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カルロス矢吹 1964年・東京オリンピック 柔道を語る

カルロス矢吹 1964年・東京オリンピック 柔道を語る たまむすび
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カルロス矢吹さんがTBSラジオ『たまむすび』にゲスト出演。1964年・東京オリンピックの柔道銅メダリスト金義泰さんと柔道の国際化について話していました。

(赤江珠緒)さあ、今日の本題ですが、1964年の東京オリンピックで活躍した知られざる選手ということですが。今回はどなたでしょうか?

(カルロス矢吹)はい。今日は柔道、韓国代表で64年の東京オリンピックに出場された金義泰(キム・ウィッテ)さんという方に取材をしてきましたのでその方の話をさせていただきたいんですけども。これまで、フェンシング、カヌー、飛び込みなどなど、いろいろと取材をさせていただいたんですけども、それがついに1冊の本にまとまりまして。

(ウルトラの瀧)おお、そうだ。『アフター1964東京オリンピック』という本になりましたね。

(カルロス矢吹)こちら、赤江さんと瀧さんに1冊ずつ。

(ウルトラの瀧)ああ、ありがとう。

アフター1964東京オリンピック
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(カルロス矢吹)読んでください。全部で12人の方に取材をさせていただいて。その中から今日は柔道の話を……。

(ウルトラの瀧)馬淵かの子さんも乗ってますね。

(カルロス矢吹)フフフ、もともと泳げなかった飛び込み選手の。

(赤江珠緒)そうですよね!

(ウルトラの瀧)命がけっていうね(笑)。

(カルロス矢吹)まあ、その中で今日は金義泰さんの話をさせていただきたいんですけども、金義泰さんは1941年。現在78歳ですね。1941年生まれの78歳で神戸市の生まれです。で、お父さんとお母さんが釜山のご出身。なので在日韓国人二世になるんですかね。で、日本名は山本義泰さんという名前で本名が金義泰さんという。で、韓国代表として1964年の東京オリンピックに柔道のその時は中量級で出場されているんですけども。いま、それこそ大河ドラマ『いだてん』で天狗倶楽部ってあるじゃないですか。

(ウルトラの瀧)はいはい。三島家が中心となった。

(カルロス矢吹)天狗倶楽部、本当に冗談みたいな演出っぽく見えますけども。みんな胴上げしたりビールを飲んだりっていうのがちょっと冗談っぽく見えるじゃないですか。僕ね、金義泰さんと神戸の金義泰さんがよく行くレストランで待ち合わせだったんですよ。で、行ったら会うなり。「はじめまして」って言ったら「ああ、はじめまして。飲むやろ? 生2つ」っていきなりビールを注文されて。

(赤江珠緒)ああ、はい。

(カルロス矢吹)で、ビールを飲みながら取材したんですよ。そんなこと、はじめてやったんですけども。

(赤江珠緒)やっぱりそういうノリというか?

(カルロス矢吹)本当にね、天狗倶楽部の感じです。あの感じです。

(ウルトラの瀧)なるほど。全くあの感じ。ガハハハハハハッ!って。

(赤江珠緒)スポーツ楽しんで、汗をかいて、飲むぞ!って。

(カルロス矢吹)そんな感じです。「柔道の練習が終わったらいっつも飲んでいた」って言っていたんで。だからね、あれは決して誇張ではなくて。本当にあんな感じだったんだろうって思うんですよ。で、その柔道の話をまず最初にさせていただきたいんですけど。柔道って実は64年の東京オリンピックから採用だったんですね。それまでは全然オリンピックでは柔道はやっていなかったんですけども。

(赤江珠緒)競技はなかった。

(カルロス矢吹)で、柔道。いま、競技人口がどれぐらいいるか、赤江さんご存知ですか?

(赤江珠緒)世界で?

(カルロス矢吹)じゃあ、まずは日本でどのぐらいいると思いますか?

(赤江珠緒)日本で? ええと、5万?

(ウルトラの瀧)いや、50万人。

(カルロス矢吹)だいたい20万です。ただ、世界でいちばん多いのはブラジルがいちばん多いって言われていまして。

(赤江珠緒)私、フランスかなって思ったけど。

(カルロス矢吹)ブラジルは200万って言われています。

(赤江珠緒)ブラジル、そんなに? へー!

