東村アキコと宇多丸 スマホ特化型漫画と漫画の未来を語る

東村アキコと宇多丸 スマホ特化型漫画と漫画の未来を語る アフター6ジャンクション

(宇多丸)なるほど。ちなみに東村さんはこのウェブトゥーン、初めて知ったのはいつなんですか?

(東村アキコ)私の周りのすごい若い子……なんなら、息子が小学生だったんだけど、小学生の同級生とかがね、ウェブトゥーンで『外見至上主義』っていう漫画があるのね。あれ、日本の人も結構読んでいるでしょう? あれの話をちらほら聞くようにはなっていたの。なんとなく。「ああ、そういうのがあるんだな」って。

(宇多丸)ふんふん。

(東村アキコ)そこから、私はすごいよく韓国に遊びに行くので。それで1回、その会社見学に行ったんですね。編集さんに連れて行ってもらって。それで、「ああ、これが『外見至上主義』やっているところか」ってなって。そこからですね。その時は日本の漫画家さんはみんな知らなかったんですよ。

(宇多丸)で、読まれてどうですか? ご自分が第一線の漫画家でやられている立場として。

(東村アキコ)その縦スクロールってまあ、アレルギー反応がみんな漫画家ってあって。私もそうで。昔は「こんな縦スクロールなんつーものは流行るわけないでしょ!」とか10年ぐらい前は思っていたんだけど、その韓国のやつを見たら読みやすくて。あと、カラーだからお得感があるなって思って、すごいいいなと思ったんですよね。で、偏見が失せたっていうか。

(宇多丸)うんうん。「あ、やっぱりこの形式だったら読みやすいし面白いじゃん」って。

(東村アキコ)うんうん。なんか「ありだな」って思っちゃったんですよね。そのウェブトゥーンを見て。すごく絵がきれいなんですよ。

(宇垣美里)やっぱり色がある方がわかりやすいし。もうアニメにも慣れ親しんでいるわけですから。

(宇多丸)そうだよね。他の読者世代からしても、そうだよね。「なんで白黒なの?」って。「なんでずっと白黒テレビを見せられているの?」みたいなことだったかもしれないですよね。で、さらにそれをご自分でやろうっていうところまで行ったのは?

(東村アキコ)これはですね、会社に見学に行ったでしょう? そしたらね、なんとなく縁ができるでしょう? それでその人たちが日本に来た時に「飲みに行きましょう」みたいになるでしょう。それで赤坂の、ここのすぐ目の前の居酒屋で飲んでいたらさ、「先生、やってみませんか?」って。

(宇垣美里)飲みながら(笑)。

(東村アキコ)断れない……断れなかったんです。で、適当に「うん、ああ、まあね、面白そうですよね。新しいですよね」なんて。あれよあれよという間に断れなく……。

(宇多丸)ああ、そういうガワができちゃったっていう感じなんですね?

縁ができて断れず、あれよあれよという間に……

(東村アキコ)そうです。だって忙しいんですもん、私。「週刊? フルカラー? なに言ってんだ? 無理無理無理!」って心の中では思いながらも、「無理」って言うとさ、まるで縦スクロール否定派みたいにも思われたくもないなって思って。

(宇多丸)フフフ、その自意識(笑)。

(東村アキコ)「新しい波に乗るよ」っていう空気は出したいじゃないですか。

(宇多丸)フハハハハハハッ!

(東村アキコ)「いいよねー、面白い」とかさ、言っていたら進んじゃっていてさ。

(宇多丸)「やっぱり東村先生、理解ありますから。ぜひ、日本の第一線の漫画家として、ぜひ!」なんて。

(東村アキコ)「いや、まあいまは忙しいから無理だけど、まあそのうちね、暇になったらチャレンジしてみたいですよね」とかずっと言っていたの。そしたら、あれよあれよという間にさ。

(宇多丸)でもこれ、いざやってみたら漫画の可能性として、いまやっておかないとヤバいんじゃないかっていうか?

(東村アキコ)そうですね。なんか、元気なうちに……もう1回やってみておかないと。縦スクロールを。なんか頑固な年寄りみたいになっても嫌だなって思って。あと10年遅かったらもうやらないだろうなとか思って。いまだったらスタッフもみんな若いし、色を塗るのとかもスタッフとキャッキャやりながら塗ったりできるから。なんかいまやっておかないと絶対にやらない気がするって思ってやったというのが正直なところですね。

(宇多丸)これ、先ほど日本の漫画家には縦スクロールはアレルギーがありがちっておっしゃってましたけど、やっぱりそういうお話をされたりすることもあるんですか?

