちゃん)うわー、いろんな困難があるな。
(町山智浩)そのクラゲは普通のクラゲじゃなくて、ハコクラゲという特殊なクラゲで。死亡率がものすごく高い毒を持ってるんですよ。
(でか美ちゃん)よく逆にこの3回目までね、今まで……。
(町山智浩)少しずつ少しずつ、何度もチャレンジするうちに「これが問題だ、これが問題だ」っていうことを見つけてくんですよ。
(でか美ちゃん)どんどん解決はしつつ。
(町山智浩)そうなんです。たとえばサメに関しては、追い散らすことはできないから、超音波を出す機械を使って。専門家を雇って呼んで、サメを超音波で追い散らすんですね。それからクラゲの方はね、途中で「これは非常に危険だ」ってことで、刺された後、2時間以内に解毒剤を打たないと死んじゃうんですって。
(でか美ちゃん)めちゃめちゃめ怖い! すごいやばいクラゲじゃないですか。
(町山智浩)すごくやばいんです。ハコクラゲはね、本当にものすごく死者が増えてるんですって。地球温暖化で。
(でか美ちゃん)タイムアップまでが早いですね。
(町山智浩)すごく早いんですよ。心臓が停止するんですね。これ。なんか高カリウム症とかいう非常に奇妙な病気になって、心臓が停止するんですね。
(でか美ちゃん)なんかシンプルに、泳ぎに全く適してないんですね。
(町山智浩)全く適してないから、誰もやらないんですよ(笑)。途中で「同じ距離だったらここでやらなくても、もっと安全なところでやればいいのに」とか言われたりするんですけど。ただ、子供の頃にお父さんに「やれ」って言われたから、それをやらないと自分はダメなんだと思ってるんですよ。このナイアドさんは。もう本当にみんなに「やめろ」とかね、いろいろ言われながらもやり続けるんですけど。ただ、お金をどうするか?っていう問題があって。これ、1回ごとに1億円ぐらいかかるんですよ。
(でか美ちゃん)ええっ? 思ったよりもかかっている!
(町山智浩)かかるんですよ。これ、40人ぐらいのスタッフで……そのサメの専門家とか、海流の専門家、それから緊急医療をする部隊とかね、そういうのが全部並走する形になるんで、ものすごい規模がでかくてお金がかかるんですけど。で、お金をどうするか?っていうと、テレビとかね、あとは成功した場合に独占インタビューを受けるとかね。そのトライしている姿をテレビで放送させるとか、そういうことで。雑誌社とかとも契約して。それから成功した場合に出版するとかね。いろんな形でお金を集めていくんで、この人はマスコミに出まくるんですよ。それで、出れば出るほど嫌われていくんですよ。
(でか美ちゃん)ええーっ? なんか、ちょっと想像だと老人というか。「おばあちゃん、頑張っていてすごいな」ってなりそうだけど。
(町山智浩)そう。で、もう既に成功したっていうことはネタバレでも何でもなくて。成功したから映画化されているわけなんですけども。成功した後もね、「これは実際はインチキしてる」っていうので彼女、めちゃくちゃな叩かれ方をするんですよ。
(でか美ちゃん)彼女アンチが多いんだ。
(町山智浩)アンチをすごい増やしちゃったんですよ。
(石山蓮華)なんでなんですか?
(町山智浩)あのね、「私は優れている。私はグレートだ」って言いまくったんですよ。テレビで。
(でか美ちゃん)じゃあ、ちょっとキャラというか、そういうところがあんまり好かれなかったんですかね。
(町山智浩)「私はすごい。他の人とは違う」って。
(でか美ちゃん)でも実際にすごいのになって思いますけどね。
強気な発言で叩かれまくる
(町山智浩)それでね、水泳業界からめちゃくちゃ叩かれて。で、「彼女はオリンピックに出場もしていないじゃないか。メダルも取っていない。大した記録がない。水泳選手としても別に大したものじゃないのに、なんでこんなに偉そうなんだ?」って水泳業界を全部、敵に回しちゃうんですよ。
(でか美ちゃん)しかもそれで、みんなが心配するような無謀な挑戦するってなると……なるほど。
(石山蓮華)それで4回、失敗してますもんね。
(町山智浩)そう。だから普通、こういう映画になると、「非常に根性のある人で、素晴らしい人だ」っていう風に描かれるんですけど、そうじゃなくて。見てる方もね、「なんだ、このおばちゃんは?」っていう気持ちにちょっとなるんです(笑)。で、協力してるスタッフに対してもね、言い方がすごくて。「私に協力することで、歴史に残れるのよ!」とか言ったりするんですよ。
(石山蓮華)「私は雇ってやるんだ」みたいな?
