(町山智浩)でね、その当時のフィルムとかを使って撮影をすることだけじゃなくて、音まで当時の録り方をしているんで。今日はまだ時間があるからその話をちょっとしたいんですけども。まず1曲、聞いてほしいんですけども。この『ファースト・マン』のサントラから『Crater』っていう曲をお願いします。
(町山智浩)はい。これは何の音に聞こえますか? 普通に聞いて。
(山里亮太)なんかちょっとハミング的な?
(町山智浩)そう! 女性のハミングに聞こえるんですけど、これは実はテルミンという電子楽器を使って演奏しているんですよ。
(山里亮太)あの変わった演奏の仕方をするやつですよね?
(町山智浩)アンテナが2つついていて、そのアンテナの間に手を入れて、その手の動きでもって曲を奏でるという電子楽器があるんですよ。
(赤江珠緒)不思議な音ですね。
(町山智浩)「ファワワワワ……♪」っていう音なんですけども。これは1919年にロシアの発明家のテルミンさんが作ったもので。世界最初の電子楽器と言われているんですね。手はコンデンサーの働きをして、その音の高さを変えるんですけども。これがなぜ、この『ファースト・マン』という映画に使われているかっていうと、ちょっとこの曲を聞いていただけますか? 『Lunar Rhapsody』です。
(山里亮太)これも、テルミン?
(町山智浩)はい。これもテルミンなんです。ほとんど女の人の声に聞こえるんですけども。
(赤江珠緒)いや、本当に。
テルミンを使う意味
(町山智浩)これもテルミンなんですよ。で、これは『Lunar Rhapsody』という1947年の曲でハリー・レベルっていう人が作曲したものなんですけども。この曲は実はアームストロング船長が大好きな曲だったんですよ。実際に。で、月面に行った時に月の周回軌道を周りながら宇宙船の中で実際にカセットテープを持っていって、そこでこの曲を演奏したんです。
(赤江珠緒)ああ、そうなんですか!
(町山智浩)はい。だから、それを知ったこの『ファースト・マン』の音楽担当のジャスティン・ハーウィッツという人は「あっ、テルミンを使おう!」って思ったんですって。「アームストロング船長はテルミンが好きなんだから。これがその当時の宇宙の音なんだ!」って。
(赤江珠緒)ふーん! じゃあ、はじめて宇宙に出て奏でられた音楽はテルミン?
(町山智浩)テルミンなんですよ。宇宙ではじめてかかった音楽っていうのは。でね、これはサミュエル・ホフマンっていう人がテルミンの演奏をしているんですけども、このサミュエル・ホフマンっていう人はものすごくたくさん、1950年代、60年代のアメリカのSF映画でこのテルミンの演奏をしているんですけども。「ワワワワワワワ……♪」っていう音なんで、なにに使っているかと言うと、謎の円盤UFOが飛んでいく時の音なんですよ(笑)。
(赤江珠緒)うんうん!
(山里亮太)ああ、たしかに!
(町山智浩)で、その当時は宇宙のシーンになると、宇宙遊泳とかで「ホワンホワンホワンホワン……♪」っていう音が入っていたでしょう? 昔の日本の特撮とかでもさ。
(赤江珠緒)かならず入っていた!
(町山智浩)あれは全部、テルミンの音なんですよ。
(赤江珠緒)ああ、じゃあテルミンを結構聞いていたんですね。
(町山智浩)テルミン、聞いてるんですよ。アニメの主題歌とかにもよくテルミンって使われているんですよ。で、それをハリウッドでずっと演奏していたのが、この『Lunar Rhapsody』を演奏していたホフマンさんなんですよね。だからその1969年当時の月着陸っていうSF的な話で、実際にその当時の人が考えていた宇宙のイメージっていうのはこのテルミンなんですね。
(赤江珠緒)はー。
(町山智浩)で、わざわざその楽器を使っている。それだけじゃなくて、このハーウィッツっていう作曲家はすごくて、機材も全部その当時のものでやろう!っていう(笑)。でね、「ディレイ」ってわかります? ディレイマシーンって。
(赤江珠緒)えっ?
(町山智浩)エコーとかをかけるのに使うんですよ。ギターとかを弾く時に使うんですけども。エコーをかけるんですね。で、それを当時はエコーっていうのはコンデンサというもので電気を遅れさせることで音がダブるんですけども。そのシステムは1960年当時はまだなくて、その当時はカセットテープとかテープレコーダーをエンドレステープにしてグルグル回すことで、一旦入った音がすぐに再生されるっていう……わかりますか? 「あ」って言ったらそれを録音してそれをすぐに再生すると「あ、あ、あ」ってなるじゃないですか。
(赤江珠緒)うん。
(町山智浩)で、再生ヘッドがズラーッと何個も並んでいると「あ、あ、あ、あ……」ってなるじゃないですか。そのシステムでその頃はやっていたんですよ。エコーマシーンって。
(赤江珠緒)へー!
