(町山智浩)これはね、監督が『メリーに首ったけ』っていう最高のコメディー映画があるじゃないですか。キャメロン・ディアスの。あれの監督だったピーター・ファレリーっていう人が撮っている映画で基本的にはコメディーなんですけど、実話が元になっているんですね。で、グリーンブックっていうのはなにか?っていうと、1950年代から60年代にかけて、アメリカの南部で黒人の人たちが差別されて人権がなかった時、その黒人が南部に旅行に行った時に泊めてくれるホテルがないんですよ。
(赤江珠緒)ああ、なかったんだ。
(町山智浩)そう。街の中心のホテルは黒人を泊めることをしなかったんですね。で、黒人が泊まれるホテルのガイドブックを「グリーンブック」って言ったんですよ。それがタイトルになっている映画で、舞台は1962年なんですね。主人公はトニー・リップという人で、この写真にも出ているんですがヴィゴ・モーテンセンっていう俳優さんですね。この人は『ロード・オブ・ザ・リング』で王様をやっていた人ですよ。
#GreenBookMovie wins #TIFF18 Grolsch People’s Choice Award. pic.twitter.com/RLCBm5iYwe
— Green Book (@greenbookmovie) 2018年9月16日
(赤江珠緒)はー! なるほど。
(町山智浩)で、この人がイタリア系のチンピラというかすごく高級なナイトクラブでコパカバーナっていうのがあったんですけども。昔、赤坂にも日本版がありましたけど。そこの用心棒をやっているんですね。ウェイター頭っていうことになっているんですけど、客がみんなマフィアとかそんな人ばっかりだからすぐにケンカが起きるから、すると「おっと、お客さん。表に出ましょう」っつって表でメッタメタにするっていうね、そういう腕っぷしの強い用心棒のトニーが主人公なんですよ。実在の人物です。
(赤江珠緒)はい。
(町山智浩)で、このトニー・リップっていう人は結構『ゴッドファーザー』とかマーティン・スコセッシの『レイジング・ブル』とかヤクザ映画にかなりヤクザ役で出ていますよ。本物のヤクザで見た目もヤクザだから出てくださいっていうことで(笑)。セリフのない役で出ていますね。ヤクザがたくさん集まっていると、そこにいたりするんですよ。そういう人なんですけども。で、その人が若い頃の話で。マフィアの親分から「お前、腕っぷし強いしいろいろと問題解決能力が高いから、ちょっとやってほしいことがあるんだ」って言われて。「あるミュージシャン、ピアニストが南部のコンサートツアーをずっと回るんだけど、その運転手兼用心棒、世話役をやってくれないか?」って言われるんですね。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)で、「わかりました」って会いに行くんです。住所を見るといきなりカーネギーホールなんですよ。カーネギーホールの上にすごい大邸宅があるんですね。
(赤江珠緒)あのニューヨークの?
(町山智浩)あんなところに。その大邸宅に王様みたいにして暮らしている人がいて、その人が雇い主なんですね。ところが、彼は黒人のピアニストなんですよ。ドン・シャーリーっていう人で。ところが、このトニー・リップというのはイタリア系。白人の労働者階級の人としてはご多分に漏れず、黒人に対して非常に無意味な差別意識を持っているんですね。たとえば、家に出入りしている水道屋さんとか電気屋さんとかが黒人の人だったりして、奥さんがコップで水をあげたりすると、「そのコップを捨てろ!」みたいな人なんですよ。「黒人の触ったものなんか家で使えるか!」みたいな、そういう差別的な人だったんで、「えっ、そんな黒人の運転手なんか、できないよ!」みたいに思うんですけど。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)でも親分から「やってくれるよな?」って言われるから。それでお金がすごくよかったんで引き受けて、2ヶ月間の南部の旅を始めるという2人の珍道中の話なんですよ。
(赤江珠緒)ああー、そういうことか!
(町山智浩)でね、このトニーさんという人はもともと学もないし、腕っぷしがいいだけなんであんまり頭は良くないわけですよ。ボキャブラリーもすごく少ないんですけども。でもこのドン・シャーリーっていう人は2歳の頃からピアノを弾き始めて3歳ですでにコンサートをやっているというとんでもない天才なんですよ。で、9歳でレニングラードの音楽学院に入学して、ヨーロッパで非常に高度な英才教育を受けて。それで18歳でロンドンポップスオーケストラをバックにデビューしているという。
(赤江珠緒)うわーっ!
