町山智浩 2019年アカデミー賞を振り返る

町山智浩 2019年アカデミー賞を振り返る たまむすび

(町山智浩)証明されたと思いましたよ。で、日本なんかだともう本当にだからそういうことを避けるために……でも、映画っていうのはなにかの悲劇だったり、なにかの障害があればその障害を超えて突き進むことがドラマになっていくから。実はその政治であったり差別の問題っていうのはいちばんおいしいところなの。いちばんおいしいところなんだけども、「それはちょっとやめておこう、やめておこう……」ってやるから、「じゃあ人間にとっての障害ってなにがあるんだろう? あ、病気だな!」っていうことでほとんどが難病物になっちゃうんですよ。

(赤江珠緒)そうか。そうすると敵はウィルスだったりするから、苦情は来づらいですもんね。

(町山智浩)そうそう。でも「貧困」とかにすると今度は社会問題になって。「なぜその貧困が起こるのか?」っていう問題になってくるから。そうすると結局、そこに政治的な提言とか政治的なものの見方を監督や作り手が盛り込まないと話ができなくなっちゃうわけですよ。どうしても。でもそうすると面倒くさいとか、いろいろと難しいとかいう話になってきて。「じゃあ、やめよう」ってやらないわけですよ。でも、ドラマっていうのはかならず障害がなければ面白くないわけですよ。それを乗り越えることがないから。で、ほとんどがラノベ的な、この世界じゃなくて異世界の話になっちゃうんだ。

(赤江珠緒)まあ……。

(町山智浩)障害を現実の中に見出すことができなくなってきているから。だから全然関係ない異世界で、それこそゾンビがいるとか、新しい法律ができたとか、そういう風にこの現実ではないところに求めていかざるを得なくなっていて。それでどんどん現実離れしていくんですよ。でも、現実にいっぱいあるのに。いくらでもあるのに。

(赤江珠緒)なんでしょうね? 争いを避けたいという、そういう国民性みたいなものもあるんですかね?

(町山智浩)まずひとつ、大きいのは是枝監督のように監督自身が自分がやりたいことをやってお金が出るという状況にある監督が非常に少ないんですね。園子温監督とかですら、なかなか日本ではお金が出ないし。是枝監督も結局、外国に行かざるを得なかったり。まあ、すごく難しいです。で、アカデミー賞において監督賞という部門があるんですよ。監督賞という部門はじゃあ、雇われの監督で職人で上手いだけの人が取れるか?っていうと、それは絶対に取れない賞なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)それは監督として全く新しいビジョンで他の誰にも作れないような映画を作った人だけが取れる賞なんですよ。で、それをやるためにはまずだいたい、プロデューサーと兼任していなければ絶対に無理。

(赤江珠緒)ああ、そうですか。

(町山智浩)そう。なぜならばプロデューサーと兼任していないと、ファイナルカット権がないんですよ。最終的な編集権がないから。だから最終的に完全に映画をコントロールするには製作者・プロデューサーとを兼ねていないといけないんですよ。で、いま日本の映画界でその製作と監督を兼ねている人ってものすごく少ないですよ。

(赤江珠緒)はー、そうなんですね!

(町山智浩)すっごく少ないですよ。大抵は雇われ。という問題があるんですよ。お金を自分で引っ張ってこれる人っていうのがいないといけないんですよ。

(赤江珠緒)そうか。じゃあ、そこにその概念というか信念が……分業になっちゃうところの辛さがあるんですね。

(町山智浩)そうなんですよ。だから結局、上からプロデューサーが「こういう映画のこういうのはよくない」って最終的に編集をいじっちゃうから。で、最終編集権っていうのはアメリカ映画でも大手の映画っていうのは監督にはないんですよ。それこそマーベルコミックスの映画とかディズニーの映画とかは監督に最終編集権は基本的にないから、よく途中で監督を降ろされるでしょう?

