吉田豪 泰葉を語る

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吉田豪さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で泰葉さんについて玉袋筋太郎さん、安東弘樹さんと話していました。

ゴールデン☆ベスト 泰葉

(安東弘樹)今日は月一のお楽しみ、プロインタビュアー吉田豪さんです。

(吉田豪)はい、どもです!

(玉袋筋太郎)よろしく、豪ちゃん。すごいね、ビートきよしからの吉田豪っていうこの並びね。

(安東弘樹)いつもは月の初めですけども、今日は最終週ということで。

(吉田豪)安東さんの最後に、どうしても。

(安東弘樹)ありがとうございます!

(吉田豪)「なんで安東さんを掘らないんだ?」ってすごい言われましたよ、Twitterとかで(笑)。

(玉袋筋太郎)違う意味で掘っちゃう可能性あるよ! フハハハハハッ!

(安東弘樹)いやいやいや(笑)。

(吉田豪)男のつながり、深すぎますからね。

(玉袋筋太郎)ちょっとダメだな、そこはな。玉6つで行きましょうよ!

(安東弘樹)さあ、豪さんの今日なんですけども、来ましたね。ご紹介していただければ。

(吉田豪)はいはい。泰葉さんを掘ろうという。

(玉袋筋太郎)泰葉さん! だって2週前に峰竜太さんが来て、ちゃんと生放送を成立させて帰り際に「さっきカミさんから『泰葉の話は絶対にするな』って言われた」って……。

(吉田豪)ダハハハハハッ!

(安東弘樹)だからこの番組で「ああ、ダメなんだな」っていう感じの……。

(吉田豪)「そこだけは触れないでくれ」という。

(玉袋筋太郎)そうなんだよね。

(安東弘樹)舌の根も乾かぬうちに、なんとよりによって泰葉さんの筋ということでね。ではまず、泰葉さんのあらすじとその筋をご紹介します。1961年、東京の下町、落語家の初代林家三平さんの次女としてお生まれになります。姉は海老名美どりさん。弟は九代目林家正蔵さんと二代目林家三平さん。泰葉さんはそんな芸能一家の中で才能を伸ばし、1981年にはシンガーソングライターとして『フライディ・チャイナタウン』でデビュー。1988年には落語家の春風亭小朝さんと結婚し、20年近い結婚生活を経て離婚。その後、10年に渡る心の病を克服し、現在も歌手やタレントとして活躍されております。

(玉袋筋太郎)うん。

(安東弘樹)そして、吉田豪さんの取材によりますと泰葉さんのその筋は、その1、姉強し。映画『ロッキー』が理由で弟・正蔵さんをボコボコにした筋。その2、言いたいことしか言わない正直者。歌手活動の壁になったのはTKだった筋。その3、出会って3回目のデートで結婚。元夫、春風亭小朝さんの筋。その4、2人でブチ切れた。ラジオ番組史上に残る伝説のエコーズ事件の筋。以上、濃い4本の筋でした。これ、濃い! タイトルだけでも。

(玉袋筋太郎)濃いよね。すごいね、やっぱりこの一族。海老名家というのは。

(吉田豪)エグい話、いっぱいありますからね。

(玉袋筋太郎)やっぱりね、エリック一家か海老名家かっていうぐらい、もう大変ですよ。

(吉田豪)名前が出ていないお母さんが鍵を握っている気がしますよね。ここは。海老名香葉子さんがいちばん重要な……。

(玉袋筋太郎)香葉子さんがねえ。谷中が。

(安東弘樹)そんな中、だからある意味峰さんを尊敬しますよ。その中でね……。

(吉田豪)がんばってますよね!

(安東弘樹)本当に。素晴らしいと思います。さあ、その1から行きましょうか。『ロッキー』が理由で弟・正蔵さんをボコボコにした。

(玉袋筋太郎)正蔵さんっていうのは、まあ元こぶ平だよね。

(吉田豪)そうですね。僕らはどうしても「こぶ平」って呼んじゃう。

(玉袋筋太郎)こぶ平って呼んじゃうんだよ。二木ゴルフとか呼んじゃう。

(吉田豪)はい。「ニキニキニキニキ……」って。ねえ。僕の泰葉さんの大好きな話が、基本的に姉弟仲はよかったらしいんですけど、本人いわく唯一ケンカした理由が『ロッキー』だったっていう話で。

(玉袋筋太郎)『ロッキー』?

