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佐久間宣行とオークラ バナナマンとの出会いを語る

佐久間宣行とオークラ バナナマンとの出会いを語る 佐久間宣行のオールナイトニッポン0
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オークラさんがニッポン放送『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』に出演。佐久間さんとはじめてバナナマンと出会った際に受けた衝撃について話していました。

(佐久間宣行)続いてはこんなテーマでお送りします。東京お笑い第5世代・青春時代。オークラさんが東京お笑い第5世代の芸人たちと出会った頃の話をうかがっていきます。これ、僕はちょくちょく聞いていたんだけど、聞くと面白いから体系立てて聞きたいなと思っていて。そしたらオークラさんから目次が送られてきたのよ(笑)。

(オークラ)フフフ(笑)。

(佐久間宣行)目次だけ読むわ。全部読めないかもしれないから。1個目、バナナマンは最初からバナナマンだった。2個目、矢作はみんなのお兄ちゃん。3個目、ラーメンズのブランディング力。4個目、ザキヤマの覚醒。5個目がバカリズムの戦い方。6個目が東京03、お笑いブーム後の奇跡(笑)。これ、もう本を書いた方がいいって! フハハハハハハッ!

(オークラ)はい、もうね……(笑)。

(佐久間宣行)時間、絶対に足りないよ!(笑)。で、僕がやっぱり最初に聞きたいのは1個目。「バナナマンは最初からバナナマンだった」っていう、その出会いの話を聞きたいのよ。

(オークラ)これはもう何回も話していると思うんですよ。だから知っている人もいるかもしれないですけども。でも、佐久間さんもわかると思うんですけど、お笑い芸人って最初に自分がやりたいなって思うネタって絶対にあるはずなんですよ。いろんな芸人のネタを見たりとかして「あんなネタをやりたいな」って思って実際に自分でネタが書けたとして、それを演じてみた瞬間に絶対にできないんですよ。

(佐久間宣行)ああ、みんな「違う」って思うんだよね。たとえばオードリーとかも何回かネタを変えてきて、あそこにたどり着いたんだもんね。

(オークラ)結局そこで笑いやすいネタになると、だいたいいまある誰かのフォーマットに近くなってきて。結局、よくあるような漫才とかになったりして。まあ、そこに行ける人も少ないんですけども、まあそうなるわけですよ。でもバナナマンはたぶん、設楽さんがいちばん最初に面白いなって思ったことを日村さんが演じた瞬間に、そこでもうバナナマンは出来上がっちゃったんですよ。

(佐久間宣行)おおーっ! なるほど。

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最初からやりたいことが出来てしまっていた

(オークラ)つまり、当時も僕らいろんな芸人に憧れて。シティボーイズとかいろいろといると思うんですけども。やっぱりイッセー尾形さんみたいなこととかをやりたいなって思っても絶対にできないんですよ。で、できないからなんとなく自分でやりやすいような言葉遊びに走ってみたり。芝居とかがいらないような。それでやりたいなって思った瞬間に。で、それが自分の中でコンプレックスだったわけです。それで当時、94年ぐらいだったんですけども、日本のお笑いがすごい活性化していた時代だと思うんですよ。96年なんて、たとえば青山演劇フェスティバルってあるじゃないですか。あの時、演劇界ですら……。

(佐久間宣行)「笑い」っていうテーマだった。

(オークラ)そう。『笑の大学』って。

(佐久間宣行)三谷幸喜の『笑の大学』。

(オークラ)で、宮沢章夫さんの『スチャダラ2010』。ナイロン℃の『ビフテキと暴走』っていうもうね、みんながお笑いのすごい意識が高い時に……しかも、ミニシアターもブームになってきていて。いろんなカルチャーとお笑いが混じっているから、こっちももう意識がビンビンなわけですよ。そんな中で、自分のやりたいことが自分でできないっていう……(笑)。

(佐久間宣行)フハハハハハハッ! 演技力も足りないし。

(オークラ)その時に当時、出待ちしている女の子でお笑い博士みたいな子がいたわけですよ。そしたらその子が「ちょっと聞いてよ。最近、ラママにすごいのが出てきたよ」って。

(佐久間宣行)「ラママにすごいのが出てきた」(笑)。で、オークラさんもプライドがあるから。「ちょっと見てみよう?」みたいな感じでしょう?

(オークラ)「バナナマンっていうのが出てきたんだけど……」「いや、そんなの知らねえし?」みたいな感じで(笑)。

(佐久間宣行)こっちも尖ってるから。「新しいことをできる」っていう自覚もあるしね。「じゃあちょっと、バナナマンとやらを見てみよう」って思って、ラママに行ったの?

(オークラ)ラママには行かなかったんですけど、違うライブに出てきて。

(佐久間宣行)それで、見て?