(カルロス矢吹)で、フランスが50万人ぐらいいるんですよ。で、もう本当に柔道は日本だけのスポーツじゃなくて、本当に世界でやられているスポーツ。で、ロンドンオリンピックだとはじめて金メダルが1個も取れなかったっていうことが柔道でありましたけども。もう本当、日本がいつでも勝てるスポーツではなくなって久しいと思うんですけども……もともと、柔道っていまと全然ルールが違ったんですよ。いま、階級もありますし、1試合がだいたい4分でやっていると思うんですけど、昔は階級なんてなかったんですね。お相撲とかと一緒だったんですよ。

(ウルトラの瀧)うん!

(カルロス矢吹)で、1試合15分でやっていたし。関節技もOKだったんですよ。だからブラジリアン柔術ってあるじゃないですか。あの感じがいちばん最初の柔道にすごく近いと言われていますね。

(ウルトラの瀧)なるほど!

(カルロス矢吹)で、講道館周りの定説として言われているのが、戦争が終わって柔道は武術だ。だからGHQが「武術はいかん」っていうことで武術である柔道をなくしたけど、講道館が「いや、柔道は教育です。体育ですからこういう風にルールを変えて……」って。投げ技中心のルールにして生き残らせたっていうことが定説として一応言われているんですけども。金義泰さんいわく、これは実態は少し違うらしく。

(ウルトラの瀧)うん。

(カルロス矢吹)大日本武徳会っていうところが戦争の前は柔道を仕切っていたんですよ。それはそれこそ省庁の1個みたいな感じで公的な機関だったらしいんですけど。ここが柔道だけじゃなくて武道全般を取り仕切っていたらしいんですね。で、ここの財産がすごかったらしいんですよ。

(ウルトラの瀧)なるほど!

(カルロス矢吹)で、軍人とかその当時の特高警察の天下り先になるって言われていたんですよね。戦争が終わった後に。で、それをやられてはかなわんっていうことで、武術の禁止ではなくてこの大日本武徳会をGHQは解散をさせたかったらしいんですよ。

(ウルトラの瀧)ああ、その組織があるとややこしくなっちゃうから、その組織を消すにはじゃあ武道、柔道そのものを……っていうことになっていったんだね。

(カルロス矢吹)で、講道館は町道場だから生き残れたんですよ。私立なんで。で、あんまり目をつけられないように講道館はそういう風に変えて、学校教育と上手く絡めて。それで生き残っていったっていうのが実際のところらしいんですね。

(ウルトラの瀧)なるほど。

(カルロス矢吹)で、この大日本武徳会が解散をしたことによっていちばん割を食ったのは大日本武徳会系列で実際に柔道を教えていた人たち。この人たちはもう仕事がなくなっちゃうわけなんで。で、この人たちがどうなったか?っていうと、海外で柔道を教えるようになったんですよ。

(ウルトラの瀧)うん、なるほど!

(赤江珠緒)日本を出て?

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大日本武徳会解散と柔道の海外進出

(カルロス矢吹)そうです。それで、オランダだったりドイツだったりフランスだったりに移住して、そこで海外で柔道を教えるようになったんですよ。それで柔道はどんどん国際化していったんですよね。

(ウルトラの瀧)まあ、ある意味日本を追われてというか。教えることができなくなっちゃったから、泣く泣く海外に出たっていうことで。

(赤江珠緒)政治的な理由で。

(カルロス矢吹)はい。やむを得ず海外に行ったっていうような人が多くて。で、そこで出てきたのが金義泰さんも東京オリンピックで戦った西ドイツのホフマンっていう選手がいるんですけども。その選手とか。あとは瀧さんもご存知だと思うんですけども、アントニオ猪木と戦ったオランダの怪人アントン・ヘーシンク。

(ウルトラの瀧)アントン・ヘーシンク。はい。

(カルロス矢吹)アントン・ヘーシンクなんかはこの時の大日本武徳会系の人で道上伯っていう方がオランダで見出して柔道を始めさせたという。

(ウルトラの瀧)なるほど。はー!