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『ロッキー』をバカにしたこぶ平を制裁

(吉田豪)いい話なんですよ。お姉さんが海老名美どりさん、弟さんがこぶ平さんっていうことで。この話を『実話BUNKAタブー』の僕のインタビューで聞いてみたら、実際にそうで。映画の『ロッキー』を見て泰葉さん、すごい気に入ったらしいんですよ。一作目ですね。泰葉さんが「最高!」って言っていたらこぶ平さんが「あんなわかりやすいアメリカンな映画は嘘だ!」ってディスり始めたらしいんですよ。

(玉袋筋太郎)おおっ!

(吉田豪)当時正蔵さんはジャズにハマっていて、泰葉さんいわくちょっとひねったクールなものが好きだったという。まあ、WAHAHA本舗に入ったりとか、そういう流れも含めてちょっととんがっていた時期だったんですよね。

(玉袋筋太郎)「スイング、スイング、スイング、スイング、二木ゴルフ♪」って。

(吉田豪)あれもジャズでしたね(笑)。

(玉袋筋太郎)あれもズージャーだよ。

(吉田豪)だったんで、そう言われてカチンと来たけど、ケンカは1回収まって寝たんだけど、泰葉さんはどうしてもそれがイライラが残っていたみたいで。「人生っていうのは素直じゃいけないのか!」って思って枕を抱いたまま弟の部屋に行って「ロッキーは面白えんだよ!」って言って本気でボコボコにしたっていう(笑)。

(玉袋筋太郎)フハハハハハッ! すんごいね、これは!

(吉田豪)いい話(笑)。

(安東弘樹)しかも、時間がたった後にね。

(吉田豪)「やっぱり許せない!」って思って。「『ロッキー』をバカにしやがって!」って。

(玉袋筋太郎)だから正蔵さんの部屋に行き……ってことは、例の地下室ではないっていうことだよね?

(吉田豪)違いますよ! 祝儀袋を隠していた地下室ではないです!

(玉袋筋太郎)じゃないよね(笑)。

(安東弘樹)あの……その話はおかしい!

(吉田・玉袋)フハハハハハッ!

(玉袋筋太郎)そうそう。やっぱりそういう人なんだね。

(吉田豪)で、当時『ロッキー』ってバカにされがちだったじゃないですか。いまでこそちゃんと評価されているけど。そう言ったら泰葉さん、「だから私が正しいんですよ!」って言っていてね。でも、その弟さんと大きなケンカをしたのはそれぐらいで、「家族はみんなすごく仲がいい」って本人は言っていて。ただ、正蔵さんは昔、弟の三平さんを相当いじめていた。泰葉さんによると「歳の離れた末っ子ばかりかわいがられるのがムカついたのでは? でも、いまは仲がいいですよ」というね。

(玉袋筋太郎)いま、仲良しなのかな?

(吉田豪)難しいんですよ、これも。「この取材をした時点では」というね。本人いわく。

(玉袋筋太郎)まあ、そうだよね。

(吉田豪)難しいんですよ。

(玉袋筋太郎)すごいな、海老名家って。

(吉田豪)で、泰葉さん自身はご自分も言っているようにすごい戦うのが好きな人なんですよ。で、その果てに『ハッスルマニア2008』でアン・ジョー司令長官相手にプロレスデビューというね。

(玉袋筋太郎)そうだよな。

(吉田豪)この時の試合、途中からセコンドとしてついていた当時の事務所のマネージャーさん、これ後にEspeciaっていうアイドルグループのマネージャーをやったり、BiSの姉妹グループのSiSっていうグループの運営をやったはずが何かをやらかしてクビになったりとか、いろいろと不思議な人なんですけども。その人が乱入して一緒に反撃して、最後は泰葉さんがエビ固めならぬ海老名固めで勝利するという試合だったんですね。

(玉袋筋太郎)海老名固めだもん。すごいよ!

『ハッスル』参戦

(吉田豪)この試合はもともと試合に勝ったらリングで歌えるっていう条件で始まって。泰葉さんもいつかフランク・シナトラがやったみたいな360度の円形ステージで歌いたいと思っていて。それでリングも360度だしっていうことで承諾したら、ちょっとモメたらしいんですよね。試合の2日前ぐらいに『ハッスル』のプロデューサーだった山口日昇っていう男がいるんですけども……。

(玉袋筋太郎)山口日昇って(笑)。

(吉田豪)これ、僕の(『紙のプロレス』時代の)上司なんですけども(笑)。

(玉袋筋太郎)フハハハハハッ! そうだよね!

