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宇多丸・高橋芳朗 ラップ・ヒップホップの誕生と広がりを語る

宇多丸と高橋芳朗 NHK FM『今日は一日”RAP”三昧』を振り返る 今日は一日RAP三昧

(高橋芳朗)これはグランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイブの『The Message』。1982年の作品なんですけども。なんて言うんだろう? 『The Message』だからメッセージソングと言えばそうなんだけど、どちらかと言うと、ゲットーの現状のレポートみたいな曲ですかね。

(宇多丸)いまの、いわゆるギャングスタ・ラップと呼ばれるような、非常に内容が荒っぽいラップも、要は「実際にだって僕らが生きている環境はこうだから……」っていう。「リアリティー・ラップ」っていう言い方もしますけど、まさにそういうことですよね。

(高橋芳朗)そうですね。あと、歌詞もそうだけどラップスタイルもバックトラックとかも、結構ここでグッと変わってきますよね。ラップスタイルもさっきのカーティス・ブロウみたいにワーッ!って盛り上げるようなラップじゃなくて、ちょっと落ち着いたトーン。シリアスに。

(宇多丸)これはメリー・メルという非常にグランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイブというグループの中でも天才的なラッパーがいて。リリシストというかね。この、渋い感じでね。ちょっと聞いてみましょうか。

(宇多丸)はい。お聞きいただいているのはグランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイブの『The Message』。1982年の曲です。

(高橋芳朗)ただ、ヒップホップはずーっとパーティーソングばっかりだったから、当初彼らもメッセージソングを歌うことには抵抗があったらしいですね。

(宇多丸)これはまさにさっき言ったシルヴィア・ロビンソンという最初にラップのレコードを「いっちょ一儲けしようか?」でしかけたおばさんが、「あなたたち、もっとメッセージ・ソングみたいなの、歌いなさいよ!」って。

(高橋芳朗)「シリアスな曲、歌いなさいよ!」って。

(宇多丸)そしたら、「やだよ、そんなの。客がそんなの、聞きたいわけないじゃん!」っつって。「いいから! 聞きたいんだって! みんなそういうシリアスなのが聞きたいんだって!」って結構ね、そういうプッシュでイヤイヤやったんですよね。そしたらこれが歴史を変えたという。

(高橋芳朗)大当たりになってしまって。まあ、あとグランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイブとかはクラッシュとかブロンディーとかそういうパンクバンドとも交流があったから、そういう影響もあるのかもしれないですね。

(宇多丸)これ、そうなんですね。1982年ともなると、ニューヨークの中のいちばんイケてる文化ですから。当時のニューウェーブシーンとか。まさにブロンディーですよね。『Rapture』なんて曲はまさに、非常に敏感だったブロンディーがラップを取り入れたという曲になっていますけども。

(高橋芳朗)うんうん。

(宇多丸)そうかもしれないですね。そういう意識がちょっと高かったのかもしれない。一方、この1982年には、先ほど名前を言ったの、覚えてますかね? クール・ハーク、グランドマスター・フラッシュともう1人、アフリカ・バンバータという人がいるわけですけど、このアフリカ・バンバータがいままでのヒップホップとはまた全然違うスタイルのヒップホップを生み出します。これ、いま後ろで流れていますが。アフリカ・バンバータ&ザ・ソウルソニック・フォースで『Planet Rock』。1982年の曲です!

Afrika Bambaataa & the Soul Sonic Force『Planet Rock』

(宇多丸)ということでお聞きいただいているのはアフリカ・バンバータ&ザ・ソウルソニック・フォースで『Planet Rock』。1982年の曲です。これ、みなさん聞いて「あれ? これクラフトワークじゃないの?」とかね。「クラフトワークの『Trans Europe Express』じゃないの?」って思うかもしれないけど、まさにそうで。

(高橋芳朗)うん。

(宇多丸)当時はまだ電気的にサンプリングはしていませんけど、それを丸ごと使ってというか、その感じですよね。

(高橋芳朗)あと、さっきのシュガーヒル・ギャングとカーティス・ブロウとかグランドマスター・フラッシュとかはバックでバンドが演奏していたんですね。で、この『Planet Rock』はドラムマシーン。TR-808、通称ヤオヤというやつを導入して制作されたという。

(宇多丸)しかもみなさん、このTR-808というのはいまだにラップミュージックの大きな背骨をなすというか。

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(高橋芳朗)だからいま、大流行中のトラップも808ですからね。