(オークラ)「とんでもねえのが出てきたな!」って(笑)。

(佐久間宣行)フハハハハハハッ! なにがすごかったの? 全然違う?

(オークラ)たとえば、バナナマンのこれ1回目の単独ライブで見たネタなんですけども。設楽さんと日村さんがしゃべっているだけなんですけども。設楽さんが「野球のマウンドって夏になると温度が50度になるらしい」って。それで「50度なんてありえない。お風呂のいちばん熱いのでも42度とか43度なのに、50度なんて人間が耐えられない!」「いや、俺が言っているんじゃなくてそれ、テレビで見たんだよ」っていう。それで「テレビで見たんだ」っていう情報だけど延々と言っていて。その「テレビで見たから」って言うだけの普通の若手がやったら絶対に受けないネタをめちゃめちゃ面白く演じているんですよ。「いや、違う。テレビで見たの」っていうのを。

(佐久間宣行)「テレビで見たんだよ」がキラーワードになっちゃうんだ。

(オークラ)そう。それがまだその時、バナナマンがハタチとかの頃で。「それでこれをやるか!」って思って。もうしびれて。そのバナナマンの単独ライブを見終わった後、何人か芸人がいたんですけど。終わった後でみんながため息をつくみたいな。「はぁ~、これは俺たちではできねえ……」って(笑)。

(佐久間宣行)フハハハハハハッ! で、オークラさんは対立する気持ちでいたけども、どうすることにしたんですか?

(オークラ)「これから自分のやりたい笑いをやるためには、この人たちを手に入れなくてはならない」って思って……(笑)。

(佐久間宣行)フハハハハハハッ! すり寄ることにした?

(オークラ)そう。すり寄ることにしたんです(笑)。

(佐久間宣行)そうかー。でもそこからずっとブレないまま売れたからすごいよね。バナナマンって。

(オークラ)そうですね。だから自分のいちばん最初に面白いと思ったことをやるから、最終的にそこからの進化でしかないから。すごかったですよ。もうバナナマンは本当にすごかった。で、僕が当時、単独ライブをやる時に、バナナマンはだからシティボーイズとかも出てきたし、タランティーノの『パルプ・フィクション』とかがやるような時代ですから、お笑いが少しかっこよく見えるやり方とか、あるじゃないですか。でも僕らの当時の技術力じゃできないから。とりあえず、マックを買ったんですよ。当時、マックなんて……。

(佐久間宣行)何十万もする。

(オークラ)そう。Power Macで。それでイラストレーターとかもバカみたいな値段がしてて。もう俺、それを借金をすごいして買ったんですよ。で、やれもしないのに設楽さんに「こんなチラシとかもかっこよくできますよ。こんな映像、作れますよ」っていう。この機能を使えばできるんだけど、俺にその技術力はないまま設楽さんにプレゼンしたら、「よし、だったら一緒にやろうよ」って。

(佐久間宣行)なに、それ? バナナマンにすり寄るためにPower Macを買ったっていうこと?

(オークラ)そうそうそう(笑)。

(佐久間宣行)フハハハハハハッ!

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バナナマンにすり寄るためにPower Macを買う

(オークラ)「じゃないと、この天才は動いてくれない!」って(笑)。

(佐久間宣行)「設楽統に『俺が使える人材だ』と思ってほしい」って(笑)。

(オークラ)「なんでもできる!」って言って。

(佐久間宣行)その付き合いのまま、もう25年ぐらい経っているんでしょう? そしてもう、たしかに天下を取ったに近くなっているからね。

(オークラ)で、そのまま、やれないまでもいろいろとやりながら成長してきた時、僕はその時にまだお笑いコンビを組んでいたんですよ。で、その時に僕のビジョンとしては、「コンビでもやりながら作家にもなる」っていう感じで。だから一応、細雪(ささめゆき)っていうコンビも残しつつやろうと思うっていう風に相方に告げて。「俺はこれからは作家もやりながらコンビもやる」っていう風に言った次のライブで相方が来なくなったんですよ。

(佐久間宣行)ああ、来なくなったんだ。

(オークラ)それで、そこから会っていないんですけども。

(佐久間宣行)で、1人になって……。

(オークラ)1人になって途方に暮れちゃったわけですよ。要するに、なんにもできないじゃないですか。そしたら設楽さんが「だったら俺らを手伝えばいいじゃない」って言ったんですよ。そんな人に頭上がると思いますか?(笑)。

(佐久間宣行)フハハハハハハッ! バナナムーンで懐くのはしょうがないと?

(オークラ)しょうがないですよ(笑)。

(佐久間宣行)そうか。じゃあ、この後にあれだな。ラーメンズと矢作さんのことを聞こう(笑)。

<書き起こしおわり>

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