(吉田豪)ずーっと一緒にイベントをやっていた、当時のパートナーだったんですけども。その山口日昇さんが突然、「負けてタンカで運ばれるシナリオに変えてくれ」って言い出したんです。勝ったらリングで歌えるはずだったのが、負けたら歌えなくなっちゃうわけですよ。で、モメたという。要は、1回負けて次にリベンジみたいな感じで2試合やってほしくなった。話題になったから引っ張ろうとしたらしいんですよ。

(玉袋筋太郎)なるほど。そりゃそうだな。

(吉田豪)そしたらそれでモメて「バカヤロー!」って大ゲンカになって。「途中から言うことを変えやがって!」と激怒。実はリング外でも泰葉さんは戦っていて。「私、戦うのは好きだし、絶対に負けませんからね。私を怒らせたら怖いんですよ!」っていうことで。ただ、そんなことがありながらも「『ハッスル』には本当にいい思い出しかない」って言っていて。「お金がもらえなかった人も多くて『ハッスル』が嫌な思い出になっている人は多いんですけどね」って言っても、「私は嫌な思い出なんか何もないもん。全てがみんないい思い出」って、いろいろあった人生なのに言っていて。結構アップダウンが激しい人なので、この取材の時期はかなりアッパーで。「私は誰も嫌いじゃないんです」みたいなモードだったんです。

(玉袋筋太郎)ほー! ねえ。

(吉田豪)で、泰葉さんが戦いが好きな原点っていうのもありまして。それは子供の頃に革命家に憧れたのがきっかけで。

(玉袋筋太郎)革命家?

(吉田豪)ちょうど子供の頃に赤軍派とか学生運動が盛り上がっていて。革命で世の中を変えるぞ!」というそういう闘魂みたいなものが好きになって。泰葉さん自身、リーダーシップを取るタイプで学生時代は生徒会の役員とか副会長をかならずやっていて。まずマルクス、レーニンをバーッと読んだりして理論武装もしていたという。

(玉袋筋太郎)はー! すごいね!

(吉田豪)そっち、アカです(笑)。

(玉袋筋太郎)アカだね!

(吉田豪)本気で革命を目指す側だったというね。

(玉袋筋太郎)ねえ! そういうことなんだ。やっぱり美どりさんとは違うんだろうね。全然違うんだろうね。わかる、わかる。

(吉田豪)わかる(笑)。

(安東弘樹)そうですね。峰さんからの話でもわかります。さあ、そしていまのとつながりますけども、言いたいことしか言わない正直者で歌手活動の壁になったのがTK。これは?

(吉田豪)泰葉さん、6才の頃から日本舞踊とかピアノとかバレエとかいろいろと習っていて。お父さんの初代三平さんに強くすすめられて音楽もやっていた。

(玉袋筋太郎)言ってみりゃあ英才教育だね。

(吉田豪)で、厳しいレッスンの数々を乗り越えて歌手デビューにも至るわけですけども。最初はレッスンも厳しいし、デビューに向けてのダイエットも大変だったみたいな記事も昔、あったんでそれを聞いたら、「いや、私は本当についているんです。当時、八神純子さんとか小坂明子さんとか、ピアノの弾き語りが流行り始めた頃で。当時の事務所のみなさんが『太っているからピアノを弾いて体を隠せ』って言って、それでセーフになった」っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)おおーっ!

(安東弘樹)セーフになった。「隠れるからいいよ」っていう?

(吉田豪)そうです(笑)。それで痩せないでいいやっていう。次の年の東京音楽祭世界大会で銀賞を取って。それでいろいろと、バラエティー的な方向にも進んだりとか。

(玉袋筋太郎)そうだよ。シュガーと一緒にやっていたもんね。土曜日の夕方、番組。泰葉さんとバラエティー(『シュガー・泰葉の歌謡最前線』)やっていたよ。5時15分ぐらい。

(吉田豪)『おはようスタジオ』とかね。

(玉袋筋太郎)そうそう。それもやっているし。

(吉田豪)パートナー的な位置でかなり活躍されていて。っていうか、雑誌の対談記事とかもいろいろあって、いま読むとすごいんですよ。ミュージシャンとの対談連載。デビューしたばかりのシンガーソングライターということで、起用されているんですけど、本当に言いたいことしか言ってないんですよ。記事を読んで引くレベルの。YMO当時の高橋幸宏さんとの対談ではずーっとテクノがいかに嫌いなのかっていう話をしているんですよ。「あんな人間味のない音楽は私は全く好きじゃない」とか。

(玉袋筋太郎)フハハハハハッ!