(カルロス矢吹)で、道上さんも当然オランダ語や英語なんかできなかったらしいので、ヘーシンクに日本語で教えていたんです。だからヘーシンクが日本語ができたのは理由はそれなんですよ。

(ウルトラの瀧)ああ、なるほど。なんでしゃべれるのか?っていうと、師匠のやつを解読しなきゃいけなかったから。

(カルロス矢吹)柔道をやるためにはヘーシンクが日本語を勉強しなきゃいけなかったんですよ。で、そういう理由でどんどんどんどん大日本武徳会系列の柔道っていうのが世界に広まっていったんですよね。

(ウルトラの瀧)そうか。師範の人たちが各国に散ったから。だから「待て」は「待て」でいいし……っていう。日本語のままになっているんだね。

(カルロス矢吹)だから柔道も「JUDO」じゃないですか。そうやってどんどん国際化していったんですけども。で、だいぶ話が世界をグルッと回ってしまいましたが……金義泰さんのライフストーリーをちょっと追っていきますと、小学校の時、戦後間もない時なんで道場とかも全部焼けてしまっていて。その時、小学校や中学校のグラウンドに畳を敷いて柔道の大会をやっていたらしいんですよ。

(ウルトラの瀧)うん。

(カルロス矢吹)だから自然と柔道を見るようになって興味を持って中学校から始めます。で、新港学園っていう神戸の……。

(赤江珠緒)はいはい。いまでも柔道が強いですね。

(カルロス矢吹)阿部一二三選手が新港学園ですけども。その新港学園の柔道部に入って、全国大会には行けなかったらしいんですけど、高校を出る時にはいろんな大学からスカウトが来るような選手になっていたらしいんです。で、その中で東京の大学とかからもいろいろと声はかかっていたらしいんですけど、選んだのが奈良にある天理大学。

(赤江珠緒)天理も柔道の名門ですもんね。

(カルロス矢吹)超名門ですね。で、その時の天理大っていうのはまだ創部間もない頃で。ただし、すでに全国1位にはなっていたんですよ。なんでか?っていうと、天理大の柔道の監督をやっていた方が64年東京オリンピックの日本代表監督もやられていた松本安市さんっていう方で。この人の経歴がすごくて。もともとはお医者さんの勉強をされていて。それで練習は全部医学的な根拠に基づいたすごく濃密で論理的なトレーニングで。

(赤江珠緒)まさに文武両道。すごいですね。

(カルロス矢吹)で、だいたい柔道の道場って50畳ぐらいらしいんですけど、松本先生は天理大にたのんで560畳。10倍以上の道場にして。

(ウルトラの瀧)560畳ってもう、想像できないですよ。

(カルロス矢吹)560畳の道場を作らせたらしいんですよ。そこで、練習は2時間しかやらないらしいんですよ。普通柔道って10時間とか12時間とかやるイメージあるじゃないですか。でも2時間しかやらないらしいんです。ただし、めちゃめちゃ濃密な2時間だし、そんだけ広いから誰も休めないんですよ。ノンストップで2時間。

(赤江珠緒)私、天理高校を取材したことがありますけど、たしかに長い……あれかな? あのまま残っている、使ってらっしゃるやつかな?

(カルロス矢吹)たぶんそうだと思います。で、そこに松本先生にひかれたのが金義泰さんだったり、ウィリアム・ルスカも来てましたし、アントン・ヘーシンクも来ていたんですよ。それはなんでか?っていうと、松本先生に教えてもらいたかったから。

(ウルトラの瀧)はー!

(カルロス矢吹)で、ものすごいロジックのモンスターで。松本安市先生って。柔道って64年の東京オリンピックの時はもう日本が金メダルを独占しろ!っていう風に至上命題がくだっていたんですけど「日本は独占できるか?」って聞かれたら「いや、でも重量級はヘーシンクだと思いますよ」ってサラッと言っちゃうような方だったんですよ。で、実際にヘーシンクが取るんですけども。まあ、それぐらいすごい客観的にいろいろと見ている方で。だから松本先生、怒られることもあったらしいんですけども。でも、自分の作ったロジックを全然自分の中でためずに、外にバッと出すような方だったらしいんですね。