(でか美ちゃん)そうかー。ちょっと敵、作りやすいかもなー。
(町山智浩)この人、敵を作りやすい人なんですよ。ただ彼女を一生懸命支えるのはですね、ボニー・ストールさんという……あ、そうそう。彼女はね、ご飯を食べながら泳ぐんですよ。
(でか美ちゃん)えっ、そんなことできるの?
(町山智浩)だって体力が必要ですからね。で、どのぐらいのペースで食べるかとか、そういう健康管理をするプロのトレーナーの人がいて。その人がボニー・ストールさんっていう人なんですけど。その人は相棒で、ずっとこのわがままなナイアドさんを支えていくんですね。これね、この映画でこのナイアドさんとボニー・ストールさんのでこぼこコンビというか、掛け合い漫才みたいなものがものすごく面白いんですよ。これね、演じてるのはね、ナイアドさんを演じているのがアネット・ベニングさんという女優さんで。この人は実際にこの映画に出た時に64歳でした。
(でか美ちゃん)本当に同い年だ。
(町山智浩)すごいですよ。ほとんど水中シーンなんでね。ずっと泳いでないといけないんで。
(でか美ちゃん)そうですよね。いくらお芝居とはいえ、めちゃめちゃすごいですよ。
(町山智浩)大変なんですけども。で、その相棒の、ブーブー言いながら彼女を支える役がジョディ・フォスターです。あの『羊たちの沈黙』のね、アカデミー賞女優ですけども。僕と同い年ですね。1962年生まれですね。彼女も今年61歳か。もう、ちょっとショックですけどね。ジョディ・フォスターさん、子役で出てきた時からね、同い年で。一緒に成長してきたんですよ。だからすごいショックで。
(でか美ちゃん)タメだなって思いながらね。
(町山智浩)「お互い、歳を取ったな」って感じですけどね。
(でか美ちゃん)「町山世代だ」って言ってほしいですよ(笑)。
『ナイアド ~その決意は海を越える~』
この2人が主演なら間違いないやつじゃん、、早く観よ pic.twitter.com/Hb097vPXYx— つるり (@pochopinton) November 7, 2023
(町山智浩)これね、この人自身もラケットボールっていう壁打ちのスポーツの選手だったということなんで。このボニーさんね。で、ジョディ・フォスター、すごい筋肉になっていてね。めちゃくちゃ鍛えていて。「すげえな。60でこんなに筋肉つくのか」と思ってね。「頑張ろう」と思いましたけど。で、この2人が面白いのはこれ、2人ともレズビアンなんですね。このナイアドさんとボニー・ストールさんは。で、最初は付き合おうと思ったんですよ。恋人同士みたいな。そしたら、性格的に非常に問題があるんで、恋人同士にはなれなかったんです(笑)。
(でか美ちゃん)「恋人としてはちょっとな……」ってなっちゃったんですね(笑)。やっぱり気が強くて。
(町山智浩)「これはちょっと無理だな」ってなったんですね。ただ、親友になったんですよ。恋人にはなれないけど、友達にはなれるっていう。
(でか美ちゃん)ボニーさん、だいぶ心広いな。
(町山智浩)そう。これを見るとね、やっぱりしょっちゅうブチキレてるんですけど(笑)。「もうあんた、上から目線で本当にむかつく!」とか言って、しょっちゅう切れてるんですけど、何度切れても支え続けるんですよ。この2人の友情がめちゃくちゃいいんで。これ、たぶん2人ともアカデミー賞の主演女優賞、助演女優賞に行くなって。ノミネート確実かなっていう感じです。で、この2人の関係性と、あともう1人、航海士がいるんですね。波を読む人。そのおじさんがね、またいい人でね。最初は「わがままに付き合ってらんねえよ!」って感じなんですよ。特に「嵐が来るから今回は行かない方がいいよ」っていうのに、このナイアドさんはわがままだから「行くわ!」って行って、本当に嵐に巻き込まれて、船が沈没しそうになるんですよ。
(でか美ちゃん)言うことを聞かないから(笑)。
(町山智浩)「お前はスタッフの命のことも考えてないし、自分のことしか考えてない」って。しかも、もうボランティアでやってるんですね。で、お金がなくなっちゃうんです。破産しちゃうんですよ。それでもね、やっぱりこの人のものすごい、なんていうか挑戦、チャレンジにやっぱり参加したいなっていうことで、みんな参加していくんですよ。
(でか美ちゃん)なんかアンチが多い人って、カリスマ性もありますもんね。結局。
なぜ「私はグレート」と言うのか?