いま読むとすごいミュージシャンとの対談連載

(吉田豪)「あなたは何が好きでそんなのをやっているですか?」みたいな感じとか。どんなゲストが来ても基本第一声は「あなたの音楽をよく知らないんです」から始まるっていう(笑)。

(玉袋筋太郎)すごいなー! 「どうもすいません」どころじゃないよ!

(吉田豪)フフフ(笑)。言わないですから。

(玉袋筋太郎)言わない。「どうもすいません」は言わない。

(吉田豪)さらに松任谷由実さんに対して「ユーミンさん、なんで口パクなんですか?」って聞いたりとか。

(玉袋筋太郎)ひえーっ! 怖え!

(吉田豪)まあ本人いわく「嘘をつかない」っていうね。それだけ正直に言ってもなんとかなるタイプの人で。本人いわく「結構みんな面白がってくれて、本気で怒った人は誰もいない」という。

(玉袋筋太郎)まあこれはやっぱり背後にね、お父様の三平師匠の偉大さがあったということも……まあ、亡くなった後もでも、まだあったっていうことだね。

(安東弘樹)ゼロではないでしょうね。

(吉田豪)「幸宏さんとの対談で引いたんです」って言ったら、幸宏さんがやっぱりお父さんのファンで……とかもあったみたいですね。落語好きも意外と多いから。

(玉袋筋太郎)ああ、そうだ。幸宏さん、大好きだ。それで言えちゃう……すげー! 手をつけられねえな、こりゃ!

(吉田豪)あと、意外に知られていないのが、『YAHHOO!!』っていう1986年発売のアルバムがあるんですけど、それに『ChanceはCuteにGood-bye』っていう曲をいとうせいこうさんが書いていて。ラップなんですよ。

(玉袋筋太郎)ええっ?

(吉田豪)で、当時「ラップは絶対に全世界的にすごいことになる」って直感が働いたらしくて、ラップをやりたくて本人がお願いしたという。

(玉袋筋太郎)おおーっ!

(安東弘樹)当時、まだラップがそんなに市民権を得ていない……。

(吉田豪)86年ってラン・DMCが出たぐらいですよ。

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(玉袋筋太郎)そうか! その時期に……早え!

(安東弘樹)しかも『YAHHOO!!』が「Yahoo!」に見えますよね。

テレビではじめてラップをやったのは泰葉

(吉田豪)「H」が1個多いだけで。で、『いいとも!』に呼ばれた時に「友達の輪」をラップでやったこともあって。中村勘三郎さんが生前、「日本ではじめてテレビでラップをやったのは泰葉だよ」って言っていたという。

(玉袋筋太郎)へー!

(吉田豪)で、テレフォンショッキングといえば実は、これは意外と有名な伝説も残していて。当時、まだゲストが自分で電話をかけていた時代で、泰葉さんがしばたはつみさんに電話をかけて。「もしもし、はつみさんですか?」って言ったらどうも声が違う。知らない素人の方の家にかけちゃって、で、タモさんにかわって「明日も来てくれるかな?」「いいとも!」ってなって、テレフォンショッキングで素人コーナーが3日続いた伝説っていうのがあって。あれ、きっかけは泰葉さんなんですよね。

(玉袋筋太郎)ああ、そうだったんだ!

(吉田豪)泰葉さんがやらかしたせいで。

(安東弘樹)じゃあ、たまたま間違えたんでしょうね。電話番号を。

(吉田豪)で、3日目の時に友達につながらなくなって、それで終わったんですけどっていう。

(玉袋筋太郎)だからある意味ガチだったのかな?

(吉田豪)ガチだったんですよね。だから当時、ガチだから僕が大好きなエピソードが、和田アキ子さんがガッツ石松さんに電話をかけたら、なんだかわからないから「この前借りた裏ビデオさ……」っていう話が始まって(笑)。

(安東弘樹)アハハハハハッ!

(玉袋筋太郎)さすがだなー! 幻の右ですな、本当に。幻の右、出たな! ねえ。

(安東弘樹)そうか。それも天然だったんですね。

(玉袋筋太郎)でもやっぱり、売れていたよね? 泰葉さんね。

(吉田豪)そうなんですよ。ちゃんと売れていて、ヒット曲もあった人が歌手として壁にぶつかったのが小室哲哉さんだったらしいんですよ。小室さんが台頭してきた時にちょうど、学園祭の女王の元祖の感じだったんですよ。泰葉さんが。で、学園祭で渡辺美里さんが自分の前座に出たことがあって。その時に『My Revolution』を聞いて「これはもうダメだ。私のいる場所はない。すぐに結婚しなきゃ」と思って。「私の大好きな『革命』をテーマにしてこんな曲を歌っている人がいる」っていうことで。

(安東弘樹)『My Revolution』!

