町山智浩 伊藤詩織監督『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年2月4日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で伊藤詩織監督のドキュメンタリー映画『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』を紹介していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)それがね、『小学校』という映画で。すぐ見れるんすけど。短編で20分なんでね、ぜひ見ていただきたいんですが。同じ山崎エマさんがもう1本の長編の映画の方ではプロデュースと編集をしてるんですね。その映画が長編ドキュメンタリー賞にノミネートされていて、おそらく通るだろうと僕は思ってるんですけども。これが伊藤詩織監督の『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』という映画なんです。ちょっと音楽をお願いします。

これはディスコの名曲なんですけども。グロリア・ゲイナーの『I Will Survive』、日本タイトル『恋のサバイバル』という曲がこの『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』のテーマソングとして使われてまして。この歌はですね、「最初にそれが起こった時、私は凍りついてもう死んでしまおうと思った」っていうところから始まるんですよ。「それでも、やっぱり生きていかなきゃいけないの」っていう歌なんですが。

この映画はですね、2015年に伊藤詩織さんというジャーナリストがTBSテレビのプロデューサーにレイプされまして。それを民事訴訟で損害賠償を求めて訴えたという件があって、それの民事裁判に寄り添った形で撮られたドキュメンタリーなんですね。この映画が僕、アカデミー賞を取るんじゃないかと思ってるのはこれ、性被害……特にそのレイプを実際にされてしまった女性が自分自身でそれを記録して、映画として完成させたというのはたぶん、映画史上ないと思います。

日本公開は未定

(町山智浩)ただ、この映画が日本では公開される予定がありません。これはいろんなことで大問題になってるんですけども。アメリカでは既に配信されていて、みんな見れるんですけれども、日本ではいまだ公開することができない状態になっているということです。で、今日はその辺を詳しく説明したいんですけど。ちょっと僕、事前に言うの忘れたんですがこの作品は非常に強烈な性加害の現実を描いているので、そういった問題を聞きたくないという人はちょっとラジオはつけたままで、どこかにご飯を食べに行ったりとかした方がいいと思うんですけれども。

で、この映画の冒頭にもそういう警告文が出ます。伊藤詩織監督自身の声と、手書きの彼女の警告文が最初に出るんですけれども。で、この映画は最初に川に桜の花びらが流れてるところから始まるんですよ。それは、彼女が被害に遭ったのが4月だったんですね。4月の初めだったんですよ。だから桜が満開だったので、もう彼女は桜を見ることもできなくなっちゃうんですよ。

で、この映画の非常に問題になっている部分と、この映画を見なければならない理由というのがありまして。要するに、彼女は最初、事件の直後に警察に届け出をして。で、その加害者に対しても逮捕状が出て、逮捕寸前までいったんですけれども……途中で上の方から「やめろ」と言われて逮捕ができなくなって、不起訴もされなくなってしまった。それで彼女は仕方なく民事で訴えるという形で表に出たわけですけれども。

その後もですね、彼女には「嘘つきだ」とか「売名行為だ」とかいう風に非常に激しい攻撃がされて。で、加害者の方も「同意があった」という風に反論をして裁判になったわけですが、この作品が決定的なのはその時、彼女には全く意識がなかったことがわかる映像が使われているんです。これは裁判で証拠として提出され、採用された映像なんですけれども。加害者のホテルにタクシーが止まって、ホテルの入口の監視カメラが撮影した映像で。立つこともできない伊藤さんを加害者……これ、名前を出した方がいいですね。山口敬之が無理やり引きずり出している映像がちゃんと入っています。

で、これは本当に決定的なものだと思います。もうひとつはその時、彼女たちを乗せたタクシーの運転手さんに後からインタビューをして。その運転手さんの証言が入っています。それはその運転手さんが「どこに行きますか?」と聞いて山口敬之が「ホテルへ」と言うんですけど、伊藤詩織さんは「いや、どこかの駅に降ろしてください」っていう風に言い、ホテルに行くのを非常にはっきりと拒否していた。それを繰り返していたという風にタクシーの運転手さんが証言している映像が入っています。

そこから始まるんで、これは「同意がなかった」っていうことの決定的な証拠なんですよ。ところが、この二つの映像が非常に問題になっていて今回、日本公開ができない状態になっているということなんですね。もうひとつはですね、伊藤詩織さんが警察に届けた後に担当した刑事の人が……そうだ。この映画のタイトル『ブラック・ボックス・ダイアリーズ』っていう風になっているんですけど。この「ブラックボックス」っていうのはその刑事さんが言った言葉なんですね。