(町山智浩)もう人間じゃないような、本当にバケモノなんですよ。で、この人のやる音楽っていうのはもちろんクラシックから出てきているんですけど、ジャズとかいろんな音楽を混ぜて得体の知れないなんというか、ジャンルわけ不可能な音楽なんですね。で、ちょっといまドン・シャーリーの曲を聞いてもらえますか?
ドン・シャーリー『Satin Doll』
(町山智浩)すごく優雅でジャズの要素があったりアフリカ音楽の要素があったり、いろんなものを入れていて。この人自身もジャマイカの人なんですよ。だからいろんなものをミックスして非常に高度な、この人にしかない音楽っていうのを作っていた人で当時、すごく人気があって、もう大金持ちなんですね。
(赤江珠緒)もうすでに大金持ち。
(町山智浩)カーネギーホールの上に暮らしていて。で、その頃のケネディ大統領とも親交があるような人なんですね。
(赤江珠緒)いわゆるセレブですね。
(町山智浩)セレブなんですよ。だから黒人のものすごい貴族みたいな人と白人のものすごいチンピラみたいな人がコンビで旅に出るという、その面白さなんですね。
(赤江珠緒)はー!
(町山智浩)たとえばケンタッキーフライドチキンの第一号店っていうところに行くんですよ。これ、僕も行きました。ケンタッキーにあります。当たり前だけど。するともう、大喜びしちゃうんですよ、そのトニーは。「うわっ、ケンタッキー! ケンタの第一号店だ、やったぜ!」みたいな感じで。「これが本場のケンタッキーだ!」って。まあ、おんなじなんですけど(笑)。で、食べようとして「お前も食べるか?」って言ってドン・シャーリーさんにあげると、ドン・シャーリーはびっくりしちゃうんですよ。「えっ? 骨付きの肉を素手でむしゃぶりつくなんて、そんなことありえない……」って。
(赤江珠緒)ああ、ナイフとフォークで食べないと。
(町山智浩)そう。ナイフとフォークでお皿の上でこうやって食べていた人だから。「そんな、野蛮な……」って言うんですよ。
(赤江珠緒)そうか!
(町山智浩)そういうね、噛み合わない感じの面白さなんですね。ところが南部に行くと黒人の農民とか、もう本当に貧しいところで暮らしているし。もっとひどいのはホテルに入る時、世界的ミュージシャンであるドン・シャーリーさんがホテルに泊まれないんですよ。南部だと。
(赤江珠緒)そこまでの人でもダメ?
(町山智浩)ダメなんですよ。そのホテルでコンサートをやったりしてもダメなんですよ。
(赤江珠緒)ええーっ!
(町山智浩)そうなんですよ。すごいんですよ。レストランにも入れないんですよ。高級レストランで演奏するシーンもあるんですけども。
(赤江珠緒)呼んでおいて?
(町山智浩)呼んでおいて、食べさせない。テーブルにはつけないんですよ。徹底しているんですよ。で、それを見ていくうちにそのトニーは最初は黒人を差別していたのに「ひどいな!」って。彼も南部は知らないんですよ。「こんなひどいこと、あっていいのかな?」っていう気持ちにだんだんなってくるという。
(赤江珠緒)うんうん。面白い。そういう心理になってくるんだ。
(町山智浩)そういう心理になっていって、だんだん同情していくんですよ。で、たとえば彼、ドン・シャーリーさんは「スタインウェイのピアノしか弾かないんだ。スタインウェイだけを用意してくれ」って言うんですよ。
(赤江珠緒)高級ピアノのね。
(町山智浩)そう。高級ピアノなんですよ。するともう、「スタインウェイなんてうちのコンサート会場には1台しかなくて、そんなものを黒人が触ったら他のやつが触れなくなるから、ダメだ!」って出さなかったりするんですよ。
(赤江珠緒)ええっ!
(町山智浩)で、それに最初は「こういうものなんだ」ってトニーさんも思うんですけど、だんだんムカムカしてきて。で、やっぱり手が出ちゃうんですよ(笑)。
(赤江珠緒)アハハハハッ!
(町山智浩)あと、ドン・シャーリーさんはすごく高級な服を着て歩いているんですけど。すると、黒人が高い服を着て歩いているだけで、もうそれで殴られちゃうんですよ。「どうしたんだ、その服は!」っていう話になっちゃうんですよ。まあ、ひどい。トイレも行けない。南部はトイレも全部白人用と黒人用で別々だから。
(赤江珠緒)そうか。
(町山智浩)で、その中で全然人種問題とかに関心を持っていなかったチンピラのトニーさんがだんだんそういったものに目覚めていって、2人の間にどんどん友情が結ばれていくといういい話なんですよ! ものすごくいい話で。ただ、ドン・シャーリーも9歳の頃から親と引き離されて、黒人社会から完全に引き離されてロシアで暮らしていた人なんで。ロシア語、フランス語、イタリア語、全部ペラペラで。この人、大学の博士号まで持っている人なんですよ。で、なんでも知っているし、超教養もあるんだけど。
(赤江珠緒)だって顔を見たらすごいインテリな顔をされていますもんね!