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(宇多丸)これ、みなさん今日だいぶね、あと9時間後ぐらいに出てきますから(笑)。覚えておいてください。「TR-808(ヤオヤ)」、これを覚えておいてくださいね。あと、アフリカ・バンバータの先見性は、先ほどまでに聞いていただいたものは割とブラック・ミュージックというか。まあいわゆるファンクですね。ジェームス・ブラウンに代表されるようなファンク・ミュージック。ブラック・ミュージックの伝統に沿うようなものだったんだけど、アフリカ・バンバータは、DJっていうのは要するにターンテーブルの上で全てのジャンルが解放されるということで。たとえばクラフトワークだとか、あるいはアフリカ・バンバータはYMO。日本のイエロー・マジック・オーケストラを非常に好んでかけていたりとか。そういうジャンルにとらわれないファンクネスというのかな? そういう思想的なところも引っ張っていた。これがアフリカ・バンバータということですよね。

(高橋芳朗)うんうん。

(宇多丸)ということでね、なんと順調にやってきて、1973年の誕生から始まって、1980年代初頭の、ある意味ヒップホップ的な音楽像の定着というか、完成というか。ここまでなかなかいいペースで。なんなら巻いてますよ!

(高橋芳朗)アハハハハッ!

(DJ YANATAKE)巻いた分、これ日本語が出て来る部分があるんで。そこをかけてもいいですか?


※動画4:28あたりから登場します。

(音源)「Everybody say, ichi ni san shi Say, Planet Rock…」。

(DJ YANATAKE)……みたいなね。

(宇多丸)すごいですね! 俺、ちょっとこれ忘れていたんで。今度ライブに取り入れます。「イチ、ニ、サン、シッ!」って。いいですねえ。あ、そうだ。これも言っておかなきゃいけない。で、いま82年まで来ましたけど、1983年には映画『ワイルド・スタイル』。ブロンクスで生まれたヒップホップ文化というのを、劇映画なんだけど非常にドキュメンタリックな手法で切り取った映画があって。この『ワイルド・スタイル』を巡る話も楽しいのがあるんですけどね!

(高橋芳朗)してもいいんじゃないですか?

『ワイルド・スタイル』

(宇多丸)日本は非常にこの『ワイルド・スタイル』、ニューヨークの非常にローカルな文化が世界中にヒップホップ文化が広がるきっかけになったのが実は『ワイルド・スタイル』なんですけど。実は、世界でいちばん早く公開されたのは、この日本なんですね。日本でもいわゆるブレイクダンスブームみたいなのは、『フラッシュダンス』で起こりましたけども。その『フラッシュダンス』と同じ時期に『ワイルド・スタイル』が公開されて。『フラッシュダンス』に出てくるブレイクダンサーたちは本物の、ロック・ステディー・クルーというバリバリのブレイクダンサーたちですから。

(宇多丸)で、その日本公開がなんでそんなに早くなったか?っていうと、KUZUIエンタープライズっていう会社の葛井さんという方がいて。この方が角川映画の『人間の証明』のニューヨークロケのロケハンのコーディネートをされていて。その時に『人間の証明』のロケで当時のブロンクスでロケをしていたんだって。

(宇多丸)そしたら、ブロンクスで当時ヒップホップがめちゃくちゃ盛り上がっているから。「なんだ、これは? いったいこれはなんで盛り上がっているんだろう?」って葛井さんはその時はよくわからなかったらしいんだけど、後にカンヌで『ワイルド・スタイル』が出品されて、世界中のバイヤーが買うような時にそれを見て、「あっ、あの時のブロンクスで流行っていたあれだ!」っていうんで、即買い付けして……っていう、こういう経緯がある。まさかの角川映画とヒップホップがつながるという。

(DJ YANATAKE)アハハハハッ!

(宇多丸)あと、ハービー・ハンコックの『Rockit』というね、あれのパフォーマンスがグラミー賞であって。やっぱり画がつくと、「ああ、こういうことか!」っていう。

(宇多丸)だから日本でも最初に流行ったのはラップの前にやっぱりブレイクダンスですよね。風見しんごさんなんかもね、いましたけどもね。というわけで、ちょっと日本の話に触れてきたあたりで、アメリカではこういう形でヒップホップカルチャー、世界に広まりましたが。この後は、「その時に日本は?」というコーナーとなっております。

<書き起こしおわり>
https://miyearnzzlabo.com/archives/46786

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