高橋芳朗と宇多丸 Ariana Grande『thank u, next』を語る

高橋芳朗と宇多丸 Ariana Grande『thank u, next』を語る アフター6ジャンクション

高橋芳朗さんがTBSラジオ『アフター6ジャンクション』で2018年のアメリカ音楽シーンを振り返り。アリアナ・グランデの『thank u, next』を紹介していました。

(高橋芳朗)さあ、4枚目はアリアナ・グランデ。

(宇多丸)おおっ、ビッグネームが来ました。

(高橋芳朗)これは宇内さんもご存知ですよね?

(宇内梨沙)もちろんです。

(高橋芳朗)アリアナ・グランデのアルバム『Sweetener』。これはアルバム・オブ・ジ・イヤーの集計ランキングで10位ですね。ただ、アリアナ・グランデに関してはこの『Sweetener』もすごい素晴らしいアルバムなんですけど、『Sweetener』のリリース後の11月3日に発表して現在全米チャートの1位になっているシングルの『thank u, next』っていう曲を紹介したいと思います。

(宇多丸)はい。

(高橋芳朗)この曲、TIMEマガジンのベストソングで3位。ビルボードの編集部が選んだベストソングで4位に選ばれています。

(宇内梨沙)じゃあ、批評家といわゆる世の評価っていうのが……。

(高橋芳朗)そうですね。これは割と一致している方ですね。で、2018年を代表する曲であるのはもちろんなんですけど、僕は主にガールポップ史に残るエポックな曲だと思います。ちょっと説明しますね。アリアナ・グランデ、フロリダ出身のポップシンガー、R&Bシンガーで25歳です。で、アリアナの名前が日本で広く知られるようになったのって、これは彼女にとっては不本意なことだと思うんですけども。去年の5月にイギリスのマンチェスターでテロ事件があったじゃないですか。

(宇多丸)ああ、コンサートの……。

(高橋芳朗)自爆テロ事件。あの事件はアリアナ・グランデのコンサートで起きたんです。22人が犠牲になったんですけども。その後、彼女はPTSDとかを患いながらも、事件の1ヶ月後にはテロの犠牲者を追悼する大規模なチャリティーコンサートを自ら開催して成功させ、その悲しみを背負ったまま作り上げたアルバムがこの8月にリリースされた『Sweetener』になるんですね。で、アリアナはこの『Sweetener』をリリースする前後、プライベートでも結構激動で。5月には何年も交際していた人気ラッパーのマック・ミラーと破局して。

(宇内梨沙)別れた。

(高橋芳朗)で、そのわずか1ヶ月後の6月には『サタデー・ナイト・ライブ』とかにレギュラー出演しているコメディアンのピート・デヴィッドソンという人との婚約を発表したんですよ。で、悲しいテロ事件もあったけど、婚約して素晴らしいアルバムを作って、ようやく幸せをつかんだと思ったら、今度はアルバムを出した直後の9月に元カレのマック・ミラーが薬物の過剰摂取で亡くなってしまうんです。で、そうすると、「マック・ミラーが薬物に溺れて死んだのは彼を振ったアリアナ・グランデのせいだ」みたいな話になってきちゃうんですよ。

(宇内梨沙)うわあ……。

(高橋芳朗)批判が出てきたんですね。

(宇多丸)うーん、そんなこと言われたってなー。

(高橋芳朗)ねえ。で、アリアナはそれで激しいバッシングにさらされて、この一件が遠因になっているのかはわからないんですが、結局婚約していたピート・デヴィッドソンさんとも別れることになってしまうんですよ。

(宇多丸)うーん……。

(高橋芳朗)で、ピート・デヴィッドソンはコメディアンっていうこともあって、婚約が破棄されたことを自虐的にジョークとかにしているんだけど、アリアナは「しばらくSNSとは距離を置きます」って沈黙を保って。ずーっと公の場ではなにも発言をしなかったんですよ。だから彼女がいま、どんなことを考えているのかまったくわからなかったんだけど、そんな中で11月に出たのがこの『thank u, next』なんですよ。そういうストーリーを聞いて聞くと……

(宇内梨沙)すごいタイトルですよね。『thank u, next』って。

(高橋芳朗)で、どういう曲か?っていうと、アリアナがこれまで交際してきた元カレのことを振り返りながら、かつ自分自身と向き合うっていう感じなんですよ。ちょっと歌詞を読み上げますね。「ショーンとずっと一緒にいると思った」。これはラッパーのビッグ・ショーンのことですね。

(宇多丸)ああ、もう具体的!(笑)。

(高橋芳朗)「だけど、彼とは合わなかった」「リッキーについての曲もいくつか書いた」。これはダンサーのリーキー・アルヴァレスっていう人ですね。「いまになって聞くとちょっと笑えてくる」「もう少しで結婚しそうになったピート」。これはさっき言ったピート・デヴィッドソン。「あなたのことも感謝している」「叶うならマルコム(マック・ミラー)にもありがとうって伝えたい。だって彼は天使みたいだったから」。

(宇内梨沙)えっ、なんかもう悲しい……悲しい!