(ウルトラの瀧)ああ、なるほど。

(カルロス矢吹)で、一般的に柔道で過去最強だったのは木村政彦さん。鬼の木村と呼ばれた木村政彦さんが最強で、その次がヘーシンク何じゃないか?っていう風に言われているらしいんですけど、金義泰さんいわく、もう引退して指導者に回っていた松本先生がヘーシンクに負けているところを見たことがないらしいんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(カルロス矢吹)いっつもヘーシンクを負かしていた。だからヘーシンクは松本先生の言うことだけは聞いていたらしいんですよ。「アントン、ちょっとやろうか?」「ハイッ!」ってヘーシンクが日本語で言って、コロッと寝技に持ち込まれていっつも負けていたらしいんですよね。で、おそらく柔道史上のナンバー2は松本先生なんじゃないか?って。これからおそらく『いだてん』でもその話になると思うんですけど、松本先生の選手としての全盛期と第二次世界大戦がまるっとかぶってしまっているんですね。

(ウルトラの瀧)うんうん。

(カルロス矢吹)だから国際大会とか柔道、オリンピック以外にもあったんですけど、そこでやることができなかったんですね。出れなかったんでちょっと評価が低くなってしまっているんですけども。で、金義泰さんは天理大を卒業した後、東京オリンピックに出場して、残念ながら日本の岡野功選手に負けてしまいます。ただ、銅メダルを獲得してその後、柔道の韓国代表監督にもなるんですけども。「東京オリンピックでヘーシンクが金メダルを取ったことが実はその後の柔道の国際化にとってはすごくよかった」って金義泰さんは言っています。

(ウルトラの瀧)うんうん。

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ヘーシンクの金メダルの効果

(カルロス矢吹)なんでか?っていうと、68年のメキシコオリンピックで柔道はやっていないんですよ。これ、理由は競技人口が足りないっていうことだったんですけども。この本当の理由はおそらく、日本人にばっかり有利な競技をそんなに増やせないっていうことだったと思うんですよ。

(赤江珠緒)ああ、じゃあ64年にやったものの、メキシコではなかった。

(カルロス矢吹)ただ、ヘーシンクが金メダルを取ったことばアリバイになって、72年のミュンヘンオリンピック以降、もう1回復活するんですよ。

(ウルトラの瀧)なるほど。じゃあ、冒頭で言っていたハーリングみたいなもんで、ハーリングは北アイルランドが強い。そこが優勝するためのもんだろ?っていう風に思われがちだったんだけど、違う国の人が取ったんで「ああ、なるほど」っていうことになったと。

(カルロス矢吹)そうなんですよ。で、76年のモントリオールオリンピックで韓国代表監督として韓国に銀メダル1個、銅メダル2個を金義泰さん、もたらすんですけども。この時、柔道のルールがこれまた大幅に変わりまして。注意1回、もしくは指導2回で有効になってしまうというルールができて。これがいまだに金義泰さんは「許せない!」って言っているんですけども。これのせいで柔道は「手数を出せばいい」っていう風に指導者が教えるようになっちゃったらしいんですね。

(ウルトラの瀧)いまだに指導が入りますもんね。あんまりグズグズしていると「指導!」って。

(赤江珠緒)組んでないとかでね。

(カルロス矢吹)で、昔、金義泰さんが柔道を始めたばかりの時は15分、すっごい緊迫したにらみ合いがあって、誰もそれでも飽きなかった。

(赤江珠緒)別に組み合っていないからって、戦っていないわけじゃないと。

(ウルトラの瀧)だから組んでピクリともしないんだけど、これはこれで面白いんだよって。

(カルロス矢吹)すごい殺気が放たれていて面白かったらしいんですけども、でも柔道が完璧に変わってしまった。で、金義泰さんは「国際化したことはよかった。階級制を設けたこともよかったんだけど、それをやる時に柔道の質を保証できる人材が日本柔道界にいなかったんじゃないか? 要するに英語で世界と交渉できる人材がいなかったんじゃないか?」ってそういう風に金義泰さんは言ってます。