(町山智浩)これを演じているのはマハーシャラ・アリという人で。『ムーンライト』でアカデミー助演男優賞を取った人ですね。主人公のお父さん代わりになる麻薬の売人の役だったんですけども。この人自身もすごいインテリで、ニューヨーク大学かなんかなんですね。
(赤江珠緒)へー!
(山里亮太)この人、なんかで見たことあるな。
(町山智浩)この人、いろんなのに出ています。『ドリーム』にも出ています。いっぱい出ています。で、この人がやる非常に貴族的なドン・シャーリーの演技がすごくいいんですよ。気取っているんだけど実は自分が全然黒人としての文化も何も知らないんだということにコンプレックスがあるということがね、わかってくるんです。それで途中でトニーの方が実は貧しいから、実際の生活とか考え方は黒人に近いんですよ。で、自分は黒人だけど、それは見た目だけだっていうようなコンプレックスがあって。だからお互いに足りないものをだんだんだんだん近づけて、互いに補い合うみたいなところで。すごくいいところですね。
(赤江珠緒)へー!
(町山智浩)だからいまのはすごくジャズだったんですけど、この人自身がアメリカの本当のディープサウスの方の黒人のルーツ・ミュージックみたいなものから影響を受けるのはこの旅に行ってからなんですよ。
(赤江珠緒)ああ、実際に行かれて、その後に変わった。
(町山智浩)そうなんですよ。だって南部では彼は黒人の店にしか入れないから、黒人の店に行くとみんな黒人の音楽をやっているわけですよ。で、彼自身も音楽がだんだん気取ったものから徐々に黒人のソウルを掴んでいくっていうところもいいんですよ。
(赤江珠緒)へー!
旅を通してお互いの足りないものを補い合う
(町山智浩)旅を通してお互いが足りないものを掴んでいくんですけど。で、またいろんないいシーンがあって。とにかく泣ける映画なんですが。これ、トニーさんの息子さんが原作を書いているという。
(赤江珠緒)へー!
(町山智浩)でね、ファレリー監督っていう人は『メリーに首ったけ』とかバカコメディーばっかり作っていたように見えて、かならず身体障害者の人とか差別されている人たちを映画の中に出してくる人だったんですよ。で、『ふたりにクギづけ』という映画だと結合双生児の話だったり。
(赤江珠緒)ああーっ!
(町山智浩)『愛しのローズマリー』っていう映画だと見た目でしか人を選べない面食いの男がいて。その人があることから、心が姿になって見えるようになっちゃうんですよ。で、美しい心の人は全部美しく見えてくるっていう。だから見た目じゃないんだっていうような、すごく差別の問題について常に論じてきた人なんですよ。バカコメディーでありながらも。常にね。
(赤江珠緒)はー。
(町山智浩)だから今回はそれを真正面から実話でやって。すごい僕は感動しました。
(赤江珠緒)すごい。全然話題になっていなかったのに観客賞を取った。
(町山智浩)これ、だからアカデミー賞に絡んでくるでしょうね。
(赤江珠緒)『グリーンブック』。
(山里亮太)好きなタイプの話だもん!
(町山智浩)でも基本的にはコメディーだからね。そこもすごくいいんですよ。説教臭くないんですよ。で、クリスマス映画なんですよ。これ、だから日本では3月公開ですか? これはクリスマスに本当は見ると泣ける映画なんですよ。
(赤江珠緒)ああ、なるほどね! そうか。『グリーンブック』は2019年、来年3月公開予定ということで。
(町山智浩)それが『グリーンブック』という、まあ素晴らしい映画でした。
(赤江珠緒)まあ、話題作がいろいろとあって。
(町山智浩)たくさんあるんで、トロント映画祭の報告はまた今後続けてしていきます。
(赤江珠緒)ということで『グリーンブック』が2019年3月公開予定。『ファースト・マン』は2019年2月公開予定。レディ・ガガの『アリー/スター誕生』は今年の12月21日公開となっております。
(町山智浩)あ、レディ・ガガさんのオールヌードがありましたね。
(赤江珠緒)レディ・ガガさんの吐息を感じるぐらいの距離ということでございました。今日はトロント映画祭で見た映画を町山さんに紹介していただきました。
<書き起こしおわり>