(町山智浩)このハーウィッツさんはそれを手に入れて、この映画でそのエコーマシーンを使って曲を作っているんですね。で、さらにその当時はシンセサイザーがまだアナログのシンセサイザーだったんですよ。で、写真がそこにあると思うんですけど、「モーグ」っていうシンセサイザーがあったんですね。
(山里亮太)これ、すっごいな!
(町山智浩)電線がグチャグチャの(笑)。これ、「タンス」って言われていたんですね。タンスみたいに見えるから。
(赤江珠緒)そうですね。大きさはかなり大きいですもんね。
(山里亮太)そこにいろんな線がつながっていて。
(町山智浩)そうなんですよ。これね、冨田勲さんが『月の光』とかを作るのに使っていたやつなんですけども。
本日、5月23日はモーグ博士のお誕生日です。つか冨田勲さんのタモリ倶楽部は最高でしたね。おはようございます。 pic.twitter.com/Go5tHOxPYa
— O)))脳BRAIN (@toplessdeath) 2016年5月22日
(町山智浩)これね、25台だけ最近復刻されたんで、それを手に入れて。その当時のシンセサイザーの音楽っていうことでこれを手に入れて『ファースト・マン』の音楽に使っているんですけども。もう1台、別のシンセサイザーでEMSっていう会社が出したVCSっていうシンセサイザーもありまして。それも写真があるんですけども。これもわざわざ見つけてきて、今回の録音に使われているんですけども。
Working on #techno w/this #classicsynth from 1969 the #emsvcs3! This #modularsynth is nuts! #housemusic #producer #sounddesign #lovemyjob pic.twitter.com/KIz2Q1xaXN
— Samuel John (@SamuelJohnAudio) 2017年3月29日
(赤江珠緒)レトロな感じしますね!
(町山智浩)すごいレトロなね。このシンセサイザーっていうのは当時としてはプログレッシブ・ロックって言われているクラシックのようなロックが流行ったんですね。ピンク・フロイドであるとかキング・クリムゾンであるとか。そういった人たちが使っていたのがこのVCSっていうマシーンなんですよ。
(赤江珠緒)へー!
(町山智浩)で、まずこのEchoplexっていうテープエコーマシーンとこのVCSを使って作ったこの『ファースト・マン』のサントラから『Multi-Axis Trainer』を聞いていただけますか?
(町山智浩)これ、なんの音に聞こえますか?
(赤江珠緒)なんだろう?
(町山智浩)工場みたいじゃないですか? 工場のエレベーターみたいに聞こえませんか? 「ダンダンダンダンダン……」って。で、ここで1960年代のプログレッシブ・ロックバンドの大物、ピンク・フロイドの『ようこそマシーンへ』を聞いてください。
(町山智浩)はい。同じでしょう?
(赤江珠緒)うんうん!
(町山智浩)同じなんですよ。だからこの感覚を出すために、わざわざ同じ機材を集めてきて。そのテープディレイとこのVCSっていうアナログシンセでもって『ようこそマシーンへ』のイントロの非常に有名な……いまの音は俗に「エレベーター」って言われているんですけども。実はこのマシーンで作った音なんですよ。
(赤江珠緒)ふーん!
(町山智浩)で、それを再現しようとして。なぜならばその当時、月旅行というものはこういうイメージだったんですよ。
(赤江珠緒)こもった。
当時の機材を使って楽曲を制作
(町山智浩)というのは、月っていうのはその頃、シンセサイザーと結び付けられて考えられることが多くて。さっきテルミンで作った歌が『Lunar Rhapsody』っていう月旅行をテーマにした曲だったんですけども、モーグシンセサイザーで冨田勲さんが作ったのは『月の光』っていうドビュッシーの曲ですよね。で、さっきテープディレイについて話しましたけど、テープディレイを使った世界最初のヒット曲がレスポールっていう人が作った『How High The Moon』っていう曲なんですよ。
(赤江珠緒)ああ、すごいですね。やっぱりみんな月をイメージするんですね。
(町山智浩)月をイメージする。だからこの機材を使って作られた音の感じっていうのはたぶん月のイメージだったんですね。その当時は。で、ピンク・フロイドはその当時、『Dark Side Of The Moon(月の暗黒面)』っていうレコードを出しているんですね。だから、月といえば電子楽器ということがあって作り上げているんで、すごい音楽なんですよ。このサントラは。
(赤江珠緒)ふーん!