(吉田豪)「もうダメだと思った」って。それで結婚に急ぎ始めるという。

(玉袋筋太郎)なるほどね。

(安東弘樹)自分の前座の人のを聞いて、そう思ったんですよね。

(吉田豪)で、結婚に急ぎすぎたせいかちょっとした問題が起きるという……。

(安東弘樹)じゃあ、その話に。出会って3回目のデートで結婚した元夫、春風亭小朝さん。

(玉袋筋太郎)「金髪豚野郎」でおなじみの。

春風亭小朝との結婚生活

(吉田豪)はい。小室さんの音楽を聞いて「もう私には居場所はない。すぐに結婚しなきゃ」と思っていたところで小朝さんが登場。出会って3回のデートで結婚したというのは有名な話で、泰葉さんによると「本当にすごい人生、楽しい」っていう感じで。本当にいろいろあったのにポジティブに言っていて。

(玉袋筋太郎)でも小朝さんってこの人と付き合っていたんじゃねえの?(筆談)。

(吉田豪)ありましたよね。はいはい。女優さんですよね。

(玉袋筋太郎)そうそう。なんで俺がまたラジオで筆談してるんだろう。そうそう。あったよね。だけど、3回目で結婚しちゃうのかー。

(吉田豪)これも僕の大好きな話が、3回しかデートしてないうちの1回。2回目のデートの時に映画『悪魔の毒々モンスター』を見に行ったっていう……最高じゃないですか。

(玉袋筋太郎)フフフ(笑)。トロマ映画ね。

(吉田豪)映画のセンス、実はいいんですよ。

(玉袋筋太郎)そうだよ! すっごいよ、『毒々モンスター』行っちゃったんだ。

(吉田豪)これは林家しん平さんから面白いってすすめられたというね。しん平さんっていうのはプロレス・特撮マニアでおなじみ。そして桂木文さんと半年で離婚したことでおなじみ。そして桂木文さん側の離婚会見に海老名香葉子さんが同席して彼女の性的な欠陥とかを叩くっていう。で、本人は横で泣くだけっていう明らかに何か異常なことが起きている……「おかみさん、ちょっと怖いぞ?」っていう事件があったんですけども。

(玉袋筋太郎)あったねー! もう激写文庫で散々お世話になったんだよな! まあ、ある意味『翔んだカップル』だったってことだな!

(吉田豪)そうです。そんな小朝さんが林家一門に楯突いたことがあったらしいんですよ。婚約中の泰葉さんを人質みたいにして家に帰さなくなっちゃった。で、「根岸の三平の娘になにやってんだ!」ってお弟子さんたちが怒って。そしたら峰竜太さんが「じゃあ、僕がやります」って立ち上がって小朝さんをボコボコにしたという。

(玉袋筋太郎)おおっ!

(安東弘樹)えっ、そうなんですか?

(吉田豪)当時のことを泰葉さんが言うには、家族同士で権力争いに巻き込まれた感じで、峰さんも被害者みたいな感じで。海老名美どりさんとの姉妹仲も「いろいろと噂はされていたけど、お姉さんとはすごく仲がいい」と本人は言ってらっしゃって。インタビューの時も「峰さんは立派な人」って言っていましたね。

(安東弘樹)そこはまあ、誰も異論はございません。

(吉田豪)フハハハハハッ!

(安東弘樹)誰も異論はないです。本当に峰さんは素晴らしい人。

(吉田豪)しょっちゅう言ってますもんね。泰葉さんも。「『アッコにおまかせ!』ってあれは『竜太におまかせ!』だ」っていう。

(玉袋筋太郎)それを泰葉さんが言ってるんだよね。でもまあ、離婚するわけだよね。小朝師匠とはね。

(吉田豪)2007年に離婚をされて。「当時は原因がわからないまま別れようと思った」っていう。本人がわかっていなかったらしいんですよ。「部屋が汚いから嫌なのか、トイレにソープランドの本が40冊以上置いてあるから嫌なのか、自分でもわからないけどもうダメってなっていた」という。ただ、もともと結婚をする時に「浮気や風俗を認める」って言っていた人なんで、そんなことで別れるわけもないという。で、当時の離婚記者会見でリポーターの梨元勝さんだけが離婚の理由を「泰葉さん、DVでしょう?」って聞いて。でも、泰葉さんは理解をしていなかったらしいんですよ。当時、DVっていう言葉を知らなくて。

(玉袋筋太郎)ああ、わかんなかったんだ。

(安東弘樹)本当に言葉を理解していなかったんですね。

(吉田豪)「AV」だと思って、「AVはたしかに師匠、好きですけど。AVでは離婚はしませんよ」みたいな感じで答えちゃっていたっていう(笑)。

(安東弘樹)どんな天然ですか!