(高橋芳朗)「1人は愛を教えてくれた 1人は忍耐を教えてくれた 1人は痛みを教えてくれた そしていま、私は素敵になった」「たくさん恋をしてたくさんのことを失った。でもわかったことはそれだけじゃない。だからこれだけは言わせてほしい。ありがとう。でも、もう次に行くよ」という。「ありがとう、もう次に行かなくちゃ(Thank you, next)」っていう。で、「I’m so fuckin’ grateful for my ex(元カレたちにはクッソ感謝しているよ」って。

(宇内梨沙)そこで「ファッキン」が入っているのがちょっとかっこいいなと思いました。

(高橋芳朗)かっこいいでしょう? で、2番はアリアナが鏡と向き合っているような内容で、元カレに感謝していた1番に対して今度はアリアナが自分自身に向き合って、「彼女が愛を教えてくれた 彼女が忍耐を教えてくれた 彼女が痛みを教えてくれた」って、まあ自分自身を称えるような歌詞になっているんですね。で、最後の締めの3番が「いつの日か、ヴァージンロードを歩く。ママの手を握って。パパにも感謝したいと思う。だって私はたくさんのドラマを経て成長してきたから」「あんなにひどいことはもう十分」。これはテロのことだったり、マック・ミラーが亡くなったことを言っていると思うんだけど。「これでもう終わりにしたい。もうなにか起こることは神様がきっと許さないけど、でも少なくともこの曲は大ヒットするわ」っていう。

(宇多丸)フフフ(笑)。

『thank u, next』歌詞

(宇内梨沙)ねえ、もう超涙出てきそう! この経緯を知らずにプロモーションビデオ込みであの曲を見ると、とにかく「別れた彼氏、バイバーイ♪」みたいな。そのぐらいで受け止めちゃっていたんですけど、いまの話を聞いたらもう涙が出てきそうです!

(高橋芳朗)そうなんですよ。

(宇多丸)「マルコムにもありがとうって言いたい」とか。

(高橋芳朗)そう。この曲はいま、女性のエンパワーメント・アンセムとしてすごい向こうで高く評価されているんですね。で、2007年からビルボードが開催している『Women in Music』っていう女性アーティストの式典があるんですけど。これは今年、12月8日。先週開催されて、アリアナ・グランデがウーマン・オブ・ジ・イヤー。たぶんこの曲のヒットが影響していると思うんだけど。

(宇多丸)いやー……。

(高橋芳朗)たぶんこれでね、クイーン・オブ・ポップの座を決めたかな?っていう気がしますね。

(宇内梨沙)いや、それはみんな応援したくなりますよね。そんな人生を背負っている……。

(宇多丸)しかし、そこに行くまでにこんなひどい目にあわなきゃいけないのかとも思うし。それをでもね、作品に昇華するっていう。

(高橋芳朗)アメリカのエンターテイメントのダイナミズムと女性のエンパワーメントみたいな部分、すっごい上手く見事に絡み合った曲かなっていう気がしますね。で、曲調的には90年代R&B風です。90年代にちょっと流行ったメロウなR&B風のマイアミベースみたいなのってあったじゃないですか。ゴーストタウンDJズの『My Boo』みたいな。

(宇多丸)うんうん。

(高橋芳朗)ああいうマイアミベースを参照したような曲だと思います。じゃあ、聞いてください。アリアナ・グランデで『thank u, next』。

Ariana Grande『thank u, next』

(宇多丸)はい。ということでアリアナ・グランデ『thank u, next』。宇内さんもビデオを見て?

(宇内梨沙)はい。大好きな映画、それこそ『キューティー・ブロンド』を完全に……もう役者さんも同じ方が出ていて、完コピしているんですよ。

(高橋芳朗)『キューティー・ブロンド』と『チアーズ!』と……。

(宇内梨沙)あと、『ミーン・ガールズ』。

(高橋芳朗)あとは『サーティン・ラブ・サーティ』っていうここ最近って言っていいのかな?

(宇内梨沙)ちょっと前ですね。

(高橋芳朗)の、学園映画クラシックスを。

(宇多丸)まあ、ヨシくんも大好きなあたり。

(高橋芳朗)に、オマージュを捧げているビデオで。わずか4日間で1億回再生です。すごいことになっています。

(宇内梨沙)でもあえて、その……全部明るい映画じゃないですか。それを描いたのはどういう心境なのかな?って。

(高橋芳朗)どういうところなんですかね?

(宇内梨沙)歌詞自体に込められている想いはぜんぜん違うじゃないですか。

(高橋芳朗)その映画に通底したテーマとかはないからね。でも、単純に話題になるだろうなっていう。そのへんのオマージュを誰もやってこなかったから。

(宇多丸)でも、そのアメリカのエンターテイメントの特にいまの、それこそヒップホップ以降かな? ゴシップも飲み込んで……っていうのと、でも表現としての高度さと。で、それをこの、でも基本は明るい曲に落とし込むっていうところがかっこいいよね。

(高橋芳朗)アリアナがずっとやってみたかったんだって。アルバムとかとはまったく関係ないタイミングでラッパーみたいにポツッて曲を出すっていうのを。

(宇多丸)ああー。だからその週刊誌感覚もちょっとは入ってきているみたいなね。で、「この曲はヒットする」っていう、そういう下世話なメタ視点も。

(高橋芳朗)そこはちょっとヒップホップ、ラッパーっぽいよね。

(宇内梨沙)かっこいい。

(宇多丸)しかも、ちゃんとヒットしているんだから。ヤバい!

<書き起こしおわり>

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