「あなたは加害者とお酒を飲んでいて、そのお店で記憶を失ってしまった。そして気がついたら被害に遭っていた。そうするともう、何があったかということに関してはわからないと。だからブラックボックスなんですよ」って言われた。で、「非常に難しい」と。それでこれは実は後に法律が変わったんですよ。加害者はそれで不起訴処分になってしまって、その後の検察の審議会でも不起訴適当という風にされてしまったんですけども。当時は同意がない行為であっても、被害者が徹底的に抵抗しない限りは強姦として認められなかったんですね。

それでその後、その法律は変わりましたね。これは伊藤詩織さんの力も大きかったと思うんですよ。ただ、彼女が被害に遭った時はそうじゃなかったんで。要するに彼女、意識を失っていたんですね。なんで彼女が意識を失っていたかに関しては非常に議論を呼んでるところなんですけど。伊藤さんは「デートレイプ剤を飲まされたんじゃないか」という風に疑っていたんですが、裁判ではそれは認められなかったんですね。

ただ、彼女は意識を失ってたんでそうすると、抵抗してないから強姦が成立しなかったんですよ。これ、めちゃくちゃなんですよね。今は、違うんですね。同意がなければ、ダメなんでこれもダメなんですけど。それでもね、警察は対応しようとしてくれたんですよ。その加害者を警察は逮捕しようとして、逮捕状まで出て逮捕直前まで行ったんですけど、そこでストップがかかったんです。それに関しては最初、どうして逮捕されなかったのかはわからなかったんですね。

それで、その刑事さんが何者かの力によって担当を外されてしまうんですね。ところが、その刑事さんは「非常にひどいことになった」と思って、個人的に伊藤さんに同情をして、電話をかけてきてるんですよ。そこで「実は上の方からストップがかかったんです」とはっきり言っている電話をしている映像もこの映画の中にはあります。もう、すごいんですよ。証拠がはっきりと、いくつもいくつもあって。で、どうしてストップがかかったのかというと、その加害者である山口敬之がその当時の総理大臣、安倍晋三に最も近い男と言われていたので。そこを通して圧力がかかったのではないかということで、これは国会でも質問されていました。という、まあ大変な事件なんですね。

つまりもう国家全体を巻き込んでいる事件なんですけれども。ただ、そういう風に聞いていくとこのひとつの事件を中心としたこの伊藤詩織さんの戦いの映画なんだという風に思えるかもしれないんですけども、これは「ダイアリー」なんですよ。日記なんです。で、伊藤さんは記者会見などでも非常に毅然とした態度で。それこそ、涙を見せたり、うわずったり、感情的になることなく非常にはっきりと事実関係を表明するという記者会見を行ったんですね。

それでその時、どうなったのか?っていうと「被害者らしくない」って言われたんですよ。「被害者だったらもっと泣いてるはずだろう」「表になんか出てこれるはずがないじゃないか」って言われるんですよ。彼女はある種、なんていうか非常に事務的というか、淡々と記者会見を行ったりして。常にその伊藤詩織さんはシャキッとした態度で表には出てるんですね。

そのたびに「あんなのが被害者なわけないよ。被害者だったら泣いてるはずだ」って言われ続けたんですけど、この映画はダイアリーなんで。彼女が自分の自宅でスマホで自撮りして、1人っきりで撮影をしてる映像がたくさん出てくるんですね。「今日は何があった」って話をしてるんですよ。その時、彼女は泣いてますよ。彼女、それを表では決して見せなかったんですよ。でも、それはこの映画の中でわかります。

あとね、彼女はご両親ねからも「こんなことしたら恥ずかしいじゃないの。やめなさい」って言われるんですよ。彼女、本当に孤立無援で戦っていく感じなんですね。で、彼女を応援してるっていう人たちも出てくるんですけど。そうすると今度は……これ、彼女がいないところでもカメラは回ってて。「あの人が強姦された人よ」とか、言われるんですよ。でも、それを言ったおばさんは全然、悪気がなくて。「かわいそうね」っていうぐらいの気持ちで言っているんですよ。