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)で、話の内容はテストスクリーニングっていうのがあって。まあ、観客に試写で見せて、評判がよくなかったらラストを変えるっていうのがいま、アメリカではほとんどがそうで。事前の試写で評判を見て、作り変えるんですよ。

(赤江珠緒)ほー、そうですか。

(町山智浩)だから延々と映画がなかなか公開されなかったりするのは作り変えているんです。ものすごいアメリカは撮り直しているんですよ。でも、そういう場合はそれは監督の作品じゃないですよね。もうすでに。工業製品として製作者がやっている。でも、そういう映画っていうのはなかなかアカデミー賞は取りにくいですけども。

(赤江珠緒)また、そうですよね。最終的につじつまが違う方に行っちゃったりもすることもありますよね。

(町山智浩)まあ、そうなんですよ。でも、出来上がればいいんだっていう、映画っていうのは商売だからいいんですけど。そうじゃなくて作品だと思うと、それは「観客が嫌おうがどうしようが、俺はこういう話がいいんだ!」っていう風に突き進むものがやっぱり監督の作品になってくるんですよね。でも、そういう映画じゃないと監督賞はちょっと取れないんですよ。だから日本の映画で本当にそういうことをどれだけやっているか?っていうとものすごく少ないですよ。特にまあ、シネコンでかかるような映画の場合には本当に監督は雇われの場合が多いですから、なかなかできないですよね。

(山里亮太)町山さんが思う日本の監督でそういうことができている人っていったら?

(町山智浩)だから白石監督。両・白石監督とかね。まあ「俺はそんなにできていないよ」って言うかもしれないけど、僕は彼らのを見ると本当にやっているなって思いますよね。だから監督の作品になっているんですけど。それこそ、是枝監督もそうだし、園子温監督もそうですけど、そんなに多くはないですよ。それは。だからやっぱり戦いながら通していくんですけども。だから、今回のアカデミー賞とかを見ていても思うのは、完全に監督じゃない作品というのもあるんですよ。完全に監督が介在していない作品っていうのもあるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ、どういうこと? 監督が介在していない作品なんてあるんですか?

(町山智浩)『ボヘミアン・ラプソディ』ですよ。

(赤江珠緒)あ、ああー!

監督が介在しない作品『ボヘミアン・ラプソディ』

(町山智浩)これ、監督は途中で降ろされていて(笑)。監督が脚本は完全にやっているんですけど、もう全然監督は不在で映画が出来上がっているっていう。

(赤江珠緒)そうか。だって自伝だし、ストーリーはあるわけですもんね。

(町山智浩)もちろん、ブライアン・シンガーっていう人が途中までやっていたんですけど、いろいろとあって降ろされて。で、残りのシーンは別の監督が呼ばれて仕上げていったんですね。でも、傑作になる時もあるから(笑)。なんとも言えないんですよ。映画ってバケモンなんですよ、結構。『ボヘミアン・ラプソディ』はとにかくこの写真にありますけど、この会場(ウェンブリー・スタジアム)が全部作り物っていうのがすごいですよね。

(山里亮太)ねえ。ライブエイド。最後のところの。

(町山智浩)あれ、全部人もバラバラに撮っていますからね。あんな会場、ないですから。

(赤江珠緒)ああ、そうですか!

(山里亮太)「もういまは」っていうね。

(町山智浩)そうそう。あのウェンブリー・スタジアムっていうのはもう改装しちゃったから、その当時のものを作るためにこれ、観客が全然いない状態であのシーンは歌っていて。あの観客は全員、後で作っているんですよ。

(赤江珠緒)あとではめ込んで?

(町山智浩)はめ込んで。でもそれ、1人1人がカメラがグーッと行ってアップになると歌ってその人の声がバッと来るじゃないですか。あれ、観客が全然いないから、歓声とか、あとは全員合唱しているじゃないですか。あれも全部、作っているんですよ。そういう録音が存在しないから。

(赤江珠緒)はー!