(東村アキコ)結構漫画家さんで集まって飲んでいる時、数年前は「もう縦は無理!」って言っていましたね。みんな。ただただ居酒屋でギャグ漫画会みたいな……ギャグ漫画家さんで飲む会があって。私、おおひなたごう先生、『クマのプー太郎』の中川いさみ先生、あとは見ル野栄司先生とか。ギャグ漫画の先生たちがみんなで集まって「縦だけは無理。描けねえ」ってみんなで言っていた時期がありました。

(宇多丸)でも、それは数年前なんですよね。あくまでも。

(東村アキコ)数年前です。私もその時は「無理無理、絶対に縦なんかやるかよ! あんなの漫画じゃねえよ!」って言ってました、言ってました。

(宇多丸)フハハハハハハッ!

(東村アキコ)いまは「裏切り者! 東村、やりだしたな!」って思われていると思いますけども。

(宇多丸)でも、だいぶそのみなさんの認識も、これだけ普及してくると変わってきたっていう感じですか?

(東村アキコ)やっぱりね、私の感覚だと……まあ、ちょっとおばちゃんっぽい話をしてごめんね。あの、携帯にさ、カメラがついた時には、「いらねーよ!」みたいな。「何すんの、これにカメラをつけて?」ってハタチぐらい……25、6ぐらいの時。「なにすんの?」って思っていて。「これで自分の顔を撮る? バカな! えっ、現像しなくていい? バカな!」みたいな感じに思ったけど、いまはもうみんなでしょ? それと、なんか感覚として似ていてる。なんかね、あんまり意味ない。最初の毛嫌いって。そういう感じがしますね。

(宇多丸)なるほど、なるほど。で、実際にこうやっていって。どうですかね? やりながら。後ほど、具体的にどういう風にやってらっしゃるかとか、その違いの感覚っていうのは……まず、反響ってどうですか?

(東村アキコ)反響は、もう本当にありましたね。ぶっちゃけ紙の連載も私、いま雑誌でいろいろとやっていて。スピリッツとか集英社のココハナっていう雑誌とか、講談社のKissっていう雑誌とか。みんな、雑誌名言っていますからね。担当さんたち、大丈夫ですよ。

(宇垣美里)アハハハハハッ!

(宇多丸)ちゃんと。おざなりにしているわけじゃないよと。紙も大事!

(東村アキコ)それもやっていて。そこにもファンはもちろんいるし、サイン会とかに来てくれる人たちとか、そういうファンの人たちはすごいいて。そこもすごい大事な私のお客さんだし、ファミリーなんだけど、やっぱりWEBで無料で縦スクロールで連載したら、もう私の漫画を読んだことがないっていう人からの反響がすごいあって。それってやっぱりもう初めてというかね。何なら。そういうのはすごいびっくりしたし。まあ、そりゃそうなんですけどね。ネットだから。

(宇多丸)っていうことは、そのウェブトゥーンをメインで読んでいる層と、いわゆる昔ながらの漫画の形態を読んでいる層は結構分かれている?

(東村アキコ)私の感覚ではまったく別だなっていう感じがしますね。だってやっぱり高校生とかは私の漫画はそんなに、まあ漫画好きなね、ちょっとマニアみたいな子は読んでくれてたけど、普通の女子高生みたいな子が割と読んでくれてるっていう。

(宇多丸)うんうん。漫画ってやっぱりその一定の文法があってこそ読めるものじゃないですか。だからちょっと、ジャンプの漫画に一瞬離れると、もうジャンプの文法が読みづらくなっちゃっていて、読めないみたいなことがよくあるじゃないですか。そういう意味では、最初から縦スクロール的な、ウェブトゥーン的な文法に慣れている人からすると、昔の漫画は読みづらいとか?