(吉田豪)で、記者会見では有名なあの「『離婚』とかけて謎掛けを」と記者に言われて小朝師匠が「できません」と言って、泰葉さんだけアドリブで「『今日の会見』とかけまして『小朝師匠』ととく。その心は『小朝(怖さ)知らず』」という、あれが出た。

(玉袋筋太郎)でも、すごいじゃない! 「小朝知らず」か。ねえ。

(吉田豪)ところが、これで離婚しても体調がずっとおかしいし、仕事をする気にもならない。10年ぐらいずっと大変な思いをしてきて。ただのおかしな人みたいな扱いになっていたけども、そもそも自分で病気だと気づいていなかったらしいんですね。泰葉さんいわく「とにかく死にたい、消えたいっていう気持ちで、思い出しただけで震えるぐらい。あれが人生はじまっていちばんの試練だった」という。つまり、ずっと鬱みたいな状態。本人いわく病名は「PTSDによる鬱状態」って言われてまして。原因は小朝師匠の結婚生活、暴力行為とSMという。

(玉袋筋太郎)うん。

(吉田豪)それをただ、立川談志師匠がこの頃に間に入ってきて。談志師匠もSMは好きなんで、SMの魅力をずーっと泰葉さんに説くっていう……(笑)。

(玉袋筋太郎)フハハハハハッ!

(吉田豪)「SMも悪いもんじゃないんだぞ」っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)「業の肯定」だ!

(吉田豪)ダハハハハハッ! SMも(笑)。いい話なんですよ。

(玉袋筋太郎)いや、これは大変だよね。でもね。

(吉田豪)結婚している間はただ、そこまでひどい症状はなかったらしいんですよ。「当時はそれが当たり前みたいに思い込んじゃっていたんですか?」って聞いたら、「楽しいからわからなかった。落語の方に没頭しちゃって。大銀座落語祭を主催したり、弟の林家正蔵襲名披露をプロデュースして16万人集めたり」って。

(玉袋筋太郎)すごいじゃん、プロデューサーとして。

(吉田豪)泰葉さんいわく、「芸人は『人間・動物・芸人』っていうカテゴリーにわけられるぐらい、一種の変態。受け止めて当然と思っていた。そういう暴力行為が犯罪とはちょっとわからなかった。でもいまは自分と会っている薬を見つけて、もう元気。いまは私の方が小朝師匠よりも話、上手いでしょう?」っていう感じでノリノリでしたね。

(玉袋筋太郎)おおーっ! そうか!

(安東弘樹)なんか深いな。

(吉田豪)で、気になっていた明石家さんまさんとの関係も聞いてみたんですよ。そしたら、「デートしよう」って誘われて電話番号を書いた紙をもらったけど、彼女が何百人いるかわからないような状態の頃だったから、結局電話してもすれ違いでデートは実現しなくて。さんまさんからも聞かれたらしいんですよ。「やってないよね?」みたいな。「やってません!」っていう(笑)。泰葉さんは身持ちはすごい固いけど、彼氏はいっぱいいたという。「きちんとお付き合いした数が多いだけで、かならず付き合った人とは結婚すると思ってそういう男女の行為をしていた。だから浮気は1回ぐらいしかしていない」っていう。

(玉袋筋太郎)1回はしてるんだ(笑)。

(安東弘樹)どこまでも正直な人ですね。

(吉田豪)正直な人。言わないでいいのに……っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)で、なに? 2人でブチ切れた。ラジオ番組史上に残る伝説のエコーズ事件。

伝説のエコーズ事件

(吉田豪)はい。大好きな事件ですけども。泰葉さんはやしきたかじんさんとラジオをやっていて。ご本人も「一生の宝」と話しているんですよね。「私のこのトークの技術が開花したのもたかじんさんのおかげ」という。当時からたかじんさんはあのままだったせいで、ゲストがどんな相手でも気にせずに暴れていた。伝説のエコーズ事件の時も一緒にいたという。泰葉さんいわく、「2人でブチ切れた」っていうことで。

(玉袋筋太郎)おうおう。

(吉田豪)そのエコーズ事件っていうのは歌手の辻仁成が昔やっていたバンド、エコーズがたかじんさんのラジオ番組に生出演。たかじんさんを怒らせて番組が中断したという事件がありまして。

(玉袋筋太郎)何をやったんだろう?