(山里亮太)すごいよ。「まんまじゃん!」って思いますからね。

(町山智浩)あれ、ちまちまちまちま作っているのがYouTubeに流れていますけども。あの観客を作るっていうのはすごい作業だったんですね。でもそうすると、それは職人たちの力で作り上げた、監督が自分の個人のビジョンを実現するための映画とは全く逆の映画っていう。

(赤江珠緒)技術力の映画っていうことだ。

(町山智浩)技術とチームワークによる映画っていうのもあるので(笑)。どっちがどっちかっていうのは面白いなと思いますけどね。そういうのはね。

(赤江珠緒)たしかに!

(山里亮太)そうか。そういうラインナップだもんね。今回は。

(赤江珠緒)今回は本当にそうですね。ちょっと面白い……。

(町山智浩)面白いですよ。だって『ブラック・クランズマン』なんて今回、脚色賞を取っているんですけども。これも3月22日に公開なんですけども。これって実際にあった事件で白人至上主義者になりすました黒人警官の話なんですけど、そこの部分だけが事実通りで、そこから他はこの映画、全部でっち上げなんですよ。

(山里亮太)ああ、そうなんですね(笑)。

(町山智浩)そう(笑)。後半でアクションシーンに展開していくんですけど、全然作りごと。でもね、面白いからって脚色賞を取ったりしていてね。アカデミー賞って自由自在だな!って思った(笑)。ああ、『運び屋』の話を忘れました(笑)。

(赤江珠緒)あ、そうそう。今回ね、『運び屋』の話をしようと言っていたのに(笑)。

(町山智浩)じゃあ、来週します!(笑)。

(赤江珠緒)いやいや、盛り上がりましたからね。あっという間にお時間ということで、来週ね、クリント・イーストウッド監督の『運び屋』を。

(町山智浩)『運び屋』は3月8日公開なんで間に合いますよね?

(赤江珠緒)間に合いますね。

(町山智浩)はい。『運び屋』も面白いですよ。クリント・イーストウッドが90歳で、いわゆる「二輪車」というものに乗るというシーンがあるんですが。

(赤江珠緒)実際、クリント・イーストウッドは88歳なんですよね。

(町山智浩)クリント・イーストウッド、88歳なんですけども。まあ、とにかくスケベオヤジのエロ映画でしたね!

(山里亮太)フフフ、それをできるのがクリント・イーストウッド、すげえな!

(町山智浩)だからそれは俺たちに突きつけられているんだと思うんですよ。「お前ら、90になってもまだやる気、あんのかよ?」みたいな(笑)。「『もう疲れた』とか言ってんのかよ、お前!」「『勃たねえ』とか言ってるのかよ!」みたいなね(笑)。

(山里亮太)というメッセージの映画(笑)。

(町山智浩)「甘いよ、お前ら!」みたいな。

(赤江珠緒)そうですか。それが『運び屋』。来週でございます。わー、でもアカデミー賞の見方、面白かったですね。町山さんならではの観点で聞くとね。

(町山智浩)でも本当にすごいですよ。もうだって社会問題ばっかりですよ。

(赤江珠緒)今回、本当にそうなですね。

(町山智浩)全作品社会問題ですから。

(赤江珠緒)何かしら、突きつけてくる映画ばっかりだったですもんね。

(町山智浩)で、面白い。さっき言った『ブラック・クランズマン』だってコメディーだし。もうコメディーがすごいですよ。「笑わせたろ!」っていう。『バイス』もコメディーでしたからね。

(赤江珠緒)そう。『バイス』もね、チェイニー副大統領をガンガンにいじっているっていうね。

(町山智浩)そうなんですよ。日本でそれこそ政権の政治家に関するドラマを作るっていうことでコメディーにする根性があるのか?っていうね。

(山里亮太)問題をエンターテイメントに変えるっていうすごいことが。

(町山智浩)『女王陛下のお気に入り』もコメディーでしたからね。とりあえず笑わしたろ!っていうのがね、やっぱりアメリカ人がすごいなっていう。とにかく笑かすわ!っていう。

(赤江珠緒)フフフ(笑)。

(山里亮太)いまからどんどん上映されますから。

(赤江珠緒)どんどん公開になっていきますからね。

<書き起こしおわり>

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