(東村アキコ)韓国の若い子たちっていうのはもう縦スクロールで慣れちゃっていて。結局そっちが主流というかメインストリームなんですよ。完全に。だからやっぱりね、昔は日本の漫画ですごい韓国で大人気だし、本屋さんも日本と変わらないんですよ。漫画喫茶も全然変わらないの。韓国版で同じ漫画が並んでいる。でも、最近の若い子はやっぱり読みづらいっていうか、「絵が込み入りすぎてて読みにくい」って言ってちょっと離れてるんですよね。だからやっぱり、うん。

(宇多丸)はー! 絵が込み入りすぎている。やっぱりスマホで見るものだから。これ、後ほどの中身の話にもなりますけども。絵は基本的にシンプルにとかっていう文法があるわけですね。

(東村アキコ)そうなんですよ。

描いてわかった紙とウェブトゥーンの違い

(宇垣美里)では、ここで後半にまいりましょうか。新しいマンガ表現ウェブトゥーンについてお話をうかがっていますが、ここからは後半です。紙の漫画とウェブトゥーン、描いてみてわかったその違いとは?

(宇多丸)ちょっと若干ね、その中の話にも踏み込みつつはありますが。具体的にウェブトゥーンといままでの紙というか、横で読んでいく漫画の違いを描き手の立場からお話していただきたいと思います。まず『偽装不倫』、今回単行本で出たじゃないですか。これ、普通に横組みというか。いままでの漫画の形式で書かれていますけども。

(東村アキコ)本当、なんか企業秘密をバラすみたいで嫌なんですけど、もう宇多丸さんのためにバラします。

(宇多丸)よろしくお願いします!

(東村アキコ)あの、私、普通にいままでの漫画と同じように描いてます。四角いのに。

(宇垣美里)横で描いているっていうことですか?

(東村アキコ)うん。普通にただ1枚1枚。普通にいままでと変わらんわけ。作業は。で、それを縦スクロールに直す佐藤さんっていう人がいて。その人が縦に直してくれるの。

(宇多丸)佐藤さんが再構成している?

(東村アキコ)うん。縦に。バラバラにして。たぶんフォトショップかなんかでバラバラに切って、縦に並べてやっているっていう。だから私はやっていること、変わらん。

(宇多丸)ああ、その佐藤さんはそういうウェブトゥーンにお詳しいっていうか、そういう方なんですか?

(東村アキコ)いや、佐藤さんははじめて。「できるでしょ?」って言って。

(宇多丸)佐藤さん、いま手を挙げてますけども。

(宇垣美里)佐藤さん、お疲れ!(笑)。

(東村アキコ)佐藤さんは漫画の編集さんなんだけど、別にデザイナーさんとかでもないし。漫画の編集さんなんだけど、「できるんじゃない?」って言って、「まあやってみますか」って言って、なんかできたっていう(笑)。

(宇垣美里)縦で全然違和感がなかったものが、こうやって見てみると横でも本当に違和感がなく。

(東村アキコ)もうね、漫画なんてみんな吹き出しの中と人の顔しか見てないんだから。

(宇多丸)フハハハハハハッ! なんてことを! 今日の話、終わっちゃいますよ(笑)。

(宇垣美里)ただ、これを見て思ったのは、この『偽装不倫』と『かくかくしかじか』、色味からなにから、全然違うなって思うんですよね。

(宇多丸)やっぱり、たとえば1コマあたりの情報量であるとか、あとはやっぱり視線の……僕がいちばん不思議なのは視線の誘導の流れがやっぱり縦スクロールだとずーっと下に行くように誘導するのと、いったん横に行くのだと違うんじゃないか?って思うんですけど。そのあたり、描く時に意識ってされていますか?

(東村アキコ)あのね、縦だとね、時間の流れを感じやすいんですよ。結局、タメが効くっていうかさ。空白を……縦スクロール漫画、空間があるでしょう? その韓国のウェブトゥーンのプロの人たちに「この空間があればあるほどいいんだ」って言われて。私は「なにを言っているのかな? この人たち」って最初思ったんだけど、もう空白をガンガン取って、手で縦にスワイプっていうの? めくりを。「もうめくりまくった方がいいんですよ」みたいな。

(宇垣美里)なるほど。手でめくることで時間経過を感じる?