でも、伊藤さん自身はそうなることを覚悟でそういう風にやっていたんですね。ただ、覚悟はしててもやっぱり人間ですから、 何度もくじけて、何度も泣くシーンが出てきます。彼女が今までに絶対に見せなかった姿なんですよ。それを見せたら、喜ぶやつらがいるでしょう? 実際に伊藤さんに対していろんな形で非常に攻撃してきた人たちがいて。それに対しても彼女は全部、訴訟を起こして戦ってるんですよね。これもね、すごい苦しい戦いだったことはこの映画を見るとよくわかるんですよ。

でもね、逆に笑うところもあります。やっぱり彼女も生きてるんだもん。だから友達と笑ったり、お酒を飲んだりするところもありますよ。でもそうすると今度は「被害者のくせに笑ってる」なんて言うやつがいるんですよね。

フジテレビ・中居正広問題でも同じことが起きている

(町山智浩)今、だからフジテレビのあの問題で被害を受けたとされた方が写真集を出すとかっていうのに対して「被害者のくせに」って言っている人がいて。これは全く同じことが繰り返されてるんですけど。「じゃあ、死ねばいいのか?」ってことになっちゃうんですよ。ふざけんなと思いますけど。ただ、この映画が公開されない理由というのは先ほど言った三つの非常に重要な証拠の映像に関して、それらは「裁判で使用する」ということで借りたものなんですね。許可を取ったものなんですよ。だから、それを映画に使ったっていうことで伊藤詩織さんの弁護士であったり、彼女と一緒に戦って証拠映像を入手した人たちが「これはちょっと困る」っていう風になっていて。「そうなると今後、こういった証拠映像を貸してもらえなくなってしまう」っていうことなんですよ。

これ、ものすごく難しい問題なんですね。僕もすごく難しい問題だと思っています。はい。でも、この映像がなければこの映画は成立しないし、この映像がなければ彼女はいつまでも叩かれ続けるんですよ。「嘘だ」って言うやつがいるんですよ。だから彼女はこれを使わざるをえないんですよ。ただ、使うとなるとホテルの監視カメラとかはやっぱり許可は出さないですよね。

だからこれ、すごく難しい問題なんで今、ここで結論を出すことはできないんですよ。で、それらの映像っていうのは結構、加工してあるんですよ。限界まで加工をして、その妥協点を見つけ出す。そうすることで日本公開をするしかないんだろうなと僕は思ってますけれども。ただ、もうこれほど叩かれてると……「叩かれてる」どころじゃないですよね。日本の国家権力が潰そうとしたことですからね。で、その国家権力の周りにいた人たちが一斉に彼女を叩いてるわけですよ。それと戦うには、それこそこういった映像は絶対に必要なので。だからこれは本当に難しい問題なんですけど……ただ、これはおそらくアカデミー賞を取るだろうと僕は思っているんですよ。

なぜアカデミー賞を取りそうなのか?

(町山智浩)というのは今現在、アカデミー賞に投票する人の多くはアメリカ人ですね。トランプ大統領は実際に性加害で民事で認定されているんですよ。全く同じ件ですよ。伊藤詩織さんの件と。それが今、アメリカの大統領になっちゃっているんですよ。しかも国防長官……要するに軍事とかを全部、司っていて。世界最大の軍隊であるアメリカ軍を指揮する国防長官に任命されたピート・ヘグセスという男は人妻に薬を盛ってレイプをしたということで警察に通報されている男です。しかもそれを被害者と示談してるんですよ。それがアメリカの国防長官ですよ? 核ミサイルを使えるんですよ、この2人が。

これはもう、どうしようもない世の中になってるんですよ、今。だからたぶん、アカデミー賞でもそれに抗議するためにね、この映画に投票をする人は多いんじゃないかなと僕は思っているんですけど。非常に今、大変な世の中になってますよ。アメリカも、日本も。

実際、だから彼女の告発がなければそれこそ、その後のいろんな告発も出てこなかったと思いますよ。今回の問題はとても難しいとは想いますけども、彼女はこれを出すしかない状態にまで追い込まれていたんだってことをちょっと、考えてほしいなと思います。ということで、日本公開を望みますね。 日本公開のために、何とかそういった問題もクリアして。それで公開してほしいと思います。

『ブラックボックス・ダイアリーズ』予告

アメリカ流れ者『ブラックボックス・ダイアリーズ』

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