(町山智浩)ゴールデングローブ賞では最優秀作曲賞を取ったんですが、なぜか今回のアカデミー賞ではノミネートされていないんでよくわかんないっていう。
(赤江珠緒)ああ、そうですか。
(町山智浩)「わかってねえのか?」って思ったんですけども。ただ、録音賞は入っています。録音賞はノミネートされていて、たぶん取ると思います。だからそういう非常にすごいことをやっているんですよ。あともうひとつ、とんでもないことをやっていて。これ、フルオーケストラを使ってアポロ11号の発車シーンのBGMを作っているんですけども。ジャスティン・ハーウィッツは。それをね、フルオーケストラで一旦録音をした後に、レスリースピーカーっていうもので再生して、それをさらに録音しているんですよ。
(赤江珠緒)レスリースピーカー?
(町山智浩)レスリースピーカーっていうのはどういうものか?って言うと、プロコル・ハルムの『青い影』、お願いします。
(町山智浩)はい。これはあまりにも有名なプロコル・ハルムの『青い影』のイントロなんですけども。これ、ハモンドオルガンという楽器で演奏をしているんですね。ただこれ、音をよく聞くと、「フルフルフルフルッ♪」っていう風に、「トレモロ」っていうんですけども、振動をしているですよ。このオルガンの音が。
(赤江珠緒)うん。
(町山智浩)で、どうして振動をしてるか?っていうとこれ、レスリースピーカーっていうスピーカーシステムが有りまして。これ、画があるんですけども。1941年に発明されたものなんですが。これね、スピーカーをモーターで実際に回転させるんですよ。
(赤江珠緒)スピーカー自体を?
(町山智浩)実際にスピーカーを。そうすると、回転したものっていうのはドップラー効果を起こすんですよ。だからドップラーって通り過ぎる時、たとえば赤江さんが選挙で街宣する時に街宣車で通り過ぎる時に「あかえたまおです」ってなるじゃないですか。「あーかえたまおですっ」ってなるじゃないですか。それがものすごく細かく起こるわけですよ。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)だから「プルプルプルプルッ……♪」って音が震えるんですよ。
(赤江珠緒)はー!
(町山智浩)で、それをハモンドオルガンにつけることでパイプオルガンみたいな感じを出そうとしたマシンなんですね。物理的に。
(赤江珠緒)ええ。
(町山智浩)それをわざわざ今回、この映画で使ってこのアポロ11号発射という音楽に使っているんですが。ちょっと聞いてください。
(町山智浩)はい。この回転している感じ、わかりますよね?
(赤江珠緒)はい。言われたらわかりました。
(町山智浩)これ、レスリースピーカーの効果なんですよ。
(赤江珠緒)はー! 音がなんかドキドキしますね。
(町山智浩)そう。だから普通にただ流すだけじゃなくて人間の震えとか恐れとか恐怖とか、特にそのアームストロング船長は全く感情を外に出さなかった人なんで、その内面的な緊張感みたいなものを表現するためにレスリースピーカーを使っているんですよ。
(赤江珠緒)はー! すごい表現方法ですね! なるほど。
(町山智浩)すごいですよ、これは。結局デジタルから物理的なところに戻っていくんだなって思いますね。はい。
(赤江珠緒)ああ、面白い。そうですか。
(町山智浩)ただね、この映画はすごく表立った感動はなくて。特に強い言葉で言ったりしないんですよ。アームストロング船長は。「やったー!」とか。
(赤江珠緒)もう、アームストロング船長!(笑)。
(町山智浩)月に着陸したら普通、それを中継で見ている全ての人たち、地球全体の人たちが「イエーッ!」とか言ったりするっていう。テレビの前とかで。それとか凱旋パレードがあったり、大統領から勲章をもらったりとか。そういうのは一切ないんです。星条旗を立てるシーンもない。
(赤江珠緒)ええっ?
(町山智浩)ない。そういう人じゃなかったので。アームストロング船長は。「イエーッ! アメリカ!」みたいな人じゃなくて、淡々としていたんで、その非常に内面的な部分を表すためにこの微妙な効果を使っているというものすごい高度なことをやっているんです。
(赤江珠緒)そういうことを聞いて映画を見ると「なるほどな」っていう表現方法なんですね。
(町山智浩)熱い感動みたいなものを期待すると、そうじゃないんですよ。だからものすごい難しいことをしていますんで、ぜひこの『ファースト・マン』を。2月8日公開。ご覧になってください。
(赤江珠緒)楽しみになりましたね。今日は『ファースト・マン』を紹介していただきました。町山さん、ありがとうございました。
(町山智浩)どもでした。
<書き起こしおわり>