(吉田豪)その時のことを泰葉さんに聞いたら、「私が最初にブチ切れたんですよ」という。何を聞いても、ちゃんと答えなかったらしいんですよね。ロックバンドを気取った感じで。

(玉袋筋太郎)ああ、わかるわかる。うん。

(吉田豪)で、「質問にはちゃんと答えろよ!」と思って泰葉さんがブチ切れて、「たかじんさん、やっちゃって!」って言ったという。『キル・ビル』の「やっちまいなー!」みたいな(笑)。

(玉袋筋太郎)「やっちまいなー!」。いいねえ、エコーズに切れた。

(吉田豪)噂に聞いたままだったんですよ。

(玉袋筋太郎)でも俺たちもあったもんな。昔、音楽の番組。名古屋の方で。もうムカつくやつらがなんか「ロックでやってやる!」みたいな感じで。バンドのナントカっていうね。まあ、いたんだよ。もうムカついてさ。「バカヤロー! お前、こっちの行き方の方がロックだ!」って思ったんだけど。言わなかったよ、その時は。大人だからね。

(吉田豪)うん。泰葉さんは素直に言っちゃうという(笑)。

(玉袋筋太郎)じゃあ俺もミッシェル・ガン・エレファントに言えばよかったな!

(吉田豪)ダハハハハハッ! ミッシェルだった? ちょっと気持ちわかります。悪い人じゃないんですけど、僕も昔インタビューした時に、ロックが好きなのはわかるんですけど、会話が下手なんですよ。インタビューにあまり不向きな感じで。すごい困りました。

(玉袋筋太郎)うん。

(安東弘樹)豪さんが「不向き」ってはじめて聞きましたよ。

(吉田豪)フハハハハハッ!

(安東弘樹)このプロインタビュアーが「不向き」って……。

(玉袋筋太郎)俺も不向きだったんだから。

(吉田豪)『ロンドンナイト』っていうDJイベントがあって、それの特集で出てくれっていうことで行ったんですけど、そんなに『ロンドンナイト』のことを知らないんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)フハハハハハッ!

(吉田豪)「好きだよ」ぐらいで「行ったことがある」ぐらいの。「ええっ?」っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)まさか、泰葉さんからのミッシェル・ガン・エレファントに、チバに飛ぶとは思わかなかったよ。

(吉田豪)フフフ(笑)。で、泰葉さんが「やっちまいなー!」って言った時、それまで普通にライブとトークをしていたんですけど、ライブステージの後ろが楽屋になっていて、怒ったたかじんさんが「お前ら、ちょっとここ入れ。泰葉、つないでろ!」ってなって泰葉さんは「みなさん、始まっちゃいましたねー」とか。お客さんがいたんですよ。お客さんが見に来ていて。

(安東弘樹)いたんだ(笑)。

(吉田豪)そしたら楽屋からはドカン!って音がして「おんどりゃー!」「ギャーッ!」みたいになっていて、ステージ側では泰葉さんが「みんな、やってるね。イエーイ!」とか、そんな感じだったらしいんですよ。呑気な。そういうことが結構あったらしくて。打ち合わせの時も気に入らないと「やっちゃう?」とか言っていたらしくて。「赤い鳥っていうフォークグループや憂歌団とも仲が悪かった。でも、エコーズが最低だった」っていう。

(玉袋筋太郎)なるほど。

(吉田豪)で、たかじんさんが亡くなった後、辻仁成から「すみません」という手紙が……番組で謝罪の手紙を出していたという。

(玉袋筋太郎)そうなんだ。

(吉田豪)これ、いい話が、この話を僕が好きで結構いろいろと研究していたら、同じ収録の日にカブキロックスも出ていたらしくて、氏神一番さんがこの模様を見ていたっていう(笑)。

(玉袋筋太郎)フハハハハハッ! 最高だよ!

(吉田豪)最高(笑)。

(玉袋筋太郎)いいオチつけるね!

(吉田豪)「シャレにならない……」って思ったという(笑)。

(玉袋筋太郎)おもしれーわ、いたんだ。『お江戸-O・EDO-』が(笑)。

(吉田豪)歴史的な瞬間を見て。顔は青ざめても、顔はわからないという(笑)。

(玉袋筋太郎)上手い上手い(笑)。ねえ!