(ウルトラの瀧)なるほど。

(カルロス矢吹)で、金義泰さんが1回、新港学園や天理大で柔道を教えていたんですけども、その時にちょっと伸び悩んでいる選手がいて。柔術をやらせてみたらしいんですよ。それはなぜか?っていうと、「柔道の原点をちょっと学んでみなさい」っていう。それは関節技をやれっていうことじゃなくて。で、「その柔術の使えるところを柔道に応用してみたら?」っていう風に教えたら、その選手があっという間に伸びたらしいんですね。

(ウルトラの瀧)うん。

(カルロス矢吹)金義泰さんは「格闘技は原点がいちばん強いと思うから、そういう柔道の原点を若い選手に教え続けることが自分の使命だと思う」っていう風にインタビューではおっしゃっていたんですけども。その原点を受け継いでいるのが新港学園出身の阿部一二三選手ですね。

(赤江珠緒)ああー、そうですか!

(ウルトラの瀧)激強いもんね!

(赤江珠緒)きれいな背負投げで。

(ウルトラの瀧)そうか。要は競技として技を出すんじゃなくて、いかに相手をどう制圧するか?っていうことに立ち返りなさいと。そこから学ぶものもあるでしょうと。

(カルロス矢吹)そうです。で、こういった話が12話入っています。

(ウルトラの瀧)フハハハハハハッ!

(赤江珠緒)『アフター1964東京オリンピック』。

(カルロス矢吹)はい(笑)。

(ウルトラの瀧)持っていくねー! カルロスくん、手慣れたね!

(カルロス矢吹)フハハハハハハッ!

(赤江珠緒)こちら1600円プラス税で単行本発売中です。ぜひお手にとってみてください。

(ウルトラの瀧)いやー、でもこの本もそうですけども、東京オリンピック。『いだてん』とかでもこれから掘っていくでしょうけども。知られざるいろんな人……名選手や感動ストーリーやそれこそ物騒な話もいっぱいあるだろうね。

(カルロス矢吹)そうですね。しかもこれ、馬術で取材をさせていただいた井上喜久子さんが昨年亡くなられて。たぶん僕が最後の取材だったと思うんですけども。まあ、その模様も現代ビジネスというサイトに記事が公開されていますので。そちらもよろしければ。

五輪・女子最年長出場者…亡くなった馬術選手が生前遺した言葉(カルロス 矢吹) @gendai_biz
「現代ビジネス」は、第一線で活躍するビジネスパーソン、マネジメント層に向けて、プロフェッショナルの分析に基づいた記事を届ける新創刊メディアです。政治、経済からライフスタイルまで、ネットの特性を最大限にいかした新しい時代のジャーナリズムの可能性を追及します。

(赤江珠緒)いや、貴重な証言になっていきますよね。柔道はどうですか? 2020年。日本の柔道は。

(カルロス矢吹)阿部一二三選手は間違いなく金メダルを取るんじゃないですかね?

(ウルトラの瀧)まあ、そうですね。これがちょっと負けたりしてね、それがもしかしたらグッとね……。

(赤江珠緒)女子もね、阿部詩ちゃんもいるしね。

(ウルトラの瀧)赤江さんにそっくりな。

(赤江珠緒)言われる。うん。大外刈りみたいなね。いいですよねー。あっという間に今日もお時間になってしまいました。カルロス矢吹さん、その他にお知らせはありますか?

(カルロス矢吹)あ、大丈夫です。とにかくこれが売れないと僕も次の本が出せなくなるので(笑)。

(ウルトラの瀧)フハハハハハハッ!

(カルロス矢吹)みなさん、『アフター1964東京オリンピック』、ぜひ買ってください。

(ウルトラの瀧)でも読むにはいいタイミングですよね、いまね。

(カルロス矢吹)ぜひね、『いだてん』の副読本として。

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(ウルトラの瀧)ねえ。そして次の海外はどこに行きます?

(カルロス矢吹)次の海外ですか? ロサンゼルスにコーチェラ・フェスティバルに行く予定です(笑)。

(ウルトラの瀧)フハハハハハハッ! そうか。ロスか。ロスは……あるな。野球チームな。よし。

(カルロス矢吹)フフフ(笑)。

(赤江珠緒)本日のおもしろい大人はライターのカルロス矢吹さんでした。ありがとうございました。

(ウルトラの瀧)ありがとうございました。

(カルロス矢吹)ありがとうございました。

<書き起こしおわり>

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