(宇多丸)たしかにこれ、もともとの漫画みたいにコマとコマがくっついてたらスクロールしづらい。逆に読みづらい。

(東村アキコ)なんかね、手首の関節の可動域ってみんな決まっていてね。1回スッとやったらさ、気持ちいい動きみたいなの、あるじゃない? それで行くぐらい感じに空間を取っていいんですよって言われて。だからさ、そんなことさ、予想してなかったですよね。

(宇多丸)あと、厳密な意味でコマが線と線で四角く区切られている必要もない?

(東村アキコ)そうそう。ないんですよ。だからくくっていない作家さんもいっぱいいらっしゃいますよ。

(宇多丸)この『偽装不倫』もこの単行本では四角くくくられているけど、縦スクロールバージョンでは四角くが取られている絵もある。

(東村アキコ)っていうところもあるし。別にもう取ったっていいしね。表現は自由ですよ。だから人が下から上にバーン!って飛び降りたりジャンプしたりとかもさ。もうどういう風にでも、縦で表現は出来るなって。最初さ、縦スクロールをやるよってなった時に、「見開きが使えないのに、どうやって漫画を描くんですか?」ってみんなに言われたし。スタッフにもね。私も「まあそりゃあ見開きでいままで見せ場を作っていたけど、これはもう見せ場のない漫画を描くということだな」とかってね。「これはもうセリフやな。セリフがガーン!ってくれば、もう見開きは必要ないっていうスタイルなのかな?」とかって思っていたんだけど、この間を取るっていうことでね、なんか見せ場感が出るから。もう全く別の概念っていうか。

(宇多丸)間を長めに取って。そしたら「クックックッ……あれ、来ない、来ない……出たーっ!」って。

(東村アキコ)そうそう。その間のあいだにみんな盛り上がるっていうか。そういう感じですね。

(宇多丸)ああ、そうか。リズムが作れる。

(宇垣美里)なるほど! 自分で送るからこそできるものですね、それは。

(宇多丸)なるほどね。

(東村アキコ)だからね、縦に組み変える人にセンスは絶対必要なんですよね。だから誰でもできるわけじゃなくって。佐藤さんは漫画の編集者だから、結局漫画の間がわかってるわけじゃない? だから、縦に直す人ってすごい重要なポジションで。うち、なんかたまたま佐藤さんができたからよかったけど、じゃあ他所で誰かがね、「じゃあ縦にやって」って別の人が頼んで上手くいくかどうかはわからん。

(宇多丸)これ、だからすごく粗雑に。「こんなの、読む順番に並べりゃいいんでしょ?」ってこうやってやっていったら、それはもちろん全然読みづらかったり?

(東村アキコ)だからまあ、編集者的な勘がすごいハマったっていうか。だからすごいラッキーだったなって思うんですけど。

(宇垣美里)なるほど。

(宇多丸)あと、東村さん的に僕、『偽装不倫』を読んでいて、やっぱりこれ、いますごく意外だったんですよ。最初は横で描いて縦に直したっていうのが。というのは、やっぱり指先からシュッと出てくるようなあれだったり、明らかに縦の視線の動きを意識した絵の構成みたいなものが多いなと思っていたので。

(東村アキコ)うんうん。それはたぶんね、左右が縦だと関係ないでしょう? 漫画っていうのは「めくり」って言って、めくったところに見せ場が来なきゃいけないっていう風に若い時にすごい言われるの。「見せ場を左ページに作るな。開いた瞬間に見せ場を」って。「えっ、実はこの人、狼男だったの?」っていうのが左ページにいたら、もうバレているわけですよ。めくって狼男にならんといかんっていうのを若い時に編集さんや先輩などからめちゃめちゃに教えられてきて。この漫画はそれから解放されているわけよ。

(宇多丸)うんうん。

(東村アキコ)で、結局紙の本になっているから、じゃあなんなんだ?っていう話なんですけど、そこはもうしょうがないっていうことで。そこから解放されたから、縦に縦に気持ちがいくような感じで描いているから。右左を意識していないから縦の意識が強く出ているんだと思うんですよね。

(宇多丸)逆にこう、下にたぐっていくことでサプライズ的な展開を……たとえば手の下の方を見たら「あっ!」っていうのもできるっていうことですよね?

(東村アキコ)できます、できます。そうです。そうです。

(宇多丸)だからそういう縦スクロールならではの演出とか面白みの作り方ってまだまだ開発途中というか、やりようのある世界ですかね。

(東村アキコ)そうですね。

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