(吉田豪)「たかじんさんと会った瞬間に上手くいくと思いました」って言ってて。MBSラジオのプロデューサーが「泰葉とばっちり合う人がいるから」って紹介をしていて、泰葉さんは「あ、この人だ」ってすぐにわかって。たかじんさんがもう会うなり、「『おんどりゃー、パチ入れたろか!』が挨拶だから、お前もみんなにしろ!」って言われて、わからないまま偉い人にも「パチ入れたろか!」って言っていたらしいんですね。当時(笑)。

(玉袋筋太郎)フハハハハハッ!

(吉田豪)素直な人なんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)「パチ入れたろか」、すごいね(笑)。

(吉田豪)まあこの取材の時はこういうモードだったんで、家族とかも「本当、みんな好きなんですよ」っていう感じだったんで。そしたら、その後のブログの展開がすごかったんですよね。その流れで家族と和解しようと思って、自宅に突然乗り込むというか、お母さんに会いに行ったんですよ。そしたら、呼び鈴を押しても出てこなくて門前払いを食らって。そこからまた家族の溝が深まって。で、この前の襲名騒動のトラブルの時におかみさん批判がどんどん始まったり……みたいな。そこに至り、そして家族絶縁、自己破産というのが現在ですね。

(安東弘樹)これ、インタビュー自体はいつぐらいでしたっけ?

(吉田豪)これが2ヶ月ぐらい前ですかね。

(玉袋筋太郎)ああ、そうなんだ。まあでも、コロコロ変わっていくっていう感じだね。泰葉さんはね。でも男性、イラン人とも婚約中なんでしょ?

(吉田豪)これもね、だってFacebookで出会った人ですからね。

(玉袋筋太郎)すごいよ、出会い系サイトで。

(安東弘樹)でも相手のメィヒディさんがずーっと立って何も言わないみたいなのも印象的ですけども。婚約中ですよね?

(吉田豪)だから、みんなが心配していると思いますよ。「それ、わかります」って本人も言っていましたよ。

(安東弘樹)さあ、いろんな話を今日も、本当に最後の最後までありがとうございました。

(玉袋筋太郎)ありがとう、豪ちゃん。

(安東弘樹)今日、うかがった吉田豪さんのインタビュー、泰葉さんの記事は『実話BUNKA超タブーVol.31』に掲載されています。もっと詳しく知りたい方はぜひ、読んでみてください。

実話BUNKA超タブー vol.31
Posted at 2018.3.31
コアマガジン

(玉袋筋太郎)はい。

(安東弘樹)そして来週からのこの時間は『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』。MPがスタート。『その筋の話』は今日で最終回。月一のお楽しみだった豪さんは私と一緒に卒業ということで。

(玉袋筋太郎)ありがとう。本当にありがとう。もうメーテルの気持ちがわかるね、俺は。

(吉田豪)フフフ(笑)。1人残されて。

(玉袋筋太郎)送り出し、送り出しで。いや、やっぱりいつかね、豪ちゃんには安東弘樹の筋をね。

(吉田豪)もう1回、じっくり掘りたいですよね。

(安東弘樹)1回目はいじっていただいたんですけども。

吉田豪 TBS安東弘樹アナの素顔を語る
吉田豪さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で金曜日の新パーソナリティー、安東弘樹アナの知られざる素顔について話していました。 (玉袋筋太郎)さあ、じゃあ今回、豪ちゃん...

(玉袋筋太郎)グイグイ行きたいよね!

(安東弘樹)そこからいろいろと変化もありましたから。

(玉袋筋太郎)まあこれからね、豪ちゃんと同じ立場のフリーになるわけですから。なんか豪ちゃんから一言、アドバイスを。

(吉田豪)フリーは本当に楽しいですよ。自由ですよ。

(安東弘樹)そうですか(笑)。これ、言っていいのかな? 豪さんからのお仕事も。

(吉田豪)オファーが。なんか3人でイベントをやる的な話が。まだ発表はされてないんですけども。

(安東弘樹)そうなんですよ。なんか……様子を探りながら話してますけども。

(玉袋筋太郎)フフフ(笑)。

(吉田豪)そこでタガが外れた安東さんが見れるんじゃないかっていう。だってね、社員時代からタガが外れてましたからね。

(玉袋・安東)フハハハハハッ!

(安東弘樹)この3人でお世話になりましたけど……たしかに外れてましたね。本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

(吉田豪)よろしくお願いします!

<書き起こしおわり>

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