(町山智浩)そうなんですよ。それでね、途中からわかってくるんですけど。「なんでこの人は『私はグレートで……』って言い続けるのか?」っていうと、まずね、お父さんが子供の頃に家を捨てて出ていっちゃったんですよ。で、ちっちゃい頃にお父さんが家を捨てていくと「自分は見捨てられた」っていう気持ちになりますよね? で、彼女にとってキューバからフロリダに行くっていうのは、キューバからフロリダに行くことで、お父さんとの約束を果たすっていう……。
(でか美ちゃん)ああ、そうか。ナイアドっていう名前だし。お父さんにも言われたんですもんね?
(町山智浩)そう。お父さんの名字なんで。だから「父親に見捨てられた」っていう自分の人生の出発点を解消するための戦いなんですね。それともうひとつは、この人ね、お父さんコンプレックスがあったんで、そのオリンピックチームの時のコーチにお父さん的なものを見いだして、過剰にコーチを好きになって、14歳の時にレイプされちゃうんですよ。いわゆるグルーミングっていうやつですね。「君はいい子だね」って言いながらやられちゃって。で、その傷みたいなものを乗り越えるためにも「私は勝つ! 私は勝つ!」って言い続けるんですよ。
(石山蓮華)自分自身に言い聞かせてるんですね。
(でか美ちゃん)それゆえの言動だったんだ。
(町山智浩)そうなんですよ。だから、モハメド・アリと非常によく似ていますよ。モハメド・アリはいつも「俺はグレートだ!」って言い続けて、すごく反感を買ってたんですけど。あれは差別と戦うために、自分にそう言い聞かせてたんでね。だからね、いろいろと毀誉褒貶のある人なんですけれども。実際にその64歳で泳ぎきった時の最後に彼女が言う言葉っていうのは、それまでのいろんなものを吹き飛ばす言葉なんで。ぜひ、ご覧になっていただきたいなと思います。
(でか美ちゃん)楽しみ。見ましょう!
(石山蓮華)勇気がもらえそうですね。
(町山智浩)で、これはNetflixで見れるんですけども。実は、もうすぐ公開の『正欲』という日本映画を紹介しようと思ったんです。今週公開かな?
(石山蓮華)今週の金曜日、10日公開ですね。
(町山智浩)そうなんですよ。新垣結衣さんと稲垣吾郎さんのガッキー対決が素晴らしい映画なんですが。
(石山蓮華)ああ、本当だ!
(でか美ちゃん)ガッキーガッキー対決だ。
(町山智浩)これね、どう頑張ってもね、公開前に話すことが非常に難しい映画なんで。構成上。映画の中身のトリックみたいなところでね。なので、来週話しますので(笑)。
(でか美ちゃん)公開した後に。
(石山蓮華)『正欲』。朝井リョウさんが原作の映画ですね。
(町山智浩)何を言ってもネタバレになりそうで怖いから、やめました。
(石山蓮華)わかりました。これも楽しみです。ありがとうございました。今日はNetflixで配信中の映画『ナイアド ~その決意は海を越える~』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。
(町山智浩)どうでした。
『ナイアド ~その決意は海を越える~』予告
<